学位論文要旨



No 115599
著者(漢字) 岩下,誠
著者(英字)
著者(カナ) イワシタ,マコト
標題(和) 魚類寄生シュードダクチロギルス亜科単生虫の種分化に関する研究
標題(洋)
報告番号 115599
報告番号 甲15599
学位授与日 2000.09.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2192号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若林,久嗣
 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 助教授 小川,和夫
 国立科学博物館 主任研究官 倉持,利明
内容要旨 要旨を表示する

内容

 単生虫は主に魚類の外部に寄生する扁形動物である。多くの種類が記載されているが、一般に近縁の単生虫は特定の宿主群に寄生する傾向がある。これは、宿主の進化にともない寄生虫も進化してきたことを反映していると考えられる。シュードダクチロギルス亜科(以下、本亜科)単生虫は単後吸盤類に属し、Pseudodactylogyrus属とPseudodactylogyroides属の2属からなる一群である。Pseudodacytlogyrus属はアジア地域、パプアニューギニア、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカの6種のウナギ属魚類から7種、日本、中国、オーストラリアの3種のハゼ科魚類から3種の計10種が知られている。一方、Pseudodactylogyroides属は、日本のネンブツダイから1種とマレーシアのハゼ科魚2種から2種の計3種が記載されている。このように本亜科の寄生虫は近縁でありながら、系統的にかなり離れた宿主に寄生している。また、ウナギ属寄生種は、ウナギ属の起源とされ、多くの種が分布している東南アジア地域からは見つかっていないことなど、宿主と分布の関係も不連続的である。

 ニホンウナギ、Anguilla japonica 寄生のPseudodactylogyrusとPseudodactylogyrus biniは元来東アジア地域を天然分布域とする種とされるが、ヨーロッパのAnguilla anguillaおよびアメリカのAnguilla rostrataからも報告され、ヨーロッパでは有害種として問題となっている。これらの寄生虫は近年の世界的なウナギの輸出入に伴い、寄生虫もその分布を広げたと考えられているが、天然分布であるという説もある。

 本論文では本亜科単生虫の形態および遺伝子を用いたアプローチにより系統関係を推定し、さらにその中で宿主範囲と分布域が例外的に広いP. anguillaeとP.biniの2種について、その理由を考察することを目的とした。

1. 形態による系統関係の推定

 本亜科を構成する13種について、固定標本および文献情報より得られた、交接器と固着器官における10形態について検討し、分岐分類法により系統関係を推定した。

 その結果、樹長が12ステップの1つの系統樹が選択された。この系統樹では、まずPseudodactylogyroides属が、次いでPsendodactylogyrus属が分岐した。結果として本亜科の13種は、Pseudodactylogyroides apogonis、マレーシア産ハゼ科寄生の2種、ウナギ属寄生種7種とオーストラリア産ハゼ寄生種Pseudodactylogyrus cooloolensis、アジア産ハゼ科寄生2種の4つの群に分けられた。しかし、最も種数の多いウナギ属寄生種とハゼ寄生種を含む群では形質に違いが見られず、種レベルでの系統関係は明瞭に示されなかった。

2. 核酸による系統関係の推定

(1)リボゾームRNA遺伝子を用いた系統関係の推定

 Pseudodactylogyrus属5種、Pseudodactygyroides属1種、外群としてハゼ科魚類に寄生する単生虫、Ancyrocephalus mogurndaeと、データベースに登録されている単生虫2種と吸虫1種について、リボゾームRNA遺伝子の18SrRNAとITSの2つの領域を用いて系統関係を推定した。常法に従い核酸を抽出し、18SrRNA遺伝子ユニバーサルプライマーと6本の内部プライマーを設計し、全領域または相同な約1870bpの配列を決定した。ITS領域には4本のプライマーを設計し、全領域を決定した。系統解析は近隣結合法と最大節約法を用いた。

 その結果、ウナギ属寄生3種では18SrRNA遺伝子1975bpが決定された。種間の塩基の変異数は日本産A.japonica寄生のP.anguillaeとP.bini間では1塩基、P.anguillaeεとオーストラリア産Anguilla reinhardti寄生のPseudodactylogyrus guseviとは7塩基、P.biniとP.gusevi間では6塩基であり、ウナギ属寄生種間の違いは少なく、非常に近縁であることが示された。他の種を含めて解析した結果、2種類の解析法でともに(外群,(Pseudodactylogyroides apogonis,(Pseudodacylogylus,(P.cooloolensis,P.gusevi,(P.bini,P.anguillae))))という系統樹が構成され、Pseudodactylogyrus属は単系統であることが示された。また、マハゼ寄生P.hazeは日本に分布しているが、A.japonicaに寄生する2種とは系統的に遠いことが示され、分布域と系統関係は一致しない結果となった。

 本亜科単生虫5種のITS領域の配列は、ウナギ属寄生種間では長さにほとんど差はないが、ハゼ科寄生種および」P.apogonis間では最大128塩基もの違いが見られた。そのため、ITS1領域ではアラインメントが著しく不明瞭になり、系統解析に用いることができなかった。P.guseviのITS2領域の配列には2型が見られ、その距離はA.japonica寄生2種間と同程度であったため、一方をPseudodactylogyrus sp.として分けて扱った。

 ITS2領域による系統解析の結果、18SrRNA遺伝子の結果と異なり、P.hazeが、属の異なるP.apogonisよりも先に分岐したことにより、P3seudodactylogyrus属は多系統関係を示したが、(P.cooloolensis,((オーストラリア産ウナギ寄生種),(日本産ウナギ寄生種)))の関係はITS2でも示された。

(2)ミトコンドリアDNAを用いた系統関係の推定

 リボゾームRNAよりも進化速度が速いとされるミトコンドリアDNAのCOI遺伝子部分配列の383bpを用いて、系統関係を推定した。全配列、第3塩基を除いた配列、アミノ酸配列に翻訳した場合の3通りについて行った。

 第3塩基を除いた配列を用いた最大節約法による系統樹以外は、リボゾームRNAでの結果と同様に(P.cooloolensis,((オーストラリア産種),(日本産種)))の関係が示された。異なる遺伝子を用いた場合でも同じ樹形が示されたことから、この関係は確度が高いと考えられる。

3. ウナギ属寄生Pseudodactylogyrus spp.の分布状況

 ウナギ属寄生種は淡水産であるので、各地の集団間で隔離が起きていると考えられる。そのうち、P.anguillaeとR.biniは、例外的に広い分布域と宿主範囲をもつ。そこで、これら2種を複数の分布域で採集し、虫体の遺伝子組成を比較し、アジア以外に分布する寄生虫は天然分布であるのか、人為的な移入の結果によるものかを調べた。

 日本3地点、中国1地点、台湾1地点、ハンガリー1地点、デンマーク1地点、アメリカ2地点で採集された虫体を用い、リボゾームRNA遺伝子のITS2領域、ミトコンドリアDNAのCOI遺伝子、ND1遺伝子を決定し、比較を行った。

 ITS2領域では、両種ともにほとんどの地域で同一の塩基配列が得られた。COIではP.anguillaeで10タイプ、P.biniは7タイプ、ND1ではP.anguillaeで10タイプ、P.biniは9タイプに分かれた。

 それぞれのハプロタイプの出現状況は、P.auguillaeではアジア地域で確認された配列と同一の塩基配列がアメリカとハンガリーの虫体からも得られた。進化速度の速いミトコンドリアDNAの塩基配列が同一ということは、これらの寄生虫がもともとそこに分布していて、長期間隔離されていたとは考えにくい。しかし、アジア3カ国でも共通した塩基配列を持つ個体が見られたため、移入元の地域を特定することはできなかった。一方、人為的影響が及んでいないと思われる屋久島産Auguilla marmorota寄生のP.auguillaeは、他地域のものとは独立したハプロタイプであった。このことより、宿主の移動が行われる以前は、それぞれの天然分布域で隔離された集団が形成されていたことが示唆された。

 まとめ

 形態および遺伝子を用いた系統解析の結果、シュードダクチロギルス亜科単生虫の種分化の道筋が推定された。いずれの解析においても本亜科の種は、おおむね宿主範囲と一致する4つの群に分かれることが示された。そのなかでウナギ属寄生種7種とオーストラリア産ハゼ寄生種P.cooloolensisの群は、姉妹群にハゼ科寄生Pseudodactylogyroides属を持つことから、ウナギ属寄生種の祖先はハゼ科寄生であったことが示唆された。さらに遺伝子解析の結果より、祖先種はP.cooloolensisが分かれた後、ウナギ属に宿主を転換し、A.japonica寄生種祖先とA.reinhardti寄生種祖先に分化したことが示唆された。これは宿主の分化とともに寄生虫も分化した、すなわち共進化の結果と考えられる。また、ウナギ属とPseudodactylogyrus属の共進化は、極東からオーストラリアに分布するウナギにのみ見られることから、宿主転換もウナギ祖先型がこれらの地域に適応放散していく過程で起こったと推定される。

 P.anguillaeとP.biniについては、地域によって同一のハプロタイプが世界各地で見つかった。一方、人為的な魚の移動が行われていない地域のP.anguillaeは、独立したハプロタイプを持っていたことより、両種が最も広い宿主範囲と分布域を持つのは、宿主の移動の結果と考えられる。

 以上、シュードダクチロギルス亜科の成り立ちは、宿主との共進化と宿主転換により現在の種群へと分化してきたと推定されるが、ウナギ属魚種の間では、人為的な活動によって、本来の関係が混乱していることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 シュードダクチロギルス亜科(以下、本亜科)単生虫はPseudodactylogyrusとPseudodactylogyroides属の2属からなる一群である。本論文では形態および遺伝子を用いて本亜科単生虫の系統関係を推定し、また、Pseudodactylogyrus anguillaeとPseudodactylogyrus biniの2種の宿主範囲と分布域が例外的に広い理由を考察した。

1. 形態による系統関係の推定

 本亜科を構成する13種について、交接器と固着器官における10形態について分岐分類法により系統関係を推定した。その結果、樹長が12ステップの1つの系統樹で、先ずPseudodactylogyroides属、次にPseudodactylogyrus属が分岐した。本亜科13種は、(1)Pseudodactylogyroides apogonis、(2)マレーシア産ハゼ科寄生のPseudodactylogyroides属2種、(3)ウナギ属寄生のPseudodactylogyrus 7種とオースラリア産ハゼ寄生種Pseudodactylogyrus cooloolensis、(4)極東アジア産ハゼ科寄生のPseudodactylogyrus 2種の4群に分けられた。

2. 核酸による系統関係の推定

(1)リボゾームRNA遺伝子による系統関係

 Pseudodactylogyrus属5種、Pseudodactylogyroides属1種、外群として単生虫3種と吸虫1種について、リボゾームRNA遺伝子の18SrRNAとITSの2つの領域を用いて系統関係を推定した。系統解析は近隣結合法と最大節約法を用いた。その結果、ウナギ属寄生3種では18SrRNA遺伝子の塩基配列1975bpが決定された。ウナギ属寄生種間の違いは少なく、極めて近縁であることが示された。他の種を含めた解析では、両解析法共に、外群、(P.apogonis,P.haze,(P.cooloolensis,(Pgusevi,(P.bini,P.anguillae))))という系統樹が構成され、P.bini以下Pseudodactylogyrus属が単系統であること、また、日本のマハゼ寄生P.hazeがAnguilla japonicaに寄生する2種と系統的に離れていることが示された。

 ITS2領域による系統解析では、18SrRNA遺伝子の結果と異なり、P.hazeは属の異なるP.apogonisよりも先に分岐したが、(P.cooloolensis,(p.gusevi(P.bini,P.anguillae)))の関係は一致した。

(2)ミトコンドリアDNAを用いた系統関係

 リボゾームRNAよりも進化速度が速いとされるミトコンドリアDNAのCOI遺伝子部分配列の383bpを用いて、系統関係を推定した。その結果、リボゾームRNAの場合と同じ(P.cooloolensis,(P.gusevi,(P.bini,P.anguillae)))の樹形を示した。

3. 種分化の道筋の考察

 本亜科の種は形態と遺伝子のいずれの系統解析においても、おおむね宿主範囲と一致する4つの群に分かれ、そのなかでウナギ属寄生のPseudodactylogyrus 7種とオーストラリア産ハゼ寄生の」P.cooloolensisが1群を形成し、姉妹群にハゼ科寄生Pseudodactylogyroides属を持つことから、ウナギ属寄生種の祖先がハゼ科寄生であった可能性が示された。さらに遺伝子解析により、祖先種はP.cooloolensisが分かれた後、ウナギ属に宿主を転換し、A.japonica寄生種祖先とAnguilla reinhardtiが寄生種祖先に分化したことが示唆された。これは宿主の分化とともに寄生虫も分化した、すなわち共進化の結果と考えられる。

4. ウナギ属寄生種の分布

 ウナギ属寄生Pseudodactylogyrus spp.は淡水産であるので各地の集団が隔離されていると考えられるが、P.anguillaeとP.biniは例外的に広い分布域と宿主範囲をもつ。そこで、日本3地点、中国1地点、台湾1地点、ハンガリー1地点、デンマーク1地点、アメリカ2地点で採集された虫体を比較した。

 COIでは」P.anguillaeが10、P.biniが7のハプロタイプに、ND1では」P.anguillaeが10、P.biniが9のハプロタイプに分かれた。アメリカとハンガリーのP.anguillaeのハプロタイプがアジア地域のものと同じであったことは、宿主の移動に伴うアジアからの移入である可能性が高いと考察された。一方、人為的影響が及んでいないと思われる屋久島産/Anguilla marmorata寄生のP.anguillaeは独立したハプロタイプであったことから天然水域で隔離された集団が形成されたと推察された。

 以上の一連の研究の結果、シュードダクチロギルス亜科は、宿主との共進化と宿主転換により現在の種群へ分化したと推定されるが、ウナギ属魚種の間では、人為的な活動によって、本来の関係が混乱していることが明らかになった。これらの成果は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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