No | 115518 | |
著者(漢字) | 矢崎,成俊 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤザキ,シゲトシ | |
標題(和) | クリスタライン運動とその一般化 | |
標題(洋) | The crystalline motion and its generalization | |
報告番号 | 115518 | |
報告番号 | 甲15518 | |
学位授与日 | 2000.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第138号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに.物質の状態が1つの相から他の相に移ることを相転移と呼ぶ.相異なる2つの相が共存しているとき,それらの相と相の境界面が時間とともに動くことがしばしばある.この境界面-或は単に「界面」という-の運動を研究するのが相転移の動的理論である. 氷と水の界面の運動を記述するStefan問題はその一例である.Stefan問題では,界面の動きは周囲の氷や水の物理状態に依存している.しかし一方で,材料科学に現れる種々の複合物質に見られるように,界面が周囲の物理状態にほとんど影響されずに自律的な運動をする場合も少なくない.そのとき,界面が動く速さは,自分自身の幾何学的形状(例えば,曲率)の関数として表されることが多い.以後,平面内の運動についてのみ言及していく. 曲率流方程式は,界面の自律的な運動を表す方程式の1つの典型例である.これは滑らかな曲線上の各点での変形速度Vが,その点での曲率Kに等しいことを要請する方程式V=Kで,微分幾何学の分野ではおなじみの方程式であり,1980年代後半のGage,Hamilton,Grayson等の研究以降,精力的に研究がなされている.曲率流方程式は,また,金属の焼きなまし時における粒界の運動を記述するモデルとして,1950年代に材料科学者Mullinsの論文に登場した.その際,界面の運動を律する界面エネルギーが等方的であるという仮定のもとにこの方程式が導かれている. ところが結晶成長などの問題では,表面エネルギーfがその界面の方向に依存しており,この異方性そのものが,結晶の成長過程を考える上で重要である.さて,表面エネルギーの異方性が,f=f(n)という形で表されたとする.ただし,n=n()は界面の各点での法線ベクトルであり,は法線とx軸のなす角度である.すると,熱力学的要請から,重み付き曲率流V=g()Kが導かれる.ここで,g=f()+f"()である(f():=f(n()).ところでこの重み付き曲率流方程式V=(f+f")Kは,数学的には,総界面エネルギー(すなわち上記のgを界面全体で積分した量)の勾配流として導出されることを注意しておく.とくにf≡1の場合が通常の曲率流V=Kであり,この場合は,総界面エネルギーは,界面を表す曲線の全長に他ならない. さて,結晶成長に現れるような特別なクラスの界面エネルギーを考えると,その逆数f()-1の極形式(Frank図形と呼ばれる)の凸包が多角形になることがある.このような界面エネルギーをクリスタライン・エネルギーと呼ぶ.この場合,エネルギーはもはや滑らかでなく,通常のやり方で重み付き曲率流を導出することはできない.それどころか,重み付き曲率の満たす方程式は,形式的にはDiracの関数を含む形になり,古典的な枠組では意味をもたない.このため,fがクリスタライン・エネルギーの場合は,重み付き曲率流の解の概念を,通常とは違った枠組の中で考える必要がある.現在,次の3つの枠組が知られている:(a)曲線のクラスを制限する方法,(b)非線形半群論を用いる方法(劣微分方程式,Fukui,Giga,Elliott,Kobayashi等),(c)比較原理に基づく方法(粘性解的概念,Giga,Giga M.H.等).(a)による解は,(b)や(c)の意味での解でもあることが知られている.本論文では,(a)の方法を基盤とした,異方的曲率流の運動について考察する. (a)の方法とは,曲線の運動を特殊なクラスの折れ線の運動に制限する方法である.具体的には,各々の隣接辺のなす角度が一定であるような折れ線を考える.このような折れ線を許容折れ線と呼ぶ.許容折れ線のクラスにおいては,総クリスタライン・エネルギーの勾配流なるものが自然に定式化でき,その勾配流が表す折れ線の運動法則は常微分方程式系に帰着する.この事実は,1980年代終りから1990年初頭にかけて,TaylorとAngenent,Gurtin等によって独立に発見された.この運動をクリスタライン運動という.通常の曲率が曲線の全長の第一変分で与えられるように,許容折れ線の全長(或はもっと一般に許容折れ線上の総クリスタライン・エネルギー)の第一変分で与えられる量をクリスタライン曲率と呼ぶ.本論文では従来のクリスタライン運動をさらに一般化した折れ線の運動方程式を考察するとともに,それらの方程式の解の漸近挙動を論じる. 2.方程式の設定と主目的.本論文では,平面内の閉凸多角形の運動に考察の対象を絞る.以後,隣接する辺のなす角が-である閉凸多角形を許容折れ線と呼ぶことにする.ここで,:=2/nであり,nは多角形の辺の数である. さて,平面内に許容折れ線P0が与えられたとする.P0を初期値とする折れ線の運動で,次のような常微分方程式系で記述されるものを考えよう.これは従来のクリスタライン運動を一般化したものであるが,今後,本論文ではこの種の運動をクリスタライン運動と総称する. クリスタライン運動 多角形の族P=U0<t<T(Pt×{t})は,次の常微分方程式系を満たす.
ここで,ベクトルxj(t)は解多角形Ptの第j辺(を含む直線)に原点から下ろした垂線の足の位置ベクトル,ベクトルnjは第j辺の内向き法線ベクトル,jは第j辺の内向き法線方向の速度(法速度)である,法速度jは一般に,法線ベクトルnjとクリスタライン曲率jの関数で与えられるものとする.
ここで,解多角形Ptの第j辺のクリスタライン曲率jとは
で定義される量で,dj(t)は第j辺の長さである. 本論文の主たる目的は,以下の点について考察することである. ・上の方程式系の解多角形Ptが存在する最大時間区間[0,T)は有限か無限か. ・時刻tがTに近付いたときに,Ptはどのような形状に変形,或は漸近していくのか. ・速度j(t)は,特にtTのとき,tのどのような関数になっているのか. 3.主結果.本論文では,法速度を定める(V)式の関数Fとして,異なる4つのタイプを考え,それぞれのタイプについて,解の性質を論じる. 3.1 第1章.式(V)の関数Fがjについて1次で増加関数であるならば,第j法速度は
となる.ここで,aはS1上の正値関数,bはS1上の実数値関数である.この式は,TaylorやGurtinが提唱した物理モデル方程式をやや一般化した方程式である.この問題(E)-(V1)-(K)の解多角形の運動は,初期多角形P0の大きさと関数bの値,特に符号に大きく左右される.ある状況下では,Ptは有限時間T★で一点に収縮し(定理A,定理B),また別の状況下では無限時間かかって無限遠方に膨張していく(定理C).定理Aと定理BではT★の上からの評価を与え,定理Dと定理Eでは,Schwarzの不等式を2回適用することにより,下からの評価を与えている.また,定理Cのケースにおいて,特に関数bが定数であった場合,解多角形は無限に膨張する正多角形にHausdorffの距離の意味で近付くことが,等周不等式の多角形版(下記第3章の第3節において証明される)を用いて示される.尚,本章の付録の節では,閉曲線上の表面エネルギーの勾配流についての一般的注意を述べるとともに,曲率,離散曲率,重み付き曲率,及びクリスタライン曲率の関係について説明する. 3.2第2章.関数Fがの正巾に比例する場合について考える.即ち,第j法速度は
で与えられる.ここで,gはS1上の正値関数,は正のパラメータである.任意の初期多角形P0から出発したとき,問題(E)-(V2)-(K)の解多角形は,有限時間T★で,少なくとも1辺が消滅する(定理A).特に,1のときは,多角形全体が1点に消滅する(定理B).しかし,<1のときは,線分の形につぶれる例がある(第4節).定理CではT★の下からの評価をHolderの不等式を2回用いて示している. ところで,解多角形が1点に収縮する場合,クリスタライン曲率は無限大に発散する.その爆発の速さは,形状が時間によって変化しない自己相似解の場合は,関数gの如何によらずというオーダーになることが簡単な計算からわかる.一般に,1点に消滅する多角形のクリスタライン曲率が高々このオーダーで爆発するとき,この1点消滅は「タイプI」であるという.パラメータ1のときは,解多角形の1点消滅は常にタイプIであることが証明できる(定理D).また,任意のパラメータ>0に対して,解多角形の1点消滅とタイプIを仮定すると,解多角形は漸近的に自己相似解に近付いて行くことも示される(定理E).これより,自己相似解の存在がわかる(系E.1).なお,任意の正多角形は,g≡1のときは自己相似解であるが,g1のときは必ずしもそうではない.また,g≡1のときでも自己相似解は正多角形だけではない.実際,第4節では,g≡1かつが小さい場合について,正多角形以外の自己相似解を具体的に与えている. 3.3 第3章.第2章とは逆に次のような負巾の成長法則を考える.
ここで,は正のパラメータである.また,jは負なので,-nj方向に解多角形は膨張していく(なお,第3章の本文中では,話をわかりやすくするため,外向き法線をnjとしている).問題(E)-(V3)-(K)の解多角形は,パラメータ<1のときは多項式的に,=1のときは指数的に無限大に膨張していく.また,>1のときは,有限時間で無限大に膨張する.いずれの場合も,解多角形は膨張する正多角形にHausdorffの距離で近付いて行く(定理A).この結果の証明には,第3節で証明する離散版等周不等式と,第5節で証明する離散版Aleksandrovの反射法を用いる. 3.4 第4章.本章では,面積を保存するクリスタライン運動,即ち,法速度が次の式で与えられる運動を考える,
ここで,|Pt|は解多角形Ptの周長である.この発展方程式は,面積が一定の許容多角形全体のなす空間の中で周長の勾配流を考えることにより得られる.問題(E)-(V4)-(K)の解多角形の形状は,t→∞のとき,正多角形に指数的オーダーで近付く(定理A).この定理は,等周不等式の発展方程式版である,Bonnesenの不等式やGageの不等式を用いて証明される. | |
審査要旨 | 平面内の曲線が曲率に依存した速度で運動する問題は,微分幾何学や物理学の相転移の動的理論などにしばしば現れる.この運動の異方性を高めた一つの典型として,クリスタライン運動と呼ばれる折れ線の運動が,結晶成長などの数学モデルとして,また,通常のなめらかな曲線運動の有効な離散近似として,最近多くの研究者に注目されるようになった.論文提出者矢崎成俊は,従来のクリスタライン運動を一般化した折れ線の運動方程式のクラスを幾つか導入し,それらの方程式の解の漸近挙動を詳しく論じた. 物質の状態が1つの相から他の相に移ることを相転移と呼ぶ.相異なる2つの相が共存しているとき,それらの相と相の境界面が時間とともに動くことがしばしばある,この境界面-或は単に「界面」という-の運動を研究するのが相転移の動的理論である. 曲率流方程式(高次元の場合は平均曲率流ともいう)は,界面の自律的な運動を表す方程式の1つの典型例である.これは,滑らかな曲線上の各点での変形速度Vが,その点での曲率Kに等しいことを要請する方程式V=Kで,微分幾何学の分野ではおなじみの方程式であり,1980年代後半のGage,Hamilton,Grayson等の研究以降,精力的に研究がなされている.曲率流方程式は,また,金属の焼きなまし時における粒界の運動を記述するモデルとして,1950年代に材料科学者Mullinsの論文に登場した.その際,界面の運動を律する界面エネルギーが等方的であるという仮定のもとにこの方程式が導かれている. ところが結晶成長などの問題では,表面エネルギーfがその界面の方向に依存しており,この異方性そのものが,結晶の成長過程を考える上で重要である.さて,表面エネルギーの異方性が,f=f(n)という形で表されたとする.ただし,n=n()は界面の各点での法線ベクトルであり,は法線とx軸のなす角度である.すると,熱力学的要請から,重み付き曲率流V=g()Kが導かれる.ここで,g=f()+f"()である(f():=f(n())).ところでこの重み付き曲率流方程式V=(f+f")Kは,数学的には,総界面エネルギー(すなわち上記のfを界面全体で積分した量)の勾配流として導出される.とくにf≡1の場合が通常の曲率流V=Kであり,この場合は,総界面エネルギーは.界面を表す曲線の全長に他ならない. さて,結晶成長に現れるような特別なクラスの界面エネルギーを考えると,その逆数f()-1の極形式(Frank図形と呼ばれる)の凸包が多角形になることがある.このような界面エネルギーをクリスタライン・エネルギーと呼ぶ.この場合,エネルギーはもはや滑らかでなく,通常のやり方で重み付き曲率流を導出することはできない.それどころか,重み付き曲率の満たす方程式は,形式的にはDiracの関数を含む形になり,古典的な枠組では意味をもたない.このため,fがクリスタライン・エネルギーの場合は,重み付き曲率流の解の概念を,通常とは違った枠組の中で考える必要がある. その一つの方向性として,曲線の運動を特殊なクラスの折れ線の運動に制限する方法がある.具体的には,各々の隣接辺のなす角度が一定であるような折れ線を考える.このような折れ線を許容折れ線と呼ぶ.許容折れ線のクラスにおいては,総クリスタライン・エネルギーの勾配流なるものが自然に定式化でき,その勾配流が表す折れ線の運動法則は常微分方程式系に帰着する.この事実は,1980年代終りから1990年初頭にかけて,TaylorとAngenent,Gurtin等によって独立に発見された.この運動をクリスタライン運動という.通常の曲率が曲線の全長の第一変分で与えられるように,許容折れ線の全長(或はもっと一般に許容折れ線上の総クリスタライン・エネルギー)の第一変分で与えられる量をクリスタライン曲率と呼ぶ. 論文提出者は,従来のクリスタライン運動を大幅に一般化した折れ線の運動方程式を考察するとともに,それらの方程式の解の漸近挙動を論じた.より詳しく述べると,論文提出者が考えたのは,次の4種類のクラスの方程式である. (1)法線速度Vがクリスタライン曲率Kの1次式で表される場合 (2)VがKの正巾で表される場合 (3)VがKの負巾で表される場合 (4)面積保存型の離散曲率方程式 論文提出者は,解多角形が時間大域的に存在するか否か,また,有限時間で特異性が出現する場合,どのような種類の特異性が現れうるかを論じるとともに,解多角形が1点に縮退する場合や上記(4)の面積保存の場合について,多角形の漸近的形状がどのようなものであるかを調べた.その結果,この漸近的形状については,自己相似図形に近づく場合と,そうでない場合があることが明らかになった.また,漸近図形が正多角形になる場合について論文提出者が用いた手法は,微分幾何学で知られるAlexandroffの動平面法(平面反射法)の離散版ともいうべきものであり,離散図形の解析にこのような手法を適用したアイデアの斬新さが高く評価される. 論文提出者の仕事は,最近注目されているクリスタライン運動を拡張して,その性質を詳細に論じたものであり,これまでよくわかっていなかった離散的曲率運動についての理解を深めた.得られた結果そのものが数学的に興味深いだけでなく,さまざまな曲率運動の離散近似アルゴリズムを作る上でも有用であり,今後さらに幅広い応用が見込まれる. 以上の諸点を考慮した結果,論文提出者矢崎成俊は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める. | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54127 |