学位論文要旨



No 115606
著者(漢字) 小林,信也
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,シンヤ
標題(和) 近世都市社会の構造と展開
標題(洋)
報告番号 115606
報告番号 甲15606
学位授与日 2000.09.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第291号
研究科 人文社会系研究科
専攻 日本文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,伸之
 東京大学 教授 藤田,覚
 東京大学 助教授 鈴木,淳 
 東京大学 教授 宮崎,勝美
 東京大学 助教授 伊藤,毅
内容要旨 要旨を表示する

 第一部「近世後期江戸町方における空間管理と都市行政」では、都市空間の利用や管理における近世的なシステムが抱え込んでいた諸矛盾、諸問題について考察した。さらには、そうした問題に対処しようとした新しい都市行政の体制についても検討を加えた。

 以下が、第一部の各章の内容である。

 第一章「近世江戸町方の河岸地について―新肴場河岸地を事例に―」では、近世期江戸町方の魚市場を素材に、河岸地の占有権と水路浚渫=川浚負担との結びつきについて分析した。

 第二章「近世江戸市中における道路・水路の管理」では、近世江戸の道路や水路の管理体制とその矛盾について考察した。

 第三章「近世末期の江戸町名主と諸掛」では、天保改革を機に形成された新たな名主の組織について検討した。

 以上、第一部の各章を通じては、矛盾を深めつつあった近世的な空間利用の秩序や空間管理体制、行政のシステムが、天保改革を契機に、その矛盾を表面化させて崩れ始めたり、あるいは、新たな体制づくりへの模索を開始する状況が明らかになった。今後は、近代的都市空間や行政システムへの移行を視野に入れながら、これら各章で扱ったテーマをさらに検討することが課題となる。

 第二部「露店営業地と民衆世界」では、江戸の民衆世界の重要な構成要素のひとつである大規模な露店営業地について考察した。

 以下が第二部の各章の内容である。

 第一章「床店―近世都市民衆の社会=空間」では、近世期江戸町方各所の広場(広小路や防火用の空き地など)で営業する露店=床店(トコミセ)について検討した。

 第二章「江戸町方の広小路における店舗営業と助成地経営」では、近世中後期、江戸隅田川にかかる新大橋の橋詰に設けられた広小路に展開する露店営業の場を具体的事例としてとりあげ、そのような場において人々が作り上げた諸々の権利関係について分析した。

 第三章「床店と市場」では、近世末期の江戸町方、神田柳原土手通りにおける床店の古着屋と、同地に形成されていた古着市場について検討した。

 第三章に付した補論「江戸東京の床店・葭簀張営業地」においては、江戸各所の床店場所や葭簀張営業地を概観し、また、第三章の補足として、柳原土手通りの床店場所の全体構造について分析した。さらには、明治初年、東京府による厳しい取締によって大規模な床店・葭簀張営業地が解体したことについて検討した。

 第四章「城下町の近代化―都市民衆世界の動向に注目して―」では、巨大城下町内部において「自立的な社会=空間構造として成熟」を遂げていた民衆世界の近代都市社会における展開を追った。

 以上、第二部の各章の考察においては、都市内部で自らが働き暮らすために必要な社会=空間をねばり強く作り上げていく小商人を中心とした民衆の存在が発見できた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文『近世都市社会の構造と展開』は、近世後期の江戸から近代初頭の東京を素材として、巨大城下町、および首都における都市社会と空間構造の歴史的特質、及びその変容過程について検討しようとしたものである。内容は、序論に続けて、二部・七章・補論一つから構成されている。

 第一部「近世後期江戸町方における空間管理と都市行政」では、まず1・2章で、河岸地や道路などの都市空間を取り上げ、その利用や管理をめぐる近世的なシステムと、幕府(町奉行所)支配の具体的様相を検討する。この内1章では、本材木町二〜三丁目の新肴場河岸地をめぐる土地の用益・権利と管理・秩序が、また2章では道の持場管理や水路の浚渫システムがそれぞれ解明され、併せて近代への展開が見通される。次の3章では、天保改革期に惣名主の頂点の地位に抜擢された熊井理左衛門等三名の名主に注目し、当該期における都市行政の特質を論じている。

 第二部「露店営業地と民衆世界」では、床店(とこみせ)と呼ばれた非常設で零細な露店の簡易店舗に着目し、都市民衆の生業としての社会=空間の様相を多面的に明らかにしようとする。1章では上野山下の床店場所、2章では新大橋橋詰広小路、3章と補論では柳原土手通りがそれぞれそれぞれ取り上げられ、床店という露店営業を中核とする利権の構造や、営業権の物権化、さらには床店の展開する空間である広場・広小路管理の性格、あるいは近代初頭における変容過程などが詳細に分析・検討されている。また4章では、明治十年代半ばから二十年代の「新開町」の事例として佐竹ケ原を取り上げて、旧江戸の民衆世界がどの様に近代化を遂げてゆくのかを展望している。

 本論文の成果とその意義は以下のようである。

(1)これまでほとんどその実態がわからなかった江戸の広場・河岸地などの都市空間の具体像を始めて本格的に解明し、併せてこれら諸空間における社会構造の分析を緻密に行った点。本論文によって、城下町都市における社会=空間研究の空隙が埋められたことになりその意義は大きい。

(2)床店という、広場や境内・道路上における都市民衆の重要な存立基盤の一つを多様な素材から明らかにしたこと。近世・近代都市社会における民衆的要素を考える上で、本論文における床店研究は独創的で、示唆的な内容・論点を豊富に有しており、貴重な貢献となっている。

 このように本論文は多くの成果を上げているが、研究史整理の点でやや不十分であり、また都市社会論として展開するにはまだ検討すべき幾つかの課題を残している。しかし、上記のような顕著な成果に鑑みて、本審査委員会は、本論文が博士(文学)の学位に十分相当するものと判断した。

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