学位論文要旨



No 115519
著者(漢字) ヴ チィ テュ ハ
著者(英字) VU THI THU HA
著者(カナ) ヴ チィ テュ ハ
標題(和) シンプレクティック局所正則ファイバー空間
標題(洋) Symplectic locally holomorphic fibrations
報告番号 115519
報告番号 甲15519
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第139号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 助教授 今野,宏
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨

 滑らかな2m次元多様体Mがシンプレクティック(symplectic)とは,その上に非退化で閉じた2次微分形式2(M)があることである.ここで,非退化であるとはmがいたるところ零でないという事である.つまりmはvolume formである.この2次微分形式を多様体M上のシンプレクティック構造という.シンプレクティック構造が存在するという条件は,コホモロジー類=[]∈H2(M;R)とMの接ベクトル空間の構造群からU(m)Sp(2m;R)へのリダクションのホモトビー類(すなわち,M上の概複素構造のホモトピー類[J])が存在するという条件と同値である.

 コンパクトの場合のシンプレクティック構造の大域的分類は大変難しい問題である.ひとつの問題として,どんなコンパクト多様体がシンプレクティック構造をもつかという問題が考えられる.実際,コンパクトなシンプレクティック多様体の知られている例はそれほど多くない.任意のKahler多様体は自然にシンプレクティック構造をもつのでシンプレクティック多様体である.Thurstonは彼のすばらしい論文[33]で,non-Kahlerな閉じたシンプレクティック多様体を構成をした.彼はある種のT2上のT2-バンドルでb1=3であるような4次元多様体の上にシンプレクティック構造を構成したのである.実際,ほとんどの閉曲面上の閉曲面バンドルはシンプレクティック構造を持っている.([33]を見よ)

 さて,以前から,Lefschetzファイバー空間は 次のように自然に構成出来ることが知られている.すなわち,代数曲面内のペンシルの底点において,代数曲面をブロウ・アップすることによりLefschetzファイバー空間が構成出来るということである.

 1997年にDonaldsonは,これを一般化して全てのシンプレクティック4次元多様体が何度かブロウ・アップするとシンプレクティックLefschetzファイバー空間になることを示した.([2]を見よ).一方,最近Gompfが1998年にほとんど全てのLefschetzファイバー空間がシンプレクティック構造をもつことを示している.([4]を見よ)Lefschetzファイバー空間の拡張として,1996年に松本幸夫氏により局所正則ファイバー空間(locally holomorphic fibration)が定義された.例えば,彼はMeyer([12]を見よ)の理論を使って,種数2以下の局所正則ファイバー空間内の特異ファイバーについて局所符号数(fractional signature)を定義した.局所正則ファイバー空間はLefschetzファイバー空間よりも一般的なものである.(つまり,局所正則ファイバー空間の特異ファイバーはLefschetz型の特異ファイバーよりも複雑である).

 我々はこの論文で,微分幾何の視点から,種数2以上のRiemann面gを一般ファイバーにもつ局所正則ファイバー空間を研究し,殆どの局所正則ファイバー空間がシンプレクティック構造をもつことを証明した.

 主な結果は次の通りである.

 Theorem 1 f:M→Bを種数gの局所正則ファイバー空間とする.Mの上に,ファイバーがシンプレクティックであるようなシンプレクティック構造が存在するための必要十分条件は,一般的なq∈Bについて,ホモロジー類[Fq]=[f-1(q)]∈H2(M,R)が0でないことである.

 Theorem 2 f:M→Bを種数gの局所正則ファイバー空間とする.Mの上に,ファイバーがシンプレクティックであるようなシンプレクティック構造が存在するための必要十分条件は,コホモロジー類[f*([B])]∈H2(M,R)が0でないことである.

 上の二つの定理と前述のDonaldsonの定理と組み合わせれば次の系が得られる.

 Corollary 1 上の定理の条件を満たす局所正則ファイバー空間f:M→Bは,十分な回数だけブロウ・アップすれば,球面上のLefschetzファイバー空間になる.

 技術的には,古典的で簡単なテクニックの組み合わせであるが,証明のアイデアは興味深い思われる.以下,証明のあらましを述べる.

 1)ファイバーf-1(bi)の正規交差でない特異点でMをブロウ・アップして,多様体と射影を得る.

 2)上にシンプレクティック構造を構成する.そのために,特異ファイバー-1(bi)の近傍にシンプレクティック構造を構成する.そのあと,Thurston[21]のアイデアに従って,の上にシンプレクティック構造を構成する.

 特異ファイバー-1(bi)の近傍にシンプレクティック構造を構成するには,次の3ステップが必要である.

 2-a)「nonsmooth」な部分部分上にシンプレクティック構造を構成する.

 2-b)「smooth」な部分上にシンプレクティック構造を構成する.

 2-c)上の二つのシンプレクティック構造を張り合わせて-1(bi)の近傍上のシンプレクティック構造を構成する.

 3)多様体をブロウ・ダウンして初めのMに微分同相な多様体M’とその上のシンプレクティック構造を得る.こうして,証明が終わる.

 Remark 1 この論文の執筆中に,Gompfが,Lefschetzファイバー空間上にシンプレクティック構造の存在をアナウンス[4,p4O4]していることを知った.そのアナウンスメントのすぐ後の部分(Remark 10.2.22)で,彼は彼のLefschetzファイバー空間(局所正則ファイバー空間の特別な場合)に関する結果が局所正則ファイバー空間に拡張できることを注意しており,上述の我々の定理の条件を十分条件として述べている.しかし,彼は局所正則ファイバー空間に関する定理については証明も証明の概要も発表していない.また,Lefschetzファイバー空間に関する結果の証明中で,特異ファイバーの近傍の「smooth」な部分と「nonsmooth」な部分のシンプレクティック構造の張り合わせ方法や,張り合わせがファイバー構造を保つかどうかという重要な点について明瞭な証明を書いていない.我々の証明中でこの点を明確にした.

 また,我々の知る限りでは局所正則ファイバー空間上のシンプレクティック構造の存在について出版された証明はないし,プレプリントも存在しない.

謝辞

 私の博士論文の完成の機会を与えて下さった日本の皆様,日本政府,文部省,東京大学大学院数理科学研究科に感謝致します.私を援助して下さり励まして下さった東京大学数理科学研究科の先生方,また職員の皆様,およびベトナムの全ての先生方,それに私の全ての友達に感謝致します.これらの援助や励ましがなければ,この論文は完成しなかったと思います.低次元トポロジーとシンプレクティック・トポロジーを初めて教えてくれ,諦めないこと,謙虚に他の人から学ぶこと,科学とくに数学へのパッション,という3つのことを理解させてくれた指導教官の松本幸夫先生に感謝致します.最後に,私の故国ベトナムと私の両親と家族に私の心からの愛を送りたいと思います.

審査要旨

 偶数次元多様体M上の非退化な閉じた2次微分形式を,M上のシンプレクティック構造と呼ぶ.シンプレクティック構造はケーラー構造の一般化として,70代からしだいに幾何学者の注目を浴びるようになった.特に,近年,Gompfによりレフシェツ・ファイバー空間の構造を持つ4次元閉多様体の全空間にシンプレクティック構造が入ることが示され,逆に、Donaldsonにより,シンプレクティックな4次元閉多様体が(有限回のブロウ・アップを施せば)S2上のレフシェツ・ファイバー空間の構造を持つことが示されて,シンプレクティック構造と4次元レフシェツ・ファイバー空間の密接な関係が明らかになった.

 論文提出者Vu Thi Thu Haは,上述のGompfの結果を拡張し,松本により導入された局所正則ファイバー空間の全空間にシンプレクティック構造が存在することを証明した.

 局所正則ファイバー空間は4次元多様体の曲面上のファイバー構造であるが,レフシェツ・ファイバー空間の射影f:M→Bが,実座標としてはCであるような局所的複素座標(z1,z2)を使って,

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 と表せるのに対し,局所正則ファイバー空間では,fは同様の局所的複素座標を使って,より一般の正則関数の芽として表せる.次の結果が主定理である,

 定理.f:M→Bを局所正則ファイバー空間とする.このとき,全空間に,ファイバーがシンプレクティック部分多様体であるようなシンプレクティック構造が存在するための必要十分条件は,一般ファイバーf-1(b)(b∈B)の表すホモロジー類(f-1(b)]がホモロジー群H2(M;R)のなかで0でないことである.

 証明のアイデアは,まず,プロウイング・アップにより特異ファイバーの特異性を完全交叉とする.次に,そのような特異ファイバーの近傍にシンプレクティック構造を構成する.その際,既約成分の交点の近傍と交点を含まない部分とに分けて,別々にシンプレクティック構造を構成し,それらをWeinsteinの定理を使って張り合わせる.最後にThurstonの議論を使って全体のシンプレクティック構造に拡張する.

 数ヶ月以前に出版されたGompf-Stipsiczの本"4-Manifolds and Kirby Calculus"(AMS)に上の主定理と同じ主張がアナウンスされているが,証明は与えられていない.Gompf-Stipsiczの結果と重なったとは言え,論文提出者の研究自体は彼等と独立に行われたものであり,提出された論文には完全な証明が与えられている.また,内容的にも十分興味ある結果であり,シンプレクティック多様体と4次元多様体の位相幾何学の発展に大きく寄与するものである.

 以上の理由により,論文提出者Vu Thi Thu Haは,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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