学位論文要旨



No 115627
著者(漢字) 平本,正輝
著者(英字)
著者(カナ) ヒラモト,マサテル
標題(和) ショウジョウバエネトリン受容体フラッツルドはネトリンの局在制御を介し軸索ガイダンスを行う
標題(洋)
報告番号 115627
報告番号 甲15627
学位授与日 2000.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3856号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若林,健之
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 助教授 能瀬,聡直
内容要旨 要旨を表示する

 神経系は多様な神経細胞からできており、情報処理装置としての機能を果たすにはそれぞれの神経から伸びている神経繊維(軸索)が正しく配線される必要がある。軸索の先端には成長円錐があり、これが伸びていくべき方向を見つけ正しい回路が形成される。成長円錐がどの様に正しい道筋をたどるかを説明するモデルとして、1909年に神経解剖学者Cajalによって化学走性仮説が提唱された。化学走性仮説とは、分子が濃度勾配を成して存在し、成長円錐はその勾配を認識して伸びるべき方向を見つけるというものである。ネトリンと呼ばれる化学誘引性を持つ分泌蛋白質が同定され、この予言を裏づける分子として注目を浴びている。

 受容体は細胞外に存在する様々なリガンドと「結合」し、これらの分子を「認識」して細胞内に信号を伝える。ネトリンも成長円錐に存在する受容体によって認識され、伸びていく方向を指示していると考えられる。ネトリン受容体にはDCCとUNC-5の2つのファミリーが知られている。これらの受容体は生体内での軸索ガイダンスに必要であるが、その機能はネトリンのシグナルを成長円錐内部に伝える事であると考えられている。ショウジョウバエのDCCホモログとしてはこれまでにFrazzledが同定されている。frazzled変異体の胚の中枢神経系の表現型はネトリン変異体のそれと似ており、「Frazzledはネトリンのシグナルを伝える」という考えと矛盾はしない。しかし光受容神経の軸索ガイダンスにおいてはFrazzledは軸索側ではなく、標的側で必要とされている。これは、Frazzledにはネトリンシグナル受容体としての機能とは異なる作用様式がある事を示している。

 ショウジョウバエ腹部神経節には前後方向に軸索を伸ばすdMP2と呼ばれる神経がある。この軸索の道筋選択にはネトリンやFrazzledが必要である。もし従来の考えの様にFrazzledがdMP2の成長円錐でネトリンを認識する為に機能しているならば、FrazzledはdMP2の成長円錐に存在しているはずである。しかしFrazzledはdMP2で発現しておらず、むしろdMP2を縁取る様に存在していた。また遺伝学的な解析からもFrazzledはdMP2ではなく、dMP2の周りの領域で必要とされていることが分かった。従ってfrazzledの変異症状は、dMP2がFrazzledを使ってネトリンを認識するというモデルでは説明できない。またもう一点興味深い事にdMP2はネトリン領域に沿って伸びていたが、この領域にはネトリン蛋白質が合成されている事を示すネトリンmRNAの存在が見られなかった。これまでネトリンは分泌後に受動的に拡散すると考えられていたが、ネトリンに分布には能動的要素が含まれる事が予想された。

 本研究により、Frazzledには分泌されたネトリンを捕捉し、能動的に局在させる働きがあることを示した。さらにFrazzled自身にも特定のパターンに局在する能力があり,これにより正確なネトリンのパターンが形成され、dMP2の軸索が正しく誘導される事も分かった。したがって、Frazzledには「ネトリンの再配列」という第2の作用様式があり、この機能によってdMP2の道筋選択に寄与している。この結果は受容体は分泌性リガンドを再配置し、提示する事により位置情報形成に寄与しうる事を示すものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は軸索ガイダンス分子であるネトリンとフラッツルドの新しい作用機構を明らかにしたものである。

序章ではこれまでのネトリン・フラッツルド関連の研究で示されていない問題点を指摘している。これまでネトリン・フラッツルドの軸索ガイダンス機能は主に横方向の軸索に対するものであるという認識であったのに対し、本研究では縦方向のガイダンス機能が存在する可能性について疑問提示している。

結果・第一節では縦方向に走るパイオニアニューロンの軸索走行を詳細に記述しており、この道筋選択にはどのような機構が必要であるかについて論じている。

第二・三・四節では縦方向に走るパイオニアニューロンはネトリンが局在している領域の境界に沿って軸索伸長している事を示しており、これらの軸索の道筋選択にはネトリンとその受容体であるフラッツルドが必要であることを示している。これからネトリン・フラッツルドは従来考えられていた様な横方向のガイダンスだけでなく縦方向のガイダンスにおいても機能していると述べている。

第五節ではフラッツルドはネトリンシグナルのセンサーとして機能するという従来の認識に対し、これを支持しない事実を挙げている。これからネトリンのセンサー以外の機能も持つ可能性を提唱している。

第六・七節では、フラッツルドにはネトリンの局在に関わる機能がある事を示しており、またフラッツルドによるネトリンの局在は正常な軸索走行に必要である事を示している。この結果は第五節での観察とつじつまがあうものである。

第八・九・十・十一節では縦方向に走るパイオニアニューロンは様々な遺伝的背景においてもネトリンの局在する領域の境界に沿って軸索を伸長する事を示しており、ネトリンの局在が軸索ガイダンスにおいて重要である事を裏付けている。

考察では局在しているネトリンが持つ機能として考えられるものを挙げている。その中でネトリンがフラッツルドと結合した状態で他の受容体と相互作用するモデルを提示しているが、ネトリンに複数の機能ドメインが存在する事とネトリンに反発的な作用をする受容体が存在する事を基にこのモデルの有意性についても論じられている。

これらの研究結果はネトリン・フラッツルドの新たな作用機構の存在を示すものである。

以上の研究は、博士(理学)の学位を授与できると認められるものである。

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