No | 115595 | |
著者(漢字) | 趙,斌 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チョウ,ヒン | |
標題(和) | Vater乳頭部癌における分子生物学的変化の研究 | |
標題(洋) | Molecular Characterization of Carcinoma of the Papilla of Vater | |
報告番号 | 115595 | |
報告番号 | 甲15595 | |
学位授与日 | 2000.09.06 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1681号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1、[背景と目的] Vater乳頭部癌は胆道系の悪性腫瘍とされ、膵腫瘍より発生率が低いが膵頭部領域癌手術切除例の約40%を占している。しかしその分子生物学的機構がまだ解明されていない。癌の発生に癌遺伝子と癌抑制遺伝子の変異が関わるとされている。本研究はVater乳頭部癌における癌遺伝子K-rasの突然変異と癌抑制遺伝子p53及びp21/Waf1の発現を検討することを目的とした。また、固形の悪性腫瘍が周囲組織に浸潤したり遠隔臓器に転移する際には血管新生が必要であり、これには微小血管新生が腫瘍の浸潤と遠隔転移に強く関わっている。血管新生に幾つかの促進因子と抑制因子が存在し、これらの因子は腫瘍の予後に関連するとされている。本研究では,Vater乳頭部癌において腫瘍血管新生および血管新生促進因子のThymidine Phosphorylase(TP)とVascular Endothelial Growth Factor(VEGF)の発現と意義の検討を目的とした。 2、[材料と方法] 東京大学付属病院肝胆膵外科にて1970-1997年に実施されたVater乳頭部癌の外科的手術切除症例59例を検討した。平均年齢は63歳(42-85),男女比は1.7:1(男性37例、女性22例)。進行度はTNM分類で行った。全例は膵頭十二指腸切除術を受けていた。組織学分類は胆道癌取扱い規約に準じて施行したが,腸型,胆膵管型の分類は我々が独自に定義した方法で行った。37例を検討したところ、腸型は9例で、胆膵管型は27例で、未分化は1例であった。ホルマリン固定、パラフィン包埋を行ったのち、5μmの薄切連続切片を用意し、それぞれHE染色、DNA抽出そして免疫染色に用いた。 1)K-ras突然変異:フェノール法でDNA抽出後、2-step PCR-RFLP方法でK-ras遺伝子のコドン12の変異を検討した。さらにDirect Sequencing法にて点突然変異の塩基配列と偽陰性の有無を検討した。 2)P53とP21/Waf1染色:脱パラフィン後、Microwave或いはAutoclaveで抗原賦活を行った。一次抗体はDo7とEA10を、二次抗体はbiotinylated anti-mouse antibodyを用いた。Avidin-Biotin Complexで反応させたのちDABで発色した.Hematoxylinで核染色を施行し、顕微鏡で観察した. 3)TPとVEGF染色:一次抗体は654-1とA20を用いた。非特異的な抗原成分を3%skim milkでブロックした。他の手順はp53染色と同様に行った。 4)血管新生の評価:血管新生の指標はF-VIII RAgを用いて免疫組織化学的に検討した。一次抗体は抗F-vIII RAg 抗体F8/86を用いた.他の手順はp53染色と同様に施行した。その評価は染色標本をまず低倍率で観察し、最も血管が豊富な視野を選択した。次いでこの視野を強拡大して、一視野内の血管数を数えた。この血管数を当症例のmicrovessel density(MVD)とした。一視野の面積は約1mm2であった。 3、[結果] 1)K-ras codon12突然変異:37例について検討したが、変異がPCR-RFLP法で51%(19/37)、Direct Sequencing法で38%(14/37)にみられた。PCR-RFLP法の敏感度は73%で、特異度は100%であった。組織型では胆膵管型より腸型で高率に変異がみられた(67%vs.30%;p<0.05)。Direct Sequencing法で変異はすべてコドン12の第二位の塩基にあることが判明した。すなわちGGTからGAT(9/14),GGTからGTT(4/14),およびGGTからGCT(1/14)への変異がみられたが、変異の種類と臨床病理学因子との間には相関は認められなかった。 2)p53とp21の発現:p53は正常上皮が染まらないが、癌細胞の核が強く染まった。10%以上染まればoverexpressionとした。P53のoverexpressionは44%(26/59)の症例でみられたが、何れの臨床病理学因子とも相関しなかった。一方、P21/Waf1について43%(22/51)の症例で正常上皮が染色され、また58%(34/59)の症例で癌細胞が染色された。腫瘍細胞の10%以上染まればoverexpressionとしたところ、38%(22/59)にovercxpressionがみられた。潰瘍のある症例ではない症例より高率に発現された(56%vs.12%;p=0.006)。また、p21/Waf1 overexpressionのある症例はない症例より有意に術後生存期間が短かった。この差は全症例で検討しても高度進行例(stage IIIとIV)で検討してもいずれでも認められた。p53蛋白の発現とp21/Waf1の発現との間には有意な相関がみられた(p=0.045)。 3)TPとVEGFの発現:TPに関して、正常上皮はほとんど染まらないが、癌細胞は細胞質が強く染まっていた。一部の症例では細胞核も染まっていた。癌細胞については細胞質か細胞核かを問わず染色された細胞数が10%以上であれば陽性とした。63%(37/59)の症例では陽性であった。TPの発現は局所リンパ節転移や腫瘍の臨床分期に有意に相関した。即ち、リンパ節転移のある腫瘍(p=0.006)やより進展した腫瘍(p=0.03)ではTPが高率に発現されていた。TP陰性の症例は陽性の症例に比して予後がより良好であった(p=0.02)。VEGFについては、正常上皮は染まらないが、腫瘍細胞は細胞質或いは細胞膜が染まっていた。10%以上染色されていれば陽性としたところ、73%(43/59)の症例で陽性であった。VEGFの染色はTPと相関したが、臨床病理学因子や予後と相関しなかった。 4)Mircovcssel density (MVD) :腫瘍組織における新生血管が主に癌細胞の周囲に発現されていた。TP陽性群の平均MVDは(27.6±10.1)陰性群のそれ(20.4±10.0)より有意に高値であった(p=0.01)。VEGF陽性群のMVD(25.8±10.4)はVEGF陰性群のそれ(22.8±11.2)より高値であったが,有為差がみられなかった。しかし、TPとVEGFとを併せて検索すると、TPとVEGF両者が陽性の群のMVDは27.7±9.6で、両方が陰性の群のMVD(18.2±8.5)より有意に高値であった(p=0.01)。高MVD群の術後生存時間は低MVD群のそれより短かったが、有意差が認められなかった。 4、[まとめ] 本研究はVater乳頭部癌を分子生物学レベルで比較的多数の症例を用いて検討したものである。この腫瘍におけるP21/Waf1の発現及び血管新生に関しては初めての研究でもある。上述の結果から以下のような結論を得た。 1)我々がこれまで提示してきた新たな組織分類の胆膵管型と腸型の乳頭部癌はそれぞれ異なるメカニズムで発癌する。K-ras遺伝子が主に腸型に関与するのではないかと考えられた。 2)p21/Waf1の変異は腫瘍の進展よりむしろ腫瘍の発生に関わる。 p21/Waf1蛋白の過剰発現は機能異常の一種で独立予後因子である。またこの腫瘍ではp21/Waf1の発現はp53-dependentに誘導されると考えられる。 3)Vater乳頭部癌に於いてはTPが血管新生を通じて腫瘍の浸潤を促進する。TPの発現はリンパ節転移と相関し独立しないことからTPのこの作用は微小リンパ管の新生を促進することにもよると考えられる。また、TPとVEGFと共に高度に発現する腫瘍で血管新生が高度にみられることは、腫瘍血管新生が多因子によって調節されることが示唆している。 | |
審査要旨 | 本研究はVater乳頭部癌の発生と進展のおける分子生物学的機構を解明するため、Vater乳頭部癌の外科的手術切除症例を用いて癌遺伝子K-rasの突然変異と癌抑制遺伝子P53及びP21/Waf1の発現、 腫瘍血管新生および血管新生促進因子のThymidine Phosphorylase(TP)とVascular Endothelial Growth Factor(VEGF)の発現を検討したものであり、下記の結果を得ている。 1。K-ras codon12突然変異は37例について検討したが、変異がPCR-RFLP法で51%(19/37)、Direct Sequencing法で38%(14/37)にみられた。Direct Sequencing法で変異はすべてコドン12の第二位の塩基にあることが判明した。組織型では胆膵管型より腸型で高率に変異がみられた(67%vs.30%;p<0.05)。新たな組織分類の胆膵管型と腸型の乳頭部癌はそれぞれ異なるメカニズムで発癌し、K-ras遺伝子が主に腸型に関与する事が示された。 2。P53とP21の発現については、P53は正常上皮が染まらないが、癌細胞の核が強く染まった。P53のoverexpressionは44%(26/59)の症例でみられたが、何れの臨床病理学因子とも相関しなかった。一方、p21/Waf1は58%(34/59)の症例で癌細胞が染色された。38%(22/59)にoverexpressionがみられた。p21/Waf1 overexpressionのある症例はない症例より有意に術後生存期間が短かった。この差は全症例で検討しても高度進行例(stage IIIとIV)で検討してもいずれでも認められた。p21/Waf1の変異は腫瘍の進展よりむしろ腫瘍の発生に関わる。P21/Waf1蛋白の過剰発現は機能異常の一種で独立予後因子である事が示された。 3。TPに関して、正常上皮はほとんど染まらないが、癌細胞は細胞質が強く染まっていた。63%(37/59)の症例では陽性であった。リンパ節転移のある腫瘍(p=0.006)やより進展した腫瘍(p=0.03)ではTPが高率に発現されていた。TP陰性の症例は陽性の症例に比して予後がより良好であった(p=0.02)。VEGFについては、正常上皮は染まらないが、腫瘍細胞は細胞質或いは細胞膜が染まっていた。73%(43/59)の症例で陽性であった。VEGFの染色はTPと相関したが、臨床病理学因子や予後と相関しなかった。Vater乳頭部癌に於いてはTPが血管新生を通じて腫瘍の浸潤を促進する。TPの発現はリンパ節転移と相関し独立しないことからTPのこの作用は微小リンパ管の新生を促進することにもよることが示された。 4。TP及びVEGFとMircovessel density(MVD)との関連について、TP陽性群の平均MVDは(27.6±10.1)陰性群のそれ(20.4±10.0)より有意に高値であった(p=0.01)。VEGF陽性群のMVD(25.8±10.4)はVEGF陰性群のそれ(22.8±11.2)より高値であったが,有為差がみられなかった。しかしTPとVEGFを併せて検索すると、TPとVEGF両者が陽性の群のMVDは27.7±9.6で、両方が陰性の群のMVD(18.2±8.5)より有意に高値であった(p=0.01)。TPとVEGFと共に高度に発現する腫瘍で血管新生が高度にみられることは、腫瘍血管新生が多因子によって調節される事が示された。 以上、本論文は比較的多数の外科切除症例を用いて、Vater乳頭部癌における分子生物的変化の検討から、この悪性腫瘍の発生と進展の分子レベルの機序の一部を解明した。特に、今まで明らかにされなかったp21/Waf1,TP及びVEGF等の因子のこの腫瘍の発生と進展における作用についての有意義な研究と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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