学位論文要旨



No 115622
著者(漢字) 齋藤,晶
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,アキラ
標題(和) ガラス中ゲルマニウム微粒子の光学的性質
標題(洋)
報告番号 115622
報告番号 甲15622
学位授与日 2000.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3851号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,孝嘉
 東京大学 助教授 秋山,英文
 東京大学 教授 長澤,信方
 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 教授 小谷,章雄
内容要旨 要旨を表示する

 サイズが数十Åから数百Å程度にわたる半導体微粒子は基礎と応用の両方の観点から興味が持たれ、特にミクロとマクロの中間領域の物性に対する基礎的な興味から直接ギャップ半導体微粒子を中心に精力的に研究が行われている。半導体微粒子の作製においてはサイズや形状の制御は困難であり、サイズや形状の分布を反映して微粒子の発光スペクトルや吸収スペクトルは0.1eVから1eV程度の広い幅を持つことが多い。

 間接ギャップ半導体微粒子は直接ギャップ半導体微粒子に比べて研究が遅れていたが、間接ギャップ半導体の一つであるシリコンにおいては、ポーラスシリコンからの可視発光が報告されてから研究が急速に進展した。ポーラスシリコンの可視発光の機構として、微粒子における量子サイズ効果による内部要因モデルや、水素化したアモルファスシリコン、表面に形成されたSi/O/H系化合物等の外部要因モデルなど様々なモデルが提案された。しかし、ポーラスシリコンの吸収や発光のスペクトルは構造がなく幅が広いので、発光モデルの議論をするのに十分な情報を通常のスペクトルから得るのは困難であった。

 この発光帯に共鳴するエネルギーの光でポーラスシリコンを選択励起すると、発光スペクトルの励起エネルギー近傍にフォノン構造が観測され、バルクと同じ間接ギャップ半導体としての性質が残っていることが示された。これは、間接端での量子閉じ込め効果によってエネルギーギャップが増大し可視発光に至ったという「量子サイズ効果による発光」を支持する有力な証拠の一つであり統一見解となりつつある。この様な選択励起発光スペクトル法やホールバーニングは不均一幅に埋もれた個々の微粒子の性質を調べるのに非常に有力な手法である。

 一方、ゲルマニウム微粒子系は強い可視発光が観測されたという若干の報告はあるものの可視発光する試料が容易に再現性よく作製出来ないために報告例が少なく、特に選択励起に関するものは皆無であった。本研究ではゾルーゲル法によってガラス中にゲルマニウム微粒子を作製し、主に上述の選択励起発光スペクトル法を用いてその光学的性質を調べた。

 試料の作製:ゾルーゲル法で作製したSiO2-GeO2ガラスを水素還元すると還元前と比べて試料の発光強度が著しく増大した。透過電子顕微鏡によって作製した試料の断面観察を行うと短軸サイズでα=45〜50Å、長軸サイズでb=70〜75Åの微粒子が一番多く存在することが分かった。

 エネルギー2.541eVの光で選択励起すると発光スペクトルに3個のピークが観測され、野上等が報告するものと対応する(図1の矢印A、B、C)ことが確認された。したがって、ガラス中にゲルマニウム微粒子が形成されたと考えられる。この試料をエネルギー4.025eVの光で非共鳴励起して発光スペクトルを調べるとピークエネルギーが2.07eVで半値半幅が0.347eVである幅広い発光帯が観測された。これまでに報告されている理論計算より、エネルギーギャップが2.07eVであるゲルマニウム微粒子は直径が約40Åに相当し、断面観察によって求めた平均短軸サイズα=45〜50Åに近い。これは主に短軸サイズによって量子閉じ込め効果が決まることを示唆していると考えられる。

 選択励起発光スペクトル:次に発光スペクトルの励起エネルギー依存性を調べた。2.0〜2.7eVのエネルギーの光で励起したときのゲルマニウム微粒子の選択励起発光スペクトルは図1の点線のようになり、励起エネルギーとともに平行移動する構造を持っていることが分かった。スペクトルには、(1)励起エネルギー付近でのステップ構造(図4)と(2)大きなストークスシフトを伴うピーク(図1の矢印)が存在した。

 スペクトルの起源を明らかにする為に、ストリークカメラによる時間分解測定を行った。その結果4.2±0.2nsの寿命で減衰していることが分かったので、スペクトルはラマン散乱ではないことを確認した。

 発光モデル:実験結果を解釈するために発光モデルを考察した。半導体微粒子の様にエネルギーギャップの分布を伴う系における発光スペクトルは、エネルギーギャップの分布P(Egap)、各微粒子の吸収スペクトルα(E,Egap)、発光スペクトルL(Egap,E)の畳み込み積分となる。したがって、選択励起発光スペクトから直接個々の微粒子の発光や吸収に関する情報を取り出すのは非常に困難である。そこで、(1)発光過程モデルと(2)吸収過程モデルという簡単化した二つの発光モデルを導入し検討した。前者は各微粒子がデルタ関数型の吸収スペクトルをもっており、サイズ選択励起された微粒子の発光スペクトルの形状が選択励起発光スペクトルに反映されると考えるもので、直接ギャップ半導体であるCdSe微粒子の選択励起発光で観測されたフォノンサイドバンド構造は、このモデルで理解されている。一方、後者は各微粒子の発光スペクトルをデルタ関数型と仮定し、選択励起発光スペクトルは各微粒子の吸収スペクトルの構造を反映していると考えるものである。選択励起したポーラスシリコンで観測されたフォノン構造は、このモデルで説明されている。この2つのモデルに基づいて分布関数の検討を試みたところ、発光過程モデルでは矛盾が生じたが、吸収過程モデルは図2のように分布関数を再構成することができた。

 この図2に示した分布関数P(E)は、実線で示した中心がEo=2.1eV、半値半幅がδE=0.384eVのガウス型関数で近似でき、破線で示した非共鳴励起(Eexc=4.025eV)発光スペクトルとも一致した。この分布関数とEexc=2.602eVの発光スペクトルから吸収スペクトルを計算すると図3の実線の様になり記号で示した励起スペクトルをほぼ再現した。更に、この分布関数を用いて各励起エネルギーに対する選択励起発光スペクトルを計算すると図1の実線のようになり破線で示した実験結果をほぼ再現することができた。このようにゲルマニウム微粒子における発光は吸収過程モデルで説明できると結論された。

 フォノン構造:次に励起エネルギー付近に存在するステップ構造について検討した。図4を見ると励起エネルギーから低エネルギーになるに従い発光強度は大きくなり23meV程度シフトしたエネルギーから新たなステップ構造が形成されている。この新たなステップの立ちあがりエネルギーの値とバルクゲルマニウムの吸収スペクトルにおけるフォノン構造との比較および点群に起因する対称性の議論から、このステップ構造はL点のLAフォノン(バルクでは27meV)によるフォノン構造に相当すると結論した。このフォノン構造はゲルマニウム微粒子においても間接ギャップ半導体としての性質がまだ残っていることを示している。励起エネルギー近傍から立ちあがっている成分は、微粒子の大きさの有限性によって生じる運動量保存則の「ぼけ」によって、バルクでは禁制であるフォノンを介さない光学遷移が許容となったゼロフォノン構造と理解される。さらに、この「ぼけ」によってL点以外のLAフォノンも光学過程に関与可能となるので、分散曲線を反映してバルクのL点でのLAフォノンモードのエネルギーよりも若干低いエネルギーで1フォノン構造が立ちあがったと考えられる。

 ポーラスシリコンで観測されている励起エネルギー近傍の非発光エネルギー領域はゲルマニウム微粒子では観測されなかったが、これはゲルマニウムがシリコンよりもスピン軌道相互作用が大きいので三重項励起子が形成されない為であると考えられる。さらに、発光寿命がmsオーダーであるポーラスシリコンとは異なり、nsオーダーであることも、三重項励起子が形成されないことから理解できる。

 ピーク構造: 最後に大きなストークスシフトを伴うピークについて検討した。モデルとして、(a)量子閉じ込め効果による準位、(b)間接吸収と直接吸収の共存、(c)スピン-軌道相互作用によるエネルギー準位の分裂、(d)水素終端したGe-Hの振動、(e)不純物や欠陥などの準位の吸収過程への関与が考えられる。(a)、(b)、(c)は内部要因モデルであり、(d)、(e)は外部要因モデルある。量子準位のサイズ依存性の検討、重水素で還元した試料のスペクトル測定、静水圧を加えた試料のスペクトル測定を行ったが、いずれのモデルに対しても肯定的な結果は得られず、この構造の起源を明確にするには至らなかった。

結論: ゲルマニウム微粒子の選択励起発光スペクトルの形状は、各微粒子の吸収スペクトルの持つ構造を反映するものとして理解することができた。また、励起エネルギー近傍に現れたフォノン構造により、ゲルマニウム微粒子は間接半導体としての性質を保持していることが分かった。さらに、発光寿命および励起エネルギーの極く近傍の発光スペクトル形状から、三重項励起子が形成されないことが示唆された。この様に、ゲルマニウム微粒子からの可視発光は、基本的にはバルクの性質を残した半導体における量子閉じ込め効果を受けたキャリアーの再結合発光として理解できることが示された。

図1: 選択励起発光スペクトル

破線は温度4.2Kにおける選択励起発光スペクトル。実線は吸収過程モデルに基づいて計算した発光スペクトル。

図2: 吸収過程モデルによる分布関数

図3: 吸収スペクトルα(E)と励起スペクトル

エネルギー2.541eV、2.066eV、1.771eVにおける発光強度を調べた時の励起スペクトルを記号で示した。

図4: ゲルマニウム微粒子におけるフォノン構造

4.2Kに冷却した試料をEexc=2.541eVで励起した時の選択励起発光スペクトルの励起エネルギー近傍。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は8章と附録からなり、第1章は、序論、第2章は、試料の製作方法、第3章は、実験方法、第4章は微粒子の評価、第5章は、選択励起発光スペクトル、第6章は、ステップ構造、第7章は、ピーク構造、第8章は、まとめ、そして付録は、ポーラスシリコンにおける選択励起分光について述べられている。

これまでの研究 サイズが数十Aから数百A程度にわたる半導体微粒子は基礎と応用の両方の観点から興味が持たれ、特にミクロとマクロの中間領域の物性に対する基礎的な興味から直接ギャップ半導体微粒子を中心に精力的に研究が行われている。それに比べて間接ギャップ半導体微粒子研究が遅れていたが、シリコンにおいては、ポーラスシリコンの可視発光が報告されてから研究が急速に進展した。この発光機構として、微粒子における量子サイズ効果による内部要因モデルや、水素化アモルファスシリコン、表面のSi/O/H系化合物等の外部要因モデルなど様々なモデルが提案されたが、発光モデルの議論をするのに十分な情報を通常のスペクトルから得るのは困難であった。

 この発光帯に共鳴するエネルギーの光でポーラスシリコンを選択励起すると、発光スペクトルの励起エネルギー近傍にフォノン構造が観測され、バルクと同じ間接ギャップ半導体の性質が残っていることが示された。これは、間接端での量子閉じ込め効果によってエネルギーギャップが増大し可視発光に至ったという「量子サイズ効果による発光」を支持する証拠の一つである。この様な選挟励起発光スペクトル法やホールバーニングは不均一幅に埋もれた個々の微粒子の性質を調べるのに有力な手法である。一方、Ge微粒子系は報告例が少なく、特に選択励起に関するものは皆無であった。本研究ではゾルーゲル法によってガラス中にゲルマニウム微粒子を作製し、主に選択励起発光スペクトル法によりその光学的性質を調べた。

選択励起発光スペクトル: 次に発光スペクトルの励起エネルギー依存性を調べた。2.O〜2.7eVのエネルギーの光で励起したときのゲルマニウム微粒子の選択励起発光スペクトルには、励起エネルギーとともに平行移動する構造を持っていることが分かった。スペクトルには、(1)励起エネルギー付近でのステップ構造と(2)大きなストークスシフトを伴うピークが存在した。

発光モデル: 実験結果を解釈するために発光モデルを考察した。半導体微粒子の様にエネルギーギャップの分布を伴う系における発光スペクトルは、エネルギーギャップの分布、各微粒子の吸収スペクトル、発光スペクトルの畳み込み積分となる。したがって、選択励起発光スペクトから直接個々の微粒子の発光や吸収に関する情報を取り出すのは非常に困難である。そこで、(1)発光過程モデルと(2)吸収過程モデルという簡単化した二つの発光モデルを導入し検討した。この2つのモデルに基づいて分布関数の検討を試みたところ、発光過程モデルでは矛盾が生じたが、吸収過程モデルは分布関数を再構成することができた。

ステップ構造: 励起エネルギーから低エネルギーになるに従い発光強度は大きくなり23meV程度シフトしたエネルギーから新たなステップ構造が形成されている。ステップの立ちあがりエネルギーの値とバルクGeの吸収スペクトルにおけるフォノン構造との比較および点群に起因する対称性から、このステップ構造はL点のLAフォノン(バルクでは27meV)によるフォノン構造に相当し、これはゲルマニウム微粒子においても間接ギャツプ半導体としての性質がまだ残っていることを示している。

結論 : Ge微粒子の選択励起発光スペクトルの形状は、各微粒子の吸収スペクトルの持つ構造を反映するものとして理解することができた。また、励起エネルギー近傍に現れたフォノン構造により、Ge微粒子は間接半導体としての性質を保持していることが分かった。さらに、発光寿命および励起エネルギーの極く近傍の発光スペクトル形状から、三重項励起子が形成されないことが示唆された。

 本研究はSi微粒子の可視発光機構に関連して、Ge微粒子の研究によりその糸口をつかもうとしたものである。Ge微粒子自身が複雑で、その実験結果の完全に整合した最終的結論は得られなかったが、研究例の極めて少ないこのGe微粒子の研究を、選択励起法を用いて進めたことは充分に意義があると認められる。

 なお、本論分は末元徹との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析・考察を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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