学位論文要旨



No 115617
著者(漢字) 伊藤,省吾
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,セイゴ
標題(和) 光電変換用多孔質TiO2薄膜に関する研究
標題(洋)
報告番号 115617
報告番号 甲15617
学位授与日 2000.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4754号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 岸本,昭
内容要旨 要旨を表示する

 我々は生活をするためのエネルギーを主に化石燃料や原子力に頼っており、その代替物はいずれ必要となる。現在その一つとして注目されているのが色素増感型太陽電池である。現在ではコロイド状のTiO2単分散ナノ粒子からTiO2多孔質膜を作製し、その膜の表面に色素を吸着させ疑似太陽光に対し10%の色素増感光電変換効率を出すに至っている。しかし、ナノ粒子から形成されたTiO2膜のメソポアは小さく、溶液中で電荷を運ぶI-/I3-イオンが充分に拡散できないため光電変換に支障をきたすことが予測される。本論文ではTiO2膜の中にさらに大きなマクロポアを作製することで、より高い効率のセルの作製について比較・検討したものであり、6つの章からなる。

 第1章は序論で、研究の背景と目的を述べた。これまでに作製されたTiO2膜は直径10〜20nmの微細な酸化チタンコロイド粒子を450℃の焼結によって互いに接触し、非常に大きい表面積を有する透明電極であったが、ナノ粒子から形成された膜のメソポアは非常に小さい。そのため溶液中の電気化学活性種の拡散が律速になり短絡光電流を制限することが予測された。本章では、表面積が大きくかつ電気化学活性種の拡散が容易なTiO2膜の作製の必要性を示した。方法として、まずナノ粒子が凝集したコロイド状TiO2二次粒子を調製し、次にそれを電極基板にコーティングしてメソポアとマクロポアを併せ持つメソ・マクロポーラスTiO2薄膜を作製し、作製した膜の色素増感光電変特性ついて考察を行う事を示した。

 第2章ではこれまで例のない、TiO2ナノ粒子が凝集したサブマイクロ径二次粒子の調製を行った。(Ti(OCH(CH3)2)4、2-propano1、純水を混合・撹拌し、235℃で12時間水熱処理後、濃硝酸を加え80℃で8時間加熱し、一旦乾燥後、水に分散させ安定なコロイドを得た。このコロイド溶液は粘性が低く、界面活性剤や高分子などの分散剤を加えなくてもTiO2粒子の会合は起こらず、数週間安定であった。TiO2は粒径約10nmのアナターゼ結晶超微粒子であり、それらが凝集した二次粒子の粒径は約100nmであった。

 第3章ではTG-MS、ELSおよびIRスペクトルにより、コロイド状TiO2の分析を行った。第2章で調製したTiO2二次粒子は、乾燥過程を経て揮発性分子である硝酸を除去しているにも関わらず、安定なコロイドとして容易に水に分散する非常に興味深い現象をもつ。しかし、その詳しい状態解析についてはまだ報告されていない。加えて、光電極として用いるにあたり、不純物の除去の検討は必要である。TiO2粒子について、Electric Light Scattering、TG-MS、IR測定を行った。実験結果から、硝酸処理したチタニアの表面にはその後の乾燥処理にも関わらず硝酸が吸着しており、それが水中に解離することでTiO2の表面が正に帯電するため陽性コロイドとして安定することが判明した。またTiO2の合成に用いられた炭素原子は350℃で、窒素原子は450℃で除去出来ることを確認した。

 第4章ではこれまで例のないメソ・マクロポアを持つTiO2多孔質膜の作製を行った。これまでに作製されてきたTiO2多孔質膜は非常に孔の小さいメソポーラス膜か、大きな孔のマクロポーラス膜に限られていた。ここでは水中で安定なTiO2二次粒子コロイドを用いて、メソ・マクロポーラスフィルムを作製した。TiO2の二次粒子に水とポリマーを加えてゾルとし、基板上にコーティング後、450-550℃で焼結を行った。SEM観察の結果から、膜を形成しているTio2、の形状は10nm程度の径を持つナノ粒子であることと、それらが集合した二次粒子であることが確認された。またナノ粒子間にメソポアが形成されており、さらに二次粒子によりマクロポアが形成されていることが確認された。

 第5章では、メソ・マクロポーラスTiO2、薄膜による色素増感型湿式太陽電池の特性を調べた。前章で作製されたメソ・マクロポーラスTiO2薄膜は本研究にて初めて作製されてものであり、これにルテニウム色素を吸着させ、擬似太陽光に対する色素増感光電特性を測定し、光電変換特性ついて考察を行った。光電測定の短絡電流(Jsc)・開放起電力(Voc)の結果、Jscについてはメソ・マクロポア膜の値がもっとも大きく、Vocについてはメソポア膜がもっとも大きかった。これらの結果はともにマクロポアの効果と考えられる。特にVocに関しては、基板付近のマクロポアによりSnO2電極がむき出しになり、そこから電解液への逆電子移動が起こっていると考えられる。よってこのSnO2電極付近のマクロポアを塞げばさらに大きな変換効率が得られると予測された。そこで、TiO2の膜を薄くコーティングした後にメソ・マクロポア薄膜を作製し、セルを組み上げて光電測定すると、Vocはメソポーラス膜と同じ値が得られ、冷cはさらに大きな値になった。上記の逆電子移動を妨げることにより、大きな光電変換効率が得られることが確認された。

 第6章は本論文の総括である。本研究にて初めて、TiO2ナノ粒子が凝集した100nm径二次粒子を調製し、そのキャラクタリゼーションを行った。さらに本研究にて初めて、二次粒子に由来するメソ・マクロポアを持つTiO2多孔質膜の作製した。メソ・マクロポーラスTiO2薄膜による色素増感型湿式太陽電池の特性の結果から、変換効率の向上にはメソ・マクロポーラス膜が有効であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 昨今エネルギー変換法の一つとして色素増感湿式太陽電池が注目され,コロイド状の単分散ナノ粒子を基材としたTiO2多孔質膜で疑似太陽光に対する光電変換効率ほぼ10%が達成されている。本論文は,TiO2多孔質膜の構造を工夫することによる光電変換効率の向上を述べたもので,計六章より成る。

 第1章は序論で,研究の背景と目的を述べている。従来の電極は10〜20nm径のTiO2粒子を焼結させて得た電極であったが,膜のポアがきわめて小さいため溶存種の拡散が律速になり,短絡光電流を抑えると予測された。そこで,大きな表面積を維持しつつ溶存種が拡散しやすいTiO2膜(メソ・マクロポーラス膜)の作製が望ましいと結論している。

 第2章では,TiO2ナノ粒子を凝集させた新規なサブマイクロ径二次粒子の調製について述べている。Ti[OCH(CH3)2]4,2-プロパノール,純水の混合物を235℃,12時間の水熱処理後,濃硝酸を加えて加熱し,乾燥ののち水に分散させ安定なコロイドを得ている。このコロイド溶液は,界面活性剤や高分子などの分散剤を加えなくてもTiO2粒子が会合せず安定に保たれ,TiO2は径約10nmのアナターゼ型結晶粒子,それが凝集した二次粒子の径は約100nmであると確かめている。第3章では熱重量質量分析法,光散乱法,赤外分光測定によるTiO2コロイド粒子のキャラクタリゼーションを述べている。その結果,硝酸処理したTiO2の表面には以後の乾燥処理にもかかわらず硝酸が吸着しており,その解離によってTiO2表面が正に帯電するため,安定なコロイドとして水に分散するものと推定している。またTiO2合成時に用いた試薬由来の炭素原子は350℃,窒素原子は450℃で除去できることを確認している。

 第4章には,メソポアとマクロポアを併せ持つTiO2多孔質膜の作製について述べている。水にきわめて安定に分散するTiO2二次粒子に水とポリマーを加えてゾルとし,基板上にコートしたのち450〜550℃で焼結することにより得たメソ・マクロポーラス膜は,SEM観察の結果から,約10nm径のTiO2ナノ粒子と,それらが集合した二次粒子から形成されたことを確認している。また,ナノ粒子間にメソポアが形成されていること,さらに二次粒子がマクロポアを形成していることを明らかにしている。

 第5章では,メソ・マクロポーラスTiO2薄膜を電極とした色素増感湿式太陽電池の特性を述べている。前章で作製したメソ・マクロポーラスTiO2薄膜電極にルテニウム色素を吸着させ,擬似太陽光照射下での光電特性と,短絡電流(Jsc)および開放起電力(Voc)を指標とする光電変換効率を測定したところ,Jscはメソ・マクロポア膜の値が最大,Vocはメソポア膜が最大だった。Jscの改善はマクロポアの効果と推測している。Vocの改善が思わしくないのは,基板付近のマクロポアによりむき出しとなったSnO2電極から電解液への逆電子移動が原因だと推測し,このマクロポアを塞げば変換効率の向上が図れると予測して,TiO2のごく薄い膜をコートしたのちにメソ・マクロポーラス膜を乗せた電極で色素増感電流を実測したところ,Vocはメソポーラス膜とほぼ同様の値となり,Jscがさらに増大することを確かめている。以上の結果により,メソ・マクロポーラスTiO2薄膜電極が色素増感湿式太陽電池に好適であると結論している。

 第6章は本論文の総括であり,TiO2ナノ粒子が凝集した二次粒子を調製と,それを用いたメソ・マクロポーラスTiO2多孔質膜の有用性を強調している。

 以上要するに本研究は,新規なTiO2多孔質薄膜の作製法を考案し,色素増感湿式太陽電池の構築におけるその有用性を実証したものであり,光電気化学,光エネルギー変換の分野で意義が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク