学位論文要旨



No 115594
著者(漢字) 吉田,英雄
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヒデオ
標題(和) C型肝炎ウイルスcore蛋白によるNF-κB pathway活性化機構
標題(洋)
報告番号 115594
報告番号 甲15594
学位授与日 2000.09.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1680号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

 C型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus,HCV)は我が国において慢性肝炎の主要な原因となっており、慢性肝炎は肝硬変へと進展し最終的には肝細胞癌(Hepatocellular carcinoma,HCC)へと至る。しかしながら、HCVの慢性感染における肝発癌の分子生物学的機構は現在ほとんど分かっていない。

 HCVの構造蛋白の一つであるcore蛋白は1-191アミノ酸からなり分子量は21kDaである。これまでcore蛋白に関して、アポトーシスや細胞増殖との関与を含む生物学的特性が数多く報告されており、HCV core蛋白がアポトーシスや細胞増殖に関与する細胞内シグナル伝達系に重要かつ様々な役割を担っていることが推測される。

 一方、転写因子NF-κB(Nuclear Factor kappa B)はRelファミリーの一員であり、炎症、細胞の分化・増殖、アポトーシス等との関連が深いシグナル伝達系の支配する転写因子として知られている。TNFレセプターからのNF-κB patywayは、Ligandがレセプター(TNF Receptor 1,TNFR1)に結合するとレセプターは三量体を形成し、TNFR1には、TNF receptor-associated death domain(TRADD),Receptor interacting protein(RlP),TNF receptor associated factor 2(TRAF2)が結合し、TRAF2はNF-κB-inducing kinase(NIK),MAP kinase/ERK kinase kinase-1(MEKK1)を活性化、この両蛋白はIKB kinase(IKK)を、IKKはInhibitory factor kappa B(IKB)をそれぞれリン酸化により活性化する。リン酸化をうけたIKBは分解され、NF-κBは細胞質から核内に移行し転写因子として働く。

 NF-κB pathwayは多種の刺激、すなわちサイトカイン、各種ウイルス蛋白、T・Bcellマイトジェン、紫外線照射、酸化刺激などにより活性化される。また、NF-κBは細胞の増殖、活性化に関わる遺伝子を含む多様な遺伝子発現を調節している。すなわち、サイトカイン、増殖因子、転写因子、免疫調節分子などである。

 今回、HCV各蛋白の細胞内シグナル伝達系に対する機能的影響について検討する中で、core蛋白がNF-κB pathwayを活性化することを見出した。そこで、core蛋白によるpathwayの活性化機構について解明を試みた。

[方法]

 培養細胞としてヒト子宮頚部癌細胞(HeLa)、ヒト肝癌細胞(HepG2)、サル腎細胞(Cos7)を用いた。

 HCV RNAはジェノタイプ1bのC型慢性肝炎患者の血清からRT-PCR法を用いて抽出した。HCV core領域(amino acid 1-191)はRT-PCR法により増幅、増幅産物は制限酵素Xho-Iにより切断し、ベクターpCXN2(βアクチンプロモーター,CMV エンハンサー)のXho-Iサイトにサブクローニングした。pCXN2-coreを鋳型として、一部タグ付きのcore蛋白のdeletion mutant(core1-173,HA-1-151,HA-92-191)を発現するプラスミドをpCXN2を用いて作成した。発現ベクターの遺伝子配列およびcore各蛋白の発現を確認した。Tetracyclineの有無でcore蛋白の発現を調節できる細胞(HeTOC cell)を構築し(Tet-off gene expression regulating system;Tet-off system)core蛋白の発現の有無による細胞内シグナル伝達系への影響を検討した。

 Core全長、deletion mutant 1-173,1-151,92-191の細胞内局在を間接蛍光抗体染色法にて確認した。

 NF-κB pathway活性化の検出には、Electrophoretic mobility shift asssay(EMSA)、ルシフェラーゼアッセイを実施した。EMSAでは、Tet-off systemでcore蛋白の発現を調節したHeTOC細胞の核抽出液を用い、32Pで標識したKB specific oligoをプローブとしてNF-κB-DNA結合の変化を検討した。ルシフェラーゼアッセイではレポータープラスミドとして、NF-κB binding siteの下流にluciferase遺伝子をもつpNF-κB-Lucを用いた。トランスフェクション効率を内部コントロールを用いて補正した。Core全長、1-173、1-151、92-191をHeLa細胞内でtransientに発現し、NF-κB pathwayに与える影響を検討した。

 IKKα,IKKβ,TRAF2,IL-1β receptorからのNF-κB活性化に関与するTRAF6,TAK1のcore蛋白によるNF-κB pathway活性化における役割を検証するため、それぞれ、dominant negativeとして働く変異体蛋白を発現するプラスミドを共発現しcore蛋白によるNF-κB pathway活性化に与える影響を調べた。また、IKKβの特異的阻害剤であるアセチルサリチル酸を加え、活性化への影響をみた。

[結果]

 HCV core全長、1-173、Tet-off systemにて発現されたcore全長、HA tagのついたHA-core 1-151、HA-core 92-191の発現を、それぞれ抗core抗体、抗HA抗体を用いたWestern blottingにて確認できた。

 ルシフェラーゼアッセイの結果、HCV core蛋白はHeLa細胞においてNF-κB pathwayをコントロールと比較し、6.2±3.4倍活性化した。この活性化はHepG2細胞においても同様にみとめられた。また、この活性化はcore蛋白の発現量(0〜0.8μg transfection)により容量依存性に増強した。Tet-off systemを用いて発現を調節した細胞においても、同様の結果を得た。TNFαで活性化状態にあるNF-κB pathwayに対してはcore蛋白は影響を与えなかった。Coreのdeletion mutantを用いた実験では、C端を欠いたcore1-173,core1-151,N端を欠いたcore92-191のいずれでも、全長で見られたNF-κB活性化を認めなかった。これらのdeletion mutantは免疫染色による細胞内局在の検討の結果、全長は細胞質内に均一に、core1-173は核周囲に、core1-151は核内に、core92-191は細胞質内と核周囲に局在することが確認された。KB siteを含むIL-8 promoterをレポーターとして用いたアッセイでも、coreによるpathwayの活性化をみとめ、この活性化はKB siteに変異を入れたreporter plasmidを用いると消失した。

 Core蛋白を発現した細胞では、NF-κB-DNA結合がコントロールと比較し約3倍増強することがEMSAを用いて確認された。

 TNF-R1を起点とするNF-κB pathway上でcore蛋白がどの点に作用するかを調べるためdominant negative formのIKKα,IKKβ,TRAF2,TRAF6の各dominant negative formを発現させ、core蛋白によるpathway活性化に与える影響を調べた。この中でIKKα,IKKβ,TRAF2,TRAF6のdominant negative formがcore蛋白による活性化を抑止する働きを示した。IKKαとIKKβを比較すると、IKKαのdominant negativeの方がより顕著に活性化を抑止した。

 Core蛋白によるNF-κB pathwayの活性化はIKKβの特異的阻害剤であるアセチルサリチル酸によって抑制された。TNFR1からのNF-κB pathwayとIL-1βRからのpathwayの合流点の、IL-1βR側の一段階前のTAK1のdominannt negativeの発現では、この活性化は抑制されなかった。

[考察]

HCV core蛋白については、これまで、細胞の分化・増殖、アポトーシスなどに関係する機能的役割が報告されてきた。それらの中にはcore蛋白のNF-κB pathwayへの影響を報告したものも含まれるが、この点ではこれまで、相反する報告がされている。

 今回の研究で、C型肝炎ウイルスのcore蛋白がNF-κB pathwayを活性化し得ることが示された。本研究では、複数の細胞で、HCVの産生する他の蛋白および、他のシグナル伝達経路をコントロールとして、活性化機構の解明、Tet-off systemによる同一クローンでのcore蛋白発現調節を可能とすることにより、この問題に結論をもたらした。NF-κB pathwayのmain streamであるTNFR1からの経路上のどの段階でcore蛋白が作用しているかを検証するため、経路上の各蛋白のdominant negative form及び、特異的阻害剤を用いて活性化に与える影響を検討したところ、core蛋白の作用点はTRAF2より上流であろうということ、IKKの構成蛋白であるIKKαとIKKβとでは、主にIKKβを介してシグナルが伝達されているということが示された。主にIKKβを介してpathwayを活性化するという点では、proinflammatory cytokineによるNF-κB pathwayの活性化をmimicしている。

 Core蛋白のdeletion mutantを用いた実験から、この活性化にはC端18アミノ酸とN端91アミノ酸が必要であることが分かった。N端のdeletionでは、core蛋白は細胞質内の均一な局在から、核周囲あるいは核内に細胞内局在の変化が認められ、細胞膜付近で作用しているという、活性化機構解明の実験の結果と矛盾しない結果が得られた。

 これまで、ウイルス蛋白によるNF-κBの活性化についてはHTLV-1-TaxのIKBα,IKKγあるいはMEKK1への結合、EBV-LMP-1のTRAF2あるいはIKBαへの作用、HBV-HBXのIKBのリン酸化など多様なメカニズムが報告されており、作用点が単一でない可能性も考えられる。今回、HCV coreによる活性化の作用点はTRAFの上流にあると考えられ、LMP1と同じか、あるいは既知のメカニズムとは異なった作用でpathwayを活性化している可能性が示唆された。

 今回の研究の結果と、NF-κBの活性化がIL-1やIL-8等の炎症に関与するサイトカインの発現を誘導することを考え併せると、C型肝炎ウイルスが炎症性サイトカインの産生を介して直接炎症反応を惹起している可能性が考えられるようになった。HCV core蛋白と炎症の関係を考えると、将来、core蛋白が活性化するNF-κB pathwayをブロックすることにより、HCV感染における炎症の惹起を緩和し、C型慢性肝炎の治療法に応用できる可能性がある。

 NF-κB pathwayを伝わるsignalは“survival signal”として知られており、TNFαの誘導する細胞死に対して、抗アポトーシス作用を持つことがわかっている。core蛋白はNF-κB pathwayの活性化を介してTNFαにより誘導されるアポトーシスを抑制している可能性がある。

 Core蛋白は細胞の分化増殖に関与していることも報告されており、ウイルス発癌とNF-κBとの関連を考慮すると、core蛋白による分化増殖への関与がNF-κB pathwayを介して行われている可能性が考えられた。今回の研究でC型肝炎ウイルスの発現するcore蛋白が細胞の生と死に強く関わる細胞内シグナル伝達系に影響を与えているという興味深い結果が得られた。この現象がウイルスの持続感染、炎症惹起、さらには肝発癌にどのように関わっているかを今後究明していかなくてはならない。

[結論]

 1. C型肝炎ウイルスのcore蛋白が細胞の分化、増殖、アポトーシスに関与するNF-κB pathwayを、細胞の種類やクローンによらず活性化した。

 2. この活性化はTNFαによるNF-κB pathway活性化に類似しておりIKKαよりIKKβを主に介して、また、TRAF2を介して伝達された。

 3. 活性化にはcore蛋白のC端18アミノ酸およびN端91アミノ酸が必要であった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はC型肝炎ウイルス(HCV)の産生するcore蛋白が、炎症や細胞の分化、増殖、アポトーシスに関与するNF-κB pathwayに与える影響と、その機序について解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. Transientにcore蛋白を細胞内に発現させる系と共に、テトラサイクリンにてinducibleにcore蛋白を発現する細胞を構築した。

2. HCV core蛋白がNF-κB pathwayを活性化することをレポーターアッセイと、ゲルシフトアッセイの両者で確認した。Core蛋白を同一のクローンをもつ細胞内でinducibleに発現した際の結果から、既報の相反する結果に対する一つの解答を与えた。

3. この活性化はKB bind siteをもつIL-8promoter-Iucをレポーターとしたレポーターアッセイでもその特異性を含め確認された。

4. この活性化にはcore蛋白のC端の18アミノ酸およびN端の91アミノ酸が必要なことが、core蛋白のdeletion mutantを用いた実験にて確かめられた。

5. Pathway上のTRAF,IKKのdominant negative,IKKの特異的阻害剤を用いた実験にて、活性化がTNF-αによるNF-κB pathway活性化に類似しており、IKKでは、主にαよりβを介して、また、TRAF2を主に介して活性化することを確認した。

6. IL-1βからのpathway活性化の経路の合流点の1ステップ前のTAK1のdominatnt negative formは、coreによるNF-κBの活性化を抑制しなかった。

以上、本論文はHCV core蛋白のNF-κB pathwayに与える影響について既報の問題点を解決し、結論を与えた点で、学位の授与に値すると考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容中、以下の点が改訂された。

1. TNFαによる活性化状態でcoreを発現させた際のレポーターアッセイの結果を加えた。

2. EMSAの結果にsuper shiftの確認実験の結果を加えた。

3. Core deletion mutantの局在の確認のための免疫染色実験において、Core92-191の染色結果を加えた上で各写真にスケールを示した。

4. 各レポーターアッセイの結果を示すグラフに有意差検定の結果を示した。

5. Core deletion mutant,dominant negative IKK&TRAFを用いたレポーターアッセイにおいて、core蛋白の発現レベルをwestern blot.の結果として示した。

6. 「Pl3K特異的阻害剤(Wortmannin)を用いたpathwayの解析」及び背景、方法、考察における関連する事項を削除した。

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