No | 115616 | |
著者(漢字) | 鈴木,智香子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,チカコ | |
標題(和) | アルカリフォスファターゼをレポーターとする人工抗体の創製とその免疫測定への応用 | |
標題(洋) | Studies on Genetically Engineered Antibodies Fused to Alkaline Phosphatase and Their App1ication to Immunoassay | |
報告番号 | 115616 | |
報告番号 | 甲15616 | |
学位授与日 | 2000.09.21 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4753号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 抗体(免疫グロブリン)を利用した免疫測定法は基礎研究や臨床診断に欠かすことのできない測定手段である。現在最も一般的に用いられているSandwich ELISAは、高い選択性と感度の良さを併せ持つが、測定では数回の反応と洗浄を繰り返さなければならず、1回の測定に数時間かかる。また測定の原理上、最低2種類の抗体が必要であるため、抗体結合部位を1つしか持たない、小分子の測定には適用できないという制約がある。免疫測定の簡便性、敏速性、及び適用性を上げることは急務であり、測定の改良が望まれていた。 本研究ではその方法論の一つとして人工抗体の利用を取り上げた。抗体分子のうち、実際に抗原との結合に関わるのは約24kDaの可変領域Fvと呼ばれる部分である。Fvは分子量が小さいにも関わらず元の抗体分子の抗原選択性、抗原結合能を保持しているため、Fvをコードする遺伝子をクローニングし、これにレポーターの酵素遺伝子を繋げることにより、小分子であり、且つ抗原認識能と酵素活性を併せ持つ人工抗体が創製される。本研究では、レポーターとして大腸菌由来アルカリホスファターゼを用い、種々の抗体の可変領域-アルカリホスファターゼ融合タンパク質を作成し、免疫測定に応用した。これらの融合タンパク質は、いずれも免疫測定において測定の簡便化、短縮化を可能にするものであり、特に抗体可変領域モノドメイン-アルカリホスファターゼ融合タンパク質は、抗体のVL-VH相互作用、及び抗原認識のメカニズムを解明する上で、非常に有力なツールになると思われる。 以下に各章ごとの研究の概要を述べる。 第1章、第2章は、緒言、研究の背景、及び既往の研究についての記述である。 第3章では、抗NP(4-hydroxy 3-nitrophenyl acetic acid)一本鎖抗体-アルカリホスファターゼ融合タンパク質の作製とその機能評価を行った。NPはタンパク質や核酸を化学標識できるため、ELISAのみならずサザンハイブリダイゼーションやノーザンハイブリダイゼーションにおけるプローブとしての応用も期待される。また本研究では、抗体可変領域に一本鎖抗体(ScFv)を用い、より小分子化させるとともに、抗体分子そのものの安定化も図った。 抗NP抗体のVL、VHをVLがN末側にくるようにヘリックスリンカーで繋げたScFvを作製し、このQC末側にPhoA遺伝子を組み込み、融合タンパク質発現プラスミドを作製した。これを大腸菌に導入し、融合タンパク質を発現させ、細胞質画分からScFv(NP)一PhoAを精製した。ScFv(NP)-PhoAのPhoA酵素活性、及び抗原結合能を評価したところ、それぞれ野生型とほぼ同等の機能を保持していることが分かった。またScFv(NP)-PhoAをELISAに用いてNP-BSA濃度を測定したところ、酵素標識二次抗体を使わずに10ng/m1以上の濃度範囲でNP-BSAが再現性良く検出できた。これは通常のELISAに匹敵する感度であり、ScFv(NP)PhoAが免疫測定試薬として充分に利用できることを意味する。さらにScFv(NP)-PhoAは抗体と酵素の機能を併せ持つため、従来の洗浄、反応のステップ数を減らす、理想的な代替試薬となりうることが分かった。 第4章では抗DIG(Digoxin)一本鎖抗体-アルカリホスファターゼ融合タンパク質の作製、及びこれを用いてDIG-BSAの定量を行った。DIGはNPと同じくハプテンの一種であり、タンパク質や核酸を化学標識できるため、予め測定試料をDIG標識することにより、殆ど全ての生体物質を抗原とすることができる。またDIGは心臓病の治療薬として実際に用いられており、血中のDIG濃度の定量など、抗体DIG抗体のニーズは大きい。 抗DIG抗体のVH、VLをVHがN末側にくるようにフレキシブルリンカー(GGGGS)3で繋げScFvとし、このC末側にPhoAが来るような融合タンパク質ScFv(DIG)-PhoAを作製した。本融合タンパク質はScFv(NP)-PhoAと異なり、インクルージョンボディーとして発現したため、これを単離しリフォールディングを行った。リフォールディング後のScFv(DIG)-PhoAの抗原に対する平衡結合定数をSPRセンサー(BIAcore)を用いて測定したところ、ScFv(DIG)-PhoAはリフォールディング後も十分な抗原結合能を保持していることが分かった。また、リフォールディング後の酵素活性を野生型PhoAの比活性と比較したところ、約10%の活性を保持していることが分かった。ScFv(DIG)-PhoAをELISAに用いてDIG-BSA濃度を定量したところ、酵素標識二次抗体を使わずに50ng/ml以上の濃度範囲でDIG-BSAが再現性良く検出できた。この事からScFv(DIG)-PhoAはリフォールディングが必要であるものの、ScFv(NP)-PhoAと同じく免疫測定試薬として充分に利用できることが分かった。 第5章では抗HEL抗体VH-/VL-アルカリホスファターゼ融合タンパク質の作製とこれらを用いたOpen Sandwich ELISAを行った。Open Sandwich ELISAは抗体VL、VHの分子問相互作用が抗原の存在によって誘起され、抗原が存在する場合にのみVH-VL抗原の安定な複合体が形成されるという現象を応用した新規免疫測定法である。(OS-ELISA、Fig.1A)従来の免疫測定法は二種類の抗体分子を利用したSandwich ELISA法に代表されるが、抗原濃度の測定に反応と洗浄操作を含む多段階の操作が必要となるために数時間を要している(Fig IB)。これに対してOS-ELISAは、抗体を一種類しか必要とせず、測定に必要な時間も原理的に大幅に短縮できる。これまで、抗ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)抗体HyHEL-10のVLとファージに提示VHを用いてOS-ELISAのプロトタイプの測定がHELの定量系で行わたが、ファージを検出するのに酵素標識ファージ抗体を必要とするため、測定の簡便化、効率化には至らなかった。 本研究ではPhoAをレポーター分子としてHyHEL-10のVH、VLとの融合タンパク質VH(HEL)-PhoA、VL(HEL)-PhoAを作製し、これをファージ抗体の代わりにOS-ELISA測定に用いることにより、測定が高速、かつ高感度で行えることを実証した。VL断片をビオチン化し、これを予めストレプトアビジンコートしたマイクロプレートに加え、VLを固定化した。プレートをブロッキングした後、各種濃度のHELと過剰量のVH(HEL)-PhoAを同時に加え、反応させた後、PBSで十分に洗浄し、プレートに固定化されたPhoAの量を基質ρ-NPPとの呈色反応で測定した。同様にVH断片を固定化し、VL(HEL)-PhoAについても抗原濃度依存性を測定した。その結果、抗原存在下においてのみVL、VHの有意な会合が見られ、25ng/ml以上の濃度範囲でHELが再現性良く測定された。これらは通常のSandwich法の感度に匹敵し、且つ従来より反応ステップが少ないため、より迅速な測定が可能となった。 第6章ではOpen Sandwich ELISAのハプテン測定への応用についての研究を行った。OS-ELISAの大きな特色の一つに、ハプテンのような単価抗原の定量が可能であることが挙げられる。本研究ではこの事を立証する目的で、単価抗原モデルとして第3章で用いたNPの系を取り上げ、抗NP抗体Fvのうち、VHはPhoAとの融合タンパク質として、またVLはプレートへの固相化をより効率的に行うためにProteinG(PG)との融合タンパク質として、それぞれ作製した。OS-ELISAに先立ち、SPRセンサー(BIAcore)を用いて、抗NP抗体VH、VL及びNPそれぞれの相互作用を測定した。その結果、Fv(VL+VH)-NP間の結合定数はKa=2.1×105(1/M)と、文献値と近い値を示した。これに対し、VH-VL間の相互作用はKa〜104(1/M)であった。これらを用いてOS-ELISAを行ったところ、NP濃度に依存してシグナルの増加は見られたものの、バックグラウンドが高く、また誤差もかなり大きかった(Fig.3A)。しかし逆にNP標識BSAを吸着させたマイクロタイタープレートに各種濃度のVL(NP)-PGと過剰量のVH(NP)-PhoA溶液を同時に加え、VL(NP)-PGの定量を行ったところ、この場合はバックグラウンドも低く、VL(NP)-PG濃度に応じて明らかなシグナル増加が見られた(Fig.3B)。 第7章では、第5章、第6章の結果をふまえ、OS-ELISAに適応可能な抗体の一般的な特徴についての考察を行った。OS-ELISAを行うには1)強いVH-VL-抗原の三者の相互作用があること2)これに対しVL-VH相互作用が無視できるほど小さいこと、が必要条件であると思われる。 HELの系は、HyHEL10のVH-VL間相互作用が非常に低く(Ka<104(1/M))、これに対し三者の複合体はKa〜109(1/M)と非常に強い相互作用があることが既に報告されており、故に高感度且つ再現性良くHELの定量が行われたと思われる。これに対して、NPの系ではVH-VL相互作用は小さいものの、三者の相互作用も比較的弱いため、感度の良い測定が出来ないものと思われる。本研究ではOS-ELISA法を用いることにより、簡便に、且つ従来のSandwich ELISA法に匹敵する測定感度で抗原(HEL)濃度が測定できることを明らかにした。 しかし今後、OS-ELISA法をSandwich ELISA法に匹敵する新測定法として確立していくためには、従来の抗体をOS-ELISAに適用出来るように改変する方法の開発が不可欠である。 Fig.1 OS-ELISAとSandwich ELISAの反応モデル A:OS-ELISA、B:Sandwich ELISA Fig.2 Open Sandwich ELISA OS-EUSA法によるHEL濃度依存曲線 Fig.3 OS-ELISAのNP定量への応用 A:OS-ELISA法によるNP濃度依存曲線。VL(NP)-PGを固相化、VH(NP)-PhoAで検出B:NP-BSAを固相化、VH(NP)-PhoAで検出 | |
審査要旨 | 抗体(免疫グロブリン)を利用した免疫測定法は基礎研究や臨床診断に欠かすことのできない測定技術である。現在、最も一般的に用いられているSandwich ELISA法は、高い選択性と感度の良さを併せ持つが、測定に際して数回の反応と洗浄を繰り返す必要が有るため、1回の測定に数時間かかる。また測定法の原理上、最低2種類の抗体が必要であるため、抗体結合部位を1つしか持たない小分子の測定には適用できないという制約がある。免疫測定法の簡便性、迅速性および適用性を高めるという観点から、Sandwich ELISA法の改良が望まれていた。 本論文では免疫測定法の改良を目的として抗体分子の一部分とレポーター分子との融合タンパク質を作製している。すなわち、抗体分子のうち、実際に抗原との結合に関わる抗体可変領域(Fv)と大腸菌由来アルカリホスファターゼ(PhoA)との種々の融合タンパク質を作製し、このような人工抗体を用いた新規免疫測定法の開発を行ない、その簡便性、迅速性を検証している。前半部分では抗ハプテン一本鎖抗体-PhoA融合タンパク質の作製と免疫測定への応用について、後半部分では抗体可変領域モノドメイン-PhoA融合タンパク質の作製とこれを用いた新規免疫測定法について述べている。 第1章は序論、第2章では研究の背景、既往の研究および研究の目的について述べている。 第3章では、抗NP(4-hydrroxy 3-nitrophenyl acetic acid)一本鎖抗体-PhoA融合タンパク質(ScFv(NP)-PhoA)の作製とその機能評価について述べている。すなわち、抗NP抗体ScFv及び大腸菌由来アルカリホスファターゼ遺伝子をクローニングし、これを用いて人工抗体ScFv(NP)-PhoAを作製している。さらに、この人工抗体がPhoA酵素活性、抗原結合能のいずれについても、野生型とほぼ同等の機能を保持していることを明らかにしている。また、この人工抗体をNP-BSA濃度の測定に適用し、抗体を用いた従来のSandwich ELISA法と比較して、測定感度は従来法とほとんど変わらないものの、1回の結合反応と、洗浄操作が省略できる簡便な測定法であることを示している。 第4章では抗DIG(Digoxin)一本鎖抗体-PhoA融合タンパク質の作製、及びこれを用いたDIG-BSAの定量について述べている。作製した融合タンパク質ScFv(DIG)-PhoAは菌体内にインクルージョンポディーとして蓄積された。このため、様々な条件でリフォールディングを行ない、最終的に塩酸グアニジンでタンパク質を可溶化した後、段階希釈で塩酸グアニジン濃度を下げるという方法により、融合タンパク質の抗原結合能、酵素活性が共に回復することを見出している。また、リフォールディング後のScFv(DIG)-PhoAは、ScFv(NP)-PhoAと同じく免疫測定用の人工抗体として応用可能であり、これを用いたELISA法によりDIG-BSA濃度を簡便に、感度良く定量できることを明らかにしている。 第5章では抗ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)抗体VH-/VL-PhoA融合タンパク質の作製と、これらを用いたOpen Sandwich ELISA法について述べている。OpenSandwich ELISA法は抗体可変領域の分子内相互作用を利用した新規免疫測定法であり、1回の結合反応と洗浄操作で抗原濃度測定が可能であるため、従来のSandwich ELISA法と比較して大幅な測定の簡略化、迅速化が期待される。ここでは抗HEL抗体HyHEL-10のVHとレポーター分子としてのPhoAとの融合タンパク質VH(HEL)-PhoAを作製している。これを酵素標識2次抗体として、また、ビオチン化VLを固相1次抗体として用いるOpen Sandwich ELISA法により、HEL濃度の測定が迅速、かつ高感度に行えることを示している。さらに、VH(HEL)-PhoAのPhoA活性中心近傍に変異をかけてPhoA比活性の高い変異体を作製し、これを用いることにより発色反応時間を従来の約1/4に短縮することに成功している。 第6章ではOpen Sandwich ELISA法のハプテン濃度測定への応用の可能性について述べている。Open Sandwich ELISA法の大きな特色の一つに、ハプテンのような単価抗原濃度をSandwich ELISA法により定量できる可能性が挙げられる。ここでは、単価抗原モデルとして第2章で用いたNPに着目し、抗NP抗体VH-PhoA融合タンパク質および抗NP抗体VL-Protein G融合タンパク質を作製している。これらの2種類の人工抗体を用いて、人工抗体の可変領域VL、VHの相互作用およびこれらVL、VHと抗原NPの相互作用を測定したところ、2種類の人工抗体が溶液中に同時に添加された場合には両者が会合してFvの形となり、固相に固定化された抗原に結合するのに対して、VL(NP)-Protein G、VH(NP)-PhoAのどちらか一方を固定化したOpen Sandwich ELISA法では、抗原結合能が著しく低下することを見出している。さらに、この結果に基づいて、抗NP抗体と抗HEL抗体(HyHEL-10)とで抗原結合に関する挙動が異なる理由について考察している。すなわち、抗体の抗原認識にはHyHEL-10に代表されるものと抗NP抗体に代表されるものとの2つの型式が存在し、抗体がHyHEL-10型の抗原認識をする時のみOpen Sandwich ELISA法が可能になるのではないかと推測している。また、本章では、Open Sandwich ELISA法を利用したNP濃度測定系を確立するための抗NP抗体可変領域の改変に関する戦略についても言及している。 第7章では、第5章、第6章の結果を踏まえOpen Sandwich ELISA法を用いたNP定量系を確立するために、部位特異的変異を抗NP抗体可変領域に導入している。VH領域33番目のTrpをLeuに置換することにより、親和性を上げた変異体VH(w33L)-PhoAを作製し、これを用いてOpen Sandwich ELISAを行ったところ、再現性良くNPが定量された。本研究はOpen Sandwich ELISA法でハプテン定量が可能であることを示しており、これはマイクロプレートを用いた非競合ハプテン定量法としては、初めての報告である。 第8章は本論文の総括と結言である。 以上、本論文は種々の抗体可変領域-アルカリホスファターゼ融合タンパク質を作製し、その機能を評価するとともに、これらを用いた簡便性、迅速性に富む新規免疫測定法を示したものである。特に後半部分では抗体可変領域モノドメイン―アルカリホスファターゼ融合タンパク質を用いた新規免疫測定法を確立しており、この成果は化学生命工学、特に免疫測定、免疫診断分野の進展に寄与するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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