学位論文要旨



No 115589
著者(漢字) 田中,清和
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,キヨカズ
標題(和) 持続的捻転荷重により生じた捻転長管骨の組織形態変化
標題(洋)
報告番号 115589
報告番号 甲15589
学位授与日 2000.07.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1677号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 講師 岡崎,祐司
内容要旨 要旨を表示する

 骨の形態を変えることは、整形外科の最も主要な治療法の一つである。骨の形態異常がある場合、特に成熟した骨の形態を変える臨床的な方法は今日でも骨を完全に離断する骨切り術以外にない。しかし、骨切り術では骨切り部の感染症や骨癒合不全といった合併症がある。また、近年骨切り術後に特殊な創外固定器を用いて骨延長を行う仮骨延長法を利用して骨の形態を変える方法が考案されたが、骨延長時の疼痛や骨延長部の不安定感により荷重負荷に支障をきたし、仮骨形成不良や既存骨の廃用性骨萎縮が起こる場合がある。そこで骨切り術を行わないで骨の形態矯正が可能ならば、これらの骨切り術に伴う諸問題は解消する。

 骨形態変化には、骨の成長や老化といった自然経過として骨の形態変化が起こる現象がある。その際に骨組織内で行われている代謝には、リモデリングとモデリングと呼ばれる2つの異なった様式がある。リモデリングは破骨と造骨とにより骨組織を入れ替えて新鮮化するホメオスタシス機能であり、モデリングは破骨と造骨がそれぞれ独立して起こり、機能的要求に応じて骨の量や形態を変化させる機能である。自然経過としての骨の形態変化にはモデリングが関与していると考えられている。それでは、力学的負荷を作用させることにより骨のモデリングを局所的に制御する方法があれば、成熟骨においても骨切り術を行わないで人為的に骨の形態を変化させることが可能と考えられる。臨床的な骨形態異常において屈曲変形は自然矯正されることが知られているが、捻転変形は小児においても自然矯正がきわめて起こりにくいといわれている。このような自然には起こりにくい成分を含む形態変化を成熟ウサギの下腿骨を用いて骨切り術を行わないで骨捻転用創外固定器を用いて捻転変形を作成した報告がある(孫民典 : 持続的外力による長管骨の捻転 東大大学院学位論文,1989)。孫は、下腿骨全体で最大20°の捻転変形を作成することに成功したが、骨にどのような変化が生じて捻転変形したのか、すなわち捻転変形の生じる機序については未検討であった。そこで本研究では、孫の実験モデルにおいて骨の捻転変形が起こる機序を組織形態学的に検討した。

 まず、下腿骨に2本のKirschner-wireを刺入して孫の作製した骨捻転用創外固定器を取り付け、この2本のwire間で初期捻転角8°+毎週1回3°ずつ9週間、合計創外固定器上で35°まで捻転荷重を加え、10週間の捻転実験を追試した。しかし、最大4°までしか捻転変形を作成することはできなかった。そこで、骨捻転用創外固定器を改良し、さらに捻転角速度を遅くして初期捻転角2°+毎週1回2°ずつ14週間、合計創外固定器上で30°まで捻転荷重を加え、15週間の捻転実験を行った。成熟日本白色ウサギ28羽を用い、6羽にのみ実験期間中骨折せずに創外固定器上で30°までの捻転荷重を加えることができた。5mm間隔で撮影したCT-scanを用いて計測した下腿骨全体の捻転角度はそれぞれ20.0°、20.0°、15.0°、6.0°、5.0°、1.0°であった。これら6羽と、骨捻転創外固定器を装着しただけで捻転荷重を加えなかった3羽の下腿骨の組織形態学的変化を観察した。実験中テトラサイクリンを用いて骨にラベリングを行い、骨採取後Villanueva bone染色を行って観察した。

 15°以上の捻転変形を生じた3羽の下腿骨横断標本の組織形態学的所見は、一側の骨皮質を外骨膜側から骨髄側へ貫く肉眼では確認できなかった組織学的な亀裂であるmicrocrackが存在する部分があった。そのmicrocrack部ではmicrocrackを境にして両端の皮質骨はずれを生じ、ずれの間隙を充填するように新生骨の形成があった。また、別の横断標本において皮質骨内に骨吸収部とラベリングを伴う新生骨単位骨が円弧状に整列する部分があり、皮質骨内部のmicrocrackの修復過程と考えられた。

 しかし、microcrackが生じた部分に修復反応が起こるよりも速いスピードで捻転荷重を増加させると骨折すると考えられ、microcrack自体その発生や修復反応の制御が難しく望ましいものではない。また、臨床応用した場合、microcrackが生じる時には疼痛が伴うと考えられる。したがって、モデリングによって捻転変形することが望ましいが、明らかにモデリングの存在を示す組織形態学的所見はなかった。一方、microcrackの存在しない部分においてもCT計測上捻転変形が生じていることにより、モデリングすなわち細胞レベルでの骨吸収と骨形成の指向性により捻転変形を生じた可能性も考えられた。

 従って、成熟長管骨に骨切り術を行わず、持続的捻転荷重を加えることにより捻転変形した骨は、組織形態学的に主にmicrocrackが生じて捻転変形が生じたものと考えられる。明らかにモデリングによって起こったとする結果はなく、また骨折率が高かったことも考え合わせると、現段階では本法を臨床で用いることは難しいと考えられ、今後の検討を要する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は変形のある成熟長管骨に対する変形矯正術の新しい方法となる可能性がある骨切り術を行わず、骨捻転用創外固定器を用いて力学的負荷のみを作用させて捻転変形を生じさせる方法において、骨の捻転変形の生じるメカニズムを検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 創外固定器上で30°捻転荷重を加えて15°以上の捻転変形を生じた3羽の下腿骨横断標本の組織形態学的検討では、一側の骨皮質を外骨膜側から骨髄側へ貫く肉眼では確認できなかった組織学的な亀裂であるmicrocrackが存在する部分が示された。そのmicrocrack部ではmicrocrackを境にして両端の皮質骨はずれを生じ、ずれの間隙を充填するように新生骨の形成がある事が示された。

2. 皮質骨内に骨吸収部とラベリングを伴う新生骨単位骨が円弧状に整列する部分があり、皮質骨内部のmicrocrackとその修復がある事が示された。

3. 明らかにモデリングの存在を示す組織形態学的所見はなかったが、microcrackの存在しない部分においてもCT計測上捻転変形が生じていることにより、モデリングすなわち細胞レベルでの骨吸収と骨形成の指向性により捻転変形を生じた可能性がある事が示された。

 以上、本論文は成熟長管骨に対して骨切り術を行わず、力学的負荷のみを作用させて捻転変形を生じさせる方法において、骨の捻転変形の生じるメカニズムを組織形態学的に検討し、microcrackがその主因であることを明らかにした。本研究は骨の変形がある症例に対する新しい変形矯正術の臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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