学位論文要旨



No 115534
著者(漢字) 目時,伸哉
著者(英字)
著者(カナ) メトキ,シンヤ
標題(和) 体積要素を保つ形式的ベクトル場の成すLie代数の非自明なコホモロジー類
標題(洋) Non-trivial cohomology classes of Lie algebras of volume preserving formal vector fields
報告番号 115534
報告番号 甲15534
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第154号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 野口,潤次郎
 東京大学 助教授 川澄,響矢
内容要旨

 をRn上の形式的ベクトル場全体の成すLie代数とする.

 

 にKrull位相を導入し、位相Lie代数と見做す.上の連続交代形式全体の成す微分代数をA*()とする.A*()は次で与えられる微分外積代数である.

 

 ここで、(s=0,1,…)は、次式で与えられるDiracの-関数及びその偏導関数である.

 

 但しX=fi∂/∂xiとする.A*()のコホモロジー代数をH*()で表わす.Bott-Haefligerの理論により,普遍準同型u*:H*()→H*()が存在する.ここでは法束が自明なn-構造の分類空間である.この準同型u*は法束が自明なn-構造の二次特性類を与えることが知られている.Gel’fand-Fuksにより,H*()は有限次元であることが示され,またVeyによりH*()の具体的な基底が得られている.従って,H*()の構造は既によく知られている.

 一方,BnをRn上の体積要素を保つ形式的ベクトル場全体の成すの部分Lie代数とする.Bn上の連続交代形式全体の成す微分代数A*(Bn)は次で与えられるA*()の商代数になる.

 

 ここでTは、(s=0,1,…)の形の全ての1-形式で生成されるA*()のイデアルである.(包含写像Bnをjとするとき,Tの元はj(Bn)上で恒等的に消えることを注意されたい.)A*(Bn)のコホモロジー代数をH*(Bn)で表わす.H*()とは対照的に,H*(Bn)は無限次元であることが予想されている.しかしながら,動径ベクトル場R=xi∂/∂xiがBnに属さない理由から,H*(Bn)の計算は非常に困難な対象である.従って,未だにH*(Bn)の構造に関する情報は殆ど得られていない.H*(Bn)を計算すべく最も有望な方法は,次の直和分解を使うことに思われる.

 

 この分解はGel’fand-Kalinin-Fuksがn=2の場合に示した直和分解の一般化であり,またPerchikが一般のnの場合に示した直和分解の精妙化である.

 上述の直和分解は以下のようにして得られる.先ず、外微分d:A*(Bn)→A*+1(Bn)の下でよく振舞うタイプと呼ばれるZnの元を定義する.

 定義3.3 1-形式の形の1-形式の線型結合で表わせるとき、タイプ(N1,…,Ni-1,Ni-1,Ni+1,…,Nn)であるという.

 例えばn=2の場合,はタイプ(1999,2000)である.前述のとおり、本来=A1(Bn)は商代数として実現されているが、この定義は代表元の取り方に依らないことが確かめられる(補題3.4).一般のA*(Bn)の元に対しては次のように帰納的に定義する.

 定義3.5 ,∈A*(Bn)がそれぞれタイプ(N1,…,Nn)及びタイプ(M1,…,Mn)のとき、∈A*(Bn)はタイプ(N1+M1,…,Nn+Mn)とする.

 A*⊂A*(Bn)をタイプ(N1,…,Nn)の元で張られるベクトル空間とする.直ちに次が得られる(補題3.6,補題3.7).

 

 A*のコホモロジー代数をH*で表わす.

 補題3.8 N1=N2=…=Nnでない限り,

 特に,

 

 従って,コホモロジーを計算する目的のためにはA*の中でN1=N2=…=Nnを満たすものだけを考察すればよい.簡単のためにA*及びH*をそれぞれ(Bn)及び(Bn)と記す.N-2に対しては(Bn)=0なので、結局、目的の直和分解を得る.

 n=2の場合,Gel’fand-Kalinin-Fuksは(B2)に非自明なコホモロジー類の存在を示した.しかしながら,彼等の掲げた非自明なコホモロジー類の代表元としての7-形式は幾何学的と云うよりは組み合わせ的に表現されており,従って,前述のBott-Haefliger理論への適用は難しい.(また,筆者の計算によれば,この7-形式は閉形式にならない.)我々は(B2)の非自明なコホモロジー類の代表元を普遍体積形式,普遍接続形式及び普遍曲率形式を用いて表わすことにする(定理4.2).

 Perchikは,-1N35の範囲で(B2,sl2R)のEuler標数Nを計算し,次を示した.

 

 最初の2つ-1=1と0=2は既によく知られたコホモロジー類に対応する.次の4=-1は,上に述べたGel’fand-Kalinin-Fuksによって発見された次数7のコホモロジー類に対応する.従って,次の非自明なコホモロジー類は(B2,sl2R)(pは奇数)の中に見つかるはずである.事実,我々は次を得る.

 定理5.2

 

 (B2,sl2R)の生成元を表わす閉9-形式の具体的な式を書き下すこともできる(注意5.3).

 定理4.2及び定理5.2の証明は具体的に(B2,sl2R)の基底を書き下し,外微分dの行列表示の階数を計算する方法で為される.(計算はMapleによって実行された.)(B2,sl2R)の基底は以下の(I)(II)のようにして求められる.簡単のためにタイプ(a,b)の1-形式

 

 と記す.(n=2の場合,タイプ(a,b)の1-形式は実数倍を除いてしかないことを注意されたい.)

 (I)先ず次で与えられる(B2)の元を考える.

 

 但し、m1,…,mp,n1,…,npは全て整数で次の6条件を満たすものとする.

 

 (i)は外積代数上0にならないための条件,(ii)と(iii)は全てのiに対しタイプ(mi,ni)の1-形式が存在するため条件,(iv)はp-形式がタイプ(N,N)になるための条件,(v)はp-形式を構成するp個の1-形式を辞書式に並べるための条件,そして(vi)はsl2Rの元の内部積に関して0になるための条件である.(B2)の単項式でsl2Rの元の内部積に関して0になるものは(実数倍を除いて)全てこの形に一意的に表わせることを注意されたい.(条件(vi)を無視すれば、(B2)の全ての単項式を網羅する.)

 (II)(I)で与えたp-形式の線型結合でsl2R-不変なものを求めれば(vi)により(B2,sl2R)の元になる.sl2R-不変になるためには次の3つのLie微分に関して0になればよい.

 

 最初のLx∂/∂x-y∂/∂y(B2,sl2R)=A*(B2,sl2R)(N,N)上、恒等的に0である.次の2つLx∂/∂y,Ly∂/∂xに関しては次の性質がある.

 

 特に、Lx∂/∂y,Ly∂/∂xはタイプは保たないが、深度(depth)は保つことが分かる.従って、sl2R-不変な線型結合を求めるためには、同じ深度をもつp-形式のグループ毎にLx∂/∂y,Ly∂/∂xを行列表示し、その核を計算すればよい.但し、p-形式の深度(depth)とは次の準同型写像で定義されるZpの元である.

 

 具体的には次の結果が得られる.

図表

 dim(B2,sl2R)(N=1,2,3,4)の列についてGel’fand-Kalinin-Fuksが-関数とは別の方法で得た結果に一致すること、及び前述のPerchikによる(B2,sl2R)のEuler標数の結果に符合することを確認されたい.(本論文Appendix Iにおいて、N=1,2,3,4,7に対する基底を,各々深度の辞書式順序毎に列挙してある.)

 ところで既述の通り、Bott-Haefligerの理論から,普遍準同型u*:H*(B2)→H*(B)が存在する.ここでBは法束が自明で体積要素を保つ構造の分類空間である.Bを自然な写像B→K(2,R)のホモトピー理論的ファイバーとする.iを自然な写像B→Bとする.Calabi不変量の懸垂像(c)はH3(B)の元として定義される.しかしながら,普遍体積要素∈A2(B2)が完全形式でないことから,合成準同型i*ou*:H*(B2)→H*(B)は(c)を探知(detect)できない.このことは、A*(B2)ではA*(B)を記述する代数的モデルとしては不十分であることを示しているが,以下のようにB2に修正を加えることにより,A*(B)の記述に適した代数的モデルを得ることができる.

 先ず、Lie代数B2は各元に(定数項を除いて)一意に定まるHamiltonianと呼ばれる形式的冪級数を対応させることにより、Krull位相とPoisson括弧積を備えた形式的冪級数の成す位相Lie代数D={h(x,y)∈R[[x,y]]}の商Lie代数D0=D/(定数項の成すイデアル)と同型対応がある.このとき,D0上の連続交代形式全体の成す微分代数A*(D0)はDiracの-関数の次数1以上の偏導関数によって生成される微分外積代数になる.

 

 但し,(h(x,y))=(-1)i+ji+jh/∂xi∂yj(0,0)とする.同型A*(B2)A*(D0)により、普遍体積要素xy∈A2(B2)はxy∈A2(D0)と表わされる.これらは完全でない閉2-形式である.一方,定数項が意味をなすD上の連続交代形式全体の成す微分代数A*(D)には定数項を取り出す1-形式∈A1(D)が存在し,さらにdxyを満たす.即ちA*(D)においては普遍体積要素xy∈A2(D)を完全2-形式として実現できる.

 前述の普遍準同型u*を誘導する写像をu:A*(B2)A*(D0)→A*(B)とする.i*ou:A*(D0)→A*(B)の拡大写像:A*(D)→A*(B)を構成し,次を得る.

 定理6.1

 D={h(x,y)∈R[[x,y]]}を(x,y)の形式的冪級数全体の成すPoisson括弧積とKrull位相を備えた位相Lie代数とする.このとき、普遍準同型

 

 が存在する.特にH3()の生成元[1/2・xy]はによって,Calabi不変量の懸垂像(c)∈H3(B)に写される.

 最後に,本論文を書くにあたって,ご指導並びにご助言を下さった坪井俊教授に深く感謝の意を表わしたい.

審査要旨

 形式的冪級数を係数とするfi(∂/∂xi)の形の一次結合をRnの形式的ベクトル場と呼ぶ。Rnの形式的ベクトル場全体は無限次元リー代数Anをなす。これのKrull位相に対する連続コホモロジーH*(An)の研究は、Gel’fand-Fuksにより始められた。このコホモロジーはBott-Haefligerの理論により、法束が自明な葉層構造の2次特性類を与えることが知られている。葉層構造の2次特性類についてはまだ未解決の問題が多く存在するが、H*(An)自体については、Gel’fand-Fuksにより、H*(An)は有限次元であることが示され、またVeyによりH*(An)の具体的な基底が得られており、よく理解された対象となっている。

 論文提出者目時伸哉は本論文において、体積要素を保つ形式的ベクトル場全体のなすLie代数Bnのコホモロジーの研究をおこなった。

 このBnのコホモロジーは、横断的不変測度をもつ葉層構造の特性類を与える重要なもので、H*(An)とは対照的にH*(Bn)は無限次元であることが予想はされているが、動径ベクトル場R=xi∂/∂xiがBn属さない等の理由からH*(Bn)の計算は非常に困難で、H*(Bn)の構造に関する情報はほとんど得られていなかった。わずかに、Gel’fand-Kalinin-Fuksによる特性類の存在とPerchikによる部分的なオイラー標数の計算が知られていた。

 論文提出者目時伸哉は本論文において、まず、H*(Bn)のタイプ(N)による直和分解115534f18.gifを示した。この分解はGel’fand-Kalinin-Fuksがn=2の場合に示した直和分解の一般化であり、またPerchikが一般のnの場合に示した直和分解の精妙化である。

 さらに、論文提出者はn=2の場合のさらに詳しい研究を行った。Gel’fand-Kalinin-Fuksが(B2)に非自明なコホモロジー類の存在を示していたが、論文提出者はその幾何的な意味を明らかにする手がかりを求めて、そのコホモロジー類の代表元の普遍体積形式、普遍接続形式及び普遍曲率形式による表示を求めた。また、Perchikが、タイプ-1N35のの範囲でsl2R不変形式のコホモロジー(B2,sl2R)のEuler標数Nを計算し、-1=1,0=2,4=-1,7=-1,...を示していた。-1=1と0=2は既によく知られたコホモロジー類に対応し、4=-1は、Gel’fand-Kalinin-Fuksによって発見された次数7のコホモロジー類に対応する。7=-1に対応する非自明なコホモロジー類について、論文提出者は、(B2,sl2R)の次元が1であることと、(B2,sl2R)の生成元を表わす閉9形式の具体的な式を書き下した。さらに、論文提出者は、横断的不変測度が完全となる場合のCalabi不変量の研究をおこない、Calabi不変量をもつリー代数の構成もおこなっている。上の結果を得るための計算は膨大なもので、計算の一部は計算機を駆使して行われているが、計算の組み立て自体、機械的に行われるものではなく、幾何的、代数的な考察が必要とされるものである。論文提出者目時伸哉は、このような考察の後に上記の結果に到達し、これからのBnの計算にひとつの道を与えた。

 このように論文提出者の研究は、これからの横断不変測度を持つ葉層構造の2次特性類の研究の基礎となる非常に重要なものである。よって本論文提出者目時伸哉は博士(数理科学)の学位を授与されるに十分な資格があるものと認める。

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