学位論文要旨



No 115582
著者(漢字) 森,英俊
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヒデトシ
標題(和) 膜型マトリックスメタロプロテアーゼ1(MT1-MMP)の細胞膜局在の制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 115582
報告番号 甲15582
学位授与日 2000.06.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2189号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 束條,英昭
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学(医科学研究所) 教授 清木,元治
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

 細胞運動および形態変化はアクチン細胞骨格系の再構築によって達成される。また一方で、細胞が組織の中を運動する時には、細胞外基質(ECM)に接着し分解することが必要である。即ち、細胞運動とECMへの接着・分解の制御は連動して行われなくてはならない。細胞外基質への接着と分解は、細胞の運動先進部から後進部にかけて、様々な分子の局在と活性が時間的・空間的に制御されることによって遂行される。インテグリンを初めとする細胞接着分子は、ECMをリガンドとして結合する一方で、細胞内においてはシグナル分子やアクチン骨格系と会合している。従って、これらの接着分子はECMからのシグナルを細胞内へ伝えると同時に、細胞運動を制御するシグナルによってその局在・活性が制御される。

 細胞表面で働く細胞外基質分解酵素として膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(MT-MMP)がある。現在までに6種類知られている酵素の中で、MT1-MMPはそれ自身がコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチンなどを直接分解するだけでなく、基底膜基質の主成分であるIV型コラーゲンを分解するMMP2(ゼラチナーゼA)を細胞膜上で活性化する。癌組織におけるMT1-MMPによるMMP2の活性化と癌の浸潤度が相関すること、癌細胞株にMT1-MMPを強発現させると浸潤能および転移能が増加することから、MT1-MMPは癌細胞浸潤の重要な分子であると考えられている。MT1-MMPは血管内皮細胞でも発現しており、血管新生に必須の酵素であることが報告されている。また、イヌの腎上皮由来細胞株MDCKがコラーゲンゲル内でHGF依存的に管腔を形成するときにもMT1-MMPの活性が必須である。このような状況でのMT1-MMPの働きは、接着分子やアクチン骨格系と連動して制御されていると考えられるが、それを可能にする分子の実体は全く解っていないのが現状である。このMT1-MMPの局在制御機構を解明することは癌の浸潤・転移を理解する上で重要な課題である。そこで、本研究ではMT1-MMPの細胞膜上での局在制御機構を解析する目的で、第一章ではMT1-MMPとアクチン骨格との関係について、MT1-MMPとアクチンの会合を規定するドメインの解析を試みた。第二章ではMT1-MMPとアクチンの会合を仲介する分子がCD44であることを明らかにし、CD44によるMT1-MMPの局在制御機構の解析を試みた。

第一章 アクチン骨格とMT1-MMPの会合を規定するドメインの解析

 細胞運動に関係する接着分子が細胞内ではアクチンと結合することによって、細胞運動と連動した制御を受けるのと同様に、MT1-MMPも細胞骨格と連動した制御を受けている可能性が考えられる。その結果として、MT1-MMPが細胞運動の先進部へと集結すれば、浸潤方向のECM分解に都合がよい。そこで、MT1-MMPの局在がアクチン骨格系の変化によって影響を受けるのかを調べるため、アクチンを脱重合させることで知られているサイトカラシンD(以下CyD)でアクチン骨格系を変化させた。その結果、細胞膜上のMT1-MMPの局在が変化し、脱重合したアクチンの凝集像と局在が一致することから、両者が類似した局在を示すことが確認された。アクチンと結合することが知られているCD44も細胞表面の局在とアクチン束の染色像が良く一致し、CyD処理した細胞では細胞内の凝集アクチンと一致した細胞表面の分布の変化を示した。MT-MMPの中でMT4-MMPは細胞膜貫通構造を持たず、GPI-anchor型で細胞表面に局在する。MT4-MMPを強発現させた細胞をCyD処理してもその影響を受けず、アクチン凝集部への移動も観察されず、MT4-MMPはアクチン骨格には結合していないと考えられた。以上のことから、MT1-MMPの細胞膜表面での局在がCD44と同様に細胞内のアクチン骨格と連結して制御されていることが明らかとなった。

 次に、MT1-MMPがどのドメインを介してアクチン骨格系とリンクしているかをMT1-MMPの変異体を用いて検討した。膜貫通・細胞質ドメインを欠失し、代わりにMT4-MMPのGPI-anchorによって細胞表面に存在する変異体のMT1-MMPは、CyD処理によるアクチン凝集と挙動を共にした。このことからMT1-MMPと細胞内にあるアクチンとの関係は細胞外ドメインを介して間接的に行われると考えられた。実際に細胞外ドメインであるヘモペキシンドメインを欠失した変異体はアクチンとの局在が一致せず、CyD処理した細胞上に分散して存在した。しかし、もう一つの細胞外ドメインである触媒ドメインを欠失した変異体は野生型MT1-MMPと同様の局在を示した。

 以上のことから、MT1-MMPと細胞内のアクチンとの連携はヘモペキシンドメインを介して行われると考えられ、MT1-MMPはヘモペキシンドメインを介して、アクチン骨格系と会合している細胞表層因子と結合し、このことによって間接的に細胞内アクチンと連携していると結論された。

第二章 CD44によるMT1-MMPの局在制御機構の解析

 アクチンとの共存を示すためにポジティブコントロールとして用いたCD44は、ヒアルロン酸、オステオポンチン、セルグリシン、フィブロネクチン、I型コラーゲンなどをリガンドとし、細胞内ではERMおよびアンキリンとの結合を介してアクチンと会合する。また、CD44は様々な癌細胞で発現しており、細胞の運動能や浸潤・転移能を亢進させることが知られている。インテグリンも細胞内裏打ち構造としてアクチン束と会合しているが、MT1-MMPの局在はインテグリンが存在する接着斑の部位よりはむしろCD44と一致した。実験に用いたCHO-K1細胞はCD44を恒常的に発現していることから、CD44がMT1-MMPを細胞内アクチン骨格系にリンクさせる分子として機能している可能性が考えられた。

 CD44とMT1-MMPのヘモペキシンドメインが結合するか否かを解析するために可溶型のヘモペキシンドメインをCHO-K1細胞に発現させて、CD44依存的に細胞表面に保持されるかどうかを調べた。その結果、ヘモペキシンドメインはCH0-K1細胞の表面に結合し、CD44の発現の増加に伴い細胞膜表面への結合量も増加した。一方、可溶型の触媒ドメインはCD44の発現の有無に関わらず細胞表面への結合は認められなかった。次に、リコンビナントの可溶型ヘモペキシンドメイン、可溶型触媒ドメインと可溶型CD44との結合をライガンドブロッティングにより解析した。その結果、可溶型ヘモペキシンドメインと可溶型CD44の結合したが、可溶型触媒ドメインとの結合は認められなかった。さらに、CD44のヒアルロン酸結合ドメインと膜結合部位の間の領域に相当するリコンビナントタンパク質(CD44stem)とリコンビナントの可溶型MT1-MMPの変異体(MT1EAΔt,MT1PEX,MT1CAT)、MT4-MMPのヘモペキシンドメインとの直接の結合をBIACORE(分子間の結合、解離により生じる微量な質量変化をリアルタイムにモニターする装置であり、得られたデータから反応速度論の解析を行える)を用いて解析した。その結果、MT1-MMPのヘモペキシンドメインを分子内に有する変異体MT1EAΔt,MTIPEXとCD44stemの結合が認められ、その解離常数(K d値)はそれぞれ624nM、82nMであった。しかし、MT1CATとMT4PEXの結合は認められなかった。このことからMT1-MMPはヘモペキシンドメインを介してCD44に直接結合することが示された。

 MT1-MMPとアクチンとの会合がCD44との会合に依存しているとすれば、それはCD44の細胞内ドメインの機能に依存するはずである。そこで、CD44の細胞質ドメインに存在するアクチンと会合するためのドメインを欠失した変異体CD44-dEを作成し、CHO-K1細胞に発現させ、CyD処理による細胞膜上でのCD44-dEの局在変化を観察した。CyD処理によってアクチンは細胞内で凝集するが、CD44-dEは細胞膜上で局在がほとんど変化しなかった。また、MT1-MMPとCD44-dEをCHO-K1細胞に共発現させた場合も、細胞上のCD44-dEと類似して、MT1-MMPもほとんど局在が変化せず、アクチンの凝集部位への局在変化は認められなかった。このことから、MT1-MMPとアクチン骨格との関係にはCD44の細胞質ドメインが必須であることが示された。

 MT1-MMPがCD44を介してアクチン骨格と会合しているならば、細胞運動の際のアクチン骨格の再編成に伴って両分子の局在も変化するはずである。そこでHT1080細胞にMT1-MMPの変異体を発現させPMA刺激による細胞の運動性を誘導した場合のMT1-MMP変異体と内在性CD44の細胞膜上での局在変化を比較検討した。その結果、MT1-MMPはヘモペキシンドメイン依存的にCD44と局在が一致し、細胞辺縁部、葉状仮足への局在変化が観察された。また、この実験をMDCK細胞で行っても同様の結果を得ることができた。これらの結果から、MT1-MMPはヘモペキシンドメイン依存的にCD44と結合し、アクチン骨格の再編成に伴う細胞膜上のCD44の局在変化と挙動が一致することが示された。

 本研究によってMT1-MMPの細胞膜上の局在がCD44によって制御されていることが明らかとなり、癌細胞の浸潤を含めた細胞の組織内移動の際に、その運動先進部にMT1-MMPを局在化させ、ECM分解に利用するメカニズムが明らかとなった。さらに、本研究の結果からプロテアーゼとアクチン骨格との結合を可能にする分子との連携を断つことが、従来のプロテアーゼ阻害剤に加えて、新たな浸潤制御の戦略になりうることを示している。

審査要旨 要旨を表示する

 細胞の運動および形態変化はアクチン細胞骨格系の再構築によって達成され、細胞が組織の中を運動する時には、細胞外基質(ECM)に接着し分解することが必要である。細胞接着分子は、ECMをリガンドとして結合する一方で、細胞内においてはシグナル分子やアクチン骨格系と会合している。従って、接着分子はECMからのシグナルを細胞内へ伝えると同時に、細胞運動を制御するシグナルによってその局在・活性が制御される。細胞表面で働くECM分解酵素として6種類の膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(MT-MMP)が知られている。そのうちMT1-MMPは基底膜基質の主成分であるIV型コラーゲンを分解するMMP2(ゼラチナーゼA)の活性化と相関すること、癌細胞株にMT1-MMPを強発現させると浸潤能および転移能が増加することから、癌細胞浸潤の重要な分子であると考えられている。細胞運動の際のMT1-MMPは、接着分子やアクチン骨格系と連動し制御していると考えられるが、それを可能にする分子は不明である。本研究はMT1-MMPの細胞膜上での局在制御機構を解析する目的で行われたものである。

 第一章では、MT1-MMPとアクチンの会合を規定するドメインの解析を試みている。細胞運動に関係する接着分子がアクチンと結合することによって、細胞運動と連動した制御を受けるのと同様に、MT1-MMPが細胞運動の先進部へと集結すれば、浸潤方向のECM分解に都合がよい。そこで、MT1-MMPの局在がアクチン骨格系の変化によって影響を受けるのかを調べるため、アクチンを脱重合させるサイトカラシンD(CyD)でアクチン骨格系を変化させた結果、細胞膜上でMT1-MMPとCD44とがそれぞれ局在を変化させ、両者が類似した局在を示すことを確認した。このことから、MT1-MMPの細胞膜表面での局在がCD44と同様に細胞内のアクチン骨格と連結して制御されていることを明らかにした。また、MT1-MMPはヘモペキシンドメインを介して、アクチン骨格系と会合している細胞表層因子と結合することによって間接的に細胞内アクチンと連携していると結論した。

 第二章ではCD44によるMT1-MMPの局在制御機構の解析を試みている。CD44は、ヒアルロン酸などのECMをリガンドとし、細胞内ではアクチンと会合することや、細胞の運動能や浸潤・転移能を亢進させることが知られている。MT1-MMPの局在はインテグリンが存在する接着斑の部位よりはむしろCD44と一致したことから、CD44がMT1-MMPを細胞内アクチン骨格系にリンクさせる分子として機能している可能性を考えた。そこで、CD44とMT1-MMPの細胞膜上での結合を、リコンビナントタンパク質同士の結合と比較し、MT1-MMPのヘモペキシンドメインがCD44と結合することを示した。また、触媒ドメインはCD44と結合しないことも示した。さらに、CD44のヒアルロン酸結合ドメインと膜結合部位の間の領域に相当するリコンビナントタンパク質とMT1-MMPの変異体との直接の結合を検討し、MT1-MMPはヘモペキシンドメインを介してCD44に直接結合することを明らかにした。次に、MT1-MMPとアクチンとの会合にCD44の細胞質ドメインが必須であるかを検討するために、CD44の細胞質ドメインに存在するアクチンと会合するためのドメインを欠失した変異体CD44-dEを作成し、CyD処理による細胞膜上でのCD44-dEの局在変化を観察した。その結果、MT1-MMPとアクチン骨格との関係にはCD44の細胞質ドメインが必須であることを示した。細胞運動の際にはアクチン骨格の再編成に伴ってMT1-MMP、CD44の局在も変化すると考えられる。そこで細胞にMT1-MMPの変異体を発現させPMA刺激により細胞運動を誘導した場合のMT1-MMP変異体と内在性CD44の細胞膜上での局在変化を比較した。その結果、MT1-MMPはヘモペキシンドメイン依存的にCD44と結合し、アクチン骨格の再編成に伴う細胞膜上のCD44の局在変化と挙動が一致することを見い出した。

 以上本論文は、MT1-MMPの細胞膜上の局在がCD44によって制御されていることを示し、癌細胞の浸潤を含めた細胞の組織内移動の際に、その運動先進部にMT1-MMPを局在化させ、ECM分解に利用するメカニズムを明らかにした。さらに、本研究の結果はプロテアーゼとアクチン骨格との結合を可能にする分子との連携を断つことが、従来のプロテアーゼ阻害剤に加えて、新たな浸潤制御の戦略になりうることを示し、学術上貢献するところが少なくない。

 よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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