学位論文要旨



No 115539
著者(漢字) 深谷,太香子
著者(英字)
著者(カナ) フカヤ,タカコ
標題(和) K2群のColeman巾級数の理論
標題(洋) The theory of Coleman power series for K2
報告番号 115539
報告番号 甲15539
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第159号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,和也
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 黒田,成信
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
内容要旨

 Coleman[Co]は剰余体が完全な混標数完備離散付値体の乗法群のnorm compatible systemに対し,Coleman巾級数と呼ばれるある種の巾級数を定義した.これらは岩澤理論などにおいて大変重要な役割を果たし,様々に応用されている.

 この博士論文の主題は,剰余体が非完全でp基底の数が1である,混標数完備離散付値体のK2群のnorm compatible systemに対し,"Coleman power series"をある種の巾級数環のK2群に定義すること,及びその応用を得ることである.

 まず基本的な設定を述べる.

 Kを混標数(0,p)をもつ完備離散付値体とする.kをその剰余体とし,{k:kp]=pを満たすものとする.更にKにおいてpは素元であると仮定する.qを,kのp基底のKへのある持ち上げとし,これを固定する.すべてのn1に対し,Kの代数閉包に含まれる,1の原始pn乗根で,を満たすものと,qのpn乗根,を固定する.そして,KKnとおく.環Aとr0に対し,Kr(A)をr次のQuillenのK詳([Qu]),(A)をr次のMilnorのK群([Mi])とする.Aが体,r=2の時は標準同型(A)Kr(A)が存在するので,これにより両者を同一視して用いる.OKをKの整数環とする.

1.Coleman巾級数

 次の定理がColeman巾級数の存在についての主定理である.

 定理(論文§1Theorem 1.4).以下の標準的な同型が存在する.

 

 ここに,K2(Kn)の逆極限はK群のnorm写像によるものであり,はK2(OK[[-1]][1/(-1)])のある部分群である(論文§1参照).同型(2)はp剰余をとる環準同型OK[[-1]][1/(-1)]→k((-1))により導かれるものである.同型(1)は下で述べる.更に各K群におけるK2(・)はK2(・)の適切な完備化である(論文§1.5参照).

 この定義の同型により,norm compatible system K2(Kn)の各元に対応するの元を"Coleman巾級数"ととらえるのである.

 定理の同型(1)について説明する.それは環準同型

 

 により導かれるものである.ここに,-nは環準同型

 

 で,次のように特徴づけられるものである:-n(q)=,かつをqのkでの像とすると,-nにより導かれる環準同型-n:k→がpn乗写像n:→kの逆写像である.

2.双対指数写像,保型形式との関係

 Kの円分拡大を含む拡大に対する,K群のnorm compatible systemから,Galois cohomologyの逆極限へ向かう,双対指数写像と呼ばれる写像が定義され,非常に重要なものである.K2群のColeman巾級数を用いて双対指数写像を簡明に書き下すことが出来た(論文§1Theorem 1.7参照).

 またこの結果から,保型形式についてもある種の結果を得ることができた(論文§5参照).

3.高次元局所類体論との関係

 以下ではKを特に2次元局所体と仮定する.つまり,Kの剰余体kが有限体を剰余体とする完備離散付値体であるとする.この時,加藤([Ka1],[Ka2],[Ka3])により与えられた高次元局所類体論により,類体論の相互写像が各々

 

 と与えられている.

 一方,Fontaineの理論([Fo1])を剰余体が非完全の場合に一般化することにより,標準同型

 

 が与えられる(論文§2参照).

 これらについて,次の結果が得られた.

 定理(論文各§1Theorem 1.11).次の図式は可換である.

 

 ここに,左の水平方向の同型は1の定理による同型であり,右は同型(1)によるものである.

 定理の証明には,syntomic cohomologyの理論,加藤([Ka4])による混標数で完全とは限らない剰余体を持つ,完備離散付値体に対する,explicit reciprocity law,Witt([Wit]),Fontaine([Fo2])によるWitt symbolに対するexplicit reciprocity law,を用いる(論文§7参照).

 謝辞最後になったが,この博士論文作成及び作成に至るまでの全過程において,お心こもれるご指導を下さった加藤和也先生に私の心からの感謝を申し上げる.

REFERENCES[Co]COLEMAN,R.,Division values in local fields,Invent.Math.53(1979)91-116.[Fo1]FONTAINE,J.-M.,Reprerentations p-adiques des corps locaux,Grothendieck festschrift,vol.2,Birkhouser(1990)249-309.[Fo2]FONTAINE,J.-M.,Sur un theor’eme de Bloch et Kato(lettre a B.Perrin-Riou)(appendice to PERRIN-RIOU,B.,Theorie d’Iwasawa des representations p-adiques),Invent.Math.115(1994)151-161.[Ka1]KATO,K.,A generalization of local class field theory by using K-groups,I,J.Fac.Sci.Univ.of Tokyo,Sec.IA,26(1979)303-376.[Ka2]KATO,K.,A generalization of local class field theory by using K-groups,II,J.Fac.Sci.Univ.of Tokyo,Sec.IA,27(1980)603-683.[Ka3]KATO,K.,A generalization of local class field theory by using K-groups,III,J.Fac.Sci.Univ.of Tokyo,Sec.IA,29(1982)31-43.[Ka4]KATO,K.,Explicit reciprocity law and the cohomology of Fontaine-Messing,Bull.Soc.Math.Fr.119(1991)397-441.[Mi]MILNOR,J.,Algebraic K-theory and quadratic forms,Invent.Math.9(1970)318-344.[Qu]QUILLEN,D.,Higher algebraic K-theory I,Lecture Notes in Math.342,Springer(1973)179-198.[Wit]WITT,E.,Zyklische Korper und Algebren der Charakteristik p vom Grad pn,Struktur diskret bewerteter perfekter Korper mit vollkommenem Restklassenkorper der Charakteritik p,Journal fur die reine und ang.Math.176.126-140(1937).
審査要旨

 深谷太香子氏は、この論文で、Colemanのべき級数の理論のK2版を作りあげた。Colemanのべき級数の理論は、局所体のLubin-Tate拡大体の列において、ノルムについての乗法群の元の射影系が与えられたとき、それにColemanべき級数と呼ばれる形式べき級数が自然に対応するというものである。この射影系として、円単数の系や楕円単数の系をとるときには、対応するColemanべき級数からp進L関数をつくることができる。そしてそのことにより、Colemanべき級数の理論は岩沢理論に応用を持ち、岩沢理論の中で重要な役割をはたしている。

 深谷氏によるColemanべき級数の理論のK2版は次のようなものである。

 普通のColemanべき級数の理論では通常の局所体(p進体の有限次拡大体)を基礎体としてとるが、深谷氏のK2版では、混標数完備離散付値体Kで、その剰余体kがkのp乗元のなす部分体上次数pであるものを基礎体としてとる。(このようなKは、応用上、代数体上の代数曲線の関数体をp進完備化すると得られる。)そしてLubin-Tate拡大の代わりに、Kに1の原始pべき乗根と、kのp-基底をKに持ち上げたものを固定してqとするときqのpべき乗根を共にKに添加して得られる拡大体をとる。深谷氏は、この拡大体の列において、K2の元のノルムについての射影系が与えられたとき、それに或るべき級数環のK2の元(Colemanべき級数の類似物)が自然に対応することを示した。深谷氏はさらに、この対応と2次元局所類体論の関係を解明した。さらに深谷氏は、このK2版Colemanべき級数の理論が、保型形式の岩沢理論に応用できることを示した。この最後の点についてもう少し詳しく述べる。

 初めに述べたように、普通のColemanべき級数の理論においては、乗法群の元の射影系として円単数の系や楕円単数の系をとると、L-関数の値とのp進的な関係が得られるのであるが、深谷氏のK2版においては、基礎体としてモジュラー曲線の関数体のp進完備化をとり、K2の元の射影系として、Beilisonが発見したモジュラー曲線のK2の元の系をとる。すると、これに対応するColemanべき級数の類似物は、上半平面上の保型形式のL関数の値とp進的に関係するのである。これは、円分体や虚2次体の岩沢理論と平行した現象が保型形式の岩沢理論にも存在し、多くの古典的理論が保型形式の岩沢理論に移植できることを示す、意義深い結果である。Beilinsonが発見した元の系が保型形式のL関数の値とp進的に関係することは、加藤和也氏によって既に示されていたが、深谷氏の結果は、この間係を加藤氏よりもずっと一般的な枠組みを用い、Colemanべき級数の理論の一般化の中においてしめしたもので、保型形式の岩沢理論において大きい応用を持つと思われる。

 また、Beilinsonの元の系に対応するColemanべき級数の類似物及びその対数微分は、上半平面上のすべての保型形式のp進L関数の普遍版(各保型形式のp進L関数がそこから特殊化としてえられるもの)であると見られ、このような重要な対象が深谷氏のこの仕事によって自然に得られたことも、深谷氏の理論の優れた点である。

 深谷氏のこの仕事は、syntomic cohomology論や、ノルム体の理論、explicit reciprocity lawなど、多くの道具を使いこなすことによってなされた労作である。今後、保型形式の岩沢理論やp進L関数の理論を発展させていく原動力となると思われる仕事である。

 よって論文提出者深谷太香子は博士(数理科学)の学位を受けるのにふさわしい充分な資格があると認める。

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