学位論文要旨



No 115575
著者(漢字) 梶田,昌裕
著者(英字)
著者(カナ) カジタ,マサヒロ
標題(和) 癌細胞の浸潤・転移に関与する膜型マトリックスメタロフロテアーゼの機能解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 115575
報告番号 甲15575
学位授与日 2000.06.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1673号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 癌細胞の浸潤・転移機構は、(I)原発巣からの離脱と細胞外基質(extracellular matrix, ECM)の分解、(II)脈管系(血管、リンパ管)への侵入、(III)脈管系からの侵出、(IV)転移組織への生着と増殖の4段階に分けて考えられている。癌細胞は、脈管系で運搬されるとき以外は周囲をECMに囲まれており、増殖や浸潤過程では周辺のECM分解を必要とする。そのECM分解に中心的役割を担っているのがマトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)である。MMPsは、酵素活性中心にZn2+を保持するプロテアーゼであり、可溶型MMPsと膜結合型MMPs(MT-MMPs)の二種類のサブグループに分類され、これまでにヒトでは18種類が単離されている。可溶型MMPsは、細胞外に放出されて広範なECM分解に関与するのに対し、MT-MMPsは、細胞膜上に局在することから、細胞の増殖や運動に伴う膜近傍のECM分解を担っていると考えられる。このMT-MMPsはこれまでに、5種類(MT1,MT2,MT3,MT4,MT5-MMP)が単離されている。その中でMT1-MMPは、I型コラーゲンを直接分解する活性を持つだけでなく、基底膜の主成分であるIV型コラーゲンの分解酵素であるMMP-2を活性化することで、ECM分解を制御していることが知られている。癌組織では、MT1-MMPの高発現に伴って潜在型MMP-2の活性化が観察され、浸潤・転移とも相関する。他のMT2,MT3,MT5-MMPも、in vitro実験系で潜在型MMP-2活性化能を有していることが報告されているが、それらの癌組織での発現と潜在型MMP-2の活性化とは必ずしも相関してない。本研究では、MT-MMPsの機能と、癌との関連を明らかにする研究の一部として、遺伝子が報告されているにも拘わらず、タンパク質レベルの研究が行われていないMT4-MMPの解析と、癌細胞に高発現するMT1-MMPが細胞接着分子と関連して細胞の運動をどの様に制御されるのかに着目して研究を行った。

【結果】

[1]Puenteらにより単離されたヒトhMT4-MMP遺伝子(Puente型)は、MT-MMPsに共通したドメイン構造を持つが、アミノ酸配列の相同性は低い。特に、触媒ドメインに関しては、他のMT-MMPs間では約80-90%の相同性があるのに対し、MT4-MMPでは40%程度である。このことからhMT4-MMPは、他のMT-MMPsとは異なる機能を有していると考えられる。しかし、Puente型cDNAは、これまでに報告されたMMPsに共通するシグナルペプチド配列がコードされていないことから、報告されたcDNAが機能的な遺伝子であるのか疑問であった。そこで本研究では、MT4-MMP遺伝子を再検討することにした。まず、シグナルペプチド配列に相当する部分を欠く遺伝子が、マウスにおいても発現しているのかを調べる目的で、hMT4-MMP遺伝子(Puente型)をプローブとして、マウスcDNAライブラリーをスクリーニングし、mMT4-MMP遺伝子を単離した。このmMT4-MMP遺伝子はシグナルペプチド配列をコードしていることから、ヒトでもマウス遺伝子に相当する転写産物が存在する可能性が示された。そこで、hMT4-MMP遺伝子の5'末端を、5'RACE(rapid amplification of cDNA ends)法により単離したところ、マウス遺伝子に対応する断片と、Puenteらが単離した遺伝子(Puente型)に対応する配列の2種のcDNAが単離された。マウス遺伝子に対応する5'領域の断片と、Puente型cDNAから完全なcDNAを再構築し(完全長型)、COS-1細胞株に導入したところ、完全長型からは67kDaと71kDaのタンパク質が翻訳産物として検出されたが、Puente型cDNAはタンパク質として翻訳されなかった。hMT4-MMPゲノム遺伝子を解析したところ、Puente型は第二エクソンの上流に、イントロン配列を持つ転写産物に由来することが明らかになった。ヒトおよびマウスMT4-MMP mRNAの発現は、MT1-MMPが広範な組織で発現しているのに対して、白血球細胞及び、脳において高い発現が観察された。特に大脳における発現を発生段階で検討してみると、胚の大脳の分化に伴い発現が増加したことから、MT4-MMPは大脳の形成過程に何らか関与していることが考えられた。以上、本研究により初めて、完全なタンパク質をコードするMT4-MMP遺伝子を単離することに成功した。このことはこれまで解析が困難であったMT4-MMPの生理機能の解析に大きく貢献するものと考えられた。

[2]CD44は、ヒアルロン酸等のECM成分をリガントとし、細胞内ではERM(ezrin/ radixin/ moesin)やankyrinを介してアクチン骨格と結合する細胞-ECM間接着分子として機能している。またCD44は、広範な細胞で発現しており、細胞の運動をはじめとする様々な細胞機能に関与すると報告されている。特に、アイソフォームであるCD44v6は癌転移を促進することから、CD44は癌細胞の悪性形質発現にも関与していると考えられているが、その詳細は明らかにはなっていない。

 一方で、CD44は細胞表面からプロテアーゼによるプロセシングを受けて遊離することが知られている。この様なCD44のプロセシングは生体内でも起こっており、癌患者では健常者に比べて多量の遊離型CD44(sCD44)が血清中に検出されている。このCD44のプロセシングに関与するプロテアーゼとして、これまでにセリンプロテアーゼおよびメタロプロテアーゼが報告されているが、詳細は全く明らかとなっていない。そこで、CD44のプロセシングヘのMT-MMPsの関与を検討する目的で、CD44Hを恒常的に発現し、細胞外に遊離しているヒト膵臓癌MIA PaCa-2細胞を用いて、各種プロテアーゼ阻害剤効果を検討した。その結果、CD44はセリンプロテアーゼによる90kDと、メタロプロテアーゼによる70kDaの2種類にプロセシングされることが示された。70kDaのプロセシングは内因性MMP阻害因子であるTIMP-1では抑制されず、TIMP-2により抑制された。

このTIMP-2依存的な効果は、MT-MMPs(MT4-MMPを除く)に特徴的であることから、70kDaのプロセシングにMT-MMPsが関与していることが示唆された。そこで次に、CD44HとMT-MMPをヒト乳癌ZR-75-1細胞株に共発現させ、培養上清に遊離してくるsCD44を調べると、CD44HはMT1-MMPおよびMT3-MMPによりプロセシングされ、70kDaのsCD44を産生することが示された。上述したMIAPaCa-2細胞では、MT1,MT2-MMPを発現しているが、MT3,MT4,MT5-MMPの発現は低いことから、CD44はMIA PaCa-2細胞では、主にMT1-MMPによりプロセシングされていることが示唆された。

 これまでにCD44は細胞運動の制御に関与することが示唆されている。そこで、MT1-MMPによるCD44HのプロセシングがZR-75-1細胞の運動性におよぼす影響を、金コロイド法を用いて検討した。CD44HやMT1-MMPをそれぞれ単独で発現させても細胞の運動性に変化はなかったが、両者を共発現させた細胞では約2倍程度の運動性亢進が観察された。この運動性の亢進は、MMP阻害剤であるBB-94により抑制された。また、細胞の運動に際して、MT1-MMPとCD44Hは、共に細胞先進部に局在していることが免疫染色で観察された。以上の結果から、細胞は、先進部でMT1-MMPによりCD44Hをプロセシングすることで、運動性を亢進している可能性が示唆された。

 そこで次に、MT1-MMPによるCD44Hのプロセシング部位を決める目的で、CD44の細胞外ドメイン(rCD44HS)を大腸菌により調整し、リコンビナントMT1-MMP(rMT1CAT)と反応させ、生じた反応産物のN末端アミノ酸配列を決定した。その結果、rCD44HSはrMT1CAT により、162Arg-163Thr,186Arg-187Ser,192Gly-193Tyrの3カ所で切断されていることが明らかとなった。また、3カ所の切断部位を含む、158Lys-197Thrのアミノ酸配列を欠損した変異型CD44H(CD44HM)は、ZR-75-1細胞でMT1-MMPと共発現させても切断されなかったことから、CD44HはMT1-MMPにより162Arg-163Thr,186Arg-187Ser,192Gly-193Tyrのいずれかあるいは全てでプロセシングされることが示唆された。そこで、CD44HMが細胞運動性におよぼす影響を金コロイド法を用いて検討した。CD44Hと比較して、CD44HMをMT1-MMPと共発現させてもZR-75-1細胞の運動性が亢進することはなかった。さらに、CD44HMの発現は、CD44HとMT1-MMPの共発現によって亢進した細胞運動を抑制することが観察された。

また、CD44Hを恒常的に遊離し、運動性も亢進しているMIA PaCa-2細胞に、CD44HMを発現させてもその運動性を抑制した。一方、MIA PaCa-2細胞ではセリンプロテアーゼによるCD44Hのプロセシングが生じている。しかし、セリンプロテアーゼ阻害剤(トリプシン・インヒビター)は、運動性を阻害しなかったことから、セリンプロテアーゼによるプロセシングは細胞運動には影響を与えないことが明らかとなった。以上より、CD44HのMT1-MMPによる特異的なプロセシングが細胞運動を亢進させることが明らかとなった。

【結論】

[1]報告されている5種類のMT-MMPsの中でMT4-MMPは全く解析されていなかった。

MT4-MMP遺伝子の転写産物を再検討した結果、従来報告されていたcDNAが不完全な転写産物に由来することを明らかにし、新たにMT4-MMPタンパク質を発現しうる完全な遺伝子を始めて同定した。このことにより、MT4-MMPの生化学的及び、細胞生物学的な解析が可能となった。

[2]本研究によって、MT1-MMPがCD44のプロセシングを行っていることが示された。

さらにMT1-MMPによってプロセッシングされない変異体(CD44HM)を用いることにより、MT1-MMPによるCD44のプロセシングが、細胞の運動性を制御していることを明らかにした。これまで、MT1-MMPは細胞膜近傍のECMを分解をすることで、細胞の運動や癌細胞の浸潤に関与していると考えられてきたが、それに加えて、細胞接着因子CD44をプロセシングし、細胞運動性を制御していることが示された。

 細胞が運動する際には、低分子量GTP結合タンパク質(Rho,Rac,Cdc42)を介した、細胞骨格の再編が起こり、その結果として、(I)細胞先進部での浸潤突起の形成、(II)浸潤突起のECMへの接着、(III)前進、(IV)細胞後進部の脱接着と収縮が起こる。さらにそれらと連動して、細胞接着因子やプロテアーゼが時間的・空間的に制御されていると考えられる。インテグリンが細胞先進部でECMに接着し、後進部では脱接着が起こり、リサイクルされているのに対して、CD44はECMへ接着した後、プロセシングされることで脱接着の過程が制御されることが明らかとなった。MT1-MMPは細胞運動に際して、先進部でCD44と局在を共にしてECM分解に関与し、一方で、CD44のプロセシングに関わる主要な酵素であると考えられた。本研究は、これまで浸潤・転移への関与の分子機構がほとんど明らかになっていなかったCD44について、MT1-MMPとの関連で細胞運動を制御する新たな接点を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

[1]膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(MT-MMPs)はこれまでに5種類が報告されている。Puenteらによりヒト乳癌細胞株から4番目に単離されたヒトMT4-MMP遺伝子(Puente型)は、シグナルペプチド配列をコードしていないことから、タンパク質を発現できない可能性が考えられ、その生理機能は全く解析されていなかった。そこで本研究では、MT4-MMP遺伝子の転写産物を再検討した。その結果、新たにMT4-MMPタンパク質を発現しうる完全な遺伝子を始めて同定した。さらに、従来報告されていたPuente型cDNAが不完全な転写産物に由来することを明らかにした。

[2]細胞接着因子CD44は、広範な細胞で発現しており、様々な細胞機能に関与する一方で、細胞表面からプロテアーゼによるプロセシングされることが報告されている。この様なCD44のプロセシングは、癌細胞の浸潤と相関することが示唆されているが、癌細胞の浸潤のどの段階に関与しているのかについて明らかにされていなかった。そこで本研究では、CD44のプロセシングを行っているプロテアーゼとしてMT1-MMPが関与していることを明らかにした。

さらにMT1-MMPによってプロセシングされない変異体(CD44HM)を用いることにより、MT1-MMPによるCD44のプロセシングが、癌細胞の運動性を制御していることを明らかにした。

 以上、本研究結果から、これまで、全く解析されていなかったMT4-MMPの生化学的及び、生理的な機能解析が可能となった。実際、MT4-MMPがMMPsの中で唯一のGPIアンカー型プロテアーゼであることを共同で最近報告した。

 また、これまでMT1-MMPは細胞膜近傍のECMを分解をすることで、細胞の運動や癌細胞の浸潤に関与していると考えられてきたが、それに加えて、細胞接着因子CD44をプロセシングすることで、細胞運動性を制御していることが示された。

 これらの結果は、癌細胞の浸潤・転移におけるMT-MMPsの新たな役割を提唱するものであり、今後の研究に大きく貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられた。

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