No | 115562 | |
著者(漢字) | 橋本,貴美子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハシモト,キミコ | |
標題(和) | 精神科患者の精神病院退院後90日以内の再入院と関連する要因 | |
標題(洋) | Factors associated with readmission of psychiatric patients within 90 days after discharge from psychiatric hospitals | |
報告番号 | 115562 | |
報告番号 | 甲15562 | |
学位授与日 | 2000.05.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第1672号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | I.はじめに 欧米ではコミュニティケアが重要視されるようになり、精神病院在院期間が短縮された。一方では、早期の再入院率の上昇が報告され、早期の再入院と関連する要因が検討されている。患者の過去の精神病院入院回数が再入院と関連することは、先行研究で一貫して報告されているが、患者の精神症状や機能レベル、ソーシャルサポートなどに関する示唆は必ずしも一貫していない。また、患者の精神科的診断毎に再入院と関連する要因を検討した研究はほとんどない。一方、欧米と比べ、日本の精神病院平均在院期間は、かなり長く、精神病院への再入院は、欧米とは異なる可能性がある。しかし、日本において、再入院率や再入院と関連する要因の検討はほとんどなされていない。また、日本において、1999年に厚生省が精神病院が患者の身体的自由を制限している実態を調査することを決め、日本で、再入院と精神病院入院中の患者の身体拘束との関連を検討した研究はない。本研究の目的は、1998年2月1日〜10月5日に精神病院から退院した患者全てを対象に、精神病院退院後30日と90日以内の精神病院再入院率を調査し、属性、ICD10による精神科的診断、過去の精神病院入院回数、患者の精神症状や機能レベル、指標となる退院に先行する入院日数、ソーシャルサポートの有無、指標となる退院に先行する入院中の身体拘束の有無などと退院後90日以内の再入院の関連を検討することである。 II.方法 福岡県精神病院協会に所属する20の精神病院より、1998年2月1日〜10月5日に退院し、インフォームドコンセントの得られた689名の患者全てを対象とした。各患者の主治医が診療録に基づき、属性、ICD1Oによる精神科的診断、過去の精神病院入院回数、指標となる退院に先行する入院日数、退院時のthe modified Global Assessment of Functioning scale(GAF)得点、指標となる退院に先行する入院中の身体拘束の有無、ソーシャルサポートの有無、退院後90日以内の精神病院への再入院の有無などについて報告した。 III.結果 退院後30日、90日以内の精神病院再入院率は、それぞれ、4.1%、1O.8%であった。 689名の患者全員を対象とし、退院後90日以内の再入院と関連する要因について検討した。90日以内に再入院した患者は、していない患者より、過去の精神病院入院回数が多く、ソーシャルサポートがなく、入院中に身体拘束された経験を持つ患者の割合が高いことが示された。 ICD10による精神科的診断別に、再入院と関連する要因を検討した。成人の人格及び行動の障害、特定不能の精神障害、てんかん、その他の障害では、90日以内に再入院した患者はいなかった。 症状を含む器質性精神障害(器質障害)患者で、90日以内に再入院した患者は、していない患者よりも、過去の入院回数が多いことが示され、指標となる退院に先行する入院日数が短い傾向があり、ソーシャルサポートがない傾向が示された。 精神分裂病、分裂病型障害及び妄想性障害(精神病性障害)患者で、90日以内に再入院した患者は、していない患者よりも、教育年数が短く、過去の入院回数が多く、指標となる退院に先行する入院日数が長いことが示され、また、退院時のGAFによる機能レベルが低い傾向が示された。また、精神病性障害患者で、90日以内に再入院した患者は、していない患者よりも、ソーシャルサポートがなく、指標となる退院に先行する入院時に身体拘束された人の割合が高いことが示された。 神経症性障害及びストレス関連障害患者および身体表現性障害患者で、90日以内に再入院した患者は、していない患者よりも、過去の入院回数が多いことが示された。 生理的障害及び身体的要因に関連した行動症候群(生理障害)で、90日以内に再入院した患者は、していない患者よりも、教育年数が長いことが示された。 精神遅滞患者で、90日以内に再入院した患者は、していない患者よりも、ソーシャルサポートがない患者の割合が高い傾向が示された。 精神作用物質使用による精神及び行動の障害、気分障害、小児期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害患者では、再入院の有無と関連する有意な変数は得られなかった。 ICD1Oによる精神科的診断別に、再入院と関連する要因を検討したところ、過去の入院回数、ソーシャルサポートが再入院と関連することが診断に共通して見られた。従って、689名の患者全員を対象とし、90日以内の再入院の有無を従属変数とし、年齢、教育年数、指標となる退院に先行する入院時の入院形態、精神科的診断、過去の精神病院入院回数、指標となる退院に先行する入院日数、精神科的診断と指標となる退院に先行する入院日数との交互作用項、退院時のGAF得点、性別、ソーシャルサポート、指標となる退院に先行する入院中の身体拘束の有無を独立変数とした後進法によるロジスティック回帰分析を行った。 後進法ロジスティック回帰分析により、ソーシャルサポートがない患者はある患者より、入院時に身体拘束された経験がある患者はない患者より、過去の入院回数が1回増えるほど、90日以内に再入院する確率が、それぞれ、2.39倍、3.77倍、1.08倍になることが示された。 IV.考察 本研究の精神病院への再入院率は、欧米の再入院率より低いことが示された。調査期間中に精神病院から退院した患者全てを対象に、再入院率を調査した研究は、日本で初めてである。本研究と比較し、欧米のの再入院率が高いのは、欧米の精神病院平均在院日数が短く、精神科患者が薬物療法が安定する前に退院しているためと推測される。 指標となる退院に先行する入院期間中に身体拘束された経験が、90日以内の再入院を予測し、この身体拘束経験の再入院に対する予測力は高かった。精神科的診断毎の解析では、身体拘束と再入院の関連は精神病性障害患者にのみ見られた。身体拘束の経験は患者の不安定性を示すと考えられ、症状が不安定になりやい精神病性患者は、精神病院退院後、症状が再燃し再入院しやすいのかもしれない。向精神薬への反応性がよくない精神病性患者や服薬遵守できない精神病性患者が、身体拘束が必要なほど症状が再燃し、再入院しやすいのかもしれない。本研究で検討していない要因が身体拘束と再入院との関連に影響を及ぼしている可能性があるので、身体拘束が直接的に再入院を引き起こしていると結論付けられない。しかし、急性期や治療を拒否する患者など身体拘束の必要な患者はいるが、不適切な状況で患者が身体拘束されているという報告もある。1999年に、厚生省が日本の精神病院における患者の身体的自由の制限に関する実態を調査することを決め、本研究の身体拘束と再入院との関連は興味深い。急性期を除き、患者によっては身体拘束よりも、再入院を予防するためのよりよいケアがあるかもしれない。今後、どの様な状況で患者が身体拘束されているかを明らかにし、患者毎により適切なケアを探すことが重要と考える。 ソーシャルサポートの欠如が90日以内の再入院を予測することが示された。このソーシャルサポートと再入院との関連は、ICD10による精神科的診断に共通して見られ、先行研究とも一致している。精神科患者の再入院を予防するためには、十分なソーシャルサポートを提供することが重要である。今後、どの様なサポートをいつ提供する事が患者の再入院を予防するかを明らかにできるような、より詳細なソーシャルサポート尺度を用いた研究が必要である。 過去の精神病院入院回数が再入院を予測することが示された。この入院回数と再入院との関連は、精神科的診断に共通し、また、先行研究と一致している。 指標となる退院に先行する入院日数と再入院の関連は、精神病性障害と器質障害では異なるようである。精神病性患者では、入院日数が長いほど、再入院していることが示された。これは、入院期間の短さと再入院の関連を示す欧米の先行研究と異なっていた。入院日数と再入院の関連が欧米と本研究で異なるのは、平均在院日数が短い欧米の先行研究では、患者の症状が安定する前に退院させられている一方で、本研究の患者は、長期入院することにより、コミュニテイでのソーシャルサポートが消耗するためと推測される。精神病性患者の再入院を防ぐために重要なことは、在院期間を短縮するよりも、ソーシャルサポートを提供することかもしれない。 一方、器質障害患者では、入院日数が短いほど、再入院する傾向が示された。入院日数が短い器質障害患者、主に、痴呆患者は、病気のより初期段階にあり、妄想や俳徊などの精神症状を呈する可能性がある。このような精神症状が、再入院を引き起こすのかもしれない。 教育年数と再入院の関連は、精神病性障害と生理障害では異なるかもしれない。精神病性患者では、再入院した患者は、していない患者より、教育年数が短いことが示された。より高度な教育を受けた患者はより病識を持ちやすく、再入院を予防できるのかもしれない。一方、生理障害患者では、再入院した患者は、していない患者より、教育年数が長いことが示された。しかし、生理障害患者は2人と少なく、一般化に限界があり、生理障害患者の教育年数と再入院の関連に関しては、さらなる研究が必要である。 本研究は、日本の一都道府県にある20の病院を対象としているため、結果の一般化には限界がある。今後、日本の他地域を含めたより大規模な同様な研究が必要である。 V.結論 本研究では、精神科患者の精神病院への再入院率が低いことが示された。再入院を予防するためには、ソーシャルサポートを提供し、どのような状況で精神科患者が精神病院で身体拘束されるのか調査した上で、身体拘束の代わりとなるケアを見つけることが重要である。 | |
審査要旨 | 本研究は欧米と比較し精神病院平均在院期間が長い日本で、精神科患者の精神病院への再入院を予防するため、精神科患者の精神病院再入院率、及び再入院と関連する要因を明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.本研究の精神病院退院後30日と90日以内の再入院率は、4.1%と10.8%であり、欧米の再入院率と比較し、低かった。欧米では精神科患者の精神病院在院期間が短いため、十分に精神症状が安定する前に、精神病院から退院させられていると考えられる。 2.精神病院への再入院に先行する入院期間中に身体的に拘束された精神科患者は、再入院することが示された。症状が不安定になりやすい精神分裂病、分裂病型障害及び妄想性障害患者が拘束されやすく、再入院しやすいと考えられる。今後、どのような精神分裂病、分裂病型障害及び妄想性障害患者がどのような状況下で拘束されているかを詳細に検討する必要がある。 3.家族などによる杜会的支援が精神科患者の再入院を予防していることが示された。これは、精神科的診断毎に共通して示された。 4.過去の精神病院入院回数が多い精神科患者は再入院しやすいことが示された。 5.精神病院在院期間が長い精神分裂病、分裂病型障害及び妄想性障害患者は、再入院しやすいことが示された。長期間精神病院にいることによってコミュニティでの社会的支援が消耗し、再入院しやすいと考えられる。 以上、本論文は精神病院より退院した精神科患者を対象に、精神病院への再入院率を調査し、再入院と関連する要因を検討した結果、日本における精神科患者の精神病院への再入院率は欧米と比べ低く、再入院に先行する入院期間中の拘束経験、家族などによるソーシャルサポートの欠如、過去の精神病院入院回数の多さが再入院を予測する、また、精神分裂病、分裂病型障害及び妄想性障害患者では、精神病院在院期間の長さが再入院を予測することを明らかにした。精神病院在院期間が欧米と比較し長い日本で、一部の地域ではあるが、一定期間に精神病院から退院した精神科患者全てを対象に、精神科患者の再入院率及び再入院と関連する要因を検討した初めての研究であり、精神科患者の再入院の予防に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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