学位論文要旨



No 115612
著者(漢字) 山田,直臣
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ナオオミ
標題(和) 透明導電性薄膜の作成とその物性評価
標題(洋)
報告番号 115612
報告番号 甲15612
学位授与日 2000.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4749号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨 要旨を表示する

[はじめに]

 SnドープIn2O3(ITO)薄膜は、バンドギャップが約3.8eVのワイドギャップ縮退半導体であり、パターンニングが容易であることから、ほとんどのLCDで透明電極として用いられている。LCDの大面積化、高精細化にともない、ITO薄膜には更なる低比抵抗化(<1x10-4Ωcm)が要求されている。

 上述のような理由から、ITO薄膜の作成プロセスに関しては非常に多くの研究がなされてきた。しかしながら、基礎的な物性の知見は多くない。そこで本研究では、ITO薄膜の物性に関して基礎的な知見を得ることを目的とした。

[研究の概要]

(1)キャリアの散乱機構:格子振動が電子輸送特性へ与える影響については議論されてこなかった。そこで、格子振動がキャリアの散乱に与える影響について調べた。

(2)新規ドーパントの探索:In2O3へSn以外のドーパントを検討した例はあまり多くない。そこで、新規ドーパントとしてGeをドーピングし、電気特性について検討した。

(3)DV(Discrete Variational)-Xα分子軌道法による電子状態計算:In2O3およびITOの電子状態に関した知見は少ない。DV-Xα分子軌道法は計算時間が短く大きな系も比較的適用しやすいといった特徴がある。そこで、DV-Xα分子軌道法を用いて電子状態計算を行った。

[実験方法]

In2O3およびITO薄膜はDCマグネトロンスパッタリング法にて作成した。ターゲットはIn2O3、ITO酸化物ターゲットを使用(SnO2:10wt%)した。基板温度は400℃とし、スパッタリングガスはAr+O2、混合ガス(O2:1.0%)を用いた。電気特性は100〜500Kの範囲でHall効果測定行うことにより評価した。

[結果ならびに考察]

FIG.1(a),(b)にキャリア密度(ne)ならびにHall移動度(μH)の温度依存性を示す。neは温度依存性をほとんど持たないが、μHは温度の上昇にともない減少する。キャリアが強く縮退しているために、neは温度依存性を持たない。

 FIG.1(b)を見ると、いずれのサンプルでもμHはほぼ同じ傾きで減少している。縮退半導体中でイオン化不純物散乱は温度にほとんど依存しないので、キャリアの散乱にはイオン化不純物に加えて格子振動も寄与していることを示している。

 一般に、半導体中におけるキャリア散乱の緩和時間はτ=τ0・(E/kBT)rで与えられる。rは散乱機構によって異なり、イオン化不純物の場合は3/2、格子振動の場合が-1/2である。イオン化不純物のτ0(以下τ0I)はDingleにより[1]、格子振動のτ0(以下τ0L)はBardeen-Shockley[2]により与えられている。移動度は緩和時間の熱平均を用いてμ=e<τ>/m*である。<τ>はBoltzman方程式にFermi-Dirac統計を適用して算出できる。τ0Lをパラメータとし、計算値と実験値をフィッティングさせた。In2O3薄膜ではτ0L=2.49×10-34でよく一致する(FIG.2上)。250K以上では格子振動散乱の影響は無視できないことがわかる。しかし、ITOの場合にはこのτ0Lを用いてを計算すると傾向はよく再現できるが、絶対値は大きくなる。これは電気的に不活性なSnが散乱中心として振舞っているためであろう。電気的に不活性なSnの散乱断面積を算出すると、いずれのサンプルでも4〜5×10-16cm-2となり、イオン化不純物散乱などと比較して非常に小さいことがわかった。

〜新規ドーパントのドーピング〜

[ドーパントの選択]

 新規ドーパントとしてGeを選択した。ドーパントの選択基準は次に挙げる通りである;(1)遷移金属でないこと(着色の問題)、(2)価数が安定している(安定したドナー)、(3)カチオンが(n-1)d10ns0の電子配置を持つこと(軌道の広がり)、(4)少ない配位数を好むカチオン(酸素を6配位以下)。

[実験方法]

 薄膜の作成は多重カソードを持つRFマグネトロンスパッタリング装置を用いた。In2O3、ターゲットとGeO2ターゲットを同時に放電させることによりGeをドーピングした。組成はターゲットヘの投入電力比を変化させて制御した。基板温度は400℃、スパッタリングガスはAr+O2ガス(O2:0,0.2,0.5vol.%)を用いた。Geの置換を確認するためにXRD法により格子定数の測定を行った。電気特性はHall効果測定にて評価した。

[結果および考察]

Ge濃度の増加に伴い格子定数が減少することを確認した(FIG.3)。これにより、GeがInと置換することがわかった(イオン半径、Ge4+:0.54Å、In3+:0.81Å)。固溶限界は9at.%程度である。

 FIG.4にρ、neおよびμHのGe濃度依存性を示す。この図から、Geはドナーとして働くことが確認できる。固溶限界付近でキャリア密度は極大(6.57×1020cm-3)を示し、それを超えると減少する。固溶限界を超えて粒界等にGeが析出し、トラップ準位を形成しているためであろう。また、Geのドーピング効率は非常に小さい。電気的に不活性なGeが多量にIn2O、の中に存在していると思われる。μHはGe濃度の増加にともない単調に減少する。ρの極小値は1、75×10-4Ωcmであり、高品質なITO薄膜と肩を並べるほど低比抵抗な透明導電性薄膜が得られた。Sn以外の元素をドープして2x10-4Ωcm以下の比抵抗を達成した初めての例である。固溶限界より低Ge濃度のサンプルではμHはne1/3に対して直線的に減少することがわかった。これにより、イオン化不純物散乱が移動度を支配していることがわかる。

〜DV-Xα分子軌道法による電子状態計算〜

[計算方法]

 計算は、完全結晶に対応したクラスター[In13O42]および[In4O17]、SnがInサイトに置換した結晶に対応したクラスター[SnIn12O42]、Snが格子間位置に侵入したクラスター[SnIn6O24]、そして酸素空孔を含んだ結晶に対応したクラスター[In4O16]について計算を行った。計算には足立らによって開発されたプログラムを用いた[3]。計算の際に、Xαポテンシャルのαパラメータは0.7に固定した。

[結果および考察]

まず、[In13O42]について計算を行った。エネルギー準位図と状態密度(DOS)曲線をFIG.5に示す。HOMOをエネルギーの原点とした。バンドギャップ(Eg)の計算値は約5.4eVとなり、実験値よりも大きくなった。Egはクラスターの大きさに影響を受ける。クラスターのサイズを大きくすることにより再現できるものと考えられる。DOS曲線を見ると、O2p軌道とIn5s軌道がそれぞれメインとなり価電子帯と伝導帯を構成していることがわかる。このDOS曲線は実験により得られたXPS、BISスペクトルをよく再現した。これにより、クラスターサイズが小さくても電子状態の大枠は計算できることを確認した。電子密度解析によりbond overlap populationを計算すると、In-O間では0.19,In-In間では0.00となり、In2O3がイオン結合性の強い結晶であることがわかる。

 次に、ネイティブドナーである酸素空孔を含んだクラスター[In4O16]のoverlap population diagramをFIG.6に示す。ドナー準位はIn-O間の反結合成分とIn-In間の結合成分から構成されている。完全結晶と比較して注目すべきはドナー準位を形成するIn-In間の結合成分の形成である。完全結晶においてIn-In間のbond overlap populationは0.00であったのが、酸素空孔の導入により、0.12に変化した。これは、酸素空孔の導入によりIn間に共有結合が生じることを示している。In2O3結晶中に多量の酸素空孔が安定して存在できるのは、In-In結合が形成されるからであろう。

 SnがInサイトに置換したクラスター[SnIn12O42]45-についての計算結果に移る。In2O3結晶中には結晶学的に等価でない二つのInサイトがある(b site, d site)。b siteとd siteに置換した両方の場合について計算をおこなった。b siteに置換した場合とd siteに置換した場合で顕著な差は見られなかった。

 In2O3格子中でSnは単にInと置換しているだけでなく、格子間位置にも存在していることが考えられる。そこで、格子間位置にSnが存在するモデルクラスターを作り、これについて電子状態を計算した。また、電子密度解析により、Snの有効電荷について調べた。Inのb siteに置換したSn(SnInb')、Inのd siteに置換したSn(SnInd')、そして、格子間位置に存在するSn(Sni')の有効電荷はそれぞれ、1.99,2.00,0.78であった。Inに置換したSnの有効電荷はサイトによって違いはない。しかしながら、Sni'の有効電荷はInと置換したSnと比べて非常に小さい。これは、Sn2+に対応するものと考えられる。ITO中にはSn2+は存在していないことが、Mossbauer分光法により明らかにされている[4]。これにより、ITO中には格子間Snは存在しないと言えるであろう。

[まとめ]

I. ITOの導電機構において、250K以上の温度では格子振動の影響は無視できないことを明らかにした。

II. GeドープIn203薄膜を作成し、ρ=1.75xlO-4Ωcmの低比抵抗な透明導電性薄膜を作ることができた。

III 電子状態計算により、酸素空孔生成のメカニズムを明らかにし、格子問Snが存在しないことも明らかにした。

[参考文献]

1. J. Bardeen and W. Shockley, Phys. Rev. 80, 72 (1950)

2. R.B. Dingle, Phil. Mag. 46, 237 (1955)

3. H. Adachi, M. Tsukada, and C. Satoko, J. Phys. Soc. Jpn. 45, 875 (1978)

4. N. Yamada, I. Yasui, Y Shigesato, Hongling, Li, Y Ujihira, K. Nomura, Jpn J. Appl. Phys. 38, 2856 (1999)

FIG.1 キャリア密度とHall移動度の温度依存性

FIG.2 各散乱機構の移動度への寄与

FIG.3 格子定数のGe濃度依存性

FIG.4 電気特性のGe濃度依存性

FIG.5 [In13O42]クラスターのエネルギー準位図とDOS曲線。

FIG.6 [IN4O16]クラスターのoverlap population diagram

審査要旨 要旨を表示するb

 本論文は、「透明導電性薄膜の作成とその物性評価」と題し、スパッタリング法にて作成したSnドープIn2O3(ITO)薄膜の電気特性の評価、ならびに透明導電性薄膜材料の材料設計に関しての研究をまとめたものであり、8章より構成されている。

 第1章は序論であり、透明導電性薄膜の研究の歴史およびアプリケーションについて述べ、その中で本研究の意義ならびに目的について記述している。

 第2章では、In2O3およびITOの結晶構造、電気的・光学的特性について記述しており、ITO薄膜の諸物性について明らかになっている点についてまとめている。

 第3章では粉末ITOのキャラクタリゼーション、特にIn2O3ホストラティス中に固溶したSnの存在状態について述べている。Snの存在状態に関しては透過型119Sn Mossbauer分光法を用いて分析を行っていや。Snはすべて4価の状態であり、2価或いは金属Snは存在していないことを明らかにしている。また、MossbauerスペクトルのデコンボリューションとIn位置における電場勾配テンソルの計算をすることにより、In2O3中で酸素を7配位あるいは8配位しているSn(Sn-0コンプレックス)が存在していることを明らかにしている。さらに、Sn-0コンプレックスがキャリアを放出していないと仮定してキャリア密度を見積もると実験値と良く一致することが示されている。これにより、Sn-0コンプレックスが電気的に不活性なSnであることを明らかにした。

 第4章は第3章の議論を基にして、DCマグネトロンスパッタリングにて作成したITO薄膜中におけるSnの存在状態について述べている。内部転換電子119Sn Mossbauer分光法を用いて、還元雰囲気と空気雰囲気下にて後焼成したITO薄膜中のSnの状態分析を行っている。その結果、ITO薄膜中においてもSn-Oコンプレックスが存在していることを明らかにしている。また、Sn-Oコンプレックスは空気雰囲気下での後焼成により増加し、還元雰囲気下での後焼成により減少することが示されている。後焼成によるキャリア密度の変化はSn-Oコンプレックスの増減の結果であり、よく問題にされる酸素空孔の増減ではないことを明らかにした。さらに、Sn-Oコンプレックスがキャリアの散乱中心になっていることを示唆している。

 第5章ではIn2O3ならびにITO薄膜のキャリア輸送機構について詳細に議論されている。In2O3ならびにITO薄膜では格子振動によるキヤリアの散乱は無視できるとされてきたが、Hall移動度の温度依存性を詳細に調べることによって、250K以上の温度では格子振動による散乱は無視できないことを示している。加えて、第4章で示唆されたSn-Oコンプレックスによる散乱は電気的双極子による散乱であることを明らかにしている。

 第6章ではIn2O3への新規ドーパントの探索について述ベている。新規ドーパントを、4つの条件を設けることによって選択している。ドーパント選択の基準は主にドーパント原子の電子配置に注目している。第1の条件はドナーとしてドープするのでInより高原子価で安定なこと、第2の条件は遷移金属ではないこと、第3の条件は(n-1)d10ns0電子配置を持つカチオンになること、第4の条件はイオン半径がSnよりも小さいことである。以上の条件を満たすものとしてGeに注目している。RFマグネトロンスパッタリングにてGeドープIn2O3薄膜を作成しており、その結果、高品質なITO薄膜の比抵抗値に匹敵する1.75×10-4Ωcmという非常に低比抵抗な透明導電性薄膜が作成可能であることが示された。これにより、GeがIn2O3の低比抵抗化への有効なドーパントであることが明らかにされた。

 第7章ではIn2O3ならびにITOの電子状態について議論している。ここではDV-Xα分子軌道法にて、バンドギャップ近傍の電子状態計算を行っている。その結果、伝導帯が空間的に大きく広がっていることが示された。伝導帯を構成する分子軌道の広がりが、In2O3の小さな有効質量の原因であることを明らかにした。また、酸素空孔が結晶に導入されるとIn間での結合が強化されるために、In2O3中に多量の酸素空孔が安定して存在できることを明かにした。数種類の金属酸化物ついて電子状態計算を行った結果、(n-1)d10ns0の電子配置を持つ金属イオンの酸化物は伝導帯の広がりが大きくなることが明らかとなり、低比抵抗な透明導電性薄膜になり得ることを示すことができた。

 以上の研究結果により、ITO薄膜の低比抵抗化ならびに新規透明導電性薄膜材料の探索についていくつかの重要な知見が得られた。ITO薄膜の低比抵抗化を妨げている原因がSn-Oコンプレックスの生成であり、Sn-Oコンプレックスの生成を抑制することによって更なる低比抵抗が可能なことが示唆された。また、Geが最適なドーパント種の一つであり、作成条件を最適化することによって更なる低比抵抗化が期待できることを示した。さらに、分子軌道法による電子状態計算から、(n-1)d10ns0電子配置をもつカチオンの酸化物が低比抵抗な透明導電性物質になりうる可能性が示された。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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