学位論文要旨



No 115540
著者(漢字) 小澤,登高
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,ナルタカ
標題(和) 作用素空間における局所理論と局所反射性
標題(洋) Local Theory and Local Reflexivity for Operator Spaces
報告番号 115540
報告番号 甲15540
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第160号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 助教授 山本,昌宏
 京都大学 助教授 泉,正己
内容要旨

 この論文で我々は作用素空間における局所理論と局所反射性の関係について論じる。しかし、おまけもいくつか付けた。

 作用素空間論はBanach空間論と作用素環論のあいのこであり、その対象は付加構造を持つBanach空間である。作用素空間における局所理論とはBanach空間におけるそれと同様、与えられた無限次元空間の構造をその有限次元部分空間の集まりを通して調べることにある。一方、局所反射性は名前に反して作用素空間の大局的な性質であり、ごく限られた作用素空間のみがこの性質を持つ。しかしながら、局所反射的作用素空間は散在しており、ある作用素空間が局所反射的であるかないかを決定するのは一般に困難である。これは、Banach空間が全て(Banach空間として)局所反射的であることと際だった違いを見せつけてくれる。

 今述べたように局所理論と局所反射性には一見なんの関わりもないように見えるが、これまでに、二つの驚くべき結果があった。

 一つはKirchbergとPisierによるC*環及び作用素空間の完全性(exactness)の研究である。彼らはC*環あるいは作用素空間が完全であるかどうかは局所的に決定できることを示した。さらにKirchbergは完全C*環が局所反射的であることを示した(この逆は未解決)。

 もう一つはEffros,Junge,Ruanによる非可換L1空間の研究である。彼らは任意の非可換L1空間の部分空間が強局所反射的であることを示した。非可換L1空間は超積に閉じているので、その部分空間達は局所的に決定できる。

 これらの結果に触発されて筆者は「局所理論と局所反射性」というスローガンを掲げ、二年間に渡り研究を進めてきた。

 この論文では以下の局所的に決まる六つのクラスを調べる。極小空間、Q空間、極大空間の部分空間、完全空間、非可換L1空間の部分空間、Hilbert空間。

 極小空間の局所反射性はJohnson,Rosenthal,ZippinによるBanach空間の局所反射性に過ぎない。

 局所反射的でないQ空間の存在は、B(H)が有界近似性を持たないことと同値でありそれゆえ、Szankowskiの定理から示される。Szankowskiの定理は証明されてから二十年経った今でも人を寄せつけない難解さがある。我々のアプローチによって何かが明らかになりますように。

 局所反射的でない極大空間の部分空間の存在は筆者の楽観的観測を裏切っていまだに未解決である。この問題が可分C*環のidealの補完問題と同値であることを示す。

 完全空間の局所反射性はKirchbergの仕事を真似した筆者らによって示されているが、なぜ完全空間が局所反射的であるのか明確な理由がない。おそらくは作用素空間論が忘れ去ったはずの正値性が関与しているものと思われる。一般化された完全空間の局所反射性はいまだに未解決である。

 Effros,Junge,Ruanによる非可換L1空間の部分空間の強局所反射性はそのある定まった有限次元の部分空間達のなす距離空間がコンパクトであることによって明らかにされる。この結果はKirchbergのQWEP予想がもしかしたら正しいことを暗示している(ような気もする)。

 Hilbert空間は反射的でありそれゆえ局所反射的でもある。

 C*環のBanach空間的性質はもっとされても良いはずなのにこれまであまり研究されてこなかった。しかし、今ではC*環論とBanach空間論を結ぶ作用素空間論がによって三十年前には手の届かなかった問題にも攻撃できる位置にある。

 例えば上で述べたQWEP予想、補完問題、あるいは可分核型C*環の基底問題。

 我々はおまけとしてOikhberg-Rosenthalの定理の簡単な証明を付ける。これは補完問題と関わりがある。また、任意の可分核型C*環が有限次元分解を持つことつまり有限次元部分空間達の直和であることを示す。これは、基底の存在を示すための第一歩である(といいな)。

 最後にいくつかの未解決問題を挙げる。

審査要旨

 本論文では,作用素環論における,作用素空間の理論が研究されている.特に局所理論と局所反射性の関係が中心的話題であり,論文提出者は多くの興味深い結果を得ている.

 作用素空間とは,Hilbert空間の上の有界線形写像のなす線形空間であり,抽象的にはBanach空間にある公理を満たす行列ノルムと呼ばれる構造が入った空間である.局所理論とは,無限次元空間の構造をその有限次元部分空間全体の構造を通じて研究する方法で,Banach空間論において有効であった.一方,局所反射性は,空間X**の任意の有限次元部分空間が適当な意味でXの有限次元部分空間で近似されるという性質である.Banach空間はすべて,(Banach空間として)局所反射的であるが,作用素空間では対応する命題は成り立たず,むしろたいていの作用素空間は局所反射的ではない.局所反射性は(その名前にもかかわらず)作用素空間の大域的性質であり,局所理論とは直接関係あるようには見えない.しかし,Effros-Junge-Ruan,Kirchberg,Pisierらの結果によって意外な関係があることが最近わかってきた.論文提出者はこれらの研究を推し進め,さらに多くの重要な関係を明らかにした.

 Banach空間Xは,可換C*-環に埋め込むことができるので,これにより作用素空間の構造を入れることができる.このような作用素空間を極小空間という.極小空間の部分空間は再び極小空間であるが,極小空間の商空間は極小空間とは限らない.そこで,極小空間の商空間であるような空間をQ空間と言う.極小空間が局所反射的であることは,Banach空間の局所反射性から従うが,Q空間について局所反射性が常に成立するかどうかがPisierらによって問題とされて来た.論文提出者は反例を構成することによりこの問題を否定的に解決した.

 一方,Banach空間Xに作用素空間の構造を入れる標準的方法はもう一つあり,そのようにして作られた作用素空間を極大空間という.極大空間の部分空間は極大空間とは限らず,そのような空間は部分極大空間と言われる.部分極大空間が局所反射的であるかどうかというのが未解決の予想であり,論文提出者はこの予想について同値な4つの言い換えを得た.そのうちの1つの条件については,自然な形でより強い条件に置き換えたものを考えることができ,その強い形が成り立つかどうかが,Pisierによって問題とされていたが,論文提出者はこの強い形の予想に対する反例を構成した.すなわち,余完全ではない部分極大空間の例を構成したのである.

 非可換L1空間の部分空間についても論文提出者は目覚しい成果を得た.すなわち,非可換L1空間のd次元の部分空間全体は,CB距離についてコンパクトであることを示したのである.これは,Junge-Le Merdyの最近の深い結果を使用して得られたものであるが,この方面でのもっとも強い結果であり,Effros-Junge-Ruanによる基本定理である非可換L1空間の局所反射性の,成立する「理由」を明らかにするものである.非可換L1空間の部分空間という条件を落としてすべてのd次元作用素空間を考えると,このコンパクト性は成り立たないことがJunge-Pisierによって示されており,これがテンソル積に関する興味深い結果を導くのだが,非可換L1空間ではそのようなことはおこらないという好対照を示している.またこの結果は,Kicrhbergによる大予想であるQWEP予想にアタックする新しい道を示していると考えられる.

 さらに,任意の可分核型C*-環が有限次元分解を持つこと,つまり有限次元部分空間達の直和であることも示している.これは,核型C*-環の有限次元部分空間に関するRosenthalの予想の肯定的解決から従うものである.

 また,Effros-Ruanとの共著の参考論文中において,論文提出者は1-完全な作用素空間は,局所反射的であることを示した.これは,KirchbergのC*-環に関する結果を一般化した興味深い結果である.さらにこの論文中で,局所反射性が「可分的」に決定できることを示したのも,論文提出者の貢献である.

 また.Ngとの共著の参考論文中では,非可換L1空間の間の完全等距離的な埋込みについて研究した.さらに単著の参考論文中においては,この結果に誤差を許したタイプの結果も得ている.これはL1空間に対するDorの定理の作用素空間版と考えられるが,誤差なしの埋込みの場合に比べ,大幅な技術的困難が現れる.論文提出者は高度な技巧によって,この困難を乗り越えている.

 以上の結果は作用素空間論に対する重要な貢献であり,よって,論文提出者小沢登高は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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