学位論文要旨



No 115634
著者(漢字) 上杉,智教
著者(英字)
著者(カナ) ウエスギ,トモノリ
標題(和) シンクロトロンにおける空間電荷効果による半整数共鳴の実験的研究
標題(洋) Experimental Study of a Half Integer Resonance with Space Charge Effects in a Synchrotron
報告番号 115634
報告番号 甲15634
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3861号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,幸秀
 高エネルギー加速器研究機構 教授 横谷,馨
 高エネルギー加速器研究機構 助教授 永江,智文
 東京大学 教授 片岡,武司
 東京大学 教授 後藤,彰
内容要旨 要旨を表示する

 粒子加速器のビーム強度を増大するには、機器の放射化を避けるために、ビームロスを最小限に抑える必要がある。特にビーム強度が増大し、粒子間の相互作用が無厚できない場合に、空間電荷効果によるビームロスが深刻な問題を与えると考えられている。空間電荷効果とは、同種荷電粒子間の発散力により、加速器が本来持つ外部集束力が弱められ、さらにそうした集束系の中で粒子の振動(ベータトロン振動)が周期性を持った外場と共鳴することによって起こるというものである。しかしながら、空間電荷効果を考慮したときの共鳴現象は、本来非線形問題であり解析が非常に難しく、詳細なメカニズムに関しては明らかになっていない。

 一つの試みとして、ビームサイズの脈動振動を記述するエンベロープ方程式を用いる方法がある。エンベロープ方程式は、定常解が線形の空間電荷力をもつと仮定しているものの、ベータトロン振動と外部の線形力との共鳴(いわゆる半整数共鳴)を考察する有効な手段である。1967年に、Sachererにより一様集束磁場の近似のもとでエンベロープ方程式を用いた解析が行なわれ、その結果、(1)ビームサイズの増大が小さければ、半整数共鳴の条件は粒子集団が行なうコヒーレント振動の振動数によって定式化される(2)ビームサイズ増大を考慮した場合、ビームサイズの増大によって空間電荷効果が緩和されるため、共鳴の振動数の条件がずれる。等のことがわかった。しかしながら、空間電荷効果による半整数共鳴現象の実験的検証はまったく行われていない。

 我々は、実際のシンクロトロンを用いて意図的に半整数共鳴を起こし、ビームの振舞いを観測することによって共鳴の現象を実験的に調べることを計画した。実験の方法は、(1)二台の四重極磁石によってあらかじめ周期的な外場を励起しておく(2)そこヘビームを入射して入射エネルギーのままで周回させる(3)集束磁場強度を時間的に変化させることによってビームのベータトロン振動数を半整数周辺に近付ける(4)ビーム強度を逐次モニターし、ビームが失われる様子を測定する、というものである。実験は、エネルギーが低いために空間電荷効果が顕著に現れるHIMAC重粒子シンクロトロン(放射線医学総合研究所)において行なわれた。特にビームが集団のコヒーレント振動の振動数を把握するため、新たに四極モニターを製作して同シンクロトロンに設置した。

 実験の結果、振動数を高い方から共鳴に近付けたときはゆっくりとした、低い方から近付けたときでは急激なビームロスが観測された(図1)。またビームロスがはじまった瞬間のベータトロン振動数はビーム強度が大きいときには高い方へずれることが確認された(図2)。このことは、半整数共鳴の条件が、空間電荷効果によるベータトロン振動数(個々の粒子の振動およびコヒーレント振動)の減少を反映することを示している。

 ビームロスの速さの違いは、空間電荷効果によってベータトロン振動数が低くなることから説明できる。ビームの一部が失われれば、空間電荷効果が弱められるため、ベータトロン振動数は高い方へ引き戻される。すなわち、ベータトロン振動数が半整数共鳴線の上側にある時には、ビームロスによってベータトロン振動数が半整数から離れ、逆に下側にあるときには近付く。こうして、ベータトロン振動数を高い方から半整数に近付けた時にはゆっくりとした、低い方から近付けた時は急激なビームロスがおこったと考えられる。

 実験結果の解析はシミュレーションとの比較によって行なわれた。シミュレーションにおいても、ビームロスのはじまるベータトロン振動数の値が空間電荷効果のあるときに高い方へずれること、また上側から半整数に近付けた時はゆっくりと、下側から近付けた時は急激にビームが失われることが確認された。また、ビームロスのはじまる前に起こるビームサイズの増大に関しても、上側からベータトロン振動数を半整数に近付けたときはゆっくりと、下側から近付けたときは急激に起こった。rmsビームサイズの増大は、分布によらずエンベロープ方程式を用いて求めたものと完全に一致していた。

 ベータトロン振動数を上側から半整数に近付けるシミュレーションを放物線分布のビームではじめた場合、エミッタンスの小さい粒子ほど早くベータトロン振幅が増大し、その結果ビームの中心部の密度が外側よりも早く減少して分布が崩れることがわかった。このことは、エミッタンスの小さい粒子ほど空間電荷効果によるベータトロン振動数の変化が大きく、より半整数に近い値をもつことから理解できる。しかしながら、このような個々の粒子の振幅の増大は分布の変化をもたらすのみで、即座にその粒子が失われることにはならない。

 以上をまとめると、

 1. 空間電荷効果によるベータトロン振動数の減少を反映して、半整数共鳴のおきるベータトロン振動数の範囲が高い方へずれることが、実験的にはじめて検証された。

 2. ベータトロン振動数が高い方から半整数に近付いたときはゆっくりとビームが失われる。したがって、この場合、ビームロスの起きはじめるベータトロン振動数は、アパーチャーに直接依存する。逆に低い方から近付けたときでは急激なビームロスがおきる。

 3. 半整数共鳴の近くでのビームの振舞いについて、強集束を用いた実際のシンクロトロンにおいても、エンベロープ方程式を用いた解析は有効である。

 4. ベータトロン振動数を上側から半整数に近付けたとき、エミッタンスの小さい粒子ほど半整数に近いベータトロン振動数をもつために、他の粒子よりも早くベータトロン振幅の増大をおこす。しかしながら、このようにしておこる個々の粒子の振幅の増大は、振幅の増大にともなう空間電荷効果の緩和によって制限されている。

図1: 半整数共鳴によるビームロスを表す波形。縦軸がビーム強度、横軸が時間で、左上・右上は上側から、左下・右下は下側から半整数のベータトロン振動数に近付けた場合に対応する。また、右側の二つはビーム強度の低い条件での結果。

図2: ビームロスが起きた瞬間のベータトロン振動数を表す図。横軸は、意図的に励起したエラー四極磁場の強度。入射ビーム強度が高い場合と低い場合の比較。入射強度が低いデータは、空間電荷効果を考慮しないで求めた半整数共鳴条件の理論計算(点線)と一致している。

審査要旨 要旨を表示する

 加速器における粒子ビームの大強度化は、今後の加速器科学が目指すべき一つの方向である。しかし、この大強度化に伴い、空間電荷効果によるビーム・ロスのメカニズムの解明とこのロスの低減が大きな課題となってくる。空間電荷効果とは、ビーム内の荷電粒子間のクーロン斥力のために加速器自体がもつ外部磁場による収束力が弱められ、粒子のべ一タトロン振動数が減少することに伴う効果である。この空間電荷効果は、特にビーム・エネルギーが低い場合に著しいが、もし粒子のもつ振動数が減少して、その振動が周期的な外場と共鳴すると、大きなビーム・ロスを引き起こす。

 しかしながら、空間電荷効果を考慮した共鳴現象は解析が難しく、また実験的にもよく調べられていないため、その詳細なメカニズムは明らかになっていない。

 論文提出者は、特にビーム・ロスの大きな要因と考えられる半整数共鳴に着目して、空間電荷効果に関するビーム・ロスの実験及びその結果を解釈するための計算機シミュレーションを行い、これを本論文としてまとめている。

 本論文は、4章と付録Aから構成される。第1章は、序論として研究の背景、目的等について記述している。第2章は、放射線医科学研究所(放医研)の加速器HIMACにおける四重極振動モニタの開発とビーム実験、第3章は、シミュレーションの方法と結果、第4章は、実験結果と計算結果との比較及び考察について述べている。また、付録Aでは、粒子の運動の線形理論、空間電荷効果を取り入れたenvelope方程式とその解析解について解説している。また、四重極モニタにビームが誘起する電圧に関しても記述している。

 第1章では、まず、空間電荷効果によるビーム強度の限界について略述し、単粒子的な(インコヒーレントな)効果でなく、集団的な(コヒーレントな)効果を取り入れることの重要性が述べられている。これに関連して、F.J.Sachererによる、一様収束場近似のenvelope方程式を用いた電荷効果の解析について解説している。また、他の施設で行われた空間電荷効果に関する実験結果についてもレビューしている。これによれば、インコヒーレントなチューンによる共鳴でビーム・ロスが起きているのではないということが示唆されている。

 第2章では、まず本研究で用いた放医研のHIMAC全体の説明をし、実験に用いたビームモニタ、共鳴幅をコントロールする四極電磁石、四重極モードを励起するためのRFquadrupoleについて述べている。さらに、論文提出者が自ら開発した四重極ビームモニタ(quadrupole beam monitor)について、その原理と製作、キャリブレーション及びHIMACでのビーム試験について述べている。この四重極ビームモニタのビーム試験では、コヒーレントな四重極振動及び二重極振動の2次高調波が観測され、四重極振動数は、空間電荷効果によりビーム強度に依存するが、二重極振動数にはその依存性ないということがはっきりと実験的に検証された。

 また、この章の後半では、本研究の目的である(垂直方向の)半整数共鳴付近での空間電荷効果を調べるために行われた実験の方法とビーム実験の結果(Sec.2.3.1:入射ビームのプロファイル測定、Sec.2.3.2:チューン測定、Sec.2.3.3and2.3.4:チューン・シフトのビーム強度依存性及び垂直方向のエミッタンスの推定、Sec.2.4.1:チューンが半整数共鳴を横切るための方法、Sec.2.4.2:ビーム・ロスのチューン依存性及びビーム強度依存性の測定)について述べられている。

 第3章では、まず、マクロ粒子による計算機シミュレーションの方法(HIMACのモデリング、空間電荷効果を取り入れたマクロ粒子による計算手法、粒子の初期分布の取り方、シミュレーションから意味のある物理量を求める方法、その他の各種パラメータの選択等)について詳述されている。次に、この方法を適用して・半整数共鳴をチューンが横切る時のビーム・ロスの振る舞いやビームサイズの増大等について、シミュレーションを行っている。

 第4章は、第2章におけるHIMACでの実験結果と第3章におけるシミュレーション結果の比較と、それについての考察に当てられている。実験と計算の結果は、細かい点で差異はあるものの、よく一致している。

 結果比較及び考察を要約すると、(1)空間電荷効果がない場合には、ビーム・ロスが起きるチューンの上限と下限は、単粒子的描像で決まる半整数共鳴の上限・下限とよく一致してる、(2)空間電荷効果がある場合には、この効果によるチューン・シフトのために、ビーム・ロスが起きるチューンの上限・下限は高い方向にずれる、(3)チューンが高い方から半整数に近づく場合には、ビーム・ロスは徐々に起きる。これは、ビーム・ロスによってビーム強度が減少するため、チューン・シフトが小さくなり、チューンが高い方に引き戻されるためであると解釈できる。また、この場合、半整数共鳴によるベータトロン関数の増大に伴ってビーム・サイズが徐々に増大するということがシミュレーションで示されている。(4)逆に、チューンが低い方から半整数に近づく場合には、急激なビーム・ロスが起きる。これは、ビーム・ロスが起きるとチューンが高い方向にずれ、さらにビーム・ロスを引き起こすという、一種のpositive feedbackとなるためであると解釈できる。このような現象は、ビーム・サイズの増大についても、全く同様になると考えられるが、シミュレーションでは、この急激なサイズの増大とビーム・ロスが同時に起きるということが示されている。

 以上のように、本研究は、半整数共鳴付近での空間電荷効果を実験的に詳細に調べたものであり、この研究により空間電荷効果によるチューン・シフトのために、ビーム・ロスが起こるチューンの閾値が上方にずれるということを実験的に初めて検証したものである。また、チューンが半整数の上側から近づく場合と下側から近づく場合とでは、ビーム・ロスの様子が大きく異なるということも見いだしている。さらにシミュレーション結果は実験結果と定性的によく一致することを示した。大強度加速器においては、今後、ビーム・ロスのメカニズムの解明が非常に重要になってくると広く認識されているが、この研究は、空間電荷効果によって生じるビーム・ロスのメカニズムを、半整数共鳴について、実験及びシミュレーションによって明らかにしたものであり、その学術的意義は大きいと判断される。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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