学位論文要旨



No 115579
著者(漢字) 平井,正明
著者(英字)
著者(カナ) ヒライ,マサアキ
標題(和) クーロン分解反応による太陽エネルギー領域での放射捕獲反応 7Be(p,γ)8Bの研究
標題(洋) Study of Radiative Capture Reaction 7Be(p,γ)8B at Astrophysical Energy via Coulomb Dissociation Method
報告番号 115579
報告番号 甲15579
学位授与日 2000.06.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3846号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,宇也
 高エネルギー加速器研究機構 教授 野村,亨
 東京大学 助教授 福田,共和
 東京大学 教授 酒井,英行
 国立天文台 助教授 梶野,敏貴
内容要旨 要旨を表示する

太陽ニュートリノ問題に関連して重要な原子核反応7Be(p,γ)8Bの低エネルギーでの断面積を求めるため、入射エネルギー62.0MeV/uの8Bビームを用いて、208Pb標的によるクーロン分解反応を測定する実験を行った。

 「太陽ニュートリノ問題」とは、理論が予測する高エネルギー太陽ニュートリノの放射量と比較して、地表ではその数分の一ないし半分ほどしか観測されない、というものである。ここでいう高エネルギー太陽ニュートリノはほとんどが8Bを起源としているので、8Bが太陽中にどれくらい存在するかを決定するためには、7Be(p,γ)8B反応の20keVでの反応断面積を正確に求める必要がある。しかし実際にこのエネルギーで測定を行うには断面積が小さすぎるため、できるだけ低いエネルギーでの測定を行い、理論的に20keVでの値を推測することになる。

 この反応断面積は60年代より陽子ビームによって測定されてきたが、クーロン障壁の影響により反応断面積自体が小さいことなどから、現在までの測定エネルギー下限は約120keVにとどまっている。また標的である7Beが約2ヶ月の半減期を持つ放射性同位体であることから大きな系統誤差を持つ可能性があり、複数の測定結果には倍ほどの開きがある。

 我々はこの反応に関しクーロン分解による逆反応測定を行っている。これは高エネルギーの8Bビームを電荷の大きい標的に照射し、そのクーロン場によって8Bを分解し、詳細釣合の原理と仮想光子理論を用いて、実効的に7Be(p,γ)8Bの断面積を求める、という方法である。

 この方法は、放射性の標的が不要なこと、高エネルギービームを使えるため検出効率が高いこと、実効的に大きな断面積が得られること、などから極めて効率の良い測定となっている反面、大強度の放射性核ビームが必要であること、順反応にはほとんど寄与しないE2成分が仮想光子数の関係からクーロン分解では無視できない量となること、7Beの励起状態へ分解する分岐比(8B→7Be*+p)もまた無視できない量であること、などの問題を抱えている。

 クーロン分解によって同反応を測定し、天文学的光学因子(astrophysical S-factor)を導出した報告は3例(それぞれ入射エネルギーが46.5MeV/u、51.9MeV/u(我々のグループによる測定)、254MeV/u(GSIグループによる測定))あり、それらの測定におけるエネルギー下限は250keVである。

 この測定では、測定精度とエネルギー下限は、バックグラウンド事象、統計量、検出器の分解能の3つで決定される。本研究では、この3つを改善することで、S-factorをより低いエネルギーまでより高い精度で測定することに重点を置いて実験を設計した。

 測定は以下のようにして行った。測定装置の概念図を図1にあげる。

 理化学研究所加速器施設において、リングサイクロトロンから供給された135MeV/uの12Cビームを用い、入射核破砕片分離装置RIPSによって、エネルギー65MeV/uの8Bビームを含んだ約70kcpsのビームに変換する。2次ビームの強度は検出器側で制限されるため純度が実験の統計を左右する。我々の以前の2例の実験では、8Bの含有量は10〜20%程度であったが、今回の実験ではこれをおよそ65%にまで高くすることができた。8BビームはRIPSの第3焦点面下流に置かれた厚さ50mg/cm2の208Pb標的に照射され、そこでクーロン力によりpと7Beに分解する。

 標的より5.0m後方にはΔE(13本)、E(16本)のプラスティックシンチレータからなる有効面積約1m2のカウンターホドスコープがあり、ここで208Pb標的中で分解したpおよび7Beの運動量を飛行時間法とカウンターホドスコープの分割を用いて同時計測する。

 我々の以前の測定ではこの区間は3〜4mであったが、今回は測定の分解能を上げるため、若干立体角を犠牲にしてできるだけカウンターホドスコープを後方に置くこととした。

 また以前の実験ではこの5.0mの区間はヘリウムバッグで占められていたが、このヘリウムが多くのバックグラウンド事象を作り、かつ多重散乱により運動量測定の精度を悪くすることが分かっていた。そこで以降の段階ではできるだけヘリウムやその他の物質量を取り除くことに主眼が置かれた。

 様々な方法を試みた結果、最終的には我々は、カウンターホドスコープのうち、プラスチックシンチレータ部分を真空中に、光電子増倍管を大気中におき、一部にシリコンゴムを使用したライドガイドを使って真空を保つ方法で、ほとんどバックグラウンドのないなデータを得ることに成功した。

 7Beの励起状態へと分解する割合は、この分岐比は、我々のグループが過去に測定しており、平均して全クーロン分解イベントのおよそ2〜5%を占めることが分かっているが、分解エネルギー依存性については未知であることから、再測定の必要があった。

 励起状態の7Be*はすぐに脱励起してγ線(429keV)を放出するため、分岐比の測定のために、標的の周囲、ほぼ3πをNaI(Tl)シンチレータ55個からなるDALI検出器で囲った。このγ線の測定から、励起状態へと分解する分岐比をエネルギーの関数として求めることができた。

 図2に、S-factorの測定結果をあげる。横軸は分解のエネルギーでプロットしてある。過去の我々のクーロン分解による測定と、最新の直接測定との結果、ある理論によるフィッティングを合わせて示してある。前述したように、クーロン分解反応には、E2の寄与が混じると推測されているが、これについては現在は信頼できる理論がないため、クーロン分解の測定点はE2の寄与を補正しないままの値を示している。

 最終的に我々は100keV以上の領域でS-factorを求めることに成功した。最新の理論を用いてゼロエネルギーでのS-factorを推測した結果は、19.1±1.0eV・bである。この結果は、過去のクーロン分解測定の結果(例えば我々自身の51.9MeV/uでの測定の結果18.9eV・b±1.8)と一致しており、またよりよい実験精度を得ている。

 このようにして求められたS-factorを順反応のそれと比較するためには、E2遷移の寄与の程度を見積もる必要がある。

 原理的にはこれらの寄与は、大散乱角の反応断面積を見ることと、異なるパリティの成分があることから生じる分解の干渉(分解の非対称性として見える)を見ることで、見積もることが可能であるが、8Bの核構造自体がまだよく知られていないことと、実験精度の問題もあって、前提なしではこれらの寄与を正しく見積もることはできない。

 散乱角依存性に関しては過去の我々自身の測定に基づいた解析がすでに報告されており、非常に小さいE2遷移(Erel=0.6MeVにおいてSE2/SE1<0.1×10-4)を示している。一方、分解の前後非対称性に関するMSUのグループによる測定・解析は、大きなE2遷移(同じくSE2/SE1==6.7士2.8-1.9×10-4)を示している。

 今回の我々の実験では、バックグラウンドの低減につとめたことで、軸非対称性に関しても測定を行うことができるようになった。有感領域の問題から、結果が得られたのはErel=0.4-0.55MeV、θ8=0.5-4.0°の領域に限られるが、この領域の非対称性から、θ8について積分した非対称性を推測し、MSUのグループが解析に使っているBertschらの理論と比較を行った。非対称性の大きさは、Bertschらの理論(SE2/SE1=9.5×10-4)のほぼ3分の1であり、換算するとSE2/SE1=3.5±2.1×10-4に相当する。

 我々の求めたS(E=0)=19.1±1.0eV・bから、このE2の寄与をエネルギー依存性を仮定した上で差し引くと、S(E=0)=16.7±1.0±1.3eV・bとなる。

 過去の直接測定を最新のデータを用いて再解釈すると、S(E=0)=25eV・b前後を示唆する結果と、S(E=0)=18eV・b前後を示唆する結果との大きく2つに分けられる。我々の結果は、全分解断面積に関しては過去のクーロン分解測定と一致しており、また直接測定との比較に関しては後者の18eV・b前後を示唆するグループの結果を補強している。

 今後、E2の遷移強度と分解の非対称性の関係をより詳しく調べ、クーロン分解の結果をより正しく直接測定の結果と比較できるような研究が望まれる。

図1 実験装置の概略図

図2 S-factorの測定値

審査要旨 要旨を表示する

 太陽ニュートリノ放射率の実測値が予測値よりも小さくなっている現象を、「太陽ニュートリノ問題」と呼んでいる。バコールらによれば、特に8Bからのニュートリノが主成分をなす高エネルギーニュートリノでは、30-40%小さい。この現象については、原因が素粒子ニュートリノの性質にあるとするニュートリノ物理の問題としても関心を持たれているが、本論文では、予測値の基礎となっている天文学的光学因子(S-因子)に注目し、その中でも測定値がばらついている7Be(p,γ)8B反応のS-因子の高精度測定を目指している。

 太陽中心部の温度1.4X107Kに相当するガモフピークエネルギー約20keVでのS-因子を決定するには、実験可能なより高いエネルギーでの実験値から理論式を用いて外挿せざるを得ず、これに伴う不確定性を押さえるため、できる限り低いエネルギーまでの誤差の少ない測定が重要となる。実験値は、1960年代より直接測定によって得られてきたが、本論文では、逆反応過程であるクーロン分解反応によって、最も低い100keVからの全分解断面積データを用いたS-因子導出に成功した。

 本論文は、6章と付録の3章からなる。第1章は動機と背景、第2章はクーロン分解反応によるS-因子測定の実験手法、第3章は検出器の校正方法とデータの解析方法について述べてある。第4章でS-因子等の実験結果が示され、第5章で考察、第6章で本論文の要約を行っている。

 従来、放射性7Be標的による直接測定では標的を薄くせざるを得ず、そのため、1)標的厚の決定が困難で大きな系統誤差を含む可能性がある。さらに、2)反応断面積が極めて小さい、等の測定上の困難を抱えている。実際、今までに得られた測定値は大別してS=24-26eV・b,S=17-19eV・bの二つの値のグループに分かれている。

 著者とその共同研究者らのグループは、上記の問題を克服するために、放射性8BビームとPb-標的によって起こるクーロン分解反応によるS-因子導出を提案し、過去数度の実験を行って来た。クーロン分解反応によれば、直接反応に較べて高エネルギーのビームが利用できることから、標的厚の問題はない。また、実効的な反応断面積が大きいので高効率測定が可能である、という特徴を有している。過去の実験でも、S-因子導出を試みてきたが、a)8Bビーム由来のバックグラウンドイベントによる統計誤差増大のために250keV以下のデータを生かせない、という間題があった。またS-因子導出のためには、全分解断面積データから、b)7Beの励起状態への崩壊成分の補正、c)E2一成分の補正をおこなって7Beの基底状態へのEl-成分を特定する必要があるが、b)については、崩壊分岐比の平均値を使い、c)については、散乱角の解析から、その寄与は無視できるものとして来た。

 本研究では、検出器システムの改造により、バックグランドイベントがほとんどない測定環境を実現し、今までの実験の中では最も低いエネルギー(100keV)からの、統計精度の良い全分解断面積データを得た。また、b)については、7Beの励起状態への崩壊分岐比の相対エネルギーに対する依存性の測定に成功し、半古典的なクーロン分解反応理論からの予測と一致することを示した。b)の補正後得られたS-因子は、SE1(Erel=0)=19.1±1.0eV・bで、同手法で得られた過去のデータと誤差の範囲で一致した。その寄与は小さいと予想されるものの依然としてE2-成分を含むため、今結果はS-因子の上限値と考えられる値ではあるが、直接測定の結果と比較すると、S=17-19eV・bグループと良く一致する。これは、二つの値のグループに別れている直接測定の結果に対し、全く異なる実験手法によりその上限値を明らかにした点で重要な結果である。

 著者はさらにc)の寄与を評価するため、7Beと陽子との分解角の方位角異方性の測定結果から、理論的仮定によってはS=16.7eV・b程度にまでS-因子が下がりうることを見いだし、E2-強度についての理論、実験双方からのさらなる研究の重要性を指摘した。

 以上、本論文では、クーロン分解反応によるS-因子測定という新しい実験手法によるS-因子導出に成功しこの手法の有効性を明らかにするとともに、直接測定の結果に対して、初めて明確な上限値を与えた。この事は、天体核物理の研究分野に対する重要な貢献である。本論文は、加速器を用いた多数の研究者との共同研究の成果であるが、著者が主体となって本研究の実験計画を立てるとともに、実験の遂行、データの解析を行ったものであり、著者の寄与は十分であると判断し、審査員全員が本論文を博士(理学)の学位請求論文として合格であると判定した。

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