内容要旨 | | pを素数とし,K∞を代数体Kの円分Zp拡大,すなわちKに1のp冪乗根をすべて添加した体の部分体で,=Gal(K∞/K)がZpの加法群と同型となる唯一の拡大であるとする. 岩澤理論ではを完備群環Zp[]とするとき,K∞上定義されるさまざまな対象の加群としての構造が研究の対象となる.この論文では,アーベル多様体のSelmer群から定まる加群の有限部分加群を考察した.古典的な代数体の岩澤理論で扱われる加群に対しては,このような部分加群はすでによく調べられているが,アーベル多様体の場合にはGreenberg氏による,非自明な有限部分加群を持たないためのいくつかの十分条件([2]参照)が与えられているのみであった.この論文ではGreenberg氏とは異なる手法で,より一般の場合に有限部分加群の評価,決定を行った. AをK上のアーベル多様体とするとき,勝手な代数拡大L/Kに対しAのL上のSelmer群とは以下のように定義される群である: ただしでAのp冪等分点全体のなす群を表すとする.またvはL上の全ての素点を動く.このSelmer群は次の完全列を満たし,アーベル多様体の数論的な性質を調べる上で非常に重要な対象である. ただしはAのL上のTate-Shafarevich群のp-primary partを表す. この定義の下,(A/K∞)にはが連続に作用し,そのPontryagin dual (A/K∞)=Hom((A/K∞),Qp/Zp)は自然に有限生成な加群とみなせる.この(A/K∞)の有限部分加群が考察の対象である. この論文ではAのdualアーベル多様体Atに対して次の有限加群B(At/K∞)を導入した: 定義.K∞の各有限素点に対し,の部分群を以下のように定める. ただし(At)divはAtの最大加除部分群であり,CpはCoates-Greenberg[1]で導入されたの"canonical subgroup"を表す.これはp=|Kの分解群の作用で安定なのある部分群で,Atがpでgood reductionを持つ場合にはそのreductionのkernelとして定義されるものである.このを用いてAtの部分加群B(At/K∞)を と定める.ただしは自然な埋め込み写像とする. 各はのの中での分解群の作用で安定であり,またAtは有限であることから,B(At/K∞))は実際に有限加群となる.この有限加群を用いて,この論文の主結果は以下のように述べられる: 定理1.(A/Kn)はnによらずに有界であると仮定する.そのとき,(A/K∞)^の最大有限部分加群はB(At/K∞)のある部分加群と同型となる.更にp3かつAがpの上にある全ての素点でordinary reductionを持つ時にはB(At/K∞)全体と同型になる. 定理の仮定はいつでも満たされると予想されており,AがQ上のmodularな楕円曲線でK/Qがアーベル拡大である場合には成り立つことが知られている。またその仮定は,Aがpの上の全ての素点でordinary reductionを持つ場合には(A/K∞)が加群としてtorsionであると仮定することと同値である. 上述のGreenberg氏の論文[2]で与えられた結果の仮定はB(At/K∞)=0という条件を導くものであり,それゆえ定理1はその結果を含んでいる.更にB(At/K∞)は与えられたアーベル多様体Aに対して具体的に計算可能なものなので,定理の後半の場合には有限部分加群を完全に決定することができる.論文ではいくつかの実例も与えた. また,B(At/K∞)を導入した利点の一つとして,次のような定義体Kによらない結果を与えることもできた. 系.次の2条件を仮定する: (i)Kの絶対Galois群のAtのp等分点のなす群への作用は既約. (ii)Aはp上の全ての素点でordinary reductionを持つ. そのとき,任意の有限次拡大L/Kに対しB(At/L∞)=0である.特に(A/Ln)がnによらずに有界であれば(A/L∞)^は自明でない有限部分加群を持たない. 定理の証明は,まず(A/K∞)の最大有限部分加群のAtのSelmer群を用いたある表示を与えることから始まる.Knをn=Gal(K∞/Kn)のでの指数がpnとなるようなK∞/Kの唯一の中間体とし,K∞/KnでのSelmer群の制限写像を とするとき,次を得た: 定理2.(A/Kn)はnによらずに有界であると仮定する.そのとき,(A/K∞)の最大有限部分加群はKer(rn)と同型である.ただしKer(rn)の逆極限はcorestriction mapに関して取る. この定理により,Ker(rn)を十分大きなnに対して定めれば,(A/K∞)の有限部分加群が決定される.それを行ったのが次の定理である: 定理3.十分大きなnに対しKer(rn)はHom(n,B(At/K∞))に含まれる.更にp3でありAがp上の全ての素点でordinary reductionを持つなら,それらは一致する. これらを組み合わせることで定理1の証明は完了する. なおこの論文は八森祥隆氏との共著論文[3]と論文[4]の結果をまとめたものである.定理2は本質的に[3]で与えた.その他の部分は[4]に基づいている. 参考文献[1]J.Coates and R.Greenberg,Kummer theory for abelian varieties over local fields,Invent.math.124(1996),129-174.[2]R.Greenberg,Iwasawa theory for elliptic curves,in Arithmetic Theory of Elliptic Curves,Lecture Notes in Math.,vol.1716,Springer-Verlag,1999,pp.51-144.[3]Y.Hachimori and K.Matsuno,On finite -submodules of Selmer groups of elliptic curves,Proc.Amer.Math.Soc.,to appear.[4]K.Matsuno,Finite -submodules of Selmer groups of abelian varieties over cyclotomic Zp-extensions,preprint,1999. |
審査要旨 | | 本論文の主題は代数体上のアーベル多様体の岩澤理論である.pを素数とし,K∞を代数体Kの円分Zp拡大,すなわちKに1のp冪乗根をすべて添加した体の部分体で,=Gal(K∞/K)がZpの加法群と同型となる唯一の拡大であるとする.岩澤理論ではを完備群環Zp[]とするとき,K∞上定義されるさまざまな対象の加群としての構造が研究の対象となる. この論文では,アーベル多様体のSelmer群から定まる加群の有限部分加群を調べる.古典的な代数体の岩澤理論で扱われる加群に対しては,このような部分加群はすでにいろいろ調べられているが,アーベル多様体の場合にはGreenbergによる,非自明な有限部分加群を持たないためのいくつかの十分条件が与えられているのみであった.この論文ではGreenbergとは異なる手法で,より一般的な手法で有限部分加群の評価,決定を行った. AをK上のアーベル多様体とするとき,勝手な代数拡大L/Kに対しAのL上のSelmer群(A/L)は次の完全列を満たし,アーベル多様体の数論的な性質を調べる上で非常に重要な対象である. ただしはAのL上のTate-Shafarevich群のp-primary partを表す. さて(A/K∞)にはが連続に作用し,そのPontryagin dual (A/K∞)=Hom((A/K∞),Qp/Zp)は自然に有限生成な加群とみなせる.この(A/K∞)の有限部分加群が当論文の考察対象である. この論文ではAのdualアーベル多様体Atに対して次の有限加群B(At/K∞)を導入した: 定義.K∞の各有限素点に対し,の部分群を以下のように定める. ただし(At)divはAtの最大加除部分群であり,CpはCoates-Greenbergの研究で導入されたの"canonical subgroup"を表す.これはp=|Kの分解群の作用で安定なのある部分群で,Atがpでgood reductionを持つ場合にはそのreductionのkernelとして定義されるものである.このを用いてAtの部分加群B(At/K∞)を と定める.ただしは自然な埋め込み写像とする. 各はのの中での分解群の作用で安定であり,またAtは有限であることから,B(At/K∞)は実際に有限加群となる.この有限加群を用いて,この論文の主結果は以下のように述べられる: 定理1.(A/Kn)はnによらずに有界であると仮定する.そのとき,(A/K∞)^の最大有限部分加群はB(At/K∞)のある部分加群と同型となる.更にp3かつAがpの上にある全ての素点でordinary reductionを持つ時にはB(At/K∞)全体と同型になる. 定理の仮定はいつでも満たされると予想されており,AがQ上のmodularな楕円曲線でK/Qがアーベル拡大である場合には成り立つことが知られている.またその仮定は,Aがpの上の全ての素点でordinary reductionを持つ場合には(A/K∞)が加群としてtorsionであると仮定することと同値である. 上述のGreenbergの結果の仮定はB(At/K∞)=0という条件を導くものであり,それゆえ上の定理はその結果を含んでいることになる.更にB(At/K∞)は与えられたアーベル多様体Aに対して具体的に計算可能なものなので,定理の後半の場合には有限部分加群を完全に決定することができる.論文ではいくつかの実例も与えている. この定理の系としてB(At/K∞)を導入した利点を例示するある定義体Kによらない結果も与えている. 当論文には群B(At/K∞)の導入という新しい着想があり、それによってあらたに得られた結果は先行する研究に比べてかなり大きな一般性をもっている.これはアーベル多様体の岩澤理論における大変興味深い理論的な進歩といえる. よって論文提出者 松野一夫は、博士(数理科学)の学位を受けるのにふさわしい充分な資格があると認める. |