学位論文要旨



No 115620
著者(漢字) 村上,猛
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,タケシ
標題(和) 腫瘍壊死因子(TNFα)による血管内皮細胞のtranscriptome解折と新規TNFα誘導遺伝子の同定
標題(洋)
報告番号 115620
報告番号 甲15620
学位授与日 2000.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4757号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
 東京大学 助教授 鎮西,恒雄
 東京大学 助教授 浜窪,隆雄
内容要旨 要旨を表示する

 近年、高齢化の進む社会において、心血管系疾患の予防、治療方法の確立が急がれている。本研究では血管病変の形成に重要と考えられる血管内皮細胞について、炎症反応のメディエイターである腫瘍壊死因子(TNFα)刺激による遺伝子発現変動の解析を行った。

 これまで、血管内皮細胞に対するTNFα刺激による個々の遺伝子発現変動について調べた研究が数多くなされている。しかし、TNFαの生理活性を知るためにはTNFα刺激によって発現が変動する遺伝子を包括的にかつ網羅的に同時解析を行うことが必要になると考えられ、これを行う方法の一つとしてDNAマイクロアレイ解析がある。DNAマイクロアレイ解析は数千から数万の遺伝子に対するプローブがジーンチップと呼ばれるチップ上に貼り付けてあり、細胞より抽出したmRNAを標識し、その後ジーンチップ上のプローブとハイブリダイゼーションさせ、結合したmRNA量を測定することによって、多数の遺伝子の発現解析を同時に行うことが出来る技術である。そこで、本研究の第1章ではTNFα刺激後の血管内皮細胞の遺伝子発現変動をDNAマイクロアレイ解析によって調べた。

 また、DNAマイクロアレイ解析では、新規遺伝子のDNA断片(EST)の発現変動も調べることが出来ることから、本研究の第2章ではTNFαによって発現が誘導される新規遺伝子を探し出し、その遺伝子についてコードされているタンパク質の構造予測を行った。実験では血管内皮細胞としてヒトさい帯静脈内皮細胞(HUVEC)を用いた。

 第1章 DNAマイクロアレイによるTNFα刺激後のHUVECの遺伝子発現解析を2回行った。2回の実験において、発現誘導倍率が大きい遺伝子上位20個を比較したところ、2回とも上位20位以内になっていた遺伝子はICAM-1,TRAF-1,fractalkine,IL8,E-selectin,lymphotoxinβ,VCAM-1,junB,B94,RING4,MDNCF MGSA,Gro-β,p50NFκKの14個であった。一方、発現抑制倍率の大きい遺伝子上位17個を比較したところ、2回とも上位17位以内になっていた遺伝子はconnexin37,LYL-1 protein, apolipoprotein A1 regulatory protein,Id1の4個であった。このことから、DNAマイクロアレイ解析においては発現誘導される遺伝子については再現性が良いが、発現抑制される遺伝子については再現性を得るのが難しいと考えられた。

 TNFα刺激したHUVECで変動した遺伝子の機能的分類としては、単球との接着に関わる分子(ICAM-1,E-selecth,VCAM-1)、サイトカイン(fractalkine,IL8,lymphotoxinβ,MDNCE MGSA,Gro-β)、シグナル伝達に関わる分子、転写因子(TRAF-1,junB,B94,RING4,p50NFκK)の遺伝子発現が誘導されており、血管内皮細胞間の接着に関わる分子(connexin37)の遺伝子が抑制されていた。

 次にHUVECと単球、マクロファージ、胎児脳、正常肝細胞、肝癌、胃癌、神経芽細胞腫、副腎、HepG2(肝細胞の細胞株)の9臓器、細胞と比較し、HUVECに多い遺伝子を検索したところ、細胞接着分子(ICAM-a2,VE℃adherin,comexin37)、細胞外基質関連分子(extracellular protein S1-5,type I interstitial collagenase, collagen type VIII α1,collagen type Vα2)、血液凝固関連因子(protein Creceptor,von Willebrand factor,TNFinducibleTSG-14)、シグナル伝達分子、転写因子(endothelin-1,DRAL,Tie-1,GTPbindingprotein Ral,LYL-1protein)、となっていた。TNFα刺激後のDNAマイクロアレイ解析の結果から、これらHUVEC特異的遺伝子ではTNFα刺激によって発現が変動する遺伝子は少ないことが判った。

 以前に炎症状態のHUVECの遺伝子発現を包括的かつ網羅的に同時解析した実験が報告されている。これはマクロファージを培養した培地によってHUVECに炎症を引き起こし、その時の遺伝子発現解析をserial analysis of gene expression(SAGE)で行ったデータである。次にこのデータとDNAマイクロアレイ解析の結果の比較を行った。その結果、SAGEとDNAマイクロアレイ解析で、同様に発現誘導が見られた遺伝子はIL8,MCP-1,VCAM-1,PAI-1,Gro-α,E-selectin, Gro-β,であった。SAGEとDNAマイクロアレイ解析で遺伝子発現変動が一致しない遺伝子も見られたが、これはSAGEのデータがマクロファージから放出された様々なサイトカインで刺激されたHUVECの遺伝子発現解析であるのに対して、DNAマイクロアレイ解析のデータではTNFαのみで刺激したHUVECの遺伝子発現解析であるという差であると考えられた。

 TNFα刺激後のHUVECの遺伝子発現をDNAマイクロアレイによって解析した結果、HUVECではTNFα刺激によって、単球との相互作用が促進されると同時に血管内皮細胞間の接着が抑制され、単球が血管内皮細胞下に潜り込みやすくなっていると考えられた。

 第2章DNAマイクロアレイ解析のデータからTNFα刺激によって発現が誘導される新規遺伝子を検索した。その結果、発現誘導倍率が上位17位以内のものは、ai573096,t95064,ai220942,aa771995,ai361426,ai473781,aa609601,aa584292,aa151265,aa761595,aa887772,n98428,ai422142,ai589557,aa813851,aa632166,h27628(GenBankaccession No.)であった。

 これらの中で、h27628はノーザンハイブリダイゼーションによっても発現誘導が確認でき、かつ発現量の多い遺伝子であったので、全長DNA配列を決め、コードされているタンパク質について構造を予測することにした。未同定の3'端側の配列はゲノムシステムズより分与を受けたクローン内のDNA配列を読むことにより同定し、未同定の5'端側の配列は5'RapidAmplificationofcDNAEnds(5'RACE)を使うことにより同定した。その結果、全長1318bpのDNA配列を決めることが出来た。このDNA配列からアミノ酸数343個のタンパク質がコードされていることが予測された。

 このタンパク質についてGenBank CDS translations, PDB, SwissProt, PIR, PRFの5つのデータベース内に登録されているタンパク質とのホモロジー検索を行ったところ、ショウジョウバエのCG2716gene productが見出された。ホモロジーのある領域はh27628のN端より154番目のロイシンから307番目のバリンとCG2716geneproductのN端より7番目のイソロイシンから160番目のバリンまでの間であり、57%のホモロジーがあることが判った。

 次にh27628についてChou-Fasman法、Garnier-Robson法によって2次構造予測を、Kyte-Doolittle法によって疎水性領域予測を行った。しかし、明確な膜貫通部位(アミノ酸数23個の疎水性の高いαヘリックス部位)を見つけることは出来なかったことから、SOSUIプログラムを用いた膜貫通領域予測を行った。この結果、5箇所に膜貫通領域があることが予測され、このタンパク質が膜タンパク質である可能性が考えられた。

 次にh27628発現の臓器分布を調べた。その結果、心臓、筋肉、小腸、唾液腺、胎児の肝臓、膵臓に多く発現している遺伝子であると考えられた。

 TNFα刺激によって発現が誘導される新規遺伝子h27628について、ホモロジー検索、2次構造予測、疎水性領域予測、膜貫通領域予測、臓器分布の解析を行った結果、h27628は心臓などに多く発現している最大で5回膜を貫通する膜タンパク質であり、またCG2716gene productとファミリーを形成しているタンパク質であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒトゲノムの解読が本年6月に90%をこえたことが報告され、数万個と考えられるヒト遺伝子の基本的機能の解析が重要となっている.高齢化社会に向いつつある我が国においては血管病変にかかわる遺伝子機能は取り分け重要と考えられる.本論文において村上らは、DNAマイクロアレー技術を用いて3万5千個のEST配列に相当するmRNAのレベルをヒト由来培養血管内皮細胞において代表的な炎症性サイトカインとして多彩な機能の知られる腫瘍壊死因子(TNFα)の刺激前後で多数例にわたって解析した.

 まず既知遺伝子の解析では、他の9臓器または細胞との比較から内皮細胞に接着因子、細胞外基質関連、凝固因子関連の遺伝子の発現が多いことを証明し、内皮細胞において発現量の多いシグナル伝達物質サイトカインをプロファイリングした.続いてTNFα投与後複数回の実験を行いその遺伝子発現において解析を行い、フォトマスキング法で作成されたオリゴヌクレオチドチップを用いた方法でTNFαで誘導される遺伝子については再現性ある結果(1回目上昇率上位17個のうち14個は2回目も上位17個にランクされる)が得られるが、抑制される遺伝子については再現性が悪い(2回の実験で低下率上位17個の内再現性あったのは4個)ことを確認した.そこで誘導される遺伝子についての解析を進めた.

 TNFαで誘導された上位17個の未知遺伝子について解析を進め、このうち3つについては既知の遺伝子の部分配列であることを証明した.全く未知の遺伝子の内、ノ2ーザンハイブリダイゼーションでもRNAの増加の確認された新規遺伝子h27628の完全長のクローニングを進めた.5'RACE法により1318bpのDNA配列にコードされた343アミノ酸の蛋白について構造解析を進め、これが5回膜貫通の新規蛋白質をコードしていることを発見した.この蛋白とホモロジーある蛋白はショウジョウバエのCG2716の膜貫通部分に発見され、種を越えた蛋白ファミリーの存在が推定された.

 この遺伝子産物をヒト各組織において検討し、内皮細胞で誘導される他、心臓、筋肉・小腸、だ液線、胎児の肝臓、膵臓に多く発現していることが証明された.

 ゲノム解析の進展にともない、従来知られていなかった遺伝子が生物学的反応において役割をはたしていることを確認することが重要となっている.本論文は、DNAマイクロアレー技術を用いて35000個の遺伝子解析を進め、再現性、定量化のaverage difference, fold change, sort scoreなどを用いた評価法、配列情報のチェック法の応用を進めた.それらを用いて内皮細胞の代表的なサイトカインであるTNFαのターゲット遺伝子群をプロファイリングを行い、さらにTNF刺激に誘導される新規蛋白ファミリー遺伝子を同定し、ゲノムプロジェクト以降の新たな遺伝子解析のモデルともいえる解析を進めている.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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