No | 115551 | |
著者(漢字) | 大澤,宜明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオサワ,ヨシアキ | |
標題(和) | 継代を重ねたヒト胎児由来線維芽細胞株WI38におけるIL-1により誘導されるP53非依存的なP21WAF1の発現 | |
標題(洋) | IL-1induces expression of p21WAF1 independent of p53 in high passage human embryonic fibroblasts WI38. | |
報告番号 | 115551 | |
報告番号 | 甲15551 | |
学位授与日 | 2000.04.19 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1669号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 社会医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景及び目的 哺乳動物細胞の増殖は、様々な因子の相互作用により調節されている。増殖するサイクルである細胞周期はCyclinの発現及びCyclin-dependent kinase(Cdk)との複合体の形成、活性化により制御されている。近年、これらの複合体の活性化を阻害するCyclin dependent kinase inhibitorが明らかとなった。p21WAF1はCyclin-Cdk複合体に結合し、活性化を阻害する細胞周期調節因子である。p21WAF1遺伝子はpromoter上流にがん抑制遺伝子、p53の結合部位を持ち、p53により発現が制御されていると考えられている。しかしながら、我々の研究室では、p53を欠く白血病細胞での放射線によるp21WAF1の発現の誘導を報告している。 一方、細胞の増殖はサイトカインなどの増殖因子により制御を受けている。多機能型サイトカインとして働き、様々な生物活性を与えるInterleukin-1(IL-1)は増殖因子として同定されたが、増殖を阻害する働きも持つ。また、IL-1と多くの共通する生理活性をもつTumor Necrosis Factor(TNF)は、p21WAF1を誘導する。さらに、ある種の細胞では放射線によるp21WAF1の誘導は、TNFの産生を介している。 p21WAF1は老化の進んだ細胞で高発現している因子として同定されたことから、培養細胞系において継代を制御する上での重要な調節因子と考えられていたが、最近の知見によると、p21WAF1による増殖阻害効果は細胞の種類及び外的因子によって異なる。今回、細胞の増殖抑制とp21WAF1の発現誘導との関係を明らかにするため、IL-1により誘導されたp21WAF1のcell cycleに対する影響、また、誘導されるp21WAF1の発現機構に対するp53タンパク質の活性化との関係について検討した。 2.方法及び結果 1) 旧ヒト線維芽細胞株WI38における継代の差による増殖性及びDNA損傷に対するp53の発現: 継代の異なる胎児ヒト線維芽細胞株WI38における細胞の増殖性を比較したところ、4日目まではほぼ同様の増殖率を示した後、5日目以降では継代早期の細胞は定常状態となるのに対して、継代を重ねた細胞は増殖し続けた。 さらに、UV(20J/m2)及びactinomycin D(5μg/ml)刺激により、継代早期の細胞でのみp53タンパク質の発現が上昇した。 2) p21WAF1の発現は継代を重ねた細胞でのみIL-1により誘導され、継代早期の細胞では誘導されない:IL-1により誘導されるp21WAF1の発現をWestern blottingにて検討した。継代を重ねた細胞及び継代早期の細胞にIL-1(100U/ml)を添加し、p21WAF1タンパク質の24時間までの発現量の変化を検討した(Fig.2)。IL-1によりp21WAF1タンパク質の発現は継代を重ねたWI38細胞でのみ顕著に上昇したが、継代早期の細胞では上昇しなかった。継代を重ねた細胞でのIL-1によるp21WAF1の発現は刺激後3時間で増加がみられ、6時間で最大を示した。刺激後24時間でもp21WAF1タンパク質は、無刺激状態のものと比較して高かった。IL-1の刺激に対するp53の発現の変化は両細胞で認められなかった。 3) 継代を重ねた細胞ではIL-1によりp21WAF1はmRNAレベルで誘導される:継代を重ねたWI38での、IL-1によるp21WAF1の誘導をmRNAレベルで検討した。様々な濃度によるIL-1刺激後のp21WAF1 mRNAの発現を、Northern blottingにてみた。p21WAF1 mRNAは恒常的に発現しており、さらに、IL-1の刺激により、濃度依存的に上昇した(Fig.3)。 4) 継代を重ねた細胞でのIL-1による細胞周期への効果:IL-1により誘導されるp21WAF1タンパク質の細胞周期の進行に対する影響を検討した。継代を重ねたWI38を無血清状態で48時間培養してG0/G1期に同調させた後、再び血清刺激にて細胞周期を進行させた際のIL-1による影響をみた。propidium iodideで核を染色した後FACSにて細胞周期の各期の割合を解析したところ、IL-1存在下での細胞周期の進行は非存在下と比較して、顕著な差はみられなかった(Table 1)。 5) IL-1によるCdk kinase活性に対する効果:IL-1により誘導されるp21WAF1の生理活性を検討した。抽出したタンパク質より抗p21WAF1抗体でp21WAF1タンパク質を免疫沈降法により回収した。SDS-PAGEを行い、抗Cdk2,4,6抗体を用いてWestern blottingを行った。Cdk2、Cdk4及びCdk6と結合したp21WAF1の量はIL-1により増加した(Fig.4A)。 さらにCdk-p21WAF1複合体による、標的タンパク質のリン酸化の阻害作用について検討した。ヒストンH1を外的基質としたkinase assayでは基質のリン酸化は阻害されなかった(Fig.4B,c)。 6) IL-1によるretinoblastoma gene productのリン酸化への効果:Cdkによりリン酸化調節を受ける細胞内標的タンパク質の一つである、retinoblastoma gene product(Rb)について、電気泳動の移動度の違いによるリン酸化の差を検討した。 IL-1はRbのリン酸化に影響を与えなかった(Fig.5)。 7) IL-1の刺激による細胞周期関連タンパク質群の発現への効果:p21WAF1の標的タンパク質群であるCdk2、Cdk4、および細胞周期タンパク質群であるcyclin E、cyclin D1、さらにCdk2と結合するcyclin A, cyclin E、また、p21WAF1ファミリーのCdk inhibitorであるp27Kip1タンパク質の発現をWestern blottingにて検討した。対照群と比較して、IL-1の刺激によってp27Kip1タンパク質の発現が減少したが、他のタンパク質には影響を与えなかった(Fig.6)。 8) 継代を重ねた細胞でのp21WAF1強制発現による増殖への影響: 継代を重ねたWI38細胞においてp21WAF1を強制発現させた際の増殖に対する効果について検討した。p21WAF1発現ベクターを細胞内に導入し、Hygromycine B処理にてstable transfectantを得た。p21WAF1を強制発現させたもの及びコントロールベクターのみを導入したものとでの増殖に差は認められなかった(Fig.7)。 9) p53の機能面からみた21WAF1の発現への影響: Transcriptional run-on assayにより、継代を重ねたWI38細胞ではIL-1の刺激によりp21WAF1は転写レベルが増加する事を示した(Fig.8)。p53タンパク質の増加は認められなかった。さらに、IL-1により誘導されるp21WAF1の発現はp53に依存しない発現経路により誘導されているかを検討するため、p53結合部位を持ったCAT reporter geneをelectroporation法により細胞内に導入した。wt p53を強制発現させた細胞ではCAT reporter geneの活性が増加したのに対し、IL-1の刺激では増加は認められなかった(Fig.9)。さらに、Gel-shift assayによりp21WAF1 promoter領域に存在するp53結合部位との結合能を検討したところ、IL-1によるp53タンパク質の結合能は増強しなかった(Fig.10)。 3まとめ及び考察 今回の研究では、IL-1は継代を重ねたWI38細胞においてのみp21WAF1の発現を誘導することを示した。しかしながら、誘導されたp21WAF1は細胞周期に影響を与えなかった。また、このIL-1によるp21WAF1の発現誘導は、p53の活性化を伴わなかった。 IL-1はCdk2のkinase活性を阻害せず、細胞周期に影響を与えなかった。p21WAF1は休止期にある細胞が、増殖刺激を受けると一過的に発現が上昇し、初期応答遺伝子として働くことが報告されているが、IL-1の刺激による発現上昇は24時間まで維持されていた。この事から、初期応答として働いていたとは考えにくく、以下の可能性が示唆される。(1)IL-1により誘導されるp21WAF1の発現量が不十分であり、Cyclin-Cdk複合体の活性を完全に阻害するに至らない。(2)IL-1の刺激によりp27Kip1の発現が減少したこと、p21WAF1を強制発現させても細胞増殖に大きな影響はなかったことから、継代を重ねたWI38細胞での細胞周期調節にはp21WAF1以外の制御因子が働いていると想定される。また、増殖刺激などによるp53非依存的な細胞周期の調節機構ではp27Kip1がより重要な役割を持つ可能性がある。さらに、ある種の細胞ではIL-1と類似した生理作用を持つTNFにより誘導されるp21WAF1は細胞周期に作用しないこと等が報告されている。以上のことから、継代を重ねたWI38細胞におけるIL-1によるp21WAF1の発現誘導は、p53非依存的なp21WAF1誘導機構の一つであり、さらにp21WAF1によらない細胞周期調節機構の存在を示唆するものである。 Fig.1A Fig.1B Fig.5 Fig.2A Fig.2B Fig.6 Fig.3A Fig.3B Fig.7 Table 1 Fig.8A Fig.8B Fig.4A Fig.4B Fig.9 Fig.10 | |
審査要旨 | p21WAF1遺伝子の発現は、がん抑制遺伝子の一つであるp53により発現が制御されており、哺乳動物細胞の増殖を調節する因子として重要な役割を果たしていると考えられる。本研究は、ヒト胎児由来の線維芽細胞WI38を用いて、IL-1によるp21WAF1遺伝子の発現への影響、その生物活性、またp21WAF1の発現機構にっいて検討し、下記の結果を得た。 1. 世代の異なる胎児ヒト線維芽細胞株WI38における細胞の増殖性を比較したところ、継代早期の細胞は増殖した後、定常状態を示すのに対して、継代を重ねた細胞は増殖し続けることを示した。さらに、UV(20J/m2)及びactinomycin D(5μg/ml)刺激では、継代早期の細胞でのみp53タンパク質の発現が上昇することをWestern blottingにより示した。 2. IL-1(100U/ml)の刺激によりp21WAF1タンパク質の発現は継代を重ねた細胞でのみ顕著に上昇するが、継代早期の細胞では上昇は認められなかった。継代を重ねた細胞でのIL-1によるp21WAF1の発現は刺激後3時間で増加し、6時間で最大を示した。刺激後24時間でもp21WAF1タンパク質は、無刺激状態のものと比較して高い事を示した。IL-1の刺激に対するp53の発現の変化は両細胞で共に認められなかった。 3. 継代を重ねたWI38でのp21WAF1mRNAは恒常的に発現し、さらに、IL-1の刺激により、濃度依存的に上昇する事をNorthern blottingにより示した。 継代を重ねたWI38を無血清状態で48時間培養してG0/G1期に同調させた後、再び血清刺激にて細胞周期を進行させた際の各期の割合を解析した。 IL-1存在下での細胞周期の進行は非存在下と比較して、差は認められない事からIL-1によるp21WAF1タンパク質の発現の上昇は細胞周期の進行に影響を与えないことを示した。 4. 抽出したタンパク質より抗p21WAF1抗体でp21WAF1タンパク質を免疫沈降法により回収した。SDS-PAGEを行い、抗Cdk2,4,6抗体を用いてWestern blottingを行った。Cdk2、Cdk4及びCdk6と結合したp21WAF1の量がIL-1により増加する事を示した。さらに、Cdk-p21WAF1複合体による、標的タンパク質のリン酸化の阻害作用について検討した。ヒストンH1を外的基質としたkinase assayでは誘導されたp21WAF1による基質のリン酸化の阻害は認められなかった。 5. Cdkによりリン酸化調節を受ける細胞内標的タンパク質の一つである、 retinoblastoma gene product(Rb)について、電気泳動の移動度の違いによるリン酸化の差を検討した。IL-1はRbのリン酸化に影響を与えなかった事からIL-1により誘導されたp21WAF1はCdkと複合体を形成するが、活性を阻害できない事を示した。 6. p21WAF1の標的タンパク質群であるCdk2、Cdk4、および細胞周期タンパク質群であるcyclin E、cyclin D1、さらにCdk2と結合するcyclin A,cyclin EはIL-1の刺激による発現の変化は認められなかった。p21WAF1ファミリーのCdk inhibitorであるp27Kip1タンパク質の発現がIL-1の刺激により減少する事を示した。 7. p21WAF1発現ベクターを継代を重ねた細胞に導入し、Hygromycine B処理にてstable transfectantを得た。p21WAF1を強制発現させたもの及びコントロールベクターのみを導入したものとでの増殖に顕著な差は認められなかった事から、継代を重ねたWI38でp21WAF1を強制発現させた際の増殖阻害効果は認められなかった。 8. Transcriptional run-on assayにより、継代を重ねたWI38細胞ではIL-1の刺激によりp21WAF1RNAの転写が増加する事を示した。p53タンパク質の増加は認められない事から、IL-1により誘導されるp21WAF1の発現はp53に依存しない発現経路により誘導されている可能性が示唆された。さらにp53結合部位を持ったCAT reporter geneをelectroporation法により細胞内に導入した後にCAT assayを行った。wtp53を強制発現させた細胞ではCAT reporter geneの活性が増加したのに対し、IL-1の刺激では増加は認められなかった。さらに、Gel-shift assayによりp21WAF1 promoter領域に存在するp53結合部位との結合能を調べところ、IL-1によるp53タンパク質の結合能は増強されないことを示した。これらのことから、IL-1により誘導されるp21WAF1はp53タンパク質の転写活性化を伴わない事を示した。 以上のように、本論文は継代を重ねた胎児ヒト線維芽細胞株WI38において、contact inhibitionがかからない状態の解明を行い、IL-1により誘導されるp21WAF1の発現機構及び作用が、従来の知見とは全て異なった状態及び動態であることを明らかにした。本研究は、継代を重ねてcontact inhibitionがかからない状態の細胞の増殖機構及び細胞周期調節因子の発現機構の解明に関して重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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