学位論文要旨



No 115587
著者(漢字) 秋元,卓央
著者(英字)
著者(カナ) アキモト,タクオ
標題(和) プローブ型SPR(Surface Plasmon Resonance)センサーの開発
標題(洋)
報告番号 115587
報告番号 甲15587
学位授与日 2000.07.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4746号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 近年、生物素子を巧みに利用したバイオセンサーの開発が盛んである。バイオセンサーとは、環境中や生体中に含まれる特定の物質を、生体物質を利用して特異的に検出する装置である。

 バイオセンサーに用いられる代表的な生体物質としては、酵素や微生物、抗体が挙げられる。現在、酵素と微生物を利用したバイオセンサーは市販化され、広く一般社会で利用されている。生体物質である抗体は、酵素や微生物に比較して、タンパク質や薬物など様々な物質に対して高い特異性を持つ。したがって抗体を利用するバイオセンサーの利用価値は極めて大きい。しかし、抗体を利用するバイオセンサーはいまだ、一般的に利用されるまでに至っていない。これは、タンパク質の相互作用を機械的に検出することが困難であったことが原因である。

 近年、Nylanderらの報告を基礎とする表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance:SPR)センサーが市販化された。SPRセンサーはタンパク質の相互作用を、タンパク質の標識を必要とせずに直接観測が可能である。このことから、SPRセンサーは抗体を利用するバイオセンサーの検出器として注目を集め、現在ではタンパク質や薬物、核酸などがSPRセンサーを用いて測定されている。しかし、現在のSPRセンサーは高価で大型なため、その利用は一部の研究機関にとどまっている。このことから現在、小型のSPRセンサーの開発が活発に行われている。

 小型のSPRセンサー開発に伴い、Jorgensonらによってプローブ型SPRセンサーが提案され、市販化された。プローブ型SPRセンサーは試料をin situで測定可能であると期待されるため、生化学試験や環境計測において、既存のSPRセンサーに比較し、更に広い範囲で応用が可能になると考えられる。しかし、これらの応用が報告された例は少ない。これは市販されたプローブ型SPRセンサーの感度が不十分であることが原因と考えられる。したがって本研究ではそれらの応用に十分対応できる高感度なプローブ型SPRセンサーの開発を目的とした。

 第1章は緒論であり、SPRセンサーの有用性と原理についての知見をまとめた。次いで、プローブ型SPRセンサーの動作原理である共鳴波長測定型SPRセンサーと、一般的なSPRセンサーの動作原理である共鳴角度測定型SPRセンサーとの相違についてまとめた。

 第2章ではプローブ型SPRセンサーの動作原理である、共鳴波長測定型SPRセンサーの基礎的な特性に対する実験と考察をおこなった。

 共鳴波長測定型SPRセンサーの測定感度は、光の入射角度に依存することが簡単な理論式から予想される。このため本章ではまず、厳密な理論計算によって測定感度の入射角依存性を見積もった。この結果、小さい入射角度で高感度な測定が可能であるこがわかった。

 ついで、理論計算の結果を実験によって確認し、また測定感度の入射角依存性を定量的に評価することを試みた。SPRセンサーは本来、試料の屈折率を測定する装置である。このため実験では、グリセリンを水に任意の濃度で希釈し、任意の屈折率を持つ液体を作製し、これらを測定対象として実験を行った。この結果、入射角66度において、入射角76度と比較した場合、試料の屈折率に対して約7倍の感度を得ることができた。

 しかし、実験装置の光学特性から、光の入射角度は制限される。検討した結果、正確な測定を行うための入射角度の下限は68度であることが示された。

 第3章では共鳴波長測定型SPRセンサーの抗原抗体反応に対する測定感度を実験的に調べた。本研究では、タンパク質相互作用をSPRセンサーの測定対象としている。しかし、タンパク質の相互作用に伴う屈折率の変動は明らかになってい。このため、抗原抗体反応に対する感度は理論計算からは推測できない。したがって、ウシ血清アルブミンをセンサー表面に固定化し、抗ウシ血清アルブミン抗体を測定対象物質として実験を行い、その測定感度を推測した。また、得られた感度の光の入射角度依存性について検討した。

 実験の結果、入射角68度において、入射角76度と比較した場合、測定感度が約3倍という結果を得た。また検出下限も入射角76度と比較した場合1/10倍という結果を得た。

 ついで、共鳴波長測定型SPRセンサーの測定感度を共鳴角度測定型SPRセンサーの測定感度と比較することを試みた。このため、上で述べた実験と同様の実験を、共鳴角度測定型SPRセンサーを用いて行った。得られた感度を、種々の入射角度で得られた共鳴波長測定型SPRセンサーと比較し、共鳴角度測定型SPRセンサーと同等の感度を持つために必要な波長読み取り精度を算出した。この結果、入射角68度においては10-2nmオーダーの波長読みとり精度が必要であることが示された。

 第4章では、第2、3章の結果を踏まえて光の入射角を68度と決定し、プローブ型SPRセンサーを作製した。作製したプローブ型SPRセンサーは直径3mm、長さ15mmであった。

 作製したプローブ型SPRセンサーを用いて、屈折率に対する測定感度と抗原抗体反応に対する測定感度を実験によって調べた。この結果、屈折率に対する測定感度は理論計算と良く一致し、また、抗原抗体反応に対する感度は第3章で得られた知見と一致した。これらの結果から、作製したプローブ型SPRセンサーは、第2、3章の結果を良く反映していることがわかった。

 ついで、作製したプローブ型SPRセンサーの試料の屈折率に対する感度をJorgensonらの報告したプローブ型SPRセンサーと比較した。この結果、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーの測定感度はJorgensonらのセンサーと比較し約7倍の測定感度を持つことがわかった。

 また、これまでに報告されたプローブ型SPRセンサーと同じものを作製し、比較実験を行った。この結果、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーの方がSPRの強い吸収を示すことが観測された。すなわち、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーの方が安定したSPRの信号を与えることが確認された。

 以上の知見より、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーは、現在報告されているすべてのプローブ型SPRセンサーよりも、高い測定感度を持ちまた、安定した信号を与えることがわかった。

 第5章では、プローブ型SPRセンサーをよりin situ測定に適するセンサーへと改良するために、差動式のプローブ型SPRセンサーの開発を試みた。差動式プローブ型SPRセンサーは、同一のセンサープローブ上に抗体を固定化したセンサー面と固定化していないセンサー面を作製し、それぞれの測定結果を差し引くことにより抗原抗体反応のみを検出する。本研究ではセンサープローブ上に、プラズマ重合を用いて膜厚の異なる誘電体層を設けることで、差動式のプローブ型SPRセンサーの開発を実現した。

 差動式プローブ型SPRセンサーの開発により、従来必要とされていた測定毎のベースラインの決定が不必要となり測定の迅速化及び簡便性が向上した。また、非特異的吸着による測定精度の低下を抑えることが可能となった。

 第6章は結論であり、本研究で得られた結果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はプローブ型SPR(Surface Plasmon Resonance : 表面プラズモン共鳴)センサーの開発に関するものであり、6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章ではプローブ型SPRセンサーの動作原理である、共鳴波長測定型SPRセンサーの基礎的な特性に対する実験と考察を行っている。

 共鳴波長測定型SPRセンサーの測定感度は、光の入射角度に依存することを簡単な理論式から予想している。このため本章ではまず、理論計算によって測定感度の入射角依存性を見積ることを試みている。この結果、小さい入射角度の方が高感度な測定が可能であると述べている。

 ついで、理論計算の結果を実験によって確認し、また測定感度の入射角依存性を定量的に評価することを試みている。このため実験では、グリセリンを水に希釈し、任意の屈折率を持つ液体を作製し、これらを測定対象として実験を行っている。この結果、入射角66度において、入射角76度と比較した場合、試料の屈折率に対して約7倍の感度を得ることができたと述べている。しかし、実験装置の光学特性から、光の入射角度は制限され、検討した結果、正確な測定を行うための入射角度の下限は68度であることを示している。

 第3章では共鳴波長測定型SPRセンサーの抗原抗体反応に対する測定感度を実験的に調べている。実験では、ウシ血清アルブミンをセンサー表面に固定化し、抗ウシ血清アルブミン抗体を測定対象物質として実験を行い、その測定感度を推測している。また、得られた感度の光の入射角度依存性について検討してい乱

 実験の結果、入射角68度において、入射角76度と比較した場合、測定感度が約3倍であることを示している。また検出下限も入射角76度と比較した場合1/10倍という結果を得ている。

 ついで、共鳴波長測定型SPRセンサーの測定感度を共鳴角度測定型SPRセンサーの測定感度と比較している。このため、上で述べた実験と同様の実験を、共鳴角度測定型SPRセンサーを用いて行っている。得られた感度を、種々の入射角度で得られた共鳴波長測定型SPRセンサーと比較し、共鳴角度測定型SPRセンサーと同等の感度を持つために必要な波長読み取り精度を算出している。この結果、入射角68度においては10-2nmオーダーの波長読みとり精度が必要と述べている。

 第4章では、第2、3章の結果を踏まえて光の入射角を68度と決定し、プローブ型SPRセンサーを作製している。作製したプローブ型SPRセンサーは直径3mm、長さ15mmであると述べている。

 作製したプローブ型SPRセンサーを用いて、屈折率に対する測定感度と抗原抗体反応に対する測定感度を実験にようて調べている。この結果、屈折率に対する測定感度は理論計算と良く一致し、また、抗原抗体反応に対する感度は第3章で得られた知見と一致したと述べている。これらの結果から、作製したプローブ型SPRセンサーは、第2、3章の結果を良く反映した特性を示していると述べている。

 ついで、作製したプローブ型SPRセンサーの試料の屈折率に対する感度をJorgensonらの報告したプローブ型SPRセンサーと比較することを試みている。この結果、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーの測定感度はJorgensonらのセンサーと比較し約7倍の測定感度を持つと述べている。

 また、これまでに報告されたプローブ型SPRセンサーと同じものを作製し、比較実験を行ている。この結果、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーの方がSPRの強い吸収を示すと述べている。すなわち、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーの方が安定したSPRの信号が得られたと述べている。

 以上の知見より、本研究で作製したプローブ型SPRセンサーは、現在報告されているすべてのプローブ型SPRセンサーよりも、高い測定感度を持ちまた、安定した信号を与えると述べている。

 第5章では、プローブ型SPRセンサーをよりin situ測定に適するセンサーへと改良するために、差動式のプローブ型SPRセンサーの開発を試みている。同一のセンサープローブ上に抗体を固定化したセンサー面と固定化していないセンサー面を作製し、それぞれの測定結果を差し引くことにより抗原抗体反応のみを検出することを試みている。本研究ではセンサープローブ上に、プラズマ重合を用いて膜厚の異なる誘電体層を設けることで、差動式のプローブ型SPRセンサーを開発している。

 差動式プローブ型SPRセンサーの開発により、従来必要とされていた測定毎のベースラインの決定が不必要となり測定の迅速化及び簡便性が向上したと述べている。また、非特異的吸着による測定精度の低下を抑えることが可能になったと述べている。

 第6章は結論であり、本研究で得られた結果をまとめている。

 このように本論文では、プローブ型SPRセンサーを開発するために必要な基礎的性質を理論計算と実験によって検討し、実際に実用的に使用することが可能なセンサーの開発を行っている。また実際に使用するときに問題となる、ベースラインの決定を省略するために、差動式プローブ型SPRセンサーを開発し、in situ測定を可能にしている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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