学位論文要旨



No 115610
著者(漢字) 儲,仁才
著者(英字)
著者(カナ) チョ,ニンザイ
標題(和) 電場による凝縮熱伝達の促進に関する研究
標題(洋)
報告番号 115610
報告番号 甲15610
学位授与日 2000.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4747号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

 水平ローフィン付凝縮管は,管外表面で起こる膜状凝縮熱伝達の促進に対して極めて有効である.例えば,R113の場合には水平平滑管に対して7〜8倍程度の凝縮熱伝達の促進効果が実現されている.しかし,フィンを高密度に設置した場合,あるいは凝縮液表面張力が大きい場合に,凝縮液がフィン間の溝に充満・滞留する現象が起こり,促進効果が著しく低下する問題が発生する.例えば,フィン付管における水蒸気の凝縮熱伝達に対しては最大2〜3倍程度の促進効果しか得られていない.これまで,この問題に対処するため,凝縮管底部下方に多孔質排液板を設けるなどの方法が提案されているが,構造自体が複雑で比較的寸法の大きな排液板(縦長さ20mm程度)を要するなどの問題点があるため,実用化には至っていない.

 そこで,本研究では,構造上もシンプルで熱交換器のコンパクト化に障害とはならなく,高フィン密度,高表面張力流体に対しても水平フィン付管の本来の高性能を維持する方法を見い出すことを研究目的,熱伝達促進効果の低下が顕著な0.5mmフィン間隔のローフィン付管における水蒸気の凝縮熱伝達を研究対象とし,1mm直径の細い線電極を凝縮管底部の下方近くに管軸と平行に配置して,そのEHD(電気流体力学的)効果を利用することにより促進効果の低下を防ぐ方法について,実験および解析により検討を加えた.実験では直流電源を用いて電場を印加した.

 裸線電極を用いた凝縮熱伝達促進の実験研究では,印加電圧(1400V以下),電極間距離(1〜3mm),熱流束(0.45MW/m2以下)に関する本実験の範囲内で,電場を印加しない水平ローフィン付凝縮管に比べて2.4倍,水平平滑凝縮管に比べて5倍以上の凝縮熱伝達促進を実験的に達成した.特に電極間距離が1mmの場合にこれらの値が得られており,多孔質排液板に比べて,本方法は凝縮器のコンパクトに有効であることを示した.因みに,本方法では,印加電場により電流が流れるために電力の消耗が起こるが,裸線電極でも消耗電力は,凝縮熱伝達の促進による伝熱量増加分の3.5〜4.0%程度である.

 上記の消耗電力をさらに低減するために,裸線電極のかわりに頂部と底部が絶縁被覆された部分絶縁被覆線電極を用いることを提案し,これを用いることにより,同一の印加電圧,電極間距離,および熱流束において,裸線電極と同程度以上の熱伝達促進率が得られること,その際の消耗電力は裸線電極に比べて半分程度に低減できることを実験的に示した.ちなみに,部分絶縁被覆線電極では,電場を印加しない水平ローフィン付凝縮管に比べて3.2倍,水平平滑凝縮管に比べて7倍程度の凝縮熱伝達促進を実験的に達成している.

 熱伝達促進効果の印加電圧,電極間距離,および熱流束に対する依存性については,裸線電極および部分絶縁被覆線電極の双方の場合とも,印加電場による熱伝達促進は,印加電圧の増大,電極間距離の減少,熱流束の増大とともに向上することを実験的に示した.また,裸線電極の場合には,印加電場による凝縮熱伝達促進率がステップ状に急増する臨界電圧あるいは臨界熱流束が存在し,これら臨界値を境にして促進効果に関する二領域が存在すること,部分絶縁被覆線電極の場合には,この二領域の間に中間領域が存在し,三領域となることを示した.凝縮液流下様相の観察あるいは電極間を流れる電流値変動などをもとにして,上記の領域の定性的機構を示した.すなわち,裸線電極の場合の二領域を区切る臨界電圧あるいは臨界熱流束は,凝縮管底部からの凝縮液流下様相が液膜状から液柱状へと遷移することにより発生する.部分絶縁被覆線電極の場合に介在する中間領域は,凝縮液流下様相が液膜状に保ちながら薄液膜化することにより発生し,印加電圧あるいは熱流束がある値以上に至ると,裸線電極と同様に液膜状から液柱状への遷移が発生する.顕著な熱伝達促進効果が現れた印加電圧領域は,いずれの液柱領域と部分絶縁被覆線電極の場合での薄液膜領域である.

 凝縮液のフィン溝内における充満・滞留の度合いを評価するには充満角度(管頂部から充満開始点までの角度)を用いるが,電場下での充満角度が動的特性をもつため今まで提案された光反射法およびSighting Scope法などの静的充満角度測定法が適用できなくなった.ここで,高速ビデオにより撮影した画像をもとにしてフィン溝内映像輝度の差から画像処理により凝縮液の充満角度に関する動的測定方法を新たに提案するとともに,この方法を用いて充満角度を測定し,充満角度と熱伝達促進効果との印加電圧などに対する依存性は一対一に対応する結果から,印加電場による熱伝達促進は充満角度の増大に起因することを確認した.

 以上の測定・観察結果をもとに,基本的には「凝縮管底部から流下する凝縮液の圧力が印加電場による電気力により低下することに起因して充満角度が増大する」との考えに基づき,印加電場による充満角度の増大に関する解析モデルを提案した.部分絶縁被覆線電極において介在する中間領域(薄液膜領域)に関する解析モデル(薄液膜モデル)では,凝縮液流下様相は薄液膜状とし,電気力による薄液膜内の圧力低下のみを考慮した.一方,流下様相が液膜状から液柱状へと変化した場合に関する解析モデル(液柱移動モデル)では,印加電場による界面不安定に関する線形安定理論により,液柱直径および液柱ピッチを定め,さらに液柱移動に関する周期性を加味した.以上の解析モデルによる充満角度の予測値は,測定結果と良好な一致を示した.なお,充満角度に関する本解析モデルと既知の水平ローフィン付凝縮管の熱伝達モデルを組み合わせることにより,裸線電極における臨界電圧(あるいは臨界熱流束)以上,すなわち液柱状へ遷移した後の凝縮熱伝達率を予測し,良好な一致を得た.

 本論文は5章により構成されている.第1章の序論では,フィン付管およびEHD効果による凝縮熱伝達促進法に関する従来の実験および理論研究を総括して述べることにより,研究背景と従来の研究における問題点を明らかにして本研究の目的を確立した.第5章は本研究のまとめであり,上記の本研究の内容については,第2章〜第4章にわたって記述した.

 第2章では,裸線電極による水平管外凝縮熱伝達の促進に関する実験研究について,特に熱伝達促進効果の印加電圧,電極間距離,および熱流束に対する依存性,電極間液膜の流下様相の観察,動的充満角度の測定法の開発および消耗電力の評価などを詳細にまとめた.

 第3章では,部分絶縁被覆線電極を用いた場合での熱伝達促進効果の印加電圧,電極間距離,および熱流束に対する依存性,熱伝達促進効果,電極間を流れる電流の特性,特に消耗電力の低減効果に関しては詳細に述べた上に,これらに関する裸線電極の場合と部分絶縁被覆線電極の場合との相違を比較した.さらに充満角度の測定値と既知のフィン付管における熱伝達率の予測方法を用いた電場下での凝縮熱伝達率の予測などについて詳しく記述した.

 第4章では,液膜の液柱への遷移機構に関する実験および解析,液柱状へ遷移した後の熱伝達促進効果の定量化,部分絶縁被覆線電極において薄液膜化された後の充満角度に関する定式化などについての検討およびその結果を詳細にまとめた.

審査要旨 要旨を表示するb

 本論文は、「電場による凝縮熱伝達の促進に関する研究」と題し、凝縮液の表面張力が大きい場合やフィン間隔が狭い場合に、凝縮液がフィン間の溝に充満・滞留しやすく凝縮熱伝達の促進効果が現れ難い水平ローフィン付凝縮管を対象として、凝縮液の充満・滞留を軽減し、凝縮熱伝達の促進効果を向上させることを目的とした研究である。

 本論文は、5章よりなる。第1章「序論」では、膜状凝縮熱伝達の促進に関する従来の研究をまとめるとともに、凝縮液の充満・滞留を軽減する方法として電場の印加を選定した理由を述べ、研究目的を設定している。

 第2章は「裸線電極による水平管外凝縮熱伝達の促進に関する実験」と題し、実験方法を説明するとともに、水平平滑凝縮管および水平ローフィン付凝縮管(外径16mm)の底部に裸線電極(直径1mm)を配置した場合の凝縮熱伝達に関する実験結果をまとめている。実験流体は、大気圧の水蒸気である。実験方法は概ね従来の凝縮実験と同様であるが、充満角度(=凝縮液の充満が開始される管円周方向の角度)の時間変動を計測するために、画像処理を援用した充満角度測定方法を考案している。主な実験パラメータは、熱流束(<0.45MW/m2)、印加電圧(<1100V)、電極間距離(=凝縮管底部と線電極との間の距離、1〜3mm)である。水平ローフィン付凝縮管の熱伝達実験については、1)水蒸気の凝縮熱伝達促進率(=ローフィン付凝縮管熱伝達率と電場を印可していない平滑凝縮管熱伝達率との比)は、概ね電極間距離の増大とともに低下するが、電場を印可することにより、従来の(電場を印加しない場合の)値(約2.2)を大幅に上回る5程度にまで向上すること、2)この場合の消耗電力は熱伝達促進分に比べて数%程度であること、3)熱流束を一定にした場合はある印加電圧で、印加電圧を一定にした場合はある熱流束で充満角度が急増し、それに伴い熱伝達促進率が急増すること、4)この充満角度および熱伝達促進率の急増は凝縮液が管底部から流下する様相が液膜状から液柱状へと遷移することに対応していること、5)流下液膜が液柱状に遷移すると液柱の(凝縮管軸方向への)移動が発生し、滞留角度が時間変動するようになることなどを見出している。

 第3章は「部分絶縁被覆線電極による水平フィン付管外凝縮熱伝達の促進に関する実験」と題し、消耗電力を軽減するために裸線電極を部分絶縁被覆線電極に置き換えた場合の実験をまとめている。まず、非絶縁部分の線電極円周方向の位置を変化させ、凝縮熱伝達の促進に対しては水平部分に非絶縁部を残すことが有効であることを示している。次に水平ローフィン付凝縮管について、この部分絶縁被覆線電極を用いることにより、1)裸電極をさらに上回る7程度の熱伝達促進率が実現できること、2)流下液膜が印加電圧の増大とともに(裸線電極の場合と異なり)液膜状→薄液膜状→液柱状と変化し、このため充満角度および熱伝達促進率も連続的に増大すること、3)消耗電力は裸線電極の場合に比べて半分程度となること、4)充満角度の時間変動は小さくなることなどを示し・部分絶縁被覆電極の利用が極めて有効であることを見出している。

 第4章は「電場下のフィン付管における充満角度の定式化および凝縮熱伝達率の予測」と題し、第2、3章で得た実験結果を再現するモデルを提案している。まず、シリコンオイルを用いた模擬実験系により、ノズルより流下する液膜に電場を印加すると、ある電圧で流下液膜が液柱状に遷移することを示し、流下凝縮液について得た結果を確認している。モデルにおける電場の効果に関する基本的考え方は、凝縮管底部に置かれた線電極により流下液表面に生じる電気力による流下液内部圧力の低下であり、この圧力低下により充満角度が増大し、その結果として凝縮熱伝達促進率が向上する。モデルでは、電気流体力学用いて、流下液様相が液柱状に変化した状況(裸線電極の場合)と、薄液膜状に変化した状況(部分絶縁被覆線電極の場合)とについて具体的に論じており、充満角度および凝縮熱伝達促進率ともに実験値との妥当な一致を得ている。

 第5章は、以上の結果をまとめた結論である。

 以上要するに、本論文は伝熱工学における古典的主要現象である凝縮熱伝達を対象として、水平ローフィン付管の凝縮液充満・滞留現象を軽減する方法について、極めて有効な方法を提案・実証し、そのモデル解析を構築したものであり、機械工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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