学位論文要旨



No 115628
著者(漢字) 川西,諭
著者(英字)
著者(カナ) カワニシ,サトシ
標題(和) 学習と進化と景気循環
標題(洋) Learning,Evolution, and Business Cycles.
報告番号 115628
報告番号 甲15628
学位授与日 2000.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第141号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松井,彰彦
 東京大学 教授 吉川,洋
 東京大学 教授 神谷,和也
 東京大学 助教授 松島,斉
 東京大学 助教授 柳川,範之
内容要旨 要旨を表示する

 日本における銀行の貸出態度は大きく循環的に変動している。1920年代後半の杜撰な融資は昭和金融恐慌をもたらしたが、その後、銀行は極めて慎重な審査活動を行っていた。この傾向が変化しはじめたのは高度経済成長期である。多くの銀行は、いわゆるメインバンクの融資に追随することで審査費用を節約するようになった。この「模倣」は効率的な役割分担として注目された。ところが、1980年代の半ばから、そのメインバンクすらも十分な審査を行うことなく杜撰な融資拡大競争をはじめた。歴史の教訓が活かされることなく、銀行は再び過ちを繰り返してしまったのである。そして最近では「貸し渋り」とも言われるほど厳しい融資審査を銀行は行うようになっている。

 審査水準が低下する前に「模倣行為」が支配的に行われていた事実は、銀行の貸出態度の循環と何らかの関係があると推察される。本博士論文を構成する3本の論文のうち最初の2本では、この事実に注目し、「ゲームにおける学習理論(進化論的ゲーム理論を含む)」を応用することで、銀行貸出態度の循環的変動を説明しようと試みている。

 最初の論文、「金融仲介機関における相対評価」は、2つの銀行間の戦略的関係に加えて、各銀行内のprincipal-agent問題に循環の原因を求めている。各銀行は銀行経営者と審査担当者から構成される審査担当者は直接借り手を審査するか(戦略M)、共通の借り手から融資依頼を受けている他の銀行(以下ライバル銀行とする)の判断を観察するか(戦略I)のいずれかの方法によって借り手の返済能力を識別できる。ただし、戦略Iではライバル銀行が審査を行っていなければ返済能力は識別できない銀行経営者の問題は、うまく賃金契約をデザインして、審査担当者に適当な戦略を選ばせることである。審査担当者の負担する費用は戦略Mの方が高いため、この戦略を審査担当者に選ばせるためには賃金をその分だけ多く支払わなければならない。また、戦略は銀行経営者には観察できないため、適当なインセンティブ・スキームが存在しない場合、審査担当者は審査もライバル銀行の模倣もせず、無根拠に判断をする可能性もある。これを戦略Nと呼ぶことにする。戦略Nを選ぶ場合の審査担当者の費用負担はゼロとする。

 各銀行のライバル銀行は無数の銀行の中からランダムに選ばれるものとする。また、各銀行はライバル銀行の審査担当者が選んでいる戦略は知らないが、銀行全体の中での各戦略の分布は知っているとする。このとき、すべて銀行経営者が賃金契約を改訂するインセンティブを持たず、同時にすべての審査担当者が戦略を変更するインセンティブを持たない状態を均衡と定義する。

 均衡分析の結果、審査担当者を相対的にしか評価できない場合、すなわち、ライバル銀行と異なる判断をしたときしか賃金に差をつけられない場合、均衡戦略として戦略Nを選択する審査担当者が存在することが示される。この結論は、相対評価の機能不全を意味している。まず、どこかの銀行に戦略Nを選択する審査担当者がいない限り、ある借り手に対する2つの銀行の判断は必ず同じになることに注意したい。前述の通り、大きな費用負担を要する戦略Mを選ばせるためには戦略1よりも高い賃金を支払う必要があるが、「ライバル銀行と異なる判断をしたときしか賃金に差をつけられない」ためこれができない戦略Iの存在が、審査担当者に戦略Mを選択させることを妨げるのである。この状況下で戦田各Nは言わば戦略Mを選ばせるための必要悪なのでる。最も典型的な均衡状態では、全ての銀行経営者が相対評価を最大限に厳しくした賃金契約を結び、審査担当者にとって3つの戦略が無差別であるように母集団に3つの戦略が分布する。

 この均衡分析にとどまる限り、銀行態度の変動は見えてこない。しかし、ひとたび均衡分析から離れ、均衡外での経済主体の学習調整行動に目を向けると、均衡外調整過程が均衡の周りを循環することが明らかになる。

 その理由は、均衡の賃金契約を所与としたとき、各銀行の審査担当者達がジャンケンとよく似たゲームに直面していることにある。ジャンケンには混合戦略均衡しか存在せず、ゲームにおける学習理論では、学習調整過程が均衡の周りを循環する典型的なゲームとして知られている。この性質をモデルに当てはめることにより、銀行の貸出態度と新規貸出総額の循環的変動を説明できるのである。

 このように、1つめの論文は、銀行内の相対評価に基づく賃金契約と銀行間での模倣行為が特異な戦略的関係を作り出すことを明らかにした。第2論文「審査と銀行間競争」は、この論文に対する様々な批判を考慮して拡張されたモデル分析である。

 第2論文で検討された主要な批判は、「模倣という行為は必然的に判断の遅れを伴うはずであるが、第1論文はこの点を無視し同時手番ゲームとしてモデルを記述している」というものだ。この批判を踏まえ、第2論文は2つの銀行が順番に意思決定をする展開型ゲームを分析している。また、第2論文では銀行内部の評価システムではなく、銀行そのものが預金者によって評価されているという事実に注目し、預金者による銀行の相対評価が銀行間の競争関係に与える影響を分析した。以上の2つの変更点はモデルの構造を大きく変えたが、結論の本質的な部分は変更されなかった。

 第2論文のモデルでは、共通の借り手から融資依頼を受けた2つの銀行が順番に融資の意思決定をする。第1論文のモデルと異なり、銀行を単一の経済主体としていることに注意したい。先に意思決定をする銀行(以下、先導者)は「審査を行うか否か」と「融資を行うか否か」を決定する。後に意思決定する銀行(以下、追随者)は、先導者が融資を行ったか否かを観察した後で「審査を行うか否か」と「融資を行うか否か」を決定する。預金者による銀行の相対評価は資金調達コストを通して銀行の利得に反映する。ライバル銀行の判断が当該銀行当該銀行よりも優れていると判断されると、当該銀行の評判は相対的に悪化し、利得も減少する。

 論文では、まず展開型ゲームの逐次均衡を分析する。結果、以下の条件の下では混合戦略の逐次均衡しか存在しないことが示される。条件1:審査費用が高いため、追随者に預金を奪われる惧れがないならば先導者は審査しない方がよい。条件2:預金者による相対評価が十分に厳しい。

 この場合も、均衡分析から離れ、2つの銀行の均衡外における学習調整過程に目を向けると、貸出態度が循環的に変動することを見出せる。直観的な理由は以下の通りである。

 はじめ先導者の審査頻度が十分高いとすると、追随者はその融資行動を模倣した方がよい、追随者は審査頻度を下方修正するだろう。追随者が審査をしなくなると、条件1により、先導者は審査しない方が得策となる。追随者が模倣している限り、先導者が追随者に預金を奪われる惧れはないからである。今度は先導者が審査頻度を下方修正するだろう。先導者が審査をしなくなると、追随者は審査に基づく慎重な融資をすることで、先導者よりもよい評判を獲得し、先導者の預金を奪うことができる。相対評価が十分厳しければ、その便益が審査コストを上回り、追随者は審査頻度を上方修正するだろう。追随者に預金が奪われはじめると先導者はそれに対抗しなければならない。先導者は預金を守るために審査頻度を上方修正するようになる。これで、一つの循環が終了すると同時に、次の循環が始まる。

 他の代替的な研究と比較したとき、2つの論文を差別化する特徴は、「模倣行為」と「杜撰な審査」という特異な銀行行動が現実に観察される順序と同じ順で現れることである。すなわち、模倣行為が盛んに行われた後に審査頻度は低下し、ある水準まで下がると審査頻度は上昇に転じる。

 このように、均衡外学習調整過程の分析を景気循環を含む様々な経済変動分析に応用することは不可解な経済変動の理解を助けるものと期待される。最後に、第3論文「戦略調整費用と確率論的選択」では、このような認識に立ち経済変動分析への応用を目的とした均衡外調整過程の導出を試みている。ゲームにおける学習理論は必ずしも経済変動分析を目的としていないため、経済モデルに特有の事情は考慮されないことが多い。経済モデルにおける戦略は一般に連続の数値で明確な順序関係を持つが、ゲーム理論では戦略間の順序は考慮されない。この事実は、均衡分析にとどまる限り問題ないが、戦略の調整を考える上では極めて重要である。数量や価格などは少しずつ時間をかけて修正するのと比べて、大きく急激に調整する方が大変であることが多いからだ。本論文では、この事実を最適投資理論で使われる凸型の調整費用関数を応用してモデル化し、合理的な経済主体による調整過程を導出した。結果として導出された調整過程は、特殊ケースとしてFurth(1986)の使用した調整過程を含んでおり、この調整過程にミクロ的な基礎付けを与えることに成功したと言える。

 さらに、進化論的ゲーム理論の確率論的アプローチを応用することで、複数の定常状態がある場合にどの定常状態が長期的に最も観察されるかを分析している。その結果として、ゲームがexact potentialを持つ場合には、それを最大にする状態が最も頻繁に観察されることが解析的に示される。

審査要旨 要旨を表示する

 本博士論文は、3本の論文から構成されている。ここでは最初の2本の論文と最後の論文を分けてその内容と特徴をまとめたい。

1. 最初の2本の論文(2・3章)について

 リアル・ビジネス・サイクル(RBC)理論以後、景気循環理論の関心は、マクロ経済変数がファンダメンタルズの変動よりも大きく、循環的に変動しているという現象に集まっている。この現象の理解を目的とする新しい景気循環理論の中で、金融市場の不完全性に景気循環の原因を求める研究は大きな注目を集めているが、本博士論文を構成する最初の2本の論文もこれに属する。この2本の論文は金融市場の不完全性として「借り手の返済能力が金融機関はコストをかけなければわからない」という情報の非対称性に注目し、金融機関の審査態度が信用供給を通じてマクロ経済変数の循環を引き起こす可能性を指摘する。Leland and Pyle(1977)が非対称情報下における金融機関の役割を議論して以来、「情報生産」は銀行の主要な役割の1つとして考えられるようになった。「情報生産」とは、融資前の事前審査や融資後の借り手の監視、監督を指す。「情報生産者としての銀行行動」に関する研究の多くは、銀行による情報生産が非対称情報の問題をいかに緩和するかを専ら強調し、銀行がその役割を果たさなくなる可能性についてはあまり議論していない。しかし、現実に目を向けると金融機関の事前審査は時期によってその水準を大きく変化させている。この事実は、たとえば日本の都市銀行の多くが審査部をバブル期の数年間廃止あるいは縮小していた事実からも伺い知ることができる。

 2本の論文に共通する特徴は、以下の2つの要素が組み合わさることで金融機関の審査態度を循環させる環境(戦略的関係)が作り出されることを示したことである。

(1)他銀行の融資行動を模倣することによる審査費用の節約。

 借り手のプロジェクトの内容や経営者の資質など返済能力に関する情報の収集にはコストがかかる。ある銀行が審査を行い、他の銀行がその融資行動を模倣すれば、他行はその審査費用を節約できる。この論点は、Aoki,Patrick, and Sheard(1994)をはじめとする一連のメインバンクに関する議論によって多くの経済学者に広く知られるところとなっている。もちろん、「判断に困ったときに他者の振りを真似する」という行為自体は我々がごく目常的に行っている行為であり、銀行の審査担当者がそのような行為をすること自体は全く特別なことではない。しかし、この自然な模倣行為は、模倣されるものが誤った判断をすると他の多くも誤った判断をしてしまう危険性、あるいは脆弱さを持っている。

(2)融資判断の評価が相対的に行われている点。

 いわゆるモラルハザード問題があるため、審査担当者に適切な行動をさせるためには、判断を適切に評価して、すなわち、判断が結果的に悪ければ利得も低くなるようにしてインセンティブをコントロールしなければならない。この点はLeland and Pyle(1977)が既に議論している。ただし、多くの研究は、個々の絶対的なパフォーマンスのみに基づいた評価を仮定して議論を展開し、相対パフォーマンスに基づく評価は無視している。著者は、簡単化の結果見落とされている相対評価システムにもう一つの危険性が潜んでいると考えた。相対評価システムは他の銀行と比較して判断の善し悪しを議論するもので、多くの銀行が適切な判断をしているときにはインセンティブ・スキームとして強い効果を発揮するが、逆に他の銀行の多くが不適切な判断をしているときにはほとんど効果を持たない。このような明らかな欠陥にもかかわらず、相対評価は日常的に広く利用されているのである。他の多くの銀行が同じ過ちを犯したという理由で、都市銀行の経営者の多くはバブル後の不良債権問題の責任を問われず、預金者も不適切な経営をした銀行から虎の子の預金を引きだそうとはせず、政府までもが公的資金を投入して、その失敗の尻拭いをしようとしている。この事実が審査態度の循環的変動を理解するための手がかりになると考えられる。著者は相対的評価を前提として分析しておりそれがなぜなされるのかという部分のモデル化は行っていない。

 第2章の論文、「金融仲介機関における相対評価」は、経営者とその部下の審査担当者からなる銀行内部のprincipal-agent問題に注目し、そこでのインセンティブ・スキームが相対評価のみに基づくという仮定の下で分析を行う。その結果、「模倣による審査費用の節約」と相対評価システム」の結合が複雑な構造を持った戦略的関係を生み出すことを示した。具体的には銀行間の関係を同時手番ゲームとして記述すると、ゲームが純粋戦略均衡を持たない構造(ジャンケンと同じ構造)を持つことが示される。ジャンケン・ゲームは3つの戦略が混在する混合戦略均衡のみを均衡として持つゲームとして知られているが、モデルでは「審査」と「模倣」と「怠慢」の3つの戦略が混在する状態のみが均衡となる。

 この均衡分析にとどまる限り、銀行態度の変動は見えてこない。しかし、ひとたび均衡分析から離れ、均衡外での経済主体の学習調整行動に目を向けると均衡外調整過程が均衡の周りを循環することが明らかになる。均衡そのものの変動ではなく、経済主体の均衡外学習過程として景気循環を理解しようというのが、本博士論文の立場である。

 第3章の論文「審査と銀行間競争」は、この論文に対する様々な批判を考慮して拡張されたモデル分析である。検討されたのは、「模倣という行為は必然的に判断の遅れを伴うはずであるが、第2章の論文はこの点を無視し同時手番ゲームとしてモデルを記述している」という批判である。第3章の論文では、この批判を踏まえ、2つの銀行が順番に意思決定をする展開型ゲームとしてモデルを構成した。また、第3章では銀行内部の評価システムではなく、銀行そのものが預金者によって評価されているという事実に注目し、預金者による銀行の相対評価が銀行間の競争関係に与える影響を分析した。以上の2つの変更点はモデルの構造を大きく変えたが、結論の本質的な部分は変更されていない。

2. 第4章の論文の特徴

 上述の通り、経済主体の均衡外における調整過程の分折は景気循環を含む不可解な経済変動の理解を助けるものと期待される。このような認識から、第4章の論文「戦略調整費用と確率論的選択」では、経済変動分析への応用を目的とした均衡外調整過程の導出を試みている。

 ゲームにおける学習理論は必ずしも経済変動分析を目的としていないため、経済モデルに特有の事情は考慮されないことが多い。経済モデルにおける戦略は一般に連続の数値で明確な順序関係を持つが、ゲーム理論では戦略間の順序は考慮されない。この事実は、均衡分析にとどまる限り問題ないが、戦略の調整を考える上では極めて重要である。一般に数量や価格などは少しずつ時間をかけて修正するのと比べて、大きく急激に調整する方が大変であることが多いからだ。本論文は、最適投資理論で使われる凸型の調整費用関数を応用してモデル化し、合理的な経済主体による調整過程を導出した。その方法は以下の通りである。まず、戦略空間がユークリッド空間であるような同時手番ゲームを考える。このゲームをオリジナルゲームと呼ぶことにする。次にオリジナルゲームの任意の戦略の組を各プレイヤーがとっている状況を考える。調整直後の利益だけを考える近視眼的なプレイヤーを想定する。彼らは戦略を修正することで利得を改善することが出来るが、(前述の通り)現在の戦略から離れた戦略を選ぶためにはより多く調整費用を負担しなければならないものとする(凸型の調整費用関数)。こうしてオリジナルゲームから任意の戦略の組を基点とする調整ゲームを構成することができる。ある戦略の組からスタートして、それを基点とする調整ゲームの解が決まると、次はその解を基点とする調整ゲームにプレイヤー達が直面する。この繰り返しによって得られる調整ゲームの解の列として調整過程を考える。

 この方法の問題は調整ゲームが必ずしもユニークな解を持たないことである。この問題を解消するため、このモデルでは調整時間の極限をとるという方法を採用する。調整ゲームの期間の長さを外生的なパラメーターで与え、より短い時間で調整するにはより多くのコストが必要であるという仮定を導入する。その上で調整時間のパラメーターを極限まで小さくする。その結果、各ブレーヤーの調整過程はある微分方程式に一意に収束する。この微分方程式によれば、各プレーヤーは各戦略を利得関数の偏微係数が正(負)ならば増加(減少)させることが最適である。この結論は極めて直観的であり、この微分方程式は近視眼的なプレイヤーが凸型の調整費用関数に直面するときの一般的な調整過程を近似するものと解釈出来る。

 調整費用が距離の二乗に比例する特殊ケースにおいて、微分方程式はFurth(1986)の採用した調整過程と厳密に一致する。つまり、4章の分析はFurthの調整過程にミクロ的な基礎付けを与えることに成功したと言える。Furth(1986)と同様の調整過程は、Flam and Ben-Israel(1989)やFlam(1996)も採用しているが彼らは経済主体が自らの利得関数の局所的な情報しかもたないことをその正当化としてあげている。この論文はそれらとは別のアプローチではじめてミクロ的基礎付けに成功したといえる。

 本論文の第二の分析は、Kandori,Mailath and Rob(1993)と類似の確率論的進化ゲーム理論の応用による均衡選択問題の解析である。具体的には、複数の定常状態がある場合にどの定常状態が長期的に最も観察されるかを分析している。Furth(1986)らの調整過程はNash均衡以外の状態も定常状態として有するため、他の調整過程と比較して相対的に多くの定常状態を持つ傾向がある。このため複数の定常状態のうちどれが最も頻繁に観察される傾向があるかを調べることは極めて重要である。

 先に導出された微分方程式にWiener過程に従う外生的撹乱項を導入してその定常分布を解析的に分析した。(撹乱項はプレーヤーの実験あるいはプレイヤーの直面する環境の変化として解釈される。)定常分布分析の結果として、ゲームがexact potentialを持つ場合には、それを最大にする状態が最も頻繁に観察されることが解析的に示される。exact potential gameは複数の定常状態を持ちうるので、この結論は非常に有効な材料を分析者に提供するものと期待される。exact potential gameにおいてpotentialを最大化する状態が頻繁に観察されるという結論は、Ui(1997)が離散時間のLogit-type quantal response modelで示した結論と一致する。すなわち、この論文は結論の頑健性を代替的なアプローチで証明したと言える。

 一方、分析をexact potential game以外に拡張することは難しく、結論が必ずしも維持されない可能性があることを例を挙げて示している。

講評:

 本博士論文は3本の論文をまとめたものとみなすことができる。最初の2本は、銀行の与信行動に関する分析で、進化論的なアプローチを用いて景気循環を示したものである。モティベーションはRBC理論から来ているものの、分析はRBCというよりは進化論的ゲーム理論の手法を取っていると言ってよい。静学的なゲームの構築では、

(1)他銀行の融資行動を模倣することによる審査費用の節約。

(2)融資判断の評価が相対的に行われている点。

の2点が主要なポイントである。

 最後の1本は、他の2本で用いられた動学そのものに着目し、理論的な分析を行っている。1本目はReview of Economic Dynamic、に掲載予定である。2本目はそれを改善・発展させたモデルであり、この論文も国際誌にPublishableであると思われる。3本目はどちらかと言えば前の2本の論文で用いている動学過程にミクロ的基礎づけを与えるという位置づけができるが、この論文単独でも出版可能であると考えられる。

 RBCの研究者がいない中で、この分野に着目し、ほぼ独力でモデルの構築分析を行い、Publicationにまで辿りついた点が高く評価できる。一般のRBCモデルとは異なり、進化論的なアプローチを用いて、近視眼的ないし限定合理的な経済主体を仮定して動学経路の分析を行っているが、この点も、申請者の研究の幅を示すものとして評価できる。上記(2)の点も面白い着眼点であるが、相対評価がなぜなされるか、という点に関しては十分な分析がなされておらず、今後の課題である。また、モデルの動学的分析に主眼を置いているため、現実の経済での政策提言の可能性や実証の可能性等についてはほとんど分析されていない点、そして金融のサイクルがどのようにマクロ変数に影響を与えていくのかに関する分析が議論が不十分な点が問題として挙げられる。マクロ経済学の研究者として今後活動していく際には、視点を広げていく必要があろう。

 上述のように課題なしとは言い難いものの総合的に見て、本研究科の博士論文に対する要求水準を十分に満たしている。以上により審査員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしい水準にあると判定した。

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