学位論文要旨



No 115633
著者(漢字) 中野,譲
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,ジョウ
標題(和) 円筒型検出器系を用いたダブルラムダハイパー核の実験的研究
標題(洋) Study of Double-Lambda Hypernuclei using the Cylindrical Detector System
報告番号 115633
報告番号 甲15633
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3860号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 森,義治
 東京大学 教授 杉本,章二郎
 東京大学 教授 片山,一郎
 東京大学 助教授 森松,治
内容要旨 要旨を表示する

 Λ(uds)-Λ(uds)間相互作用の大きさは、2つのバリオン間に働く強い相互作用を統一的に理解するためには不可欠な物理量であるが、その大きさは良く分かっていなかった。ダブルラムダ核(ΛΛA核)の質量を測定することでΛ-Λの間に働く相互作用を知ることができるが、ストレンジネスを2つ含む原子核系(S=-2系)の生成断面積が小さく、これまでΛΛ核の検出報告は数例しかなかった。他方、1970年代にQCDにおけるカラーマグネティック相互作用により、安定に存在する6クォーク系、H粒子の存在がJaffeにより示唆された。H粒子“uuddss”はΛ-Λと量子数が同じであるため、ΛΛ核の存在は軽いH粒子を排除するという関係にある。このように、H粒子の存在の可能性も含めて、Λ-Λ間相互作用の大きさを明確に決定する必要性が近年高まっている。

 そこで我々は、K-+p→K++Ξ-、Ξ-+p→ΛΛ+Q(28MeV)の2段階反応を使って、9BeターゲットにΞ-粒子を吸収させて比較的軽いΛΛ核を生成し、ΛΛ核からの弱い相互作用による連続したπ粒子崩壊を円筒型検出器系で同定し、π粒子の運動量を測定することでΛΛ核の質量を測定する実験を提案、米国ブルックヘブン国立研究所のAGS加速器においてE906実験として承認され実験を行った。

 実験に先立って、E906実験のための円筒型検出器系(CDS)を開発した。CDSは、Heベースのガスを使った円筒型ドリフトチェンバー(CDC)、それを取り囲むMWPC型カソード読み出しチェンバー(CDZ)、磁場中でも動作可能なトリガー用ホドスコープ(CDH)、磁場が一様なソレノイド磁石で構成される。CDS全体として高立体角を実現するようデザインされ、4πに対して約60%以上を実現している。検出を目的としている100MeV/c付近のπ-粒子は、チェンバー内部での多重散乱からの影響が無視できないため、CDCでは物質量を低く押さえるように努力、設計された。宇宙線を使ったテストでは約230μmの分解能が得られている。ソレノイド磁場は、チェンバーの有効体積内で0.5Tの磁場に対して0.5%以下の変化率の一様性を実現した。最終的に、CDSでは100MeV/cπ-に対して約8MeV/c(FWHM)の精度が得られることが確認された。

 1997年度4月より2ヶ月、1998年9月より2ヵ月半実験を行った。1998年度の実験では1x1012個のK-を9Beターゲットに照射し、約1x105の(K-,K+)反応が得られた。(K-,K+)反応と同期して、S=-2系より放出された崩壊π-の運動量ヒストグラムがえられ、予想される自由Ξ-粒子崩壊からの2つのπ-より多いイベントを確認した。それらはΛΛハイパー核を含むS=-2系からのπ-が期待される領域(90〜140MeV/c)に偏っており、われわれの方法によりS=-2系のハイパー核生成を確認したといえる。その中でも特に、ΛΛ4H→Λ4He+π-,Λ4He→3He+p+π-のπ-を同定した。得られたΛΛ4H→Λ4He+π-崩壊のπ-ヒストグラムをガウス関数フィッティングして、事象数として22.8±6.0がえられ、バックグラウンド数の平方根〓に対して十分な統計量を与えている。また、ΛΛ4H崩壊の、中間子の運動量として116.4±1.4(統計誤差)±1.2(系統誤差)(MeV/c)がえられた。これはΛΛ4Hの崩壊が主としてΛ4Heの励起状態(ex=1.15MeV)へ起こるとすれば、ΛΛ4Hの質量として4106.2±0.94(統計誤差)±0.80(系統誤差)(MeV)を与える。原子核中でのΛΛ相互作用を表現する物理量としてボンドエネルギー;ΔBΛΛを考えると、ΔBΛΛ=0.47±0.94(統計誤差)±0.80(系統誤差)(MeV)と換算される。

 ΛΛ4Hはぎりぎり束縛されると予想されており、採用するΛΛ間相互作用の符号により束縛するか、しないかが変わる。今回の結果によりΛΛ4Hが存在することが確認されたため、ΛΛ間相互作用は引力的であることがわかった。さらに今回得られたΛΛ4Hの質量によりH粒子の質量の下限値として、MH>2230,6±0.94(統計誤差)±0.80(系統誤差)(MeV)、という限定を与えることができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ダブルラムダハイパー核、すなわち、原子核中にラムダ(Λ)粒子が2個入った奇妙な原子核の探索実験を行い、22.8±6.0個のΛΛ4Hを発見した成果をまとめたものである。ダブルラムダハイパー核(以下ΛΛ核)の質量を測定することで、Λ-Λ間の相互作用の大きさを導き、強い相互作用(拡張された核力)を統一的に理解することが最終目的であるが、そもそもΛΛ核はこれまで写真乾板を用いた実験で数例が観測されているだけであるので、新しいΛΛ核を同定するだけでも十分に意義ある研究である。

 論文申請者らは、写真乾板内でダブルラムダ核が2回連続して弱崩壊するバーテックスを探す従来の方法に代わって、ΛΛ核の弱崩壊で放出される2個のπ-を円筒型検出器系で同定し、それらの運動量を測定することでΛΛ核の質量を測定する新しい方法を提案した。放出されるπ-は100MeV/c程度の運動量を持つが、その運動量を正確に測定すれば、(弱崩壊のバーテックスを見なくても)親核を同定することが可能である。

 ΛΛ核は、まず9Be標的にK-を照射してK-+p→K++:Ξ-によってΞ-粒子を生成し、次にそのΞ-粒子を9Beに吸収させる(Ξ-+p→ΛΛ+Q (28MeV))という2段階反応で生成された。

 論文申請者の第1の寄与は、この実験に不可欠な円筒型検出器系(CDS)の開発・制作である。CDSは、Heベースのガスを使った円筒型ドリフトチェンバー(CDC)、それを取り囲むMWPC型カソード読み出しチェンバー(CDZ)、磁場中でも動作可能なトリガー用ホドスコープ(CDH)、磁場が一様なソレノイド磁石で構成される。CDS全体として大立体角を実現するようデザインされ、4πに対して約60%以上を実現している。検出を目的としている100MeV/c付近のπ一粒子は、チェンバー内部での多重散乱からの影響が無視できないため、CDCでは物質量を低く押さえるように設計された。最終的に、CDSでは100MeV/cのπ-に対して約8MeV/c(FWHM)の精度が得られることが確認された。

 実験は、米国ブルックヘブン国立研究所のAGS加速器において1997年度4月より2ヶ月、1998年9月より2ヵ月半実験行われ、最終的に1×1012個のK-を9Be標的に照射し、約1×105個の(K-,K+)反応を得た。これと同期して、π-が2個CDSで捕捉された事象を選別し、π-運動量分布を測定したところ、ΛΛ核からのπ-が期待される領域(90〜140MeV/c)で、自由Ξ-粒子の崩壊から予想されるよりも事象数が過剰であることが見いだされた。

 論文申請者の第2の寄与は、既知のΛハイパー核(Λを1個含む核)の質量などの情報を用い、これらの事象が、ΛΛ4H→Λ4He+π-,Λ4He→3He+p+π-に起因するものであると同定したことである。その事象数は、22.8±6.0と見積もられ、統計的に有意である。

 ΛΛ4H崩壊のπ中間子の運動量は、116.4±1.4(統計誤差)±1.2(系統誤差)(MeV/c)であった。理論的には、ΛΛ4Hは主としてΛ4Heの励起状態(ex=1.15MeV)に崩壊すると予想されるので(スピン選択則)、これを考慮し、ΛΛ4Hの質量は4106.2±0.94(統計誤差)±0.80(系統誤差)(MeV/c2)と求められた。これを、ΛΛのボンドエネルギーΔBΛΛに焼き直すと、ΔBΛΛ=0.47±0.94(統計誤差)±0.80(系統誤差)(MeV)となる。

 理論的には、ΛΛ4Hは、採用するΛ-Λ相互作用の符号により束縛するか、しないかが変わる。今回得られたΔBΛΛの値は誤差の範囲で正負どちらも許容されるが、ΛΛ4Hの存在が確認されたため、Λ-Λ相互作用は引力的であると結論された。

 なお、本論文は福田共和氏らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって装置制作・データ解析・分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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