学位論文要旨



No 115598
著者(漢字) 趙,貞和
著者(英字)
著者(カナ) ジョ,ゾンホァ
標題(和) 小胞体-ゴルジ体間の蛋白質小胞輸送に関わる酵母遺伝子産物の研究
標題(洋)
報告番号 115598
報告番号 甲15598
学位授与日 2000.09.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2191号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

 酵母は、単純な真核生物ではあるが、真核生物としての体制をほぼ完全に揃え、基本的な真核生物の膜系をすべて持っている。小胞体、ゴルジ体、分泌小胞、液胞、細胞膜、細胞壁の構成成分は、基本的に分泌の経路によって供給されるが、酵母では、この分泌経路において機能している蛋白質の研究を様々なアプローチにより行うことができ、特に真核生物では最も強力な分子遺伝学手法により解析が可能という大きな利点があった。

 真核細胞は細胞内の生体膜系を発達させ、各コンパートメントが特異的な働きをすることにより高度な生命活動を果たしている。小胞輸送系は各コンパートメントに蛋白室や脂質を供給するための重要なシステムで、とりわけゴルジ体は、各成分の修飾、成熟化と輸送先の仕分けを行う中心的オルガネラである。私は、小胞体(ER)由来の輸送小胞が最初にゴルジ体early領域に行き着いて融合する過程を明らかにする目的で研究を進めた。本論文は3章からなっている。1章では本研究室で取得し、小胞体-ゴルジ体間の蛋白質輸送でtetheringの役割が注目されているUso1pの局在や相互作用する蛋白質検索を行うことを目的とした。ゴルジ体を構成する蛋白質には、オルガネラのマーカーとしても利用される各種糖転移酵素があるが、実際に、まだゴルジ体を構成する重要な蛋白質はこれとこれであるということは難しかった。ひとつには、密度勾配による遠心で小胞を分けるのではきれいに精製することが困難であった。そこで2章では、earlyゴルジに局在し、t-SNAREであるSed5pを選び、抗体による免疫反応によりその蛋白質が表面に提示されている膜小胞を単離し、構成する蛋白質を同定した。次3章では、同定されたSed5p小胞膜の構成成分であった機能未知であるYML067c遺伝子産物の解析を行った。

 第1章 Uso1蛋白質の解析

 Uso1pは、ER由来輸送小胞のゴルジ体への融合過程が高温で停止する温度感受性株から発見された遺伝子産物で、1790アミノ酸からなり、C末側約1000アミノ酸のα-helixでcoiled coil二量体をなす巨大分子であることが明らかになっていた。以前用いた抗体が特異性がひくいので、myc epitopeで標識することにした。野生型酵母とおなじcopy数でUso1を発現させるためにUSO1遺伝子のC-末部分に1個あるいは6個のmyc-tagをを付けて酵母chromosome上のUSO1遺伝子と置換した。このUSO1p-mycは検討した限り野生型Uso1pと全く同様に機能することを確認した。Uso1p-mycの大部分細胞質分画s100にあるが、数%程度がGolgi体を多く含むP100にも存在することが分かった。またこの小量のUso1蛋白質が界面活性剤で一部分が可溶化されることが認めた。これは、Uso1pの膜への結合を示唆するものであるが、さらにこの膜画分をショ糖密度勾配の底におき、遠心で浮き上がるか調べたところ、controlとしたゴルジ体膜蛋白質が浮き上がるのに対しUso1p-mycはその位置を変えなかった。このようなUso1pの奇妙な挙動は、膜との相互作用の特殊性を示唆する。

 第2章 Sed5-vesicleの精製とその構成成分

 ゴルジ体は、分泌および膜タンパク質のsortingのほかにも、タンパク質の修飾、成熟など重要な役割を果たしているオルガネルラで、early、medial、lateのサブコンパートメントからなっている。それで、ゴルジ体を完全に理解するには、サブコンパートメントの単離が必要である。今までのような、sedimentationや密度勾配によるflotationで、大きさや比重で分ける方法は、時間もかかり、精製純度も詳細な解析には適さないことは明らかであった。Myc/9E10系の特異性の高さとmycで標識した多くの蛋白質が本来の構造と機能を保持していることに注目し、小胞の免疫吸着をゴルジ体精製に適用することを試みた。対象をER由来の輸送小胞が最初にゴルジ体に到着するearly領域とし、そのtSNAREとして研究が進んでいるSed5pを吸着標的に選んだ。染色体上でmyc-SED5遺伝子を構築し、正常な機能をもつことを確認して、種々の条件検討を行った。細胞をglass beadsにより破壊し、そのS50画分から小胞を免疫吸着した。吸着させるbeadsとしてはformaldehydeで固定したStahylococcus菌体であるPansorbinを用いた。これをS50に加え、非特異的結合物を除き、myc抗体とPansorbinを用いて免疫吸着した。吸着された小胞の成分は1%Triton X-100によって膜を可溶化することで回収した。単離したSed5-vesicleを評価するため、各種コンパートメントのマーカー蛋白質の分布をwestern blottingで検定したところ、ERやlateゴルジ体のマーカー蛋白質は存在せず、ゴルジ体の糖転移酵素Mnt1p,Mnn9p,Van1pやER-ゴルジ間のv-SNAREであり、Sed5pの結合相手であるSec22pが多く存在することからゴルジ体early領域を主とする小胞がPansorbin上に回収されていることが示された。さらに、Coomassie blue染色で検出可能な主要蛋白質成分について、N末端アミノ酸配列を決定していったところ、earlyゴルジ体に存在するEmp47p、ゴルジ体の糖転移酵素Anp1p、ER-ゴルジ間をshuttleしていることが知られているEmp24p、Erv25p、Erp1p、Erp2pなどや、機能未知の分泌蛋白質Ssp120p,従来endosomeにあると予想されていたYpt52pが主要蛋白質であることが示された。多くの機能不確定の成分の役割や、Sed5pを表面指標にもつ小胞がどう形成され、どう変わって行くか調べることが可能になった。

 第3章 YML067c遺伝子の機能の解析

 第2章で発見された機能未知の新規蛋白質YmlO67cについての解析を行った。Sed5小胞の主要蛋白質の1つとして発見したYml067cは、S. cerevisiae染色体XIIIに位置しゲノム塩基配列からの推定ORFとしてしか知見のないものであるが、351アミノ酸からなる分子量約40.5kの蛋白質をコードしている。アミノ酸配列上は、広くヒト、ハエ、線虫、植物にも同じサイズの相同蛋白質が存在することから、何らかの重要な機能を持つことが期待される。YML067c遺伝子が酵母の生育にとって必須であるかどうかを調べるため、遺伝子破壊株を作製したが、この破壊株は致死的ではないが、15℃ではコロニー形成できない低温感受性を示した。Yml067c蛋白質の酵母細胞内の局在を調べるため、遠心分画を行ったところ、Yml067c蛋白質は大部分はP10画分に、一部がP100に存在していることが分かった。さらに、間接蛍光抗体染色法でmyc抗体と共に、小胞体局在蛋白質であるKar2p (Bip)の抗体との、二重染色を行った。その結果、Yml067c蛋白質はKar2pの染色patternと同じく核の周囲や細胞膜付近にringのような像が観察され、Yml067c蛋白質はER膜に局在していることが明らかになった。

 この蛋白質と結合、あるいは相互作用する蛋白質を探索するため、myc epitopeで標識されたYml067c株のTriton X-100で可溶化したlysateから、myc抗体(9E10)とProteinA-Sepharose beadsで免疫沈降を行った。Yml067c蛋白質と特異的に結合した蛋白質には、酵母でこのYml067cと相同性を持つやはり新規な膜蛋白質Yal042wがあることが明らかになり、お互いにホモロジーがある二つの蛋白質が結合していることに深く興味が持たれ、Sed5小胞での機能が注目される。

 今後次のような展開をするものと考えている。低温で△yml067c破壊株の蛋白質輸送はどのような影響を受けるか、特定な分泌蛋白質の輸送に関係があるのかを明らかにすることが必要である。Yml067c蛋白質の複合体を構成する因子を同定することによってこの蛋白質の機能解析にもっと近接するだろう。また、Sed5-vesicle膜の構成成分をすべて同定することで、このコンパートメントの機能と維持の機構が明らかになるであろう。このような蛋白質の小胞輸送に関係がある遺伝子産物を解析するとともにゴルジ体の各コンパートメントを明らかにすることで、当初の目的である小胞体-ゴルジ体間の蛋白質輸送機構やゴルジ体の機能と維持の機構を明らかにできると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 真核細胞は細胞内の膜系を発達させ、各コンパートメントが独特な働きをすることで高度な生命活動を果たしている。小胞輸送は各コンパートメントに蛋白質や脂質などを供給する重要なシステムで、コルジ体は、それらの修飾・成熟化と輸送先の仕分けを行う中心的オルガネラである。本研究は、小胞体(ER)由来の輸送小胞がゴルジ体に融合する初期過程に関わる遺伝子産物の研究をまとめたもので、本文は3章からなっている。

 研究の背景を論じた序論に続く第1章では、Uso1蛋白質と膜構造の関係を検討した。Uso1は、ER由来輸送小胞のゴルジ体への移行が高温で停止する変異株から発見された遺伝子産物で、206Kの蛋白質がcoiled coil二量体となった巨大分子である。従来の抗体の特異性に問題があったため、新たにmycエピトープをC末端に持つ染色体上の遺伝子を構築し、Uso1-myc蛋白質が野生型と同様に機能することを確認した。従来、Uso1は大部分が細胞質にあるが、数%が超遠心で沈降すると示唆されていた。申請者は、特異性の高いモノクローン抗体9E10を使い、やはり少量のUso1-mycが膜画分に沈降し、界面活性剤で一部分が可溶化されることを認めた。これはUso1の膜への結合を示唆するが、この画分を蔗糖密度勾配の底におき、遠心で浮揚するか調べると、対照のゴルジ体膜蛋白が浮揚するのにUso1-mycはその位置を変えなかった。このようなUso1の奇妙な挙動の発見は、膜との相互作用の特殊性を示唆し、その後の研究発展の重要な礎石となった。

 第2章では、ゴルジ体early領域の特徴を生化学的に明らかにするため、膜蛋白質を標的とした免疫吸着法を種々検討し、特異的な小胞の精製に成功した。ゴルジ体は、ERに近い側からearly-medial-lateと呼ばれる、機能的・構造的に異なる層盤からなると考えられている。しかし、各層盤を分けて調べようとする試みは、密度勾配遠心による粗分画しかされておらず、工程の煩雑さ・所要時間・精製純度のいずれも詳細な解析に適さないことは明らかであった。申請者は、myc/9E10系の特異性の高さとmyc標識した多くの蛋白質が本来の構造と機能を保持していることに注目し、免疫吸着をゴルジ体分画に適用することを試みた。ER由来の輸送小胞が最初にゴルジ体に到着するearly領域を対象とし、そのtSNAREとして研究が進んでいるSed5を吸着標的に選んだ。第1章同様に染色体上でmyc-SED5遺伝子を構築し、正常な機能を持つことを確認した上で、種々の条件検討を行った。細胞破壊はガラスビーズで行い、そのS50画分から小胞を9E10で免疫吸着した。吸着担体にはホルマリン固定したStaphylococcus菌体であるPansorbinを用いた。吸着された小胞の成分はTriton X-100による膜の可溶化で回収し、各コンパートメントのマーカー蛋白質の分布をウエスタンブロットで検定した。ERやlateゴルジ体のマーカーは存在せず、ゴルジ体の糖転移酵素Mnt1,Mnn9,Van1やSed5の結合相手のSec22が多く存在することからゴルジ体early領域を主とする小胞が回収されたことが示された。更に、染色で検出可能な主要蛋白質成分について、N末端アミノ酸配列を決定したところ、ER-ゴルジ間をシャトルするEmp24,Erv25,Erp2などや、機能未知の分泌蛋白質Ssp120、従来エンドソームにあると予想されていたYpt52があることが分かった。この方法により、機能不明の成分の役割や、Sed5をもつ小胞がどのように形成されどうなってゆくかを詳細に調べられるようになった。

 第3章では、第2章で発見された機能未知の新規膜蛋白質Yml067cについての解析結果がまとめられている。Sed5小胞の主要蛋白質の1つとして申請者が発見したYml067cは、ゲノム塩基配列上の推定ORFとしてしか知見がなかったものである。遺伝子破壊株は致死的でないが、15℃でコロニーを形成できない温度感受性を示した。アミノ酸配列上は、広くヒト・ハエ・線虫・植物などに同サイズの相同蛋白質が存在することから、何らかの重要な機能を持つと期待される。酵母でこれと相同性を待つ、やはり新規な膜蛋白質Yal042wは、Triton X-100可溶化後の免疫沈降でYml067cと特異的に結合していることが明らかになり、これらがSed5小胞ではたしている機能が注目される。

 以上、本論文は、酵母を材料に小胞輸送の初期過程に関わる各種遺伝子産物を調べて、特異的なゴルジ小胞の精製を可能にし、更に新規な遺伝子産物の存在を明らかにした。これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク