学位論文要旨



No 115547
著者(漢字) 加藤,重広
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,シゲヒロ
標題(和) 日本語における修飾構造と品詞体系
標題(洋)
報告番号 115547
報告番号 甲15547
学位授与日 2000.04.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第280号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 湯川,恭敏
 東京大学 教授 上野,善道
 東京大学 教授 熊本,裕
 東京大学 助教授 林,徹
 東京大学 助教授 菊地,康人
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,従来の品詞区分の再検討を行うことを視野にいれつつ,日本語における修飾現象を文法論的な観点と語用論的な観点から分析し,その構造や規則を解明しようとするものである。これまで,修飾は専ら文法論的にのみ分析されてきており,語用論的な要因を考慮したものはほとんどなかったが,本論文では,文法論的な要因だけでなく,語用論的な要因も深く関わっていることを指摘する。

 本論文は,4部8章で構成され,第1部第1章では,「修飾」を検討する際の基本的な問題を検討した。特に,「修飾」を(1)意味的修飾,(2)機能的修飾,(3)構造的修飾に分けることを提案するなど,その後の分析を論理的に明晰に展開するための予備的分析を行った。

 第2部は「連体修飾論」と題し,前半の第2章では形容動詞をめぐる問題を検討し,後半の第3章では関係節構造をめぐる問題を論じている。第2章では,形容動詞と名詞が連続的に分布すること,認知的な要因を反映して語用論的に決定される部分があること,自己意思制御性や段階性など本来意味論的な要因が語用論的な要因ともなりうること,連体修飾に現れる「な」が生産的な機能を持っていることを指摘し,形容動詞という品詞を設定して記述することの不合理性を主張した。あわせて,時制に関わる解釈が語の統語上の性質に大きく影響することも指摘した。第3章では,関係節構造をめぐる先行研究を批判的に再検討・整理し,日本語の関係節構造の分析において,内の関係・外の関係に分けることが不合理であること,その成立が語用論的な要因にかなり左右されていること,などを指摘した。あわせて,題目文化や連想照応とは完全な平行性がないこと,指示性や特色づけといった機能も考慮しなければならないことなどを示した。

 第3部は「連用修飾論」と題して,まず第4章では「Xに」「Xと」「Xで」などの形式を分析した。これらの「に・と・で」は格助詞と活用語尾が連続的で,そういった区分が無効であること,それぞれが固有の意味機能を持っていることを指摘した。続いて,第5章では名詞句が無助詞で用いられる現象に着目し,これを《ゼロ助詞》と呼ぶゼロ形態が存在するとして分析し,先行研究を整理しながら,《ゼロ助詞》は語用論的に用いられ,マークされる名詞句が焦点として解釈されることを回避させる働き(脱焦点化機能)を有することを示した。第6章では,相対時称詞と絶対時称詞という区分で時称詞の直後の助詞の出現を規則化する主張が誤りであることを示し,そこでも同じように語用論的な要素が関わっていること,特に《ゼロ助詞》と同じ考え方が適用可能であることを指摘した。

 第4部では,連体修飾と連用修飾の対応関係について検討し,品詞区分を再検討する作業を行った具体的には,数量詞文における連体修飾と連用修飾の対応関係が,話者の認知を反映した語用論的なものであること,変化動詞文などを主とするそれ以外の対応については連体修飾を成立させる条件と連用修飾を成立させる条件が異なっており,一見同義に解釈できるものも厳密には同義ではないこと,などを主張した。最後に,これまで名詞・形容動詞(の語幹)・副詞(の一部)・連体詞とされてきたものの多くをより精密に記述する方法を提案し,これらを一括して一つの品詞として扱うことを主張した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、文法論と語用論の両面から、日本語の連体修飾と連用修飾について論じ、あわせて品詞区分について検討したものである。

 第1部においては、「修飾」という概念についての一般的考察を行い、第2部においては、連体修飾について、いわゆる形容動詞をどう考えるべきか、関係節がどういう場合に成立しうるかを中心に考察を加え、第3部においては、連用修飾について、それをどう分類すべきか、ゼロ助詞(つまり、名詞が助詞を伴わないであらわれる場合)の機能をどうとらえるべきか、などを中心に論じ、第4部においては、数量詞の問題、品詞の問題等を考察する。品詞論では、名詞、形容動詞(の語幹)、副詞、連体詞(の一部の語幹)の間に明確な境目が存在しないとして、一つの品詞と扱った上で下位区分することを主張している。

 本論文は、厖大な先行文献を批判的に扱うとともに、作例を含む多くの日本語例文を自らの言語感覚を駆使して検討し、連体修飾と連用修飾に関する数多くの問題についての解明をはかっている。扱っている分野がきわめて広範囲に及ぶため、全体としての論旨のまとまりにやや欠ける感が否めないが、個々の問題の分析、特に語用論的観点からの説明はかなり説得力がある。また、日本語の連体修飾や連用修飾に関して検討すべき問題を全面的に提示したこと自体にも価値が認められる。

 純粋に文法論的な観点からのとらえ方の弱さが指摘しうるが、それも全体としての価値を損なうとはいえず、今後の日本語研究に貢献するところが相当あるといえよう。

 以上のような評価により、本論文が博士(文学)の学位を授与するに足るものであると結論する。

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