学位論文要旨



No 115543
著者(漢字) 中藤,誠二
著者(英字)
著者(カナ) ナカトウ,セイジ
標題(和) 矩形柱周りの流れ場と発生する空力音の特性
標題(洋)
報告番号 115543
報告番号 甲15543
学位授与日 2000.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4731号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 木村,吉郎
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 磯部,雅彦
内容要旨 要旨を表示する

 空力音は,航空機や高速鉄道,自動車から発生するものを対象に主に研究が行われてきたが,建設分野においても高層ビルや橋梁の高欄等から強風時に空力騒音が発生して問題となる場合がある.空力音の発生は様々な要因が影響しあった複雑なものであり,発生メカニズムも十分に明らかにされていないため,空力騒音に対する対策は試行錯誤的なものとなっている.構造物を構成する個々の構造部材から発生する空力音についても,円柱については理論的な研究及び実験による検証が行われており,その成果が蓄積されているが,円柱以外については正方形角柱についての実験的研究がわずかにあるのみで,発生する空力音の特性は明らかにされていない.

 構造物から発生する空力音の特性を明らかにしていくためには,まず個々の構造部材から発生する空力音特性を明らかにしていくことが重要であり,また,その音源となる流れ場に着目して空力音との関係を明らかにすることは,空力騒音の予測手法および効果的な対策手法を確立するための重要な知見を与えるものであると考える.

 そこで本論文では,基本的な構造部材である矩形柱を対象として,発生する空力音の特性について明らかにし,その音源となる矩形柱周りの流れ場の特性との関係を明らかにすることを目的とした.

 空力音の測定は低騒音風洞を用いて行ったが,今回,測定対象とした空力音の周波数範囲が暗騒音が比較的大きい低周波数域であったので,暗騒音の大きさが矩形柱から発生する空力音よりも十分小さくなるように壁面の吸音化やノズルロの縮流を行った.それによって暗騒音レベルが10〜20dB減少し,より精度の高い空力音の測定が可能となった.

 矩形柱から発生する空力音特性は,その辺長比および迎角によって大きく異なる傾向を示した.辺長比1の正方形角柱から発生する空力音は,迎角0°から2°にかけて音圧レベルは増加し,発生周波数はわずかに減少した.その後,音圧レベルは急激に減少し,迎角約10°において音圧レベルは最小となり,発生周波数は最大となった.音圧レベルの大きさは迎角2°に比べると,約10〜20dB小さい.辺長比3の矩形柱では,発生周波数および音圧レベルともに迎角約1°で最大となった.迎角が増加するにつれ,発生周波数は迎角90°まで滑らかに減少した.一方,音圧レベルは迎角が増加すると急激に小さくなり,迎角約10°で最小値となった.10°より大きい迎角では音圧レベルは滑らかに変化した.辺長比5では,周波数は辺長比3の場合と同様の変化の傾向を示したが,音圧レベルは迎角が増加するにつれ急激に増加し,約5°で最大値をとった後,迎角10°まで急激に減少し,それ以降滑らかに変化した.辺長比7.5については,迎角0〜5°範囲では比較的高周波数の空力音が発生し,それより大きい迎角では約半分の周波数を基本周波数とするスペクトルのピークが生じた.前者の音圧レベルは,迎角0°において最大値となり,後者の音圧レベルは迎角約9°で最大値となった.

 前縁ではく離した流れに着目した考察の結果,辺長比1でははく離流れが後縁に再付着する迎角において最小値をとり,一方,辺長比3,5,7.5では再付着していたはく離流れが負圧面において後縁から離れる迎角において最大値をとることが分かった.

 迎角0°において,横幅を代表長さとしたSt数は,辺長比1の正方形柱でもっとも小さく,辺長比3,5はほぼ同じ値となり,辺長比7.5では辺長比3,5の約2倍の値となった.音圧レベルは,辺長比が増加するにつれて徐々に減少する傾向が見られた.

 次に,辺長比3の矩形柱について音源として考えられる物体表面の変動圧力と前述の空力音特性との関係について調べた.迎角0°においては,側面上流側の圧力は同位相で変動しており,その振幅は小さく,一方,側面下流側の圧力変動は振幅が大きく,位相が下流側に向かって遅れることが分かった.これらは,それぞれ束縛渦と側面を流下する渦に起因する可能性が考えられる.迎角が増加するにつれて,音圧レベルの減少に対応して変動圧力の大きさは小さくなった.また,支配的な音源領域が迎角15°付近までは,側面下流側にあり,それ以降は,最下流側隅角部に存在することが分かった.

 矩形柱の軸方向の流れ場の相関が,発生する空力音に及ぼす影響について調べたところ,迎角のわずかな変化によって相関長さは大きく変動し,その変化の傾向は音圧レベルの変化の傾向と対応していることが分かった.また,辺長比1,5においては,風速の増加によって,相関長さが急激に増加し,それに対応して音圧レベルも大きくなっており,音圧レベルの変化に相関長さの変化が大きく寄与していることが分かった.

審査要旨 要旨を表示する

橋梁の高欄や高層ビルの付属物などの構造物から,強風時に音が発生して環境問題となることがある.こうした音は,物体周りの流れから生じるもので,空力音と呼ばれる.空力音の問題は,高速列車や自動車,または送電線などの分野において主に行われてきたが,実物またはそれを縮尺した模型に対する風洞実験などを実施して,空力音の低減を試行錯誤によりはかることがほとんどであり,その発生メカニズムについては明らかとはなっていない問題が多い.すなわち空力音の予測手法は存在せず,そのため構造物から発生する空力音についても,問題が発生してから初めて対策が試行錯誤的に検討されているのが現状である.

 空力音に関する基礎的研究としては,Lighthillによる音響方程式ならびに固体面の影響を考慮したCurleの理論があり,円柱から発生するエオルス音については,その適用性が風洞実験によりある程度確認されている.しかしながら,構造物において用いられることの多い矩形断面柱から発生する空力音に対しては,正方形柱についての実験的研究が1,2あるのみで,その特性は明らかではない.

 そこで本研究においては,構造基本断面として矩形柱を対象とし,発生する空力音の特性ならびに,その周辺流れ場の特性との関係を明らかにすることを目的としている.実際の構造物は複数の部材から構成されており,空力音の発生メカニズムも極めて複雑であるものと考えられるが,単独矩形柱を対象とした本研究の成果は,構造物から発生する空力音の発生メカニズムの解明に向けての第一段階として位置付けられる.

 提出論文においては,まず第1章において研究の背景と目的を明らかにした後,第2章において既往の研究のレビューを行っている.空力音の予測手法として現在用いられることの多いLighthill-Curleの音響モデルを中心とした解析的研究ならびに円柱から発生する空力音に対する定式化および低騒音風洞実験による検証について述べた後,本研究で対象とする矩形柱周りの流れ場に関する既往の研究についてレビューしてとりまとめている.

 第3章においては,本研究で行った低騒音風洞実験の手法について述べられている.空力音の測定精度の向上のため,硬質ウレタンによる縮流比の増加,開放型測定部の下流側に位置する測定胴内部をスポンジで覆うことなどにより,さらなる低騒音化の工夫が述べられている.円柱から発生する空力音を測定した結果,周波数が100Hz以上となる風速域においては,相関長さを考慮した円柱に対する式とほぼ一致し,既往の実験結果と整合していることから,こうした場合には測定精度は良好であるとしている.

 第4章においては,辺長比が1:1,1:3,1:5および1:7.5の矩形柱に対して,迎角ならびに風速が異なる場合に発生する空力音の音圧レベルならびに周波数の変化を測定した.辺長比1の正方形角柱から発生する空力音は,迎角約2°で音圧レベルが最大となり,前縁で剥離した流れが再付着するようになる迎角約10°において発生周波数が最大,音圧レベルが最小となった.辺長比3の矩形柱では,発生周波数および音圧レベルがともに迎角約1°で最大となった.迎角が増加すると,発生周波数は滑らかに減少した.迎角の増加とともに音圧レベルは急減し,迎角約10°で最小値をとった.辺長比5および7.5では,迎角0°においては再付着していた流れが剥離するようになると考えられる迎角5°および9°付近で音圧レベルが最大となった.

 以上のように,矩形柱から発生する空力音は,辺長比と迎角の違いによって特性が異なるが,辺長比3,5,7.5の矩形柱においては,流れが再付着と完全剥離の境目で不安定となるような迎角において音圧レベルが最大となることを明らかにしている.

 続いて辺長比3の矩形柱を対象として,音源として考えられる物体表面の変動圧力と空力音の特性の関係を調べた(第5章).迎角0°付近では,束縛渦に起因すると考えられる側面上流側の振幅が小さく同位相の圧力変動と,側面を流下する渦に起因すると考えられる側面下流側の振幅が大きく位相が下流方向に向かって遅れる圧力変動がみられた.表面変動圧力は,迎角15°以下では側面下流側,それ以上の迎角では最下流側の隅角部において変動が大きくなっており,この領域が音源として支配的となっているとの知見を得ている.

 さらに空力音の大きさには,物体軸方向の相関が影響すると考えられるため,矩形柱の後流の軸方向相関を測定し,空力音との関係を調べた(第6章).迎角の違いに対しては,一般に空間相関は音圧レベルの変化に対応するような傾向を示した.しかし定量的には空間相関の変化による寄与だけでは音圧レベルの変化を説明できず,表面変動圧力も空間相関ととも変化しているものと考えられた.辺長比1と5の矩形柱においては,風速の増加にともなって相関長さが増加し,特に正方形柱に対しては相関長さの増加を考慮することによって,風速にともなう音圧レベルの増加が,風速の6乗よりも大きくなる風速域の存在を定量的にも良く説明できている.

 以上のように本研究は,矩形柱から発生する空力音の特性を明らかにし,表面変動圧力の特性や変動風速の空間相関などの流れ場の特性との関係について議論したものであり,構造物から発生する空力音の特性を理解していく上で,有用な知見を与えるものと判断される.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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