学位論文要旨



No 115521
著者(漢字) 青沼,君明
著者(英字)
著者(カナ) アオヌマ,キミアキ
標題(和) ハザード・プロセスによる金融商品の評価モデル
標題(洋)
報告番号 115521
報告番号 甲15521
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第141号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 東京大学 助教授 高橋,明彦
内容要旨

 数理ファイナンスの分野においては、現在、「クレジット・リスク」と「プリペイメント・リスク」の2つに関する評価モデルが、実務的な観点から非常に重要なテーマとなっている。クレジット・リスクとは、保有する債権の対象企業もしくは取引先である企業が倒産(デフォルト)した場合に、損失を被る可能性をリスク量として評価するものであり、広義には、一般顧客の債務不履行もこのデフォルトと解釈される。また、このクレジット・リスクをヘッジすることを可能とするために、クレジット・デフォルト・スワップなどのデリバティプ商品が開発されている。プリペイメント・リスクとは、ある金融商品が、その満期以前に顧客の都合によって解約されることによる損失リスクであり、例えば定期預金の途中解約がこれに相当する。金融機関は、この途中解約の量を事前に推定できれば資金を効率よく運用できることになる。

 クレジット・リスクを評価するためには、デフォルトが発生した時に債務に対しどのぐらいの割合でそれが回収可能かを示す回収率と、デフォルトが発生する確率の2つのパラメーターをモデルの中に組み込む必要がある。また、プリペイメント・リスクの評価では、途中の解約行動(プリペイメント確率)をモデル化する必要があり、これらのデフォルト確率とプリペイメント確率とは、類似のフレームワークで検討することができる。

 本稿では、このクレジット・リスクとプリペイメント・リスクの2つに焦点を当て、それらを金融商品に適用した場合の評価モデルの導出とその実証分析を行なう。クレジット・リスクについては、デフォルトのプロセスを確率微分方程式で表わしたものと、格付け推移確率を吸収マルコフ連鎖で表現した2つのタイプのモデルを構築する。次に、それらのモデルを利用した、イールド・スプレッドの推定モデル、クレジット・デフォルト・スワップの評価モデル、ダウン・グレード・プロテクションの評価モデルを開発する。さらに、プリペイメント・リスクが含まれる、オート・ローン・スワップ、リバース・モーゲージ、定期預金などの金融商品の評価モデルを構築する。

 デフォルトのプロセスとして、以下の式で表わされるVasicekタイプのハザード・プロセスを仮定する。ただし、cは平均への回帰スピード、mは平均的なハザード・レート、wtは標準ブラウン運動、は標準偏差である。

 

 この時、デフォルト時間の分布は、回収率をで表わすと次の式で計算される。

 

 また、時点tでの満期Tの債券のクレジット・スプレッドy(t,T)は

 

 となる。なお、c,m,という3つのパラメータについては、回収率を過去データから外生的に与えた上でモーメント法を適用することによって推定する。

 次に、ある企業の債券を保有するA社が、その債券のデフォルト・リスクをヘッジしたいと考えた時に利用するクレジット・デフォルト・スワップの評価モデルについて検討する。A社はB社に対し、デフォルトが発生するまで、もしくはスワップの契約期間が終了するまで、保険料に相当する固定のプレミアムciを定期的に支払い、一方のB社は、デフォルトがスワップ期間終了前に生じた場合には、参照資産となった債券の回収不能分(1-)に相当する額を、次のクーポン支払日時点でA企業に支払うという契約である。この取引のA社の立場をプロテクションの買手と呼び、B社の立場をプロテクションの売手と呼ぶ。

図表

 A社のデフォルト時間を(A)、B社のデフォルト時間を(B)とおく。A社、B社のどちらかがデフォルトした場合には契約は清算されるので、固定プレミアムci(i=1,2,…,n)の受渡しは、A社とB社と参照資産の何れかがデフォルトする直前の利払日ti-1(ti-1<ti)までなされることになる。この時、プロテクションの買手からみたクレジット・デフォルト・スワップの現在価値PFは、

 

 となる。ただし、Z(t,T)は満期がTである無リスク割引債のt時点での価格であり、スポットレート・プロセスr(t)とハザード・プロセスh(t)は独立であると仮定している。B(t)を、このクレジット・デフォルト・スワップの対象となった原債券のt時点での価値であるとし、この債券の発行企業がデフォルトした場合には、デフォルトが起こる直前の債券価格B(-)に、回収率(0<1)を掛け合わせたB(-)がA社の回収可能額であるとする。参照資産のデフォルトが、ui-1<uiで発生したとすると、ui時点までにB社がデフォルトした場合には、回収不能分の保証はなされないことになる。また、A社がデフォルトした場合には、B社には債務が残るので回収不能分の支払いは行なわれる。したがって、プロテクションの売手サイドのクレジット・デフォルト・スワップの現在価値PR

 

 で計算され、以下の式が成り立つ。

 

 金融機関にとっては、PF=PRとなる固定プレミアムciが最低水準の要求プレミアムとなり,これらの式に先のVasicekタイプなどのハザート・プロセスを適用することで、クレジット・デフォルト・スワップをクローズド・フォームで解くことができる。

 この他、本稿ではクレジット・リスクが離散マルコフ・チェーンに従うと仮定し、格付け毎のイールド・スプレッドの値から、ベースライン格付け推移確率行列、回収率、リスク調整ファクター、業種別ドリフト係数,個別企業別ドリフト係数をインプライドに推定するモデルを示す。これは、先行研究であるJarrow,Land and Turnbullモデルなどの、格付け推移確率行列の中に負の値が計算されてしまうという問題を解決したモデルとなっており,個別企業のイールド・スプレッドの期間構造を算出することができる。また、このモデルを利用したダウングレード・プロテクションの評価モデルを導出した。

 さらに、ローンを完済している住宅に住みつづけながら、その不動産を担保に融資を受け、契約期間終了時(利用者死亡時等)に担保不動産を処分することによって融資資金を元利一括返済するリバース・モーゲージの評価モデルを、生存確率を生命表から、土地の価格を幾何ブラウン運動に従うと仮定することで構築した。また、定期預金の期限前解約の確率にCoxの比例ハザード・モデルを適用することで、定期預金の適正利率を評価するモデルを作成し、名目元本が次第に減少していくオート・ローン・スワップの評価モデルを、ベースライン・ハザード関数に予定返済率を適用するというアプローチにより構築した。

審査要旨

 本論文は数理ファイナンスにおけるクレジット・リスク及びプリペイメント・リスクの実用的なモデルを構築し、現実のデータに基づき、それがどのような妥当性を持つか等の実証分析を含む研究を行ったものである。

 クレジット・リスクとは、保有する債権の対象企業もしくは取引先である企業が倒産(デフォルト)した場合に、損失を被る可能性をリスク量として評価するものであり、広義には、一般顧客の債務不履行もこのデフォルトと解釈される。このクレジット・リスクをヘッジするために、クレジット・デフォルト・スワップなどのデリバティブ商品が開発されている。プリペイメント・リスクとは、ある金融商品が、その満期以前に顧客の都合によって解約されることによる損失リスクであり、例えば定期預金の途中解約がこれに相当する。金融機関は、この途中解約の量を事前に推定できれば資金を効率よく運用できることになる。

 クレジット・リスクを評価するためには、デフォルトが発生した時に債務に対しどのぐらいの割合でそれが回収可能かを示す回収率と、デフォルトが発生する確率の2つのパラメーターをモデルの中に組み込む必要がある。また、プリペイメント・リスクの評価では、途中の解約行動(プリペイメント確率)をモデル化する必要があり、これらのデフォルト確率とプリペイメント確率とは、類似のフレームワークで検討することができる。

 クレジット・リスクについては、

 1.デフォルトのハザードプロセスを確率微分方程式で表わしたモデル

 2.格付け推移確率を吸収マルコフ連鎖で表現したモデル

 の2つを論文では構築している。さらに、それらのモデルの下で、イールド・スプレッドの推定、クレジット・デフォルト・スワップの評価、ダウン・グレード・プロテクションの評価を行っている。また、プリペイメント・リスクが含まれる、オート・ローン・スワップ、リバース・モーゲージ、定期預金などの金融商品の評価のためのモデルを構築している。

 デフォルトのハザードプロセスとして、以下の式で表わされるVasicekタイプのモデルを考察している。ただし、cは平均への回帰スピード、mは平均的なハザード・レート、wtは標準ブラウン運動、は標準偏差である。

 115521f07.gif

 このモデルの下、回収率一定として、また、時点tでの満期Tの債券のクレジット・スプレッドy(t,T)は

 115521f08.gif

 であることを示し、これを下に、パラメータの推定を行っている。

 格付け推移モデルとしては、単位時間の間には格付けが、1つあがるか、同じか、1つ下がるか、倒産するかの4つの場合しかないと考え、その推移確率がベースラインと確率とリスク調整ファクターにより記述されるモデルを考察した。実証研究のためにはさらに業種別ドリフト係数、個別企業別ドリフト係数を推移確率のファクターに加え、格付け毎のイールド・スプレッドの値から、ベースライン格付け推移確率行列、回収率、リスク調整ファクター、業種別ドリフト係数、個別企業別ドリフト係数をパラメータと考えて推定を行った。これは、先行研究であるJarrow-Lando-Turnbullモデルなどの、格付け推移確率行列の中に負の値が計算されてしまうという問題を解決したモデルとなっており、個別企業のイールド・スプレッドの期間構造を算出することができる。また、このモデルを利用したダウングレード・プロテクションの評価式を導出している。

 本論文は金融の現場から要請される実務的な問題に対し、どのように確率過程モデルを構築し、どのように解析すればよいかの一つの指針を与えており、高く評価できるものである。

 よって、論文提出者青沼君明は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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