学位論文要旨



No 115586
著者(漢字) 芝,世弐
著者(英字)
著者(カナ) シバ,セイジ
標題(和) 航空機排気を模擬したNOガスのオゾン破壊反応に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 115586
報告番号 甲15586
学位授与日 2000.07.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4745号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 現在アメリカ・ヨーロッパ等の多くの先進国で次世代の極超音速機の開発が進んでいるが,高層大気を飛行する故に生じる大気汚染の問題は深刻である.特に大気成層圏の飛行については,低温のオゾン層中に直接反応性の高い高温の排気ガスを排出することから以前より問題視され研究が進んでいる.過去の研究において多くのものは地球規模の大スケールによる数値シミュレーションであり,この分野の研究においては気象観測が重要な地位を示している.反応性の高いと思われる排気直後の研究は少なく,実機の排出ガスサンプリングやその解析を元にするもの,独自の解析的研究を進めるものがほとんどであり,翼端渦による排気ガスの拡散に及ぼす影響等は提唱されているが,その実測にいたっていない.そもそも過去の研究による結果がまちまちであるのは実測データ不足にその原因があると思われる.そこで,本研究においてはこういった環境下における反応機構を地上における実験により解明することにより衛星,バルーン,航空機による計測や数値シミュレーションと異なった視点からの解析を主な目的とする.特に反応が迅速に進むであろうと予測される排気直後の反応機構に焦点を置く.排気直後においてはオゾンを破壊する排気ガス成分の濃度も濃く,しかも高温であるので,地上の容器内での実験が可能であると考えている.こういった繊細な高層大気環境において過去に研究されているものは地球レベルでの数値シミュレーションや日常の気象観測がほとんどであり,排気直後の高反応性領域に着目したものは非常に少ない.また,僅かにある排気直後に関したものは,数値シミュレーションによるものと航空機によるガスサンプリングが主なものである.本研究においてはこのような場を想定し,地上の容器内での環境模擬,計測を行うことを目的としている.地上での実験が可能となれば,実際に航空機による環境破壊を行うことなく実験データが得られるだけでなく,コストの問題でも非常に安価となると予測される.

2.実験装置および方法

 本研究では,オゾン層の模擬に地上に設置された大型の真空チャンバを使用している.容器内において,排気ガスを模擬したNOガスの挙動をLIF法(レーザ誘起蛍光法)を用いて,その空間分布を計測した.入射波長と蛍光波長の異なるNOの計測とNO2の計測を行い,初期のオゾンとの反応が計測された.

 また,本研究においては,紫外光ランプによる太陽光の模擬も行われ,光化学反応を含む反応場におけるNOおよびNO2の各数密度の時間履歴も得られた.

3.静止雰囲気の結果および考察

 LIF強度はその原理より,ある範囲内では入射レーザ強度,測定粒子数密度に比例する.本実験範囲内では入射強度に対しても数密度に対しても良い比例関係が得られることを確認した. また,圧力依存に関しては,高圧になるほどクエンチングの影響によりLIF強度が落ちることが言われており,これを確認した.本実験範囲内においては流れ場においてもさほど圧力の空間分布は存在しないと思われるため,圧力差の影響は無視し,上記の入射レーザ強度の影響に留意し,測定粒子の数密度分布(低圧化では濃度分布)の計測を行った.LIF強度が数密度に比例していることを確認した.

 次にO3とNOの反応の様子をとらえるためにNOガスをチャンバ内に投入したのちO3を投入した.LIFを撮像する圧力は13KPaで一定にした.NO及びNO2-LIFのどちらにおいてもNOの投入量がO3分析器の値から計算したO3の投入数密度を境にしてグラフの傾向が変化している.これはNOの投入数密度がO3分析器の値から計算したO3の投入数密度より少ない場合はチャンバ内にO3が残っており投入したNOは全て反応していること,そしてO3分析器の値から計算したO3の投入数密度より多い場合には投入したNOがチャンバ内に残っておりO3は全て反応しているためによるものであるといえる.また,O3分析器の値から計算したO3の投入数密度に等しいNO投入量を境にしてグラフの傾向が変化することから,O3分析器の値から計算したO3の投入数密度と実際にチャンバに投入されたO3が等しいことが確認された.

 また,この手法により逆に初期に投入されたオゾンの数密度を計測することが可能である.使用した手法はLIF強度が比較的強いことと立ち上がり部のみの計測で断定可能なため,NO-LIF法を用いた.立ち上がりのみの考慮で十分なため,蛍光強度は相対値であり,投入ガスも予想量付近のみのテストとなる.数度のテストにより十分な精度および再現性を確認した後,投入オゾンガスが破壊することなくほぼ100%チャンバ内に存在することが確認された.

 本研究では,市販のオゾン発生装置と共にUVランプによりオゾンの生成を試みた.大型真空チャンバ内で低圧水銀ランプを入れ,内部にて照射を行うことにより成層圏と同じ機構に基づきオゾンが生成されるものと考える.水銀ランプによる代表的なオゾン生成機構については,Barry DuRonらの研究がある.これに基づくと,光化学反応の定量的な評価が可能である.推算した各光化学反応速度定数による計算結果が今回用いた実験機材の特性を良く示していることが分かった.

 成層圏の模擬においては,オゾン層の生成原因ともなっている光化学反応は非常に重要である.本研究においては,大型真空チャンバ内に設置したUVランプにより太陽光の模擬を行い,光化学反応の様子を計測した.真空チャンバ内において成層圏を模擬した光化学反応を定性的には起こさせることが可能であり,定量的な計測により確認された.異なる発光スペクトルを持つ2種類のUVランプを用いることで,独立に光化学反応の速度を変化させることが出来ることを示し,成層圏レベルの定量的な光化学反応の模擬の可能性を示した.上記に加えて,定量的な計測の信頼性の確立と,反応場の作成における壁面や各種ガスの投入手順の影響が確認されたことは今後の同様の研究において有用であると考えている.

 さらに,NO-LIF法による空間分布計測を行い,シュリーレン法による計測と比較することによりその有用性を確認した.シュリーレン法では得られない混合の様子や数密度分布といったオゾン破壊に直接影響を及ぼしうる現象の可視化が可能であった.また,NO2-LIF法により流れ場における反応領域の空間分布が得られ,将来的な応用の可能性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)芝世弐提出の論文は,「航空機排気を模擬したNOガスのオゾン破壊反応に関する実験的研究」と題し、5章から成っている.

 現在多くの先進国で次世代の極超音速機の開発が進んでいるが,高層大気を飛行するゆえに生じる大気汚染の問題は深刻である.特に大気成層圏の飛行では,低温のオゾン層中に反応性の高い高温の排気ガスが直接排出されることから,以前より排気ガスによるオゾン層破壊が問題視され研究が進められている.過去の研究の多くは地球規模の大スケールによる数値シミュレーションであり,この分野の研究においては気象観測が重要な地位を占めている.一方,反応性の高いと思われる排気直後の現象に着目した研究は少なく,実機の排出ガスサンプリングやその解析を行ったもの,独自の解析的研究を進めたものがほとんどである.また,排気ガスの拡散に及ぼす翼端渦の影響等が提起されているものの,実験的に検証された例はない.排気直後において排気ガスは高温であり,オゾン層でのオゾン破壊の第一要因と言われているNOの濃度が高いことから,反応は迅速に進むと予想されるため,地上の容器内での実験が可能であると考えられる.また,このような地上実験では,実際の航空機を用いた実験と比べて,環境破壊を行うことなく実験データが得られること,およびコストが非常に安価となることが期待される.

 これらの観点から,本論文では,高層大気環境下における排気直後のオゾン破壊反応機構を地上での実験により解明し,衛星,バルーン,航空機等による計測および地球規模の数値シミュレーションと異なった視点からの解析を行うことを目的とする.真空チャンバ内において光化学反応を含む高層大気環境を模擬し,静止雰囲気場および流れ場におけるNOによるオゾン破壊反応挙動を,NOおよびNO2のLIF計測により明らかにしている.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,関連する研究の成果とその問題点を検討し,本論文全体を概観することで研究の目的と意義を明確にしている.

 第2章では実験装置および実験方法について述べている.まず,実験装置を構成する,真空チャンバ,真空排気装置,圧力計測装置,オゾン発生装置および紫外線照射装置について説明している.また,本研究で用いた光学計測装置に関し,LIF法とシュリーレン法について説明を加えている.最後に,各光学計測法およびピトー圧計測法を用い,流れ場を測定する手順を説明している.

 第3章では,静止雰囲気における実験結果と考察を述べている.まず,LIF法による光学計測の有効性と限界に関して説明している.静止雰囲気におけるNOおよびNO2両分子のLIF強度特性を確認し,オゾンとの反応を定量的に見積もることが可能であることを示している.また,紫外線照射装置を用いて真空チャンバ内の乾燥空気雰囲気に紫外光を照射することにより光化学反応場を模擬し,用いた照射装置の光化学的特性を明らかにするとともに,オゾン生成量をLIF法により定量的に求めている.さらに,紫外光照射下のNOxを含む化学非平衡場において,LIF法による定量的計測の可能性を示すとともに,未知の光化学反応定数を推定し,その妥当性を数値計算により明らかにしている.

 第4章では,流れ場における実験結果および考察について述べている.まず,シュリーレン法を用いて,ノズルより噴射される模擬排気ガスの流体力学的な特性を確認している.また,NO-LIF法を用いて流れ場の瞬間像および平均像を得ることにより,排気ガス噴流の非定常な挙動を把握している.さらに,NO-LIF法およびNO2-LIF法を用い,流れ場でのオゾン破壊反応の計測を試みている.その結果,NO-LIF法による定量的計測は種々の制約を有するため,その適用範囲が限定されることが確かめられ,一方,NO2-LIF法には分解能等の問題は存在するものの,定量的計測が可能であると結論づけられている・

 第5章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文では,真空チャンバを用いた成層圏オゾン層における光化学反応場の模擬の可能性を示し,NO-LIF法およびNO2-LIF法によりオゾン破壊反応の計測を行ない,オゾン反応量に関する数値計算結果との比較から計測手法の有用性を確認するととともに,その適用限界を明らかにしている.これらは,航空機がオゾン層に及ぼす影響を解明する上で有用な知見を与えるものであるとともに,レーザレーダによるオゾン層内NOx計測装置への応用の可能性を示したものであり,航空宇宙工学および環境工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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