学位論文要旨



No 115580
著者(漢字) 友野,大悟
著者(英字)
著者(カナ) トモノ,ダイゴ
標題(和) すばる望遠鏡用中間赤外線撮像装置MIRTOSの製作とその初期成果
標題(洋) Development of the new mid-infrared camera MIRTOS for the Subaru Telescope and its first results
報告番号 115580
報告番号 甲15580
学位授与日 2000.06.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3847号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 助教授 尾中,敬
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 山下,卓也
 国立天文台 教授 西村,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

近年、世界各国で運用が始まっている口径8メートル以上の望遠鏡によって、中間赤外線のような長い波長での撮像観測でも、高い空間分解能を得られるようになった。たとえば、波長λ=10ミクロンでの回折限界は、望遠鏡の口径をD=8メートルとすれば、λ/D=0.25秒角となる。この角度は、NGC1068などz=0.004にある銀河では、ハッブル定数をH0=75km/sec/Mpcとすれば、20パーセクに相当し、距離10パーセクにある近傍の恒星では2.5天文単位に相当する。Marco and Alloin(2000)は、NGC 1068の中心核を、補償光学系を用いて観測した。波長3.5ミクロンと4.5ミクロンの近赤外線でのデコンボリューション像には、80パーセク程度の大きさを持った円盤状の構造が見られる。これは、活動銀河核の統一モデルにおいて、中心のブラックホール周辺にあると予想されている円盤に相当するものだと解釈されている。中間赤外線において多波長でこの天体を観測することにより、銀河中心核周辺の温度構造が解明できることが期待される。一方、われわれからの距離10パーセク以内には、182個の星が存在する。これらの星のなかには、ベガなどのようにこれまでに星周構造の観測されている(Pantin et al.,1997など)天体もあり、高い空間分解能での系統的な観測によって、星周構造や惑星系の進化についてさらに深い知見が得られる。

このような状況の中、われわれは、すばる望遠鏡用中間赤外線撮像装置MIRTOSを製作した。この装置は、回折限界の分解能で、中間赤外線放射の空間構造を撮像するためのものである。この装置は2組の撮像装置によって構成されている。ひとつは波長8-13ミクロンや20ミクロン前後の中間赤外線の撮像をする。もうひとつは、近赤外線のうち、波長1-2.5ミクロンでの撮像するものである。この2つの撮像装置は、1秒間に10フレームの速度で同じ視野の画像を同時に積分することにより、シーイングによる空間分解能の劣化を防ぐ。近赤外線撮像装置からのデータは、観測の波長範囲を広げるだけでなく、2波長シフト・アンド・アドの参照源としても使われる。

2波長シフト・アンド・アドとは、われわれが考案した、中間赤外線の空間分解能を、長時間積分の後でも保つ手法である。ここで、シフト・アンド・アドは、大気ゆらぎによる空間分解能の低下を補償する技法のひとつである。この技法では、大気ゆらぎの変化時間よりも短い時間だけ積分した多数の像を、もっとも明るいスペックルや、光の重心の位置に着目して、その点を重ね合わせるようにずらしながら足し合わせることによって観測対象の大気による移動を補う。大口径望遠鏡での観測ではスペックル数の多い近赤外線では、シフト・アンド・アドによって像再生を試みるのは困難であるが、もっとも明るいスペックルにほとんどのエネルギーの集中する中間赤外線では、シフト・アンド・アドは有効な像再生手段となる。しかしながら、中間赤外線では大気や望遠鏡からの背景放射が強いため、短時間積分では感度が充分ではない。われわれは、波長が違っていても大気のゆらぎに相関があることに注目し、近赤外線の像を参照して中間赤外線の像の移動を補う、2波長シフト・アンド・アドという技法を開発した(Tomono and Nishimura,1997)。これは、中間赤外線と同時に、より感度の高い近赤外線でも短時間だけ積分した画像を得ることによって、大気ゆらぎによる移動量の参照とするものである。

2波長シフト・アンド・アドを実現するため、MIRTOSは、2つの撮像光学系からなっている。中間赤外線撮像部には、320×240ピクセルのSi:As素子を用いた不純物帯伝導検出器を使用している。視野は21×16秒角あり、1ピクセルは0.067秒角に相当する。このピクセルスケールは、波長8ミクロンで回折限界の撮像をするために充分小さいものであり、口径8メートル以上の望遠鏡のために用意されているさまざまな中間赤外線撮像装置のなかでもっとも小さい。このようなオーバー・サンプリングの観測では、シフト・アンド・アドや2波長シフト・アンド・アドを併用したデコンボリューション像によって、回折限界よりも小さい空間構造が明らかになる。近赤外線撮像部には、256×256ピクセルのInSb検出器を使用している。近赤外線撮像部の7.1秒角四方の視野は中間赤外線撮像部の視野の隅に配置され、ピクセルスケールは0.028秒角である。これは、波長2.2ミクロンで、中間赤外線の撮像結果を平行移動させるため、参照光源のスペックル像のもっとも明るいピークの位置を検出するのに充分なものである。

これらの赤外線検出器は雑音の低減のため、光学系とともに冷却して使用する必要がある。MIRTOSは真空を共通にもつ2つの冷却容器を使用している。冷却容器の接続部に入射窓あるいは蓋を追加することにより、2つの冷却容器は、独立に真空を引き光学系の試験などを行えるようになっている。冷却容器の冷却時間はどちらも30時間程度である。

われわれは、中間赤外線撮像光学系、また、近赤外線撮像光学系それぞれ対応する波長域を広く取れるよう、反射光学系として設計し、組み立て・調整をおこなった。中間赤外線撮像光学系には、4枚の曲面からなる再結像光学系を用いた。この光学系には、将来に計画されているファブリ・ペロー分光器の設置をかんがみ、光束が平行となる部分が用意されている。近赤外線撮像光学系には、結像性能を十分に保ちつつ、できるだけ小さな光学系となるよう、3枚の曲面からなる再結像光学系を設計した。近年の旋盤加工技術の進歩により、数値制御により金属を切削した鏡の製造が可能となった。精度の良い非球面の鏡の入手がしやすくなったことにより、反射光学系の設計・製作は以前より容易になりつつある。どちらの光学系も、幾何学的な結像、像面歪曲ともに検出器のピクセルよりも充分小さい設計結像性能が、0.1ミリ以上の許容設置誤差とともに得られた。なお、瞳撮像の際には、フィルターホイールに設置されたレンズを光路に挿入することにより、リオ・ストップを検出器上に再結像させる。

中間赤外線撮像光学系では、11.7ミクロンにおける恒星の観測において、半値全幅0.20秒の像が得られ、回折による暗環・明環が観察された。回折像のFWHMは0.18秒角程度である。この値はシフト・アンド・アド像によるものだが、通常積分の場合には、半値全幅0.34秒であった。いっぽう、K'バンドでは、大気揺らぎの影響により、観測された天体の像は回折限界よりも大きく広がっていた。

装置の性能評価のため、上に述べた恒星のほか、小惑星(1)セレスや、NGC1068の中心核などを、すばる望遠鏡を用いて観測した。また、瞳撮像モードを用いて、望遠鏡の入射瞳の中間赤外線像も得た。入射瞳像には、副鏡周辺に中間赤外線で明るい領域が見られた。スパイダーの、副鏡構造との結合部分からの放射だと思われる。これらの望遠鏡構造は、望遠鏡の改修の際に、平面鏡によって覆われる予定となった。また、セレスの中間赤外線・近赤外線2波長同時観測により、K'バンドと波長10ミクロン前後や18.5ミクロンの中間赤外線との間で、像の動きに相関があることが確かめられた。波長の違いが小さいほど、動きの相関は大きい値となった。これにより、2波長シフト・アンド・アドが暗い天体の中間赤外像での空間分解能の向上に有用であることが確かめられた。

いっぽう、NGC 1068は、10ミクロン付近の6枚の広帯域フィルターや18.5ミクロンのフィルターと同時に、K'バンドでも観測された。中心部分のシフト・アンド・アド像には、いくつかの構造が見られた。これらの像をデコンボリューションすることによって、Seyfert2銀河の中心核のものと思われる、南北に伸びた中心光源と、東西方向に伸びた高温の円盤状構造の片鱗を見ることができた。この円盤は、Marco and Alloin(2000)の観測と同様、Seyfert2銀河の活動銀河中心核の周囲にあると思われている円盤であることが予想される。また、中間赤外線でのシリケイトからの放射を見積もることによって、Gallimore et al.(1996)が周波数5GHzの電波によって観測されたジェットの末端に、シリケイトの放射領域がある可能性があることがわかった。

今後は、ソフトウェアの改良やハードウェアの追加など、MIRTOSの観測効率を向上させるための改良を続けたい。この他、黒体フィットによって温度分布を得るなどNGC 1068のデータ解析をさらに進める必要がある。さらに、近赤外線撮像分光装置IRCSによる、ディスク構造の空間分解したスペクトルの観測によってディスクの物質の空間的な性質の違いを調べ、冷却中間赤外線撮像分光装置COMICSによるシリケイト放射構造の観測によって、電波ジェットに沿った詳しいエネルギー収支の構造が得られるものと思われる。これと同時に、ヒッパルコス・カタログ(ESA,1997)にある10pc以内の天体のMIRTOSによる観測も進めていく。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、中間赤外線撮像装置の製作とすばる望遠鏡を用いた初期成果、特にセイファート銀河のプロトタイプであるNGC1068の観測研究についてまとめたものである。中問赤外線波長域における観測研究は、大気・望遠鏡の熱輻射などのノイズが高いこと、高効率の二次元アレイ検出器の登場が遅かったことから天文学の研究分野でも遅れていた分野である。これまで低空間分解能での観測が行われ中間赤外線域での発見の時代が続いていたが、大型の二次元アレイ検出器が登場して高空間分解能の観測が注目され始めた。

 すばる望遠鏡でも1999年1月にファーストライトを迎え、中間赤外線観測にも踏み出した。論文提出者は、中間赤外線域での高空間分解能の観測を目指し中間赤外線撮像装置(MIRTOS)を製作した。良く知られたように地上観測は大気のゆらぎの影響を受けて望遠鏡の回折限界での観測はむずかしく、いわゆるシーイング限界の観測を余儀なくされている。ハワイの4200mにあるすばる望遠鏡のサイトではその影響が少ないことで知られているが、ゼロではない。論文提出者は、SAA法(シフト・アンド・アッド)を基礎とした像改善技法を提案して高空間分解能の画像を得ることに成功した。SAA法は、大気のゆらぎで瞬間、瞬間天体の位置がずれるが、短時間露光した参照星を用いてそのずれを検出し、同じ条件下でえられた目的天体にそのずれた分の補正をかけると高分解能の画像がえられるという原理である。普通は同じ波長域で参照星と目的天体を撮るが、論文提出者は参照星は近赤外域で、目的天体は中間赤外線域でとるというアイデアを提出した。中間赤外線域では、大気・望遠鏡の輻射ノイズが大きいため、参照星の検出限界が劣っていること、中間赤外線域では広がった天体が多く参照星が得難い等の理由があるからである。

 本論文は、6章からなり、1章では中間赤外線での高空間分解能の観測の重要性とその実現方法のアイデア、そして実現手段である観測装置の概要が述べられ、2章ではMIRTOSの詳細な機能と性能が、3章ではその室内実験結果がそれぞれ与えられている。4章ではNGC1068の観測とデータ処理がシミュレーションも含め論じられ、5章はMIRTOSを用いた将来の観測計画にふれている。6章は本論文の結論が述べられている。

 論文提出者は、MIRTOSの設計、製作、実験室内での試験、望遠鏡に搭載した試験観測などのすべてにおいて主体的に取り組んだ。高い空間分解能を目指して、光学系を検出器の1ピクセル内に100%のエネルギーが入るよう光線追跡法で設計した。実験室では最終確認できなかったが、天体の点像でストレール比0.5以上を得ており初期の目的を達成したと評価する。冷却系は、撮像目的の要求性能を達成している。また、シールドの改修により将来分光機能を取り入れることも可能である。検出器は細部では課題が残されているが全体として目的の性能は達成された。また、天体だけでなく望遠鏡の瞳像を撮れるように工夫して望遠鏡の赤外放射率などの望遠鏡赤外線性能の確認にも応用し、望遠鏡の赤外線仕様の確認に貢献した。

 この装置をすばる望遠鏡に装着して、セイファート銀河のプロトタイプであるNGC1068を観測して従来より高い空間分解能の画像を得ることに成功した。そこには、中心、南、北西、北東に構造が見られ、各コンポネントのエネルギースペクトルを導いた。また、中心部にシリケートの吸収と輝線をみつけた。これらの状況から、中心のセントラルエンジンのまわりにディスク上の構造が存在すると解釈できる証拠を見つけた。この結果については、今後の追観測あるいは詳細な解析が必要であるが、これらは従来の低い空間分解能の観測を一歩前進させた点で評価できる。

 論文提出者の、中間赤外線観測にSAA法を応用した新しい技法の利点を生かした観測については更なる努力を期待したいが、他の8メートルクラス望遠鏡に先駆けて、その中間赤外線領域での高分解能力を発揮でき、さらに近赤外線領域から中間赤外線領域を一挙にカバーできるユニークな観測装置をほとんど独力で完成させた論文提出者の業績は十分評価に値する。

 以上のように本論文は、論文提出者が主体的にMIRTOSの設計、製作、実験、それを用いた観測、データの解析、考察を行なった点で高く評価する。また、本論文の一部は、西村徹郎との共同研究であるが、論文提出者が全体にわたり主体的に設計、製作、実験、観測、解析、分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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