学位論文要旨



No 115635
著者(漢字) 鬼澤,真也
著者(英字)
著者(カナ) オニザワ,シンヤ
標題(和) 地震波速度構造解析から推定した伊豆大島火山のマグマ供給システム
標題(洋) Magma Plumbing System of Izu-Oshima Volcano as Inferred from Seismic Velocity Structure Analysis
報告番号 115635
報告番号 甲15635
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3862号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩崎,貴哉
 東京大学 助教授 鍵山,恒臣
 東京大学 助教授 栗田,敬
 東京大学 教授 大久保,修平
 東京大学 教授 渡辺,秀文
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 火山活動を理解する上でそのマグマ供給システムを知ることは重要である。そのために地下構造を推定することは有効である。特に地震波速度は浅部から深部にかけて比較的高分解能で探査が可能であるため、多くの火山でその推定が行われてきた。伊豆大島火山においても過去に地震波速度を推定した研究が多くの見られるが、それらの結果を見ていくと必ずしも多くの知見が得られてきたとは言い難い。これはこれまでの研究に用いたデータ量が足りないことと、解析方法に問題があったためと考えられる。そこで今回の研究では、従来より高分解能で地震波速度構造を推定する方法を開発し、それを伊豆大島火山の地下構造探査に用いた。高分解能を得るために(1)浅部構造を求めるための近地地震の走時データと重力データとを用いた速度-密度同時インバージョン、(2)深部構造を求めるための遠地地震の走時データを用いた非線型速度インバージョン、(3)走時データの大幅な増加、というアプローチを取った。

近地地震と重力データとを用いた速度-密度同時インバージョン

 浅部領域を高分解能で探査する目的で速度-密度同時インバージョンを行った。これは近地地震のP波、S波走時データだけでなく重力データも用いて、P波、S波速度、及び密度異常を同時に求める方法である。地表においては一般に地震観測よりも重力観測の方が高密度で行うことが可能である。このため浅部においては重力データの導入により高分解能で地下構造を推定できると期待され、地震波線の不足を補うのに有効であると考えられるためである。

 解析の結果、(1)、深さ0.25kmでカルデラ縁に閉じられた高速度異常、(2)深さ1.25kmで北西-南東方向へ伸びる高速度異常、(3)深さ2.5kmでカルデラ下に高速度異常、(4)深さ4kmでカルデラ北部下に低速度異常、という特徴が明らかになった。特に(2)に関してはこれまで多くの地震波速度探査が行われてきたにも関わらず、明らかになっていなかったものである。(4)に関しては分解能が足りないため、この結果を検証するためには遠地地震を用いた探査が必要となる。

遠地地震をデータ用いた速度インバージョン

 より深部の構造を知るために遠地地震の走時データを用いた速度インバージョンを行った。分解能を向上させる上で推定した波線の誤差はその妨げになる。そこで今回の研究では、(1)3次元不均質媒質中での波線の計算を可能にし、非線型インバージョンを行う、(2)速度だけでなく、地震波の対象領域への入射角、方位角も同時に求める、(3)浅部の構造は同時インバージョンの結果で固定し、浅部の不均質の影響を取り除く、こととした。

 この結果、深さ4.5kmにカルデラ北部下に低速度異常が検出された。

地震波速度構造とマグマ供給システム

 インバージョンの結果得られた速度構造のカルデラ北部を通る東西断面図を他の観測結果と合わせて図1に示す。深さ4.5kmに低速度異常が検出され、この位置は散乱波トモグラフィーから得られた散乱強度の強い領域と対応している。またこの低速度領域の直下に現在進行している山体膨張の圧力源が推定されている。さらに1986年に起こった噴火活動のうち割れ目噴火の際の前兆地震の震源がこの低速度領域と地表の割れ目火口との間に分布している。これらの事実からこの低速度領域はマグマ溜まり、あるいはその最上部に相当すると考えられる。

 一方、深さ1.25kmでは北西-南東方向へ伸びる高速度領域が検出された(図2)。この領域は1986年の割れ目噴火の後の震源の広がり、および地殻変動のパターンとよく一致している。特に南東側では震源のメカニズムは正断層型であり、地殻変動観測から北東-南西方向への拡大が生じたことが分かっている。また地表での側火山は北西-南東方向に配列している。これらのことからこの高速度領域は過去に貫入した岩脈群に相当すると考えられる。また地磁気異常解析から高速度領域と対応する領域で周囲より磁化の強い領域が検出されており、この領域に岩脈群が存在することを強く支持する。

 これらの事実から、伊豆大島火山の地下にはカルデラ北部下のマグマ溜まりからマグマが上昇し、北西-南東方向へ岩脈が貫入するシステムが存在することが推定される(図3)。1枚の岩脈の厚さは一般におおよそ1-2m程度であるにもかかわらず、高速度異常領域として検知されたことはこと、カルデラ北部下のマグマ溜まりへのマグマの供給によると考えられる山体膨張が現在も続いていることから、この過程が過去に繰り返し行われてきたと推定される。

まとめ

 より高分解能を得るための地震波速度探査の方法を開発し、大量の走時データと共に、伊豆大島火山の探査に適用した。その結果、従来では見られなかったマグマ溜まりに対応する低速度領域と岩脈群に対応する高速度領域が検出された。これらの結果からカルデラ北部下のマグマ溜まりからマグマが上昇し、北西-南東方向へ岩脈が貫入するシステムが明らかになった。

図1: カルデラ北部を横切るP波速度東西断面。

図2: 深さ1.25kmにおけるP波速度構造。

図3: 西側から見た伊豆大島火山推定地下断面。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,火山活動を理解する上で極めて重要であるマグマ供給システムに焦点を当て,特に伊豆大島火山の高分解能地震波速度構造からこの間題の解明に取り組んだものである.地震波速度は,浅部から深部にわたり比較的高分解能で探査可能であり,伊豆大島火山においても,これまでに幾つかの研究がなされてきた.しかしながら,解析に用いた観測データ量が不十分であったり,解析方法そのものに問題があり,その詳細な構造については多くの不明の点が残されていた.本論文では,これまでに集積されたデータを十分に活用するとともに,地震波データと重力データを組み合わせたインヴァージョン解析を開発し,詳しい速度構造を求めるとともに,その結果を元に伊豆大島火山のマグマ供給システムに関する独自のモデルを提出した.

 本論文の第1章は“緒言”であり,本論文の目的,伊豆大島火山が日本列島域で最も活動的な火山であり,この火山で過去にどのような研究がなされたかが簡単に述べられている.更に,それらの研究の問題点とともに,本論文の目的とその独自性が述べられている.

 第2章は,伊豆大島地域のテクトニクス的背景を簡潔に記述するとともに,1986-87年の噴火及びそのメカニズムが述べられている.さらに,同地域で行われた地震波速度構造が簡単に紹介されている.

 第3章は,近地地震走時データと重力データの同時インヴァージョン法の数学的定式化とともに,実際の解析結果が述べられている.この部分は鬼沢氏が大学院において終始開発・改良を続けてきた課題の集大成であり,最も独創的な部分と言えよう.地震波データによる速度構造インヴァージョンの最大の問題は,波線の偏りである.即ち,用いる地震が一様に分布していない場合(多くの場合はそうであるが),波線の通らない領域が出現し,研究対象領域のすべての構造を高解像度で求めることが難しくなる.一方,重力データは,対象領域を面的に覆っている場合が多く,特に浅い部分の構造について多くの情報を含んでいる.従って,地震及び重力データの両方を用いて構造決定をすることによって,浅部構造に関する解像度が飛躍的に向上する.インヴァージョンにおいては,地震波速度と密度との間の経験則(実験式)を先見的情報として取り込み,計算の安定化を図っている.

 この手法を伊豆大島火山の浅部構造(深さ6km以浅)に適用した.本論文で用いられて伊豆大島の近地地震データセットは,最も稠密な観測網で取得され,かつ鬼沢氏自身によって精選・編集された信頼性の高いものである.また,重力データもoriginalデータを鬼沢氏自身が最補正したものである.このように,解析方法を独自開発するとともに,用いるデータも自身で精選・編集する点は,研究者としての鬼沢氏の資質・研究態度を反映しており,大いに評価すべき点と考える.但し,インヴァージョンの方法自体については,未知数が大きいための制約があるが,得られた解の推定誤差等の定量的評価等が十分とは言えない.今後の改良に期待したい.

 解析の結果,(1)深さ0.25kmでのカルデラ縁に閉じられた高速度異常,(2)深さ1.25kmで北西-南東方向へ伸びる高速度異常,(3)深さ2.5kmでカルデラ下の高速度異常,(4)深さ4kmでカルデラ北部下の低速度異常が明らかになった.特に(2)については,過去の研究では明らかにされなかった重要な発見と言えよう.

 第4章では,伊豆大島火山のより深い部分の構造決定について述べられている.この目的のため,遠地地震走時データを用いた地震波速度インヴァージョンを開発した.この中で,研究対象領域に入射する遠地地震の方向の不確定差を除去する目的で,そのslownessを未知パラメータに組み入れいる独自の方法を提出している.また,浅部の領域における走時異常の影響を,第3章の結果を基に補正した.このような手段により,信頼性の高い深部構造モデルの提出に成功している.この結果,深さ4kmでは,カルデラ北部に低速度体が確認された.この結果は,第3章の結果と調和的であり,逆に言えば,第3章と4章の解析方法の妥当性が示されたことになる.

 第5章は,第3-4章の解析結果を土台にし,地震のメカニズム解,地殻変動観測,地磁気異常の解析結果をも用いて,伊豆大島火山のマグマ供給システムのモデルを提出している.これによれば,深さ4kmの低速度体は散乱波トモグラフィーから推定される散乱強度の高い領域と対応しており,またこの低速度領域の直下に現在進行している山体膨張の圧力源が推定されている.おそらく,この低速度領域はマグマ溜まりに対応するものとしている.一方,深さ1.25kmの高速度領域は,1986年の割れ目噴火後の震源の広がり,メカニズム及び地殻変動のパターンと一致している.これらのことから,この高速度領域は過去に貫入した岩脈群に対応するものと考えられる.また,磁化の強い領域もこの高速度領域に対応することも,上記の解釈を支持するものである.これらのモデルを更に検証するために,今後,地震波減衰構造やS波偏向異方性など,本論文で述べられた以外の観測やデータ解析を進めることが重要であろう.

 上記のように,鬼沢氏は伊豆大島火山のマグマ供給システムの解明にむけて,地震波速度構造決定の新しい手法を開発し,詳細なデータ解析をもとに,そのモデルを提出した.各ステップの研究は,地道かつ詳細であり,解析方法にも独自の工夫がなされている.特に重力データを組み合わせた構造決定手法は,伊豆大島のように稠密地震観測網の無い他の火山において,大いにその威力を発揮するものと期待される.また,得られた構造も,過去の研究に比べて遙かに解像度の高く,信頼性の高いものとなった.これらの点を総合的に評価し,博士(理学)の学位を授与てきるものと認める.

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