学位論文要旨



No 115591
著者(漢字) 野村,泰紀
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,ヤスノリ
標題(和) 超対称標準模型におけるフレーバーを変える中性カレント問題の一つの解法
標題(洋) A Solution to the Flavor-Changing Newtral Current Problem in the Supersymmetric Standard Model
報告番号 115591
報告番号 甲15591
学位授与日 2000.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3849号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒船,次郎
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 駒宮,幸男
 東京大学 教授 小柳,義夫
内容要旨 要旨を表示する

 素粒子の標準理論は、加速器の精密実験によりその正当性が摂動の高次のオーダーまで確かめられている。この標準模型では、100GeV程度の質量を持つヒッグスと呼ばれるスカラー粒子が電弱ゲージ対称性の自発的破れを担っている。しかしながら、一般にはスカラー場は量子効果により100GeVに比べて極めて大きな質量を持ってしまうため、その質量を100GeV程度に抑えるためには何らかの機構が必要であると考えられる。この問題は、理論に超対称性と呼ばれるボソンとフェルミオンの間の対称性を導入することにより自然に解決される。そのため超対称標準模型は、電弱スケールを越える高エネルギーで標準模型に変わる理論として幅広く考察されている。

 超対称標準理論は、クォーク、レプトン、ゲージ場の超対称パートナーである新粒子を予言する。その質量は数100GeV程度と考えられ、それらの粒子を発見することは次期の高エネルギー加速器実験の重要な目標にもなっている。しかしそれらの超対称粒子は、一般に摂動の高次のオーダーで実験的上限値をはるかに越えるフレーバーを変える中性カレントを生み出す。そのため、超対称粒子の質量行列はこの中性カレントの問題を避けるために特定の構造を持っていなければならない。

 いくつかの可能な解決策のなかで最も簡単なものは、第1、2世代に属するクォークとレプトンの超対称粒子(スクォーク、スレプトン)と第3世代に属するものとの間に大きな質量ギャップを仮定する方法である(デカップリング解)。この方法では、第1、2世代に属するスクォーク、スレプトンが重たい事と、第1、2世代に属するクォーク、レプトンが軽い事を関係させ、標準模型の粒子とその超対称パートナー粒子の質量構造の起源を統一的に理解できる可能性が存在する。実際に、弦理論に現れるアノーマラスなU(1)ゲージ理論を用いた模型では、U(1)対称性をフレーバー対称性と同一視することにより、実験的に決定されたクォーク、レプトンの質量行列を与えることと、デカップリング解を実現することが一つの機構により達成される。

 しかしながら、上記のようないくつかの望ましい性質にもかかわらず、デカップリング解には一般に繰り込み群に対する安定性の問題が存在する。このシナリオでは、第1、2世代に属するスクォーク、スレプトンが他の超対称粒子に比べて一桁程度重たいため、2ループの繰り込み群を通して第3世代のスクォークの二乗質量が負の寄与を受ける。その結果、カラーゲージ対称性を持つ正しい真空が不安定になり、現象論的に妥当な模型として受け入れることが出来なくなってしまう。また、この問題を避けるために第3世代のスクォークに正の裸の二乗質量を導入した場合には、ヒッグス粒子の二乗質量が1ループで繰り込み群の補正を受け、その真空期待値が実験値よりはるかに大きくなってしまう。これは、電弱相互作用の破れのスケールが量子効果の下で不安定であることを意味する。

 我々は、この理論に数TeVの質量を持つゲージ群の実表現の粒子(エクストラ粒子)を持ちこめば、真空の不安定性を回避できることを発見した。エクストラ粒子の質量は、

という関係式を満たすよう定められる。ここで、Aは標準模型のゲージ相互作用(A=1-3)を表し、Tr、Yr、Cr、はディンキン指数、ハイパー電荷、カシミア係数を表す。また、和は第1、2世代のスクォーク、スレプトンとエクストラ粒子についてとる。これらの条件の下では、第3世代のスクォークの二乗質量に対する2ループ繰り込み群の寄与は、第1、2世代のスクォーク、スレプトンからの負の寄与とエクストラ粒子からの正の寄与の間で完全に相殺する。また繰り込み群の寄与の相殺は、非可換ゲージ相互作用を通じて生じる部分に関する限り、摂動論の全てのオーダーで成り立つことも証明できる。この場合、第3世代のスクォークの二乗質量に対する主な寄与は、有限な繰り込み効果の部分からくることになる。

 我々はさらに、アノーマラスなU(1)ゲージ理論を用いてこの機構が有効に働く具体的な素粒子の統一模型を提案し、その現象論的な解析を行なった。我々は有限な繰り込み効果に対する2ループでの完全な表式を与え、それをもとに摂動の2ループのオーダーまでの完全な解析を実行した。その結果、エクストラ粒子を含む模型では、実験の制約の下でカラー対称性を保ちながら正しく電弱ゲージ対称性の自発的破れが起こり得ることが数値的に示された。

 具体的には、フレーバーを変える中性カレントの実験のうち最も厳しい制限を与えるK0-K ̄0振動を考え、以下に示す4通りの典型的な質量パターンについて解析を行なった。ここで、表に与えた数字はそれぞれの場のアノーマラスU(1)電荷であり、これは超対称性を柔らかに破る二乗質量に比例する。Qxの添字がSU(5)の表現で書かれた標準模型の粒子、及びエクストラ粒子を表わす。

 解析の結果、我々の模型ではModel(IV)を除く全ての場合について、KLとKSの質量の差△mKからくる実験的制限と矛盾せずに正しく電弱ゲージ対称性の破れのスケールが導かれることが分かった。超対称性の破れのスケールでいうと、エクストラ粒子を含む模型では軽い超対称パートナーの質量は400GeV以下に抑えられるのに対し、それを含まない模型では1TeV近くにまで跳ね上がってしまうことが示された。また、模型にオーダー1の複素位相が存在する場合には、CPの破れを表すパラメーターであるεKからの厳しい制限が存在するが、その場合でもModel(I)は実験からの制限を逃れることが出来る。一方Model(II)及び(III)では、εKの制限から、複素位相は10-2以下でなければならない。

 我々は以上の解析から、エクストラ粒子を含む模型では真空の不安定性は回避され、デカップリング解は現象論的困難を持ち込むことなくフレーバーを変える中性カレントの問題を解くことが出来ると結論した。我々の導いた2ループの有限繰り込みの表式はゲージ相互作用の部分に関する限り最も一般的なものであり、我々の解析はアノーマラスU(1)を用いた模型に限らずデカップリング解を採用する模型一般に適用出来るものである。また、この論文では模型に特有の実験的特徴や宇宙論についても考察した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり、第1章は序文、第2章はこの研究の基礎になっているAnomalous U(1) SUSY Breaking 模型のreview、第3章は従来の理論を改良しvector-likeな新粒子を導入する模型の提案とその模型が危険なFlavor Changing Neutral Currentに関して大きな補正を生じず安全である事の証明、第4章は有限な補正の計算、第5章は実験から導かれる理論パラメターに対する制限、第6章はこの模型の様々な観点からの議論、第7章は結論が述べられている。

 素粒子の標準理論を越える理論として魅力のある有力な理論が超対称理論である。しかし、その超対称理論の危険な弱点の一つがFlavor Changing Neutral Currentと呼ばれるものである。これは、輻射補正によってFlavorの保存側が壊れる現象で、K中間子の振動現象の観察などからこの補正は大変に小さな補正であるべきなのだが、理論に適切な機構がないと、これは大きな補正になって観測と矛盾する。そこで、超対称理論では、このFlavor Changing Neutral Currentが自然に小さくなる機構が必要になる。その一つの機構が、この論文で取り上げられている“decoupling”という解である。この解では、第1、第2世代のsfermionが第3世代のそれに比べて重くすることで、Flavor Changing Neutral Currentの補正を小さくできる。また、この模型で、fermionは第3世代のみが重く、sfermionは第1、第2世代のみが重いという質量の構造を統一的に理解できる可能性がある。実際に、弦理論に現われるanomalousなU(1)ゲージ理論を用いた模型では、U(1)対称性をflavor対称性と同一視することにより、それが実現される。これらが“decoupling”という解の望ましい点である一方、この“decoupling”解には、繰り込みに対する不安定性の問題が存在した。即ちこのシナリオでは、2-loopの輻射補正から、第3世代のsquarkの質量自乗項に大きな負の寄与が生じ、それによってカラー対称性が壊れるという困難が生じ、またはそれを避けるために第3世代のsquarkに大きな裸の正の質量自乗項を導入すると、今度は、ヒグス粒子の質量自乗項が大きな1-loop補正を受け、ヒグス場の真空期待値が実験値よりはるかに大きくなるという矛盾を生じる。これは、電弱相互作用の破れのスケールが量子補正のもとで不安定であることを意味する。

 申請者らは、このシナリオに、ゲージ群の実表現(5、及び5★次元)に属する数TeVの質量を持つ新粒子(エクストラ粒子)を導入すると、真空の不安定性を回避できることを発見した。エキストラ粒子は、

という関係式を満たすように導入する。ここで、Aはゲージ群(A=1,2,3)を表し、Tr、Yr、Cr、はディンキン指数、ハイパー電荷、カシミア係数を表す。また、和は第1、2世代のsquark,sleptonとエクストラ粒子についてとる。これらの条件のもとでは、第3世代のsfermionの質量自乗項に対する2-loop繰り込み群の寄与は、第1,2世代のsfemionからの負の寄与とエクストラ粒子からの正の寄与が相殺する。また、相殺は非可換ゲージ相互作用を通じて生じる部分については、摂動論の全てのオーダーで成り立つことが証明された。そのため、第3世代のsquarkの質量自乗項への主な寄与は有限繰り込み効果の部分からくる。

 申請者らはさらに、anomalous U(1)ゲージ理論を用いて、この機構が有効に働く具体的な素粒子の統一模型を提案し、現象論的な解析を与えた。さらに有限な繰り込み効果の2-loopまでのの完全な式を与え、解析を行い、実際に、カラー対称性が壊れることなく、正しい電弱ゲージ対称性の自発的破れが起こることを数値的に示した。具体的には、実験的に最も強い制限を与えるKO-K ̄0振動を考え、以下の4通りの典型的な質量パターンについて解析を行った。ここにQxはanomalousu(1)電荷である。その結果、Model(IV)を除く全ての場合について、KLとKSの質量差ΔmKから生じる制限と矛盾せずに、正しく電弱ゲージ対称性の破れのスケールが導かれることを示した。また、模型に複素位相が存在する場合に、CPの破れを表すパラメターεKについての制限をModel(I)はオーダー1の複素位相に対しても満たし、Model(II)及び(III)は、10-2以下であれば満たす事も解った。

 以上、この論文で、エクストラ粒子を含む模型では真空の不安定性が回避され、“decoupling”が従来心配された困難なくFlavor Changing Neutral Currentの問題を解くことができることが示された。この結論は大変有意義なものであり、また、ここで導いた2-loopの有限繰り込みの表式は“decoupling”解を採用する模型一般に適用できる有益なものである。

 本論文第3章は、久野純治氏、黒澤毅一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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