No | 115573 | |
著者(漢字) | 崔,昌植 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チエ,チャンシキ | |
標題(和) | 機能性ポリイミン配位子とその金属錯体の設計、合成、および光物性 | |
標題(洋) | Design, Synthesis, and Photophysical Properties of Functional Polyimine Ligands and Their Metal Complexes | |
報告番号 | 115573 | |
報告番号 | 甲15573 | |
学位授与日 | 2000.06.15 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4742号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 有機蛍光物質は、昔からその蛍光特性を利用した光トレーサーなどとして数多く使われている。しかし、近年、医療分野や光電子分野で高い機能性を持つ蛍光物質が注目を集めている。これは、単に強い蛍光を示すだけではなく、例えば、特定の基質に選択的に結合するなどの機能性を合わせ持つために、新しい分野での応用が可能になったためと考えられる。本研究では、金属配位部位を有する新規な蛍光化合物を設計・合成し、金属との相互作用を介して蛍光特性の制御や特異な励起状態特性を発現させ、蛍光化合物への金属配位能付与が新規な機能性開発のための有用な方法論となることを示すことを目的とした。具体的には、1,10-phenanthrolineと同じイミン配位子部位を持つ7-aminodipyrido[3,2-a:2',3'-c]phenazine(7-aminodppz)を対象とし、その合成と金属配位に基づく様々な光機能性について検討した。この化合物の特徴は、キレート部位に様々な金属イオンが配位することによって、蛍光部位の発光を制御できること、およびアミノ基の反応性を利用して各種の機能性グループを導入することにより、dppzが関与する励起状態からの効率の良い電子/エネルギー移動系の設計が可能という点にある。 2。置換dipyrido[3,2-a:2',3'-c]phenazine(dppz)の合成と蛍光特性 金属配位部を有する蛍光化合物は、金属イオンとの相互作用によりその蛍光特性の制御が可能となり、蛍光のスイッチングやセンシングヘの応用が期待される。このためには、金属配位にともなう変化が効率良く蛍光部位に伝達される分子構造を必要とするが、蛍光部位の修飾はしばしば蛍光収率の低下をもたらす。本研究では、蛍光性の2-aminophenazineにピリジン環が縮環した7-aminodppzを設計分子としたが、この化合物は1,10-phenanthrolineと同じポリイミン型キレート部位を持つ。 7位に置換基を持つdppz誘導体は、1,10-phenanthrolineの酸化で得られる1,10-phenanthroline-5,6-dioncと置換1,2-diaminobenzeneとの縮合により合成した(図1)。得られた化合物は、ジクロロメタン中でいずれも380nmから500nm付近に主にππ*遷移に由来する吸収を示す。このうち、アミノ基もしくはジエチルアミノ基を持つ誘導体が500-550nm付近に比較的強い蛍光を示し、金属配位部位を持つ新規な蛍光化合物となることが確認された(表1)。アセトニトリル中で7-amimodppzは、430nm付近に吸収極大、530nm付近に蛍光極大を示した。蛍光極大で測定した励起スペクトルは、吸収スペクトルと良く一致し、単分子の最低励起状態からの蛍光であると結論した。次にアセトニトリル中での各種金属イオンの効果について検討した(図2)。 7-aminodppzに二価金属イオンであるMg2+やCa2+が共存すると蛍光の低エネルギー側へのシフトが起き、遷移金属であるCu2+が共存すると蛍光の消光が起きた。これらの蛍光応答は、イミン型配位部への金属配位によることが確認された。しかし、アルカリ金属であるNa+の場合、Na+を2当量まで添加しても、吸収や蛍光の変化が見られなかった。 以上、7-aminodppzは共存する金属イオンの種類により、蛍光応答が異なることが明らかとなり、蛍光化合物に金属配位能を付与することで、その蛍光物性の制御が可能となることを明らかにした。 3。アミド型Ru(II)ポリイミン錯体の合成とその光特性 Ru(II)ポリイミン錯体は、配位子部位に励起電子が局在化した3MLCT状態から特徴的な発を示し、その特異な励起状態からの電子/エネルギーなど光増感部位としての機能が注目を集めている。7-aminodppzをポリイミン配位子として用いることは、光増感部位であるRu(II)ポリイミン錯体から7-aminodppzの励起状態を介しての電子/エネルギー移動系の構築に有効と考えられる。 Ru(II)に蛍光性の7-aminodppzが配位した[Ru(bpy)2(7-amimodppz)]2+は、3MLCT状態からの発光も7-aminodppz由来の蛍光も示さないが、アミノ基をアミド化すると3MLCT状態からの発光を示すことが明らかになった。そこで、[Ru(bpy)2(7-aminodppz)]2+の7位アミノ基を利用して、様々な構造を持つユニットをアミドで結んだ単核錯体および二核錯体を比較的良好な収率で合成し(図3)、その光特性をアセトニトリル中25℃で測定した。いずれも400nmから500nm付近にMLCT吸収帯を示し、440nm励起により610nm付近に3MLCT状態からの発光を示した。 [RuAT]2+、[RuAC]2+いずれも[Ru(bpy)3]2+とほぼ同程度の強さの発光を示したが、[RuAQ]2+では発光が大きく低下し、アミド結合を介してアントラキノン部位への電子/エネルギー移動が起きることが示された。[RuAC]2+(-0.93Vvs.SCE)と[RuAQ]2+(-0.94Vvs.SCE)の第一還元電位はほぼ同程度であり、シアノフェニルおよびアントラキノン部位はいずれも同程度の電子受容性を持つと考えられるが、[RuAQ]2+のみで消光がみられたことは、アントラキノンの励起三重項へのエネルギー移動が関与することを示唆するものといえる。また、フェニレンを介して二つのアミド結合でアントラキノンを結合した[RuAPQ]2+や二核錯体[Ru2AP]2+、[Ru2AE]2+では中程度の消光が認められた。 以上、7-アミド置換dppzを介しての光エネルギー移動が効率良く起きることが明らかとなり、Ru(II)ポリイミン錯体を光増感部位とする光エネルギー移動系構築に有効であることを示した。 4。イミン型二核Ru(II)錯体の合成とその光特性 dppz配位子が電子/光エネルギー移動系の構築に有効なことから、図4に示すようにdppz末端の-COPhとジアミノ化合物とを縮合するという方法で、共役系の架橋配位子を持つ新規な二核Ru(II)ポリイミン錯体を合成した。この方法の特徴は、一段の縮合により比較的良好な収率で目的の二核錯体が得られることであり、ジアミン化合物の種類により架橋配位子内でのエネルギー/電子移動過程を制御できるという点にある。イミン結合で結んだ化合物を図5に示す。いずれの錯体も、450nm付近にMLCT吸収を示すが、その長波長側は大きなすそを引いている。イミン結合ではなくアミド結合で結んだ二核錯体では、このようなすそは観測されないことから、イミド結合型錯体では架橋配位子内の共役系がのびているものと考えられる。 一方、アセトニトリル中25℃での単核錯体、アミドで結合した二核錯体、および[Ru2IP]4+の発光は、ほぼ[Ru(bpy)2(dppz-co-ph)]2+と同じであったが、二核錯体[Ru2IQ]4+では大きく消光され、[Ru2ID]4+では発光が観測されなかった。これは、イミン型二核錯体の架橋配位子の連結部が、電子受容性の高いアントラキノンやジイミドの場合、Ru(II)ポリイミン由来の発光が効率良く消光されることを示している。[Ru2IQ]4+についてその発光特性を詳細に検討した結果、Ru(II)ポリイミン増感部位での光励起により、イミン結合を介して架橋配位子内にのびた共役軌道を介してアントラキノン部位への励起エネルギー/電子移動が起きていることを明らかにした。 図1.DPPZ-X構造 表1.ジクロロメタン,25℃中dppz誘導体の吸収極大と蛍光極大 図2.アセトニトリル,25℃中Mgイオンの添加による7-aminodppz(1.44x10-5M)の吸収と蛍光スペクトルの変化absorption:0-0.5eq.,fluorescence:0-2eq. 図3.アミド型Ru(II)錯体 図4.合成戦略 図5.イミン型Ru(II)錯体 | |
審査要旨 | 効率の良い蛍光、光反応性、光誘起電子/エネルギー移動など、優れた励起状態特性を有する有機化合物は、光電子機能材料として大きな注目を集めている。特に、蛍光性に加えて認識応答能などの機能を併せ持つ高機能蛍光物質の開発は、様々な分野で活発に進められている。機能性蛍光物質の設計は、既存の蛍光物質に機能部位を導入する方法が一般的であるが、より高度な機能性蛍光物質を開発するためには、機能を持つ分子そのものに蛍光性を付与するという新しい視点が必要となる。本論文は、上記の視点から機能性分子に蛍光性を付与するための新しい分子設計を提案し、新規な機能性蛍光物質の開発とその応用について述べており、5章で構成されている。 第1章は序論であり、蛍光性有機化合物や蛍光レセプターについて、分子間相互作用を利用した蛍光制御という視点から整理し、機能性分子に蛍光性を付与するという分子設計の意義を示すとともに、光誘起エネルギー/電子移動系についても概説し、新しい機能性蛍光物質の開発と光誘起エネルギー移動系への応用という本研究の目的・意義を明示している。 第2章では、蛍光性を付与する機能性分子として、優れたポリイミン型キレート配位子である2,2'-ビピリジンを選択し、非蛍光性のビピリジンに蛍光性アミノフェナジンを縮環するという新しい分子設計で、蛍光性ビピリジン誘導体の開発を試みている。金属配位子に蛍光性を付与することで、金属イオンとの相互作用に基づく蛍光特性の制御が可能となり、蛍光のスイッチングやセンシングヘの応用が期待される。この分子設計に従い合成した新規な7-アミノ置換ジピリドフェナジン(dppz-NH2)は、500-550nm付近に比較的強い蛍光を示し、金属配位部位を持つ新規な蛍光物質となることを確認している。蛍光部位の修飾は多くの場合蛍光収率の低下をもたらすが、この例のように縮環で共役系が拡張されたにもかかわらず、蛍光性が保持された理由については、分子軌道法を用いた検討から、ポリイミン部位とフェナジン部位のπ*軌道が空間的、エネルギー的に分離されているためと説明している。またポリイミン部位にMg(II)、Ca(II)、Cu(II)などが配位すると、金属イオンの種類により蛍光特性が大きく変化する。これは、金属配位にともなうポリイミン部位の電子状態変化が、蛍光部位であるフェナジンに有効に伝達されることを示すもので、容易に蛍光物性が制御できる機能性の高い蛍光物質であることを実証している。 第3章では、前章で新たに設計・合成したdppz-NH2が、剛直で長いπ共役系を持つこと、励起状態が無輻射遷移による失活を受けにくいこと、両端にポリイミン金属配位部位と反応性のアミノ基を持つことに注目し、Ru(II)ポリイミン錯体を光増感部位とし、アミノ基末端に各種のエネルギー/電子受容部をアミド結合で結ぶという分子設計を行い、dppz-NH2部位を介しての長距離光誘起電子/エネルギー移動系の構築を行っている。 Ru(II)ポリイミン錯体は、配位子部位に励起電子が局在化した寿命の長い3MLCT状態を持つことから、光誘起電子/エネルギー系構築のための光増感部位として注目されている。dppz-NH2をポリイミン配位子として用いた[Ru(bpy)2(dppz-NH2)]2+のアミノ末端に、アミド結合を介して電子/エネルギー受容性の高いアントラキノンやアントラセンを有するユニットを導入するとRu(II)ポリイミン部位からの特徴的な発光が消光されるが、これは受容部位への光誘起電子/エネルギー移動によることを明らかにしている。さらにアミド結合を介してOs(II)ポリイミン錯体を導入したヘテロニ核錯体では、Ru(II)ポリイミン部位からOs(II)ポリイミン部位への光誘起エネルギー移動により、Os(II)ポリイミン部位からの発光が増加するという結果を得ている。以上の結果から、[Ru(bpy)2(dppz-NH2)]2+は、一段の反応で各種のエネルギー/電子受容部位を容易にアミド結合で導入できるという合成上の有用性を持ち、長距離エネルギー/電子移動系の構築に有用なユニットであると結論してる。 第4章では、3章で用いたdppz-NH2の末端アミノ基をベンゾイル基に変えた誘導体を用い、アミド結合ではなくイミン結合で電子/エネルギー受容部位を結合させており、全共役系の光誘起電子/エネルギー移動系の構築を行っている。この方法も、一段の縮合で目的の錯体が得られるという特徴を持ち、イミン結合を介して架橋配位子内にのびた共役軌道を介して、アントラキノンなどのエネルギー/電子受容部への長距離光誘起励起エネルギー/電子移動が起きていることを示している。 第5章は、総括である。 以上述べたように、本論文は機能性蛍光物質を設計するための新しい方法論を提案し、その有効性を実証するとともに、合成した新規機能性蛍光物質を用いた光誘起電子/エネルギー移動系の構築を行ったもので、得られた機能性蛍光物質および光エネルギー移動系超分子システムに関する新しい知見は、化学生命工学の分野に寄与するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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