学位論文要旨



No 115571
著者(漢字) 廣田,徳子
著者(英字)
著者(カナ) ヒロタ,ノリコ
標題(和) ヒトでのAlprazolam代謝のin vitro/in vivoスケーリングにおける諸要因の解析
標題(洋)
報告番号 115571
報告番号 甲15571
学位授与日 2000.06.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第927号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

 チトクロームP450(CYP)は、薬物代謝において最も重要な酵素である。これまで、当研究室では、種々のCYP isozymeの代謝反応に関して、肝ミクロソーム(肝MS)ならびにヒトCYP発現系等を用いたin vitro試験から、in vivoへの定量的なスケール・アップについての研究が行われてきた1),2)。現在使用されている医薬品については、CYP3A4により代謝される薬物が最も多いことから、本研究では、CYP3A4の代表的基質であるAlprazolam(ALP)をモデル化合物として選択して、in vitro/in vivoスケーリングにおいて問題となる以下の諸要因の解析を行った。

(1)主代謝経路である4位およびα位水酸化におけるCYP3A4およびCYP3A5の寄与を考慮して、ヒトCYP発現系から肝MSへ、さらにin vitroからin vivoへのスケール・アップを定量的に行った。P450代謝の電子伝達系において電子供与に関与するCytochrome b5の影響についても検討した。(2)臨床においてCYP3A4を阻害するKetoconazole(KET)あるいはCimetidine(CIM)を併用すると、ALPのAUCは非併用時の2〜3倍に上昇することが報告されている。そこで、これらの薬物間相互作用に関して、in vitro代謝試験からAUC上昇率(Rc)の定量的予測を行った。(3)CYP3A4は肝臓だけでなく小腸にも存在することから、in vivo肝代謝能を定量的に予測する際、小腸での初回通過代謝が問題となる。ラットのin vivo試験において肝アベイラビリティ(FH)と吸収率と消化管アベイラビリティ(Fa・Fg)を分離評価し、さらにラットおよびヒトの小腸と肝MSを用いたin vitro代謝試験を行うことにより、ALPの小腸での代謝の寄与を評価した。

 1.CYP発現系から肝MSへのスケール・アップ、in vitroからin vivoへのスケール・アップ

 [方法]

 in vitro代謝試験 : ALPを10種類のヒト肝MSあるいはCYP発現系(リンパ芽球様細胞系CYP3A4およびBaculovirus CYP3A4およびCYP3A5)とNADPH生成系存在下で37℃、20分間incubationした。Etherおよび1M Borate Bufferの添加により反応を停止させた後、4位、α位水酸化体および親化合物をHPLCにより定量した。発現系を用いた試験においては、種々の濃度のCyt b5を添加した場合のALP代謝への影響についても検討した。

 in vitro固有クリアランス(CLint)の算出 : 代謝初速度をMichaelis-Menten式にfittingすることにより、VmaxならびにKmを算出し、その比からCLintを算出した。CYP3A4およびCYP3A5発現系の代謝試験で得られたCLintと各肝MSのCYP含量を用いて、式(1)により個々の肝MSにおけるmgタンパク当たりのCLintを予測し、予測値と実測値があうように非線形最小二乗法により、4位とα位水酸化に共通なα、βを求めた。

 予測CLint=CLint(CYP3A4)・α・CYP3A4含量+CLint(CYP3A5)・β・CYP3A5含量・・(1)in vivoへのスケール・アップにおいては、52.5mg MS protein/g liverという換算係数を用いて、CLintを1g肝臓あたりの値に換算した。

 in vivo固有クリアランス(CLint,in vivo)の算出 : 文献情報に基づいて得られたヒトにおける体内動態パラメータから、dispersion modelに基づいて肝固有クリアランスを算出した。

 [結果および考察]

 ヒト肝MSにおけるALPの4位およびα位水酸化代謝は、ともにCYP3A抗体により顕著に阻害されたことから、両代謝経路にはおもにCYP3Aが関与することが示唆された。

 各々のヒト肝MSにおけるCLintとCYP3A4およびCYP3A5含量との相関関係を見ると、4位水酸化の場合CYP3A4含量と、α位水酸化の場合CYP3A5含量との相関が良く、α位水酸化にはCYP3A5の寄与が大きいことが示唆された(Fig.1)。発現系の代謝試験におけるVmaxは、4位水酸化の場合、CYP3A4発現系がCYP3A5発現系の約4倍、逆にα位水酸化の場合、CYP3A5発現系がCYP3A4発現系の約3倍であった。CYP発現系にCyt b5を添加した試験では、代謝速度は4位およびα位水酸化ともに添加濃度依存的に増大し、最大で3〜4倍に達した。ヒト肝MSのCLintと比較して、発現系のCLintは、式(1)でα、βを1とすると、代謝速度が最大となる濃度のCyt b5を添加した場合、過大評価した値が、添加しない場合、過小評価した値が得られた。一方、得られたα、βで補正した場合、肝MSと非常に近いCLint値が得られた(Fig.2)。CLint,in vivoと比較すると、ヒト肝MSと発現系CYP3A4とCYP3A5から求めたCLintは、その2.5倍以内と近い値が得られた。Cyt b5とCYP3A4の共発現系に関しては、大きく過大評価され、高い代謝能が得られてもin vivo肝代謝能の定量的予測には向かないことが示唆された。このことにより、ALP代謝に関して発現系から肝MSへ、in vitroからin vivoへのスケール・アップが定量的に行えることが示唆された。

 2.ALPに関するCYP3A4の関与するin vivo薬物間相互作用のin vitro試験からの予測

 [方法]

 平均的なCYP3A4含量を持ちCYP3A5含量が少ない2種類の肝MSを用いたin vitro代謝阻害試験を行い、Ki値を算出した。Ki値および、ALP、KET、CIMの体内動態に関する文献情報から、Rc値を算出した。阻害剤の濃度(Iu)は、相互作用を過小評価しないように、経口投与時の肝入りロの非結合型濃度を用いた。CIMについては、当研究室でラット遊離肝細胞を用いて得られた能動輸送に関するパラメータを用い、肝臓への濃縮率を算出した。

 [結果および考察]

 代謝阻害形式は、KET、ClMとも、4位水酸化の場合競合、α位水酸化の場合非競合阻害であった。KETのKi値は、両代謝経路で0.04〜0.08μM、CIMのKi値は、4位水酸化で約100μM、α位水酸化で200〜300μMであった。KETのRcは2.30、2.45、in vivoのAUC上昇率は3.19であり、良好な予測性が示された。一方、CIMは、経口投与時の体内動態パラメータより求めたIuは37.3μMで、肝臓への濃縮率は3.92となり、Rcは1.79、1.73であった(能動輸送を考慮しない場合、1.24、1.22)。in vivoのAUC上昇率は1.64、1.58であり、能動輸送を考慮したRcはこの値に近づくことが示唆された。このことより、ALPに関して、薬物間相互作用についてもヒト肝MSを用いることによりin vitroからin vivoへの定量的予測が可能であることが示唆された。

 3.Alprazolamの小腸での初回通過代謝の評価

 [方法]

 ラットin vivo試験 : 5と10mg/kg静脈内瞬時投与を行い、循環血中および尿中のALPをHPLCにより定量した。RB値を測定し、肝血流量の文献値を用いてFHを算出した。一方、12.6mg/kgの十二指腸内投与を行い、循環血と門脈血とのAUCの差によりFa・Fgを算出した。

 ラットおよびヒトin vitro試験 : ラットおよびヒト同一ドナーの小腸および肝MSについて、1.と同様の条件でALPの代謝試験を行った。

 [結果および考察]

 ラット静脈内瞬時投与時の全身クリアランスは25〜26mL/min/kgで、尿中に未変化体はほとんど排泄されず、FHは約0.6と算出された。一方、Fa・Fgは約0.9と非常に高く、ラットにおいて小腸での代謝の寄与が小さいことが示唆された。ラット肝および小腸MS代謝試験においても、CLintは30〜50倍肝の方が大きく、これは、in vivoの結果と一致した。ヒトにおいては、4位水酸化のCLintは肝は小腸の7倍、α位水酸化については肝と小腸でほぼ同じ値だった。4位水酸化の寄与はα位水酸化より大きいため、両代謝経路の合計を比較すると、肝は小腸の約4倍と大きな値を示した。このことにより、ヒトにおいても、ALPの代謝において小腸での代謝の寄与が比較的小さいことが明らかとなった。

 4.まとめ

 ヒト肝MSから得られたALPのCLintは、発現系CYP3A4およびCYP3A5を用いて得られたCLintと比較的良く一致し、文献情報より算出したCLint,in vivoの2.5倍以内であった。このことにより、発現系からヒト肝MS、肝MSからin vivo肝クリアランスの定量的予測が可能であることが示唆された。また、KETならびにCIMとの薬物間相互作用において、ヒト肝MSを用いた代謝阻害試験を行い、in vivoのALPのAUC上昇率を予測することが可能であった。小腸初回通過代謝については、ラットのin vivo十二指腸内投与試験および小腸ならびに肝MSを用いたin vitro代謝試験より、ALPの小腸での代謝の寄与は無視できることが示唆された。また、ヒト同一ドナーの小腸および肝MSの代謝試験においても、小腸代謝の寄与が比較的小さいことが明らかとなった。

[引用文献] 1)lwatsubo,T.,Hirota,N.,Ooie,T.,Suzuki,H.,Shimada,N.,Chiba,K.,lshizaki,T.,Green,C.E.,Tyson,C.A.and Sugiyama,Y.Prediction of in vivo drug metabolism in the human liver from in vitro metabolism data.Pharmacol.Ther.73,147-171,1997. 2)Iwatsubo,T.,Hirota,N.,Ooie,T.,Suzuki,H.and Sugiyama,Y.Prediction of in vivo drug disposition from in vitro data based on physiological pharmacokinetics. Biopharm.Drug Disposit.17,273-310,1996.

審査要旨 要旨を表示する

 チトクロームP450(CYP)は、薬物代謝において最も重要な酵素である。これまで、種々のCYP isozymeの代謝反応に関して、肝ミクロソーム(肝MS)ならびにヒトCYP発現系等を用いたin vitro試験から、in vivoへの定量的なスケール・アップについての研究が行われてきた。現在使用されている医薬品については、CYP3A4により代謝される薬物が最も多いことから、本研究では、CYP3A4の代表的基質であるAlprazolam(ALP)をモデル化合物として選択し、in vitro/in vivoスケーリングにおいて問題となる諸要因の解析を行った。

1.CYP発現系から肝MSへ、in vitroからin vivoへのスケール・アップ

 ALPを10種類のヒト肝MSあるいはCYP発現系(リンパ芽球様細胞系CYP3A4およびBaculo virus CYP3A4およびCYP3A5)とNADPH生成系存在下でincubationし、主代謝物である4位、α位水酸化体および親化合物をHPLCにより定量した。代謝初速度よりVmaxならびにKmを算出し、その比からCLintを算出した。CYP3A4およびCYP3A5発現系の代謝試験で得られたCLintと各肝MSのCYP含量を用いて、式(1)により個々の肝MSにおけるCLintを予測し、予測値と実測値があうように非線形最小二乗法により、4位とα位水酸化に共通なα、βを求めた。

 予測CLint=CLint(3A4)・α・CYP3A4含量+CLint(3A5)・β・CYP3A5含量(1)in vivoへのスケール・アップにおいては、1g肝あたりのMsの回収率を考慮し、CLintを1g肝臓あたりの値に換算した。文献情報から得たヒトにおける体内動態パラメータから、dispersion modelに基づいて肝固有クリアランスを算出した。ヒト肝MSにおけるALPの4位およびα位水酸化代謝は、ともにCYP3A抗体により顕著に阻害されたことから、両代謝経路にはおもにCYP3Aが関与することが示唆された。各々のヒト肝MSにおけるCLintは、4位水酸化の場合CYP3A4含量と、α位水酸化の場合CYP3A5含量との相関が良く、α位水酸化にはCYP3A5の寄与が大きいことが示唆された。

 CYP発現系にCytochrome b5を添加した試験では、代謝速度は4位およびα位水酸化ともに添加濃度依存的に増大し、最大で3〜4倍に達した。発現系のCLintは、式(1)で得られたα、βで補正した場合、肝MSと非常に近い値が得られた。CLint,in vivoと比較すると、ヒト肝MSと発現系CYP3A4とCYP3A5から求めたCLintは、その2.5倍以内と近い値が得られた。このことにより、ALP代謝に関して発現系から肝MSへ、in vitroからin vivoへのスケール・アップが定量的に行えることが示唆された。

 2.ALPに関するin vivo薬物間相互作用のin vitro試験からの予測

 臨床においてCYP3A4を阻害するKetoconazole(KET)あるいはCimetidine(CIM)を併用すると、ALPのAUCは非併用時の2〜3倍に上昇することが報告されている。これらの薬物間相互作用に関して、in vitro代謝試験からAUC上昇率(Rc)の定量的予測を行った。

2種類の肝MSを用いたin vitro代謝阻害試験によりKi値を算出し、各薬物の体内動態に関する文献情報を用いてRc値を算出した。阻害剤の濃度(Iu)は、相互作用を過小評価しないように、経口投与時の肝入口の非結合型濃度を用いた。CIMについては、当研究室でラット遊離肝細胞を用いて得られた能動輸送に関するパラメータを用い、肝臓への濃縮率を算出した。代謝阻害形式は、KET、CIMとも、4位水酸化の場合競合、α位水酸化の場合非競合阻害であった。KETのKi値は、両代謝経路で0.04〜0.08μM、CIMのKi値は、4位水酸化で約100μM、α位水酸化で200〜300μMであった。KETのRcは2.30、2.45、in vivoのAUC上昇率は3.19であり、良好な予測性が示された。一方、CIMは、経口投与時の体内動態パラメータより求めたIuは37μMで、肝臓への濃縮率は3.92となり、Rcは1.79、1.73であった。In vivoのAUC上昇率は1.64、1.58であり、能動輸送を考慮したRcはこの値に近づくことが示唆された。このことより、ALPに関して、薬物間相互作用についてもヒト肝MSを用いることによりin vitroからin vivoへの定量的予測が可能であことが示唆された。

3.Alprazolamの小腸での初回通過代謝の評価

 CYP3A4は肝臓だけでなく小腸にも存在することから、in vivo肝代謝能を定量的に予測する際、小腸での初回通過代謝が問題となる。ラットに5,10mg/kg静脈内瞬時投与を行い、循環血中および尿中のALPをHPLCにより定量した。全血液/血漿濃度比を測定し、肝血流量の文献値を用いて肝アベイラビリティ(FH)を算出した結果、全身クリアランスは25〜26mL/min/kgで、尿中に未変化体はほとんど排泄されず、FHは約0.6と算出された。一方、12.6mg/kgの十二指腸内投与を行い、循環血と門脈血とのAUCの差により算出した吸収率と消化管アベイラビリティの積(Fa・Fg)は約0.9と非常に高く、ラットにおいて小腸での代謝の寄与が小さいことが示唆された。

 ラット肝および小腸MS代謝試験においても、CLintは30〜50倍肝の方が大きく、これは、in vivoの結果と一致した。また、ヒト同一ドナーの小腸および肝MSについてALPの代謝試験を行った結果、ヒトにおいては、4位水酸化のCLintは肝は小腸の7倍、α位水酸化については肝と小腸でほぼ同じ値だった。4位水酸化の寄与はα位水酸化より大きいため、両代謝経路の合計を比較すると、肝は小腸の約4倍と大きな値を示した。このことにより、ヒトにおいても、ALPの代謝において小腸での代謝の寄与が比較的小さいことが明らかとなった。

 以上より、ALPの代謝活性について、発現系からヒト肝MS、肝MSからin vivo肝クリアランスの定量的予測が可能であることが示唆された。また、KETならびにCIMとの薬物間相互作用において、ヒト肝MSを用いた代謝阻害試験を行い、in vivoのALPのAUC上昇率を予測することが可能であった。小腸初回通過代謝については、ラットのin vivo十二指腸内投与試験および小腸ならびに肝MSを用いたin vitro代謝試験より、ALPの小腸での代謝の寄与は小さいことが示唆された。これらの研究結果は博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク