学位論文要旨



No 115559
著者(漢字) 村上,敬司
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ケイジ
標題(和) 一方向凝固現象のその場観察エアロゲル炉の開発及び微小重力環境への応用
標題(洋)
報告番号 115559
報告番号 甲15559
学位授与日 2000.05.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4740号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨 要旨を表示する

 金属材料の凝固現象は、様々な材料を製造する上において重要なものであり、凝固現象解明のための研究が盛んに行われている。一般に、凝固現象の解明のために一方向凝固実験を行う時には、凝固速度、温度勾配が重要なパラメーターとなる。そのため、凝固現象一般の理論解明を目的とするその場合には、温度勾配、凝固速度の正確な測定が不可欠である。金属材料の溶解・凝固プロセスにおける現象解明の重要性は認識されているが、サクシノニトリル等の透明な材料を使用した溶液の結晶成長観察実験に比較すると、その現象解明、特に温度場・凝固速度等のその場観察用ツール(装置・手法)が存在せず、実験時に測定できる項目は、熱電対等を使用した本来の現象の擾乱を伴った温度データのみであり、凝固速度については炉の移動速度としているため、凝固組織への定量的影響の議論ができないのが現状である。一方で、金属材料の凝固現象を解明するにあたり、今までにはない実験方法として微少重力環境(スペースシャトル、航空機、落下塔等を使って)をパラメータとする研究が多く実施されるようになってきている。そこで、本論文においては、エアロゲルという透明な新材料を使った、その場観察機能付きの一方向凝固炉を開発し、アルミニウム−シリコン系合金の共晶点付近の組成において、一方向凝固実験を行い、凝固速度と、固液界面における温度勾配の制御が可能であることを確認した。

 エアロゲルは、酸化物をその原成分とする材料であり、その体積率の90%以上が空気である気泡性の材料であり、ほとんどの酸化物から作製可能である。本論文においては、酸化珪素(SiO2)をその組成としたエアロゲルを使用した。酸化珪素を使ったエアロゲルは、1〜10nmの径の粒子が鎖状にあちこちで合流・分岐する3次元的に複雑な構造をしており、その特性としては、

 (1) 断熱性に優れていること

 (2) ほとんどの金属と濡れないこと

 (3) 可視帯以上の波長(特に赤外域)において透明なこと

 (4) 加工が簡易なこと

が、挙げられる。

 本論文においては、上記のようなエアロゲルの特徴を生かして、試料を直接観察することが可能なるつぼ、兼 断熱材としてエアロゲルを使用して、一方向凝固炉の開発を行った。

 微小重力環境下での一方向凝固炉としては、小型・簡単・低機能の装置開発の方向と、大型・複雑・軌道上その場観察機能を充実した装置の開発という、2方向に分かれつつあるのが現状であり、今回開発したエアロゲル炉は、小型ではあるが優れた観機構を備えている点で優れている。

 共晶系の合金に関する凝固の理論は1960年代においてJackson、Huntにより構築された。その後、この理論により実験結果のほとんどを説明可能となった。共晶組織間距離(λ)と凝固速度(V)の関係は、λ2V=一定となり、一定値は拡散係数(D)、状態図の共晶点における傾き等から導き出されることとされている。しかし、いまだにλ2Vの「一定値」の値についての量的な確定は、固液界面がファセット形状の合金においてはなされておらず、過冷却を最小にするようにλの値が決定されるという理論に基づく共晶組織間距離の推定については、平面界面形状の場合には成立するが、アルミニウム-シリコン共晶系合金のような不規則界面を形成する材料に対しては有効ではなく、実験結果も理論と一致しない。そこで、凝固速度の正確な測定を可能とし、温度勾配の正確な測定を可能とする実験装置を用い、実験時の振動擾乱条件を一定にすれば、アルミニウム-シリコン系も含めた不規則界面を持つ共晶系合金の一方向凝固現象の解明が促進されると考えられるため、これらを可能とする実験装置の開発を目指すこととした。

 装置の開発としては、既存の赤外ランプ過熱炉・エアロゲル、さらには市販のCCDカメラを用いて、一方向凝固時の固液界面観察の可能性を確認した。また、エアロゲルの上下にヒーターを配置し、ヒーターの温度制御を行うことにより、エアロゲル中の試料を一方向凝固させる炉を製作した。エアロゲルを通して一方向凝固時の試料の放射光を特に赤外域において計測することにより、その輝度から温度場への換算を実施し、温度場が実際の試料の温度となっていることを確認した。また、試料の固液界面位置の変移を放射光の輝度分布から捉えることに成功した。

 さらに、炉への改良を加え、真空雰囲気中で一方向凝固実験を行えるようにした炉を用いてアルミニウム-シリコン系共晶合金を用いて一方向凝固実験を行い、共晶組織間距離(λ)を計測した。さらに一方向凝固実験として、振動を付加した状態でも行い、振動付加に伴うλの変化を比較し、対流が一方向凝固時の組織間距離に及ぼす影響について確認した。また、融液の対流に関するシミュレーションを実施し、実験結果との比較を行い、エアロゲルを使った観察結果が有用であることを確認した。

 最後に、開発を行ったエアロゲル炉の有効性について詳細評価を行った。詳細評価としては、凝固速度・温度勾配等を計算及び実験結果から一定に保ちつつ一方向凝固実験可能であることを確認した。また、本システムの中心となるエアロゲルの断熱性の評価として、固液界面が平坦であることを確認した。

 さらに、開発したエアロゲル炉は基本的に駆動機構が存在せず、装置そのものに起因する振動が試料に伝わらない特徴を備えているため、宇宙ステーションのような、微小重力環境下において微小な振動が一方向凝固現象に与える影響を調べる実験を行う実験には最適であると考えられる。また、試料のミクロ解析を実施することなく、実験結果の概要が判明するエアロゲル炉を用いることにより、実験条件に対する迅速なフィードバックが可能であることも、実験機会の少ない宇宙実験には最適であることを明確にした。

 以上のことから、エアロゲルを使用することにより、CCDカメラ相当の観察機器を必要とするだけで、試料の周りに煩雑な観察用システムの準備が不要であり、さらに駆動機構が存在しないため、装置そのものに起因する振動が試料に伝わらない本エアロゲル炉は、小型・低電力であり観察機構が簡易であり、試料への擾乱が少ないことから、地上における一方向凝固炉としてだけではなく、宇宙ステーション等の微小重力実験用の一方向凝固炉として最適である。

審査要旨 要旨を表示する

 金属材料の凝固現象は、様々な材料を製造する上において重要なものであり、凝固現象解明のための研究が盛んに行われている。凝固現象解明のための一方向凝固実験を実施するにあたっては、凝固速度、温度勾配が重要なパラメーターとなる。従って、それら凝固速度、温度勾配の正確な測定が不可欠である。一方、金属材料の凝固現象を解明するにあたり、今までにはない実験方法としてスペースシャトル、航空機および落下塔等を使用した微小重力環境をパラメーターとする研究が数多く実施されるようになってきている。本論分においては、エアロゲルという透明で断熱性にすぐれた材料を使ったその場観察機能付の一方向凝固炉を開発し、アルミニウム系の共晶合金を用い一方向凝固実験を行い、凝固速度と固液界面における温度勾配の制御が可能であることの確認し結果を示した。さらに、開発したエアロゲル炉の微小重力環境実験装置としての応用性の検討を示している。

 第1章では、微小重力環境利用の現状として、宇宙ステーションやスペースシャトル用の実験装置を製作する時の問題点及び一方向凝固実験用に開発されている実験装置の現状等を述べている。また、金属の一方向凝固現象に関する研究・利用及び既存の研究における実験手法上の問題点を指摘した。問題点としては、正確な凝固速度・温度勾配の測定ができないことが挙げられる。さらに、地上の研究室における振動の計測結果を示し、振動が一方向凝固実験時の凝固現象に影響を与えている可能性が示され、宇宙ステーションにおける振動環境について示している。

 第2章では、断熱性に優れほとんどの金属と濡れない等の特徴を備えたエアロゲルについて述べている。エアロゲルは、ガラスと同じ組成を持ちつつその体積の90%以上が空気である材料であり、ガラスと同様に透明であることから一方向凝固実験時に断熱材兼試料の観察窓として使用することが可能であることを述べている。最初に、既存の赤外ランプ加熱炉・エアロゲル・市販のCCDカメラを用いて、一方向凝固時の固液界面の観察可能性に関する確認結果を示している。次に、第1章で示した問題点を解決するための実験装置として新規に製作したエアロゲル炉の特徴・設計・製作結果を示している。エアロゲルを使用することにより、一方向凝固実験時の試料の放射光を、特に赤外域において計測することが可能となり、計測した輝度から温度に換算し、温度場が実際の試料の温度となっていることを確認した結果を示している。また、試料の固液界面位置を放射光の輝度分布から捉えることに成功した結果を示している。

 第3章においては、開発したエアロゲル炉を用いて実施した一方向凝固実験の結果を示している。計測した輝度から換算した温度場を用い、固液界面における温度勾配の測定も可能であることを示している。また、一方向凝固実験としては、振動を印加した状態でも行い、共晶系合金の繊維間距離の変化を比較し、対流が一方向凝固時の繊維間距離に及ぼす影響について確認した結果を示し、さらに、融液の対流に関するコンピューターシミュレーションを実施し、実験結果との比較を行い、エアロゲル炉における実験結果が有用であることを示している。

 第4章においては、開発したエアロゲルの有効性について詳細な評価を行った結果を示している。評価としては、計算及び実験結果を用いて、凝固速度・固液界面での温度勾配を一定に保ちつつ一方向凝固実験が可能であることを示している。また、本システムの中心となるエアロゲルの断熱性の評価として、固液界面が平坦であることを確認した結果を示している。また、開発した本エアロゲル炉の特徴として小型、軽量でありかつ稼動部を持たないことから振動を生じないこと等から微小重力環境利用のための一方向凝固実験装置として最適であることを示している。

 第5章では、研究結果の総括を示している。

 以上、本論文では、凝固現象の解明のために製作したエアロゲル炉の開発結果及びそれを使用して行った実験結果が示しており、凝固速度・固液界面での温度勾配が制御可能な一方向凝固実験用の装置としての有効性を確立している。また、微小重力環境利用のための実験装置としても最適であり、もうすぐ恒常的に微小重力実験が可能な宇宙ステーション時代が到来し、その開発したエアロゲル炉の金属材料に関する凝固現象の解明への寄与が大いに期待される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク