学位論文要旨



No 115613
著者(漢字) 甲斐,照彦
著者(英字)
著者(カナ) カイ,テルヒコ
標題(和) プラズマグラフトフィリング重合法による中空糸膜及び有機/無機複合膜の開発
標題(洋)
報告番号 115613
報告番号 甲15613
学位授与日 2000.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4750号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 講師 山口,猛央
内容要旨 要旨を表示する

 膜分離法は有機溶媒の新しい分離プロセスとして期待されている。分離系に対し高い選択透過性を持つ膜を作製出来れば、膜分離法は蒸留法など従来の分離プロセスに代わりうると考えられる。従って、高い選択透過性を示す新しい分離膜の開発が非常に重要である。

 高分子膜による有機溶媒の膜分離においては、膜の膨潤による選択性の低下が大きな問題となる。プラズマグラフトフィリング重合膜は、有機溶媒によって膨潤しない多孔性高分子基材の細孔中に特定の溶媒を選択的に透過する高分子を充填させた構造の膜であり、基材の弾性力で膨潤を抑制し、高い選択透過性を得た。また、溶媒透過性について定量的な予測が可能であることが示されている。これまでのフィリング重合膜の研究においては、基材として多孔性結晶性高分子が用いられてきた。膜の形状については平膜状の膜が作製されてきたが、実用上はモジュール体積当たりの膜面積を大きくできる中空糸状のフィリング重合膜を作製できることが重要である。

 高分子基材の膨潤抑制力は温度の上昇とともに低下するため、高温での有機溶媒分離には適さないと考えられる。基材として多孔質無機基材を用いれば、耐熱性に優れたフィリング重合膜が作製できると考えられる。また、無機基材の高い膨潤抑制力による高選択性が期待される。

 本論文の目的は次の3点である。(1)プラズマグラフトフィリング重合法により、中空糸膜、有機/無機複合膜の開発を行う。(2)フィリング重合膜の構造制御の指針を得る。(3)作製した中空糸膜、有機/無機複合膜の溶媒分離特性を明らかにする。

 第2章では、中空糸基材を用いて中空糸状フィリング重合膜を作製した。平膜同様に、中空糸基材を用いても基材の細孔内にグラフト重合相を形成させることができ、フィリング重合膜の作製が可能であることを示した。モノマー、溶媒組成によらず、グラフト重合相は外側表面から20μm程度の厚みに形成され、非対称構造の重合膜が得られた。

 第3章では、無機素材である多孔質ガラスを基材として用い、フィリング重合有機/無機複合膜の開発を行った。プラズマグラフト重合法により多孔質ガラス基材細孔表面より直接グラフト重合相が形成され、フィリング重合膜の作製が可能であることを示した。シラノール基密度がプラズマグラフト反応性に大きく影響することを明らかにした。2段階重合の結果、細孔表面に架橋高分子相を予め形成させることで、より薄いグラフト重合相が形成され、また、細孔内重合速度が増加した。

 第4章では、プラズマグラフトフィリング重合における基材細孔内のグラフト重合反応についてシミュレーションを行い、構造制御の指針について考察を行った。細孔内の重合反応は基本的に反応律速であり、ラジカル分布の制御が重要であることが示唆された。多孔質ポリエチレン、多孔質ガラス基材内部の細孔中にラジカルを形成させる要因としてプラズマ中の真空紫外線が考えられる。素材によって真空紫外線の透過性が異なるために形成されるグラフト重合相の形成厚みが基材の素材によって異なると考察した。カップリング処理によって無機基材の細孔表面に有機層を形成させ、基材細孔表面への有機物の導入によりグラフト重合相の構造制御が可能であることを示した。

 第5章では中空糸状フィリング重合膜の分離特性の検討を行った。中空糸基材の膨潤抑制力は等方的でなく、繊維軸に直角な方向の膨潤抑制力が小さいことが示唆された。そのため、グラフト重合相の膨潤度が大きい場合、基材骨格は膨潤圧によって劣化し膨潤抑制力が低下した。中空糸膜のPV分離性能は、基材強度が小さいため、平膜よりも分離係数が小さく透過流束が大きいという結果が得られた。

 第6章では、フィリング重合有機/無機複合膜の膨潤・透過挙動について検討を行った。収着実験の結果から、無機基材の膨潤抑制挙動は高分子基材と異なり、特に相互作用の高い系、高活量において高い膨潤抑制効果が発現することが明らかとなった。蒸気透過実験の結果から、特に高活量において透過流束の溶媒活量依存性が小さくなることが明らかとなった。これらの膨潤・透過挙動は、基材細孔内のグラフトポリマーの充填度をパラメータとするモデルによってある程度説明する事が出来た。

 クロロホルム/ヘキサン系の分離実験の結果、1段階重合によって作製した膜の分離性能は低く、グラフト重合相の均一性が低いことが示唆された。2段階重合によって作製した膜は分離性能が向上し、グラフト重合相の均一性が向上したと考えられる。得られた有機/無機複合膜は150℃までの耐熱性を持っことが確認された。また、均一なグラフト重合相を形成することができれば、無機基材の高い膨潤抑制力によって、高い分離係数が得られることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「プラズマグラフトフィリング重合法による中空糸膜及び有機/無機複合膜の開発」と題し、有機溶媒分離膜として実用上重要となる中空糸膜の開発、および高分子膜で大きな問題となる膜膨潤を抑制し、同時に耐熱性を向上できる有機/無機複合膜の開発を目的としたもので、7章からなっている。

 第1章は緒論で、本研究の背景、目的および論文の構成が述べられている。

 第2章では、中空糸基材を用いてフィリング重合膜を作製している。プラズマグラフトフィリング重合法ではこれまで平膜のみが製膜されてきたが、実用上は中空糸膜が必要となる。そこで製膜条件を種々検討した結果、モノマー・溶媒組成によらず、外側表面から20μm程度の厚みにグラフト重合相は形成され、非対称構造の膜となることを明らかにしている。

 第3章では、多孔質ガラスを基材とし、フィリング重合有機/無機複合膜の開発を行い、プラズマグラフト重合法により多孔質ガラス基材細孔表面より直接グラフト重合相を形成し、有機/無機複合膜の作製が可能であることを示している。また、基材細孔表面のシラノール基密度がプラズマグラフト重合性に大きく影響することも明らかにしている。

 しかしすべての細孔を十分に充填するのは難しく、新たな方法として2段階重合法を提案している。この方法は、先ずプラズマグラフト法により基材細孔表面に架橋高分子層を薄く形成し、その後もう一度プラズマを照射し、モノマーを導入してグラフトフィリング重合を行う方法で、細孔充填時間が短縮され・充填の均一性も向上し、これにより分離性能も向上している。

 第4章では、プラズマグラフトフィリング重合における基材細孔内の重合挙動についてシミュレーションを行い、構造制御法について考察を行ってい乱その結果・細孔内の重合反応は基本的には反応律速であり、ラジカル分布の制御が最も重要であることを明らかにしている。

 多孔質ポリエチレン、多孔質ガラス基材の細孔中にラジカルを形成させる要因としてプラズマ中の真空紫外線を考え、その透過性の違いに着目し、基材(素材)によるグラフト重合相厚みの違いはこの透過性の差によると考察している。また、2段階重合法ではグラフト重合相が薄くなるが、これは細孔表面の架橋高分子層がガラスに比べ真空紫外線をあまり凌過させないためラジカル分布が変化したことが原因であるとしている。

 グラフト重合相の厚み制御としては、カップリング剤処理により基材細孔表面に有機物を予め導入する方法でも、制御に成功している。

 以上のことから、処理法によらず、無機基材細孔表面に有機物を導入することでグラフト重合相の構造制御が可能であるとしている。

 第5章では、中空糸状フィリング重合膜の分離特性の検討を行っている。中空糸基材の膨潤抑制力は等方的ではなく、繊維軸に直角な方向の膨潤抑制力が小さいことが示唆され、このため平膜よりも分離係数が小さく透過流束が大きいという結果が得られている。

 第6章では、有機/無機複合膜の蒸気収着実験、蒸気透過実験の結果より、無機基材の膨潤抑制力は高分子基材より大きく、膨潤・透過挙動は、細孔内の空隙率をパラメータとするモデルによって説明できることを明らかにしている。

 クロロホルム/ヘキサン系の分離実験の結果からは、1段階重合法で作製した膜の分離性能は低く、グラフト重合相の均一性が低いことが示唆されたが、2段階重合、あるいはカップリング処理した基材を用いて作製した膜は分離性能が向上した。このことから無機基材細孔表面に予め有機物層を形成する製膜法の有効性を示している。また、作製した有機/無機複合膜は少なくとも150℃までの耐熱性を持つこと、無機基材の高い膨潤抑制効果によって、高い分離係数が得られることも明らかにしている。

 第7章は総括で、本論文の内容をまとめている。

 以上要するに、本論文は、プラズマグラフトフィリング重合法による有機溶媒分離用の中空糸膜、有機/無機複合膜の製膜法、構造制御法を開発し、複合膜については新たに提案した膨潤抑制モデルに基づき透過性予測を可能にしたもので、膜分離工学および化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク