学位論文要旨



No 115623
著者(漢字) 中西,剛司
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,タケシ
標題(和) Sr14-xCaxCu24O41の圧力誘起超伝導状態に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 115623
報告番号 甲15623
学位授与日 2000.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3852号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,保彦
 東京大学 教授 石川,征靖
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 上田,寛
 東京大学 教授 藤森,淳
内容要旨 要旨を表示する

 1986年のBednorzとMullerによる銅酸化物高温超伝導体の発見以来、その発現機構の解明のためにおびただしい数の実験的、理論的研究がなされてきたが、未だに結論に至っておらず、超伝導転移温度に対する表式も得られていない。その理論的研究の困難は高温超伝導の舞台がCuO2面という本質的に2次元のスピン系であることに由来する。この高温超伝導体の母体物質は、2次元反強磁性絶縁体である。そのような系にキャリアーをドープしていくと、反強磁性秩序は壊れていき、スピンギャップ的振る舞いが超伝導転移温度よりもかなり高温から現れた後、高温超伝導が出現する。これらの実験事実から、高温超伝導出現には、2次元反強磁性秩序とそのキャリアードープ後に現れるスピンギャップ的振る舞いが本質的な役割をしていることが明らかとなってきた。

 1992年、Dagottoらは、スピン1/2の反強磁性Heisenberg1次元鎖において、梯子状に結合した系の基底状態が梯子の本数によって異なるという計算結果を発表した。その研究によると、梯子の数が奇数本の場合は、本質的に1次元鎖と同じ基底状態で、スピン励起にはギャップがなく、偶数本の場合は、短距離スピン相関が強く梯子の桁でスピンシングレットを組むため、磁気秩序が現れずスピン液体状態が基底状態となり、スピン励起にはギャップ(スピンギャップ)が存在することを予言していた。1994年、京都大学の東らによって、2本足梯子系であるSrCu2O3という現実の物質においてはスピンギャップが存在し、3本足梯子系であるSr2Cu3O5ではスピンギャップは存在しない、ということが確かめられた。

 1994年、Riceらは、この2本足梯子系においては、キャリアーをドープしてもスピンギャップが生き残り、ドープされたキャリアーがペアをつくり、そのペアがBose凝縮を起こし、スピンギャップのオーダーで超伝導が出現すると予言した。その後、2本足梯子物質でキャリアードープが可能な系として、Sr14-xCaxCu24O41が注目を集め、この物質に対して精力的な研究がなされた。1996年、青山学院大学の上原らは、東京大学の毛利らと協力して、Sr0.4Ca13.6Cu24O41の多結晶試料が圧力下約3GPaで転移温度約12Kの超伝導を示すことを見いだした。

 このように、現実の梯子物質において、理論の予想通りに超伝導が発見されたことは次の2つの重要な意味を持つ。ひとつは、従来のBCS超伝導のようにフォノンを媒介としたペアリングではなく、スピン相関のみの完全な電子系だけでのペアリングによる超伝導メカニズムの存在を意味していることである。また、この梯子格子物質において梯子を無限の本数つなげたものが2次元のCuO2面になるので、この系の超伝導状態の究明は2次元系の高温超伝導体における超伝導メカニズムに重要な示唆を与えることも明らかである。もう一つは、この梯子系の超伝導は理論的にはスピンギャップのオーダー(〜500K)程度の転移温度を持つことが予想されており、この系は室温超伝導の可能性を秘めていることである。

 現在までのところ、スピンギャップの存在が確認された梯子格子物質にキャリアーをドープした系で超伝導が見いだされている現実の物質は、Sr14-xCaxCu24O41が唯一の系である。これまでに、この系については、スピンギャップのCa濃度依存性、反強磁性秩序の存在、輸送現象のCa濃度と圧力依存性などが調べられてきた。特に、超伝導は、Ca濃度がx=10以上で、圧力下約3GPa以上という限られた組成と圧力範囲でしか発現しない。この3GPa以上という圧力は通常よく用いられるピストンシリンダー型圧力発生装置の上限を超えているために超伝導状態についての実験はほとんど行われていない。その最大のネックは、高温超伝導体に代表される導電性酸化物や有機導体のような、ある程度の試料の大きさが必要となる物質を対象とした静水圧3GPa以上の圧力と磁場を組み合わせることのできる実験装置が存在していなかったためである。そのため、超伝導状態についての基本的な知見である上部臨界磁場やその異方性についての実験は全くなされていない。このように、梯子格子物質Sr14-xCu24O41において超伝導が発見されて3年以上経過しているにも関わらず、その超伝導状態についての知見は全く得られていない。

 このような中で、われわれはまず、静水圧3GPa以上の圧力を発生することができ、超伝導マグネットと組み合わせることができるような小型の低温用圧力発生装置を開発することから始めた。これにより、酸化物単結晶試料を壊さずに約6GPaの程度までの圧力をかけた状態でかつ常圧とほぼ同じ精度での物性測定を、磁場20T、温度約140mKという多重極限下で行うことに成功した。この研究で開発した圧力発生装置によって、梯子格子物質の圧力誘起超伝導状態に対する実験が初めて可能となった。

 この梯子格子物質の超伝導の重要な特徴は、約3GPa以上の圧力でのみ現れるということだけでなく、超伝導転移温度ηが圧力Pに対してベル型曲線的に変化することである。すなわち、このことは、その温度一圧力相図において3つの領域、dTc/dP>0、dTc/dP〜0、dTc/dP<0があることを意味する。この振る舞いは、高温超伝導体における転移温度のキャリアー濃度に対する変化と類似している。したがって、このことは、高温超伝導体の場合のアンダードープ領域から、最適領域、オーバードープ領域への状態の変化を圧力だけでクリーンに制御できることに対応していると考えることができる。また、この系はTcが9K程度と低いために通常の超伝導マグネットと希釈冷凍機を組み合わせた測定で温度-磁場相図のほぼ全範囲を調べることのできる可能性をもった系である。これら2点の特徴に着目して、本研究では、Sr14-xCaxCu24O41のうち超伝導になる組成のx=12の単結晶試料を用いることにより、Cu203という梯子格子面が示す超伝導状態の特徴を明らかにするために次の2点を調べることを目的とした:

 1.低温・高圧・強磁場下での電気抵抗

 2.上部臨界磁場の異方性とその温度・圧力依存性

 実験は、一つの単結晶試料を用いて、同時に結晶軸の3軸方向それぞれに平行に磁場をかけた状態で梯子方向の電気抵抗の測定を行った。このことにより、3つの別個の試料それぞれに対して圧力下の実験を行った場合に比べて、試料依存性の問題と、圧力実験のサンプリング依存性の問題を排除した実験を行うことができた。測定は、圧力下5.7GPa、磁場は、a軸には20T、b軸とc軸には7Tまでかけ、温度は約140mKまでの範囲で行った。ここで、a軸は梯子格子面内で梯子格子に垂直な方向、b軸は梯子格子面に垂直な方向、c軸は梯子方向である。

 まず、各圧力下での電気抵抗の温度依存性の結果について述べる。3.0 GPaの圧力下では、約200mKの低温まで絶縁体的振る舞いを示した。この後、3.5GPaの圧力下では、約5Kで超伝導を示した。すなわち、圧力誘起による絶縁体-超伝導転移を示すことがわかった。

 次に各圧力における磁場中での電気抵抗の温度依存性を梯子格子面に垂直に磁場をかけた時の結果について述べる。3.5GPaの圧力下の時、磁場を加えていくと、転移温度は低温にシフトしていくと同時に、常伝導状態の振る舞いは絶縁体的な挙動が顕著になっていった。すなわち、この圧力下では磁場誘起による超伝導-絶縁体転移的振る舞いを示すことがわかった。これは、超伝導状態でないときの基底状態が絶縁体であることを示している。このとき、電気抵抗の磁場依存性から求めた上部臨界磁場Hc2は、通常のBCS超伝導体とは異なり、低温まで飽和することなく発散的に上昇することがわかった。また、圧力でTcを変化させた状態で、同じようにHc2の温度依存性を求めてみると、Tcが最大値を取るdTc/dP〜0の領域の圧力下4.0 GPaでも、dTc/dP<0の領域である圧力下4.5GPaでも同じく、Hc2は低温まで飽和することなく発散的に上昇することがわかった。この振る舞いと高温超伝導体においてCuO2面に垂直に磁場をかけた時のHc2の振る舞いとを詳細に比較した結果、両者のHc2の温度依存性が同じ曲線にスケールされるという事実を見いだした。これは、その異常な振る舞いの起源が全く同じであることを示している。

 最後に、Hc2の異方性の結果について述べる。測定したすべての圧力下で、各軸に対するHc2の温度依存性は明らかに異なり、異方性のあることがわかった。Tc近傍については、通常の異方的な3次元のGinzburg-Landau理論で説明できることがわかった。しかし、低温においてはその異常が顕著になった。特に、a軸対するHc2は、Pauli限界の2倍以上を超える大きな値を持つことがわかった。

 以上、本研究によりSr2Ca12Cu24O41の圧力誘起超伝導状態に関して、実験的に明らかになったことをまとめると以下のようになる:

 1.圧力誘起絶縁体一超伝導転移を起こす。

 2.磁場を梯子格子面に垂直な方向(b軸)に印加した時、磁場誘起超伝導-絶縁体的振る舞いを示す。

 3.Hc2は、大きな異方性を持ち、Tc近傍に限れば、通常の異方性的な3次元のGinzburg-Landau理論で記述できる。

 4.磁場を梯子格子面内で梯子格子に垂直な方向(a軸)に印加した時の上部臨界磁場Hc2aはPauli限界の2倍以上を超える大きな値を持つ。梯子格子に平行な方向(c軸)の上部臨界磁場Hc2cは測定範囲内でHc2aより大きいので、低温において異方性の逆転が起こらない限り、Hc2cもPauli限界を超えると思われる。

 5.Hc2bの温度依存性は、下に凸の曲線を描き、T/Tc〜0.03の低温まで飽和しない。この振る舞いは、最近高温超伝導体においてCuO2面に垂直に磁場を印加した時に見いだされているHc2の異常な温度依存性とほとんど同じであった。このことはCu2O3梯子格子面とCuO22次元面に垂直に磁場を印加した時のHc2の異常な振る舞いの起源が同じであることを示している。

 6.bc面内の電気抵抗の角度依存性の結果から、c軸から±35度方向に磁場をかけたときに、超伝導相関が強くなるという現象を見いだした。しかし、これについては、この系の本質的な現象なのかは現時点では明らかではない。

 以上の結果は、本研究により、静水圧約6GPaの圧力をピストンシリンダー型と同じ程度の大きさの圧力容器で実現することに初めて成功したことによる。これにより、多重極限下、静水圧約6GPa、磁場中20T、温度約140mKでの精密物性測定を実現することができた。さらに、同一の単結晶試料に対して3つの結晶軸方向に同時に磁場をかけた測定を行った。このような多重極限環境下での実験を酸化物単結晶試料に対して行ったことは、前例のない先駆的なことである。本研究で開発した圧力発生装置も重要な成果の一つである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、新たに開発した低温用圧力発生装置を用いて、2本足梯子(スピン)系物質Sr14-xCaxCu24O41(x=12)において発現する圧力誘起超伝導状態について、詳細な磁気的・電気的測定を行い、その特徴的な物性を明らかにしたものである。

 本論文は全体で6章からなり、まず第1章序論では2本足梯子系の超伝導研究の意義として、スピン相関によって超伝導が引き起こされること、構造的に梯子の本数を無限にしたものが2次元的なCuO2面を持つ高温超伝導体に対応すること、スピンギャップ程度の超伝導転移点(室温)を持つ可能性が示唆されていることが挙げられている。しかし、この物質の超伝導状態は低温高圧力下でのみで発現するため、これまで主として実験技術的問題により詳細な物性測定が行われていなかった。

 第2章では、これらの実験技術的問題を克服するために開発した低温用高圧力装置について述べてある。到達目標を圧力3GPa以上、温度1K程度とし、さらに既存の希釈冷凍機や20丁超伝導マグネットに装着可能な小型で、このような三重極限状態で帯磁率・電気抵抗が測定できる装置とした。そのために、従来のピストン・シリンダー型ではなく、ブリッジマン・アンビル型を採用し、最適設計を行い、CuBe製の高圧力セルを作製するとともに、圧力較正を行った。また、四端子法によるリード線の導入にも各種の工夫をこらして、圧力6GPa、温度120mK、磁場20Tという多重極限での実験を可能にしたのみでなく、常圧条件下と変わらない質の高いデータを取ることに成功している。これは世界的にも極めてユニークで、汎用性のある低温高圧力装置である。

 第3章では、開発した低温用高圧力装置を、既存の各種クライオスタットやマグネットに挿入して実験する際の手順、制御法について記述してあり、各々の場合の到達領域を実験的に求めている。さらに、本研究で使用した試料について述べてある。試料は他のグループによって作製されたx=12のSr14-xCaxCu24O41単結晶であるが、それを本研究目的に応じて加工し、極めて高い技術を要する微小領域での電極接着やコイル装着などを行っている。なお、この2本足梯子系Sr14-xCaxC24O41においては、x=10以上の組成のものが、3GPa以上で超伝導を示すが、その圧カ-温度相図上でdTc/dP>0,=0,<0の3つの領域があること、すなわち超伝導転移温度Tcが圧力に対してベル型に変化する特徴を示す。これは高温超伝導体のアンダードープ、最適領域、オーバードープ領域に類似しているので、Sr14-xCaxCu24O41では純粋に圧力のみで電子状態を制御できる可能性を強調している。

 第4章では、交流帯磁率測定による上部臨界磁場の予備的な測定結果を紹介している。まず反強磁性シグナルの観測から、圧力P=4.0GPaのときTc=5Kで超伝導転移すること、そして最適領域ではTc=6.4K,P=4.8GPaであることを見出した。その後、磁場をa,b,c軸それぞれの方向に印加し、上部臨界磁場Hc2を測定したが、大きな異方性を示すこと、温度に対して非線形に変化する(BCS的でない)ことをこのような予備的測定から見出した。

 しかし、これらの実験条件ではT/Tc>0.3程度であるため、より低温での測定を希釈冷凍機を用いて行い、その結果を第5章に述べてある。ここでは到達温度120mK、圧力5.7GPaまで、磁場20T(a軸)、7T(b,c軸)の条件下で、四端子法による電気抵抗の精密測定を行った。その結果、3.0 GPaでは約200mKまで絶縁体的であり、3.5GPaではTc=5Kの超伝導転移を示すことから、圧力誘起絶縁体一超伝導転移が起こっていることを直接観測する一方、3.5GPaにおいてTcの梯子格子面に垂直方向の磁場依存性を測定し、磁場誘起超伝導一絶縁体転移を観測した。また、電気抵抗の磁場依存性から求めた上部臨界磁場H。2は、通常のBCS超伝導体と異なり、T/Tc≒0.03の低温まで飽和することなく下に凸の曲線を描いて上昇することを見出した。この観測結果は、CuO2面を持つ高温超伝導体のそれと類似しているので、共通の起源であろうと推測している。また、磁気抵抗の著しい結晶方位依存性が観測され、ある特定方向の強い超伝導相関を示唆する結果を得ている。

 最終の第6章は、全体のまとめに当てられ、本研究で明らかになった事項と、今後の発展の見通しが述べられている。

 以上、本論文は、新たに開発した低温用圧力発生装置を用いて、2本足梯子(スピン)系物質Sr14-xCaxCu24O41(x=12)において発現する圧力誘起超伝導状態について、三重極限(高圧、低温、強磁場)条件下での詳細な磁気的・電気的測定を初めて行い、その特徴的な物性を明らかにした。

 なお、本論文の第2,5章の一部は、毛利信男、竹下直、三田村裕幸、高橋博樹4氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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