学位論文要旨



No 115637
著者(漢字) 小松原,純子
著者(英字)
著者(カナ) コマツバラ,ジュンコ
標題(和) 下部中新統野島層群の堆積相解析にもとづく日本海拡大初期の淡水堆積盆の発達
標題(洋) Sedimentary Environment of the Lower Miocene Nojima Group and the Development of Fershwater Sedimentary Basin at the beginning of the Opening of Japan Sea
報告番号 115637
報告番号 甲15637
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3864号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 棚部,一成
 岩手大学 教授 八木下,晃司
 石油公団 研究員 高野,修
 大阪教育大学 助教授 廣木,義久
内容要旨 要旨を表示する

 日本海は背弧海盆として前期中新世に拡大したといわれている。各地に残る地質記録から、その拡大最初期には淡水堆積盆が発達していたことがわかっている。淡水成堆積物は一般に連続性が悪く年代決定に使える化石記録もほとんどないため、これらの堆積環境を明らかにする試みはほとんど行われてこなかった。しかし、堆積盆の発達最初期を記録する堆積物としてそれらの堆積環境変遷を明らかにすることは、日本海の開裂史を考える上で重要である。著者は淡水成堆積物のひとつについて堆積相解析と有機炭素/硫黄含有量比を用いて堆積環境を復元し、日本海拡大との関連を考察した。

 調査対象としたのは九州北西部に分布する下部中新統野島層群である。現日本海西南部周辺には日本海拡大最初期の淡水成堆積物が多く分布しているが、その中でも九州北西部は当該地層が単純な地質構造のもとに分布し、不整合を介した基盤から海水の流入が確認されている層準まで連続的に観察できる唯一の地域である。野島層群は長崎県北松浦郡鹿町町、同小佐々町の海岸沿い、沿岸の島々に露出している。全部で10ルートを調査し、柱状図を作成した。砂岩中の斜交層理から古流向をあわせて測定した。堆積年代については、現在の化石年代、FT年代に加え新たにK-Ar年代測定を行った。野島層群は下位から大屋層、深月層、南田平層の3層にわけられ、南田平層のみ海成貝化石を産出するので海成層とされている。

 堆積相解析によって野島層群全体を19の岩相に区分し、基底部と小島崎凝灰岩層を除いた部分についてそれらをさらに5つの堆積相に分類した。5つの堆積相とは、堆積相A(湖縁辺部堆積物)、堆積相B(晴天時波浪限界以深堆積物)、堆積相C(デルタ分流流路充填堆積物)、堆積相D(デルタ分流河口洲とプロデルタ堆積物)、堆積相E(プロデルタ流路充填堆積物とプロデルタ堆積物)である。これら堆積相の分布から、野島層群全体を同時間面で区切られた9つのユニットに分け、それぞれの堆積環境を復元した。堆積環境は、堆積初期の扇状地もしくは河川を経て、まずデルタの形成場から離れた湖縁辺の環境が続き、一時期堆積場は水面上に露出し、その後デルタが卓越した。デルタ卓越以前の河川は北北東に流れ、湖岸線は東西に延び、湖は北へ向かって深くなっていた。そのあと堆積環境はさらに深くなり、深月層中部堆積時にはデルタ分流、デルタ分流河口洲とプロデルタの互層が卓越する。この深月層中部堆積時は古流向が北向きでまとまっており、野島層群の中で一番深い堆積環境へ大量の堆積物が流れ込んでいることから、堆積盆沈降速度、堆積物供給量とともにこの時点が最大であったと考えられる。その後デルタの成長は弱まり、南田平層では完全にその構成要素は見られなくなる。ただし、海成層に特有と言われる堆積相は南田平層には見られなかった。また、大屋層の下部では南ほど堆積速度が速かったが、古流向は変化なく北を向いている。これは南部で沈降があったにも関わらず、堆積物が南から供給されていたために沈降分の埋め立てが常に起こり、北向きの傾斜が維持されていたためである。

 日本海の拡大最初期の堆積物を扱うにあたって堆積場が閉鎖した淡水湖か外海に開いていて海水の流入があった環境であるかは重要な違いである。しかし堆積相解析からは巨大な淡水湖沿岸の堆積物と潮汐の小さい浅海成堆積物を区別することができない。この違いを堆積相以外から明らかにするために、堆積物中の有機炭素と硫黄の含有量を測定した。一般に堆積物中の有機炭素と硫黄の含有量の比を取ることによって、堆積環境が還元的か酸化的か、海水中か淡水中かがわかるといわれている。この結果、南田平層の中部と深月層の下部の2層準に海水の影響が見られたが、硫黄含有量は海水の半分程度であり汽水下での堆積が示唆される。完全な海進は南田平層の堆積以降であると言える。

 これらの堆積環境変遷を周辺の関連堆積盆と対比し、またわかっている限りの当時の構造運動と関連して議論した。野島層群は火山砕屑物のFT年代・K-Ar年代、植物化石群集から22Maを含まずそれより新しく、17Ma以降まで堆積が続いたことがわかっている。年代値に多少の問題はあるが、現在陸上の露出している地層では五島列島の五島層群、対馬列島の対州層群、壱岐の勝本層、島根半島の古浦層、隠岐の郡累層が同年代である。このうち古浦層・郡累層は堆積環境・堆積盆の形成機構・古流向から完全に独立した堆積盆である可能性が高い。五島層群・対州層群・勝本層は堆積年代に関して問題があるものの、野島層群と同時代を含むと考えられる。野島層群・五島層群・対州層群・勝本層を含むこの大きな堆積盆をここで対馬堆積盆と名付ける。対馬堆積盆は北西縁を韓半島南東縁のYangnam断層に、南東縁を五島列島の東岸にそった相ノ島断層に区切られ、主に現対馬列島・五島列島の西岸にそって走る対馬-五島構造線の活動に支配されていた。野島層群はこの対馬堆積盆の南東縁に堆積した。

 堆積物の特徴・分布・古流向・当時の構造運動から、対馬堆積盆の構造はFrostic and Reid(1987a)の非対称リフトモデルで説明することができる。野島層群は対馬堆積盆のroll-overにできた小堆積盆に形成された。また、大屋層の下部で南ほど沈降・堆積速度が速かったのはantithetic断層である相ノ島断層と、それと対をなすsynthetic断層(現時点では未確認)とに挟まれたブロックが断層の活動によって回転したことによって、回転方向も含め合理的に説明できる。このsynthetic断層によって作られた地塁が対州層群(海成)の堆積盆と野島五島層両群(陸成)の堆積盆を区切っていたと考えられる。しかし大局的には堆積盆の沈降は対馬-五島構造線の東落ち正断層活動に規制されていた。野島層群深月層中に見られた沈降速度・堆積物供給量の極大は、日本海拡大最初期における対馬-五島構造線の活動極大時期に対応する可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、中新世前期〜中期に、日本海の開裂に密接に関連しながら発達した淡水成堆積盆の発達史を明らかにしたものである。開裂初期には河川や淡水湖などの淡水成堆積盆の発達が予想され、実際、韓半島南東部や西南日本の日本海側に点々と淡水成層の分布が知られている。しかし、海成層と比較して連続性が悪く時代決定が難しいなどの理由から、これまで詳しい検討は行われていなかった。申請者は、九州北西部、佐世保地域の海岸線に沿って広く露出し、凝灰岩を挟在する野島層群を主たる対象とすることにより、時間-空間分解能の高い淡水堆積盆解析を行い、開裂テクトニクスの解釈に寄与するとともに、変動帯での砂の運搬堆積メカニズムに新しいモデルを提唱した。

 本論文の主要部分(4章〜11章)は、大きく3つの部分から成る。始めの4章〜6章は、野島層群に分布する堆積岩の野外および顕微鏡観察に基づく記載、化石および岩相記載に基づく堆積相の認定と分類、堆積相の組み合わせ、および斜交層理などの古流向解析について述べられ、次の7章と8章で、地球化学データも合わせて堆積環境と堆積システムについて議論される。最後の9章〜11章では、新たな年代測定に基づき周辺地域との対比を行って「対馬堆積盆」を提唱するとともに、拡大テクトニクスと堆積システム変化の関係を議論する。

 野島層群は基本的には砂岩と泥岩の互層から成る。砂岩は、単層の厚さや連続性、足跡化石や乾燥割れ目、漣痕、ハンモック型斜交層理、泥のレキなどの堆積構造の発達状況により、10の堆積相に分類され、泥岩は炭質物の有無や生痕の発達状況から3つの堆積相に区分される。このほか、野島層群の基底礫岩、中部に発達する凝灰岩-凝灰角礫岩が分類される。泥岩と砂岩の13の堆積相は規則的な組み合わせで出現し、それらはA〜Eの5つの堆積相組み合わせ(Facies Association)にグルーピングされる。それぞれが、固有の堆積システム、堆積環境での堆積を示すと解釈される。組み合わせAは、足跡化石や乾燥割れ目を持つ泥岩と漣痕を持つ砂岩からなり、汀線付近の環境、Bは、ハンモック型斜交層理を特徴とし、晴天時波浪限界以深と判定される。堆積相組み合わせCとDは、厚く発達するが連続性の悪いレンズ状の砂を特徴とする。この砂は細粒で淘汰が良く、大きな斜交層理、堆積時変形構造、泥のレキを持つ。Cは全体として上方に細粒化し、最上部には砂と泥の互層部をもち、Dは泥と漸移して発達する。それらの3次元的分布とA、Bとの関係から、C,Dはそれぞれデルタ分流流路充填堆積物、デルタ分流河口洲堆積物と判定される。流路堆積物Eはプロデルタ流路を示すと判断される。堆積環境の認定に当たっては、古流向解析を併用し、堆積システムを合理的に組み立てる努力が払われており、申請者の解釈は妥当であり説得力を持つ。

 申請者はさらに、泥岩の全炭素と全硫黄含有量の分析を行い、絶対含有量とC/S比から、野島層群の堆積物が淡水成堆積盆に堆積したものであることを示した。堆積相解析の結果と合わせると、日本海の拡大初期に九州北西部〜対馬付近に発達した淡水湖に、砂を主体とする堆積物が南方(九州中部付近)から供給され堆積したのが野島層群と言う事が出来る。

 申請者は凝灰角礫岩中の火山岩礫の年代測定を行い、野島層群中部の堆積がほぼ1800万年前であることを示した。この年代を手がかりに、日本列島を日本海拡大初期の状態の復元すると、対馬-五島構造線と相の島構造線に挟まれて南北に細長い堆積盆が出現する。申請者はここに「対馬堆積盆」を提唱する。対馬堆積盆の東半部は野島層群で埋積され、西半部には対馬の海成層が堆積しており、両者を隔てる第3の構造線の存在が示唆される。

 野島層群のデルタ堆積システムは、中部(前期中新世後期)に良く発達している。デルタの発達には大量の堆積物の供給が必須である。デルタが一定の場所である期間断続的に発達するには、堆積量に見合った基盤の沈降が必要である。これらの考察に基づき、申請者は、前期中新世のある時期に、対馬堆積盆の沈降量と土砂供給量の増大があったこと、それが日本海の開裂テクトニクスと密接に関連する可能性を指摘する。

 本論文は、詳細な地質調査に基づき、日本海拡大初期における淡水成堆積盆での砂の堆積システムとして、小規模なデルタシステムの集積を認定し、周辺地質との比較から、この地域に対馬堆積盆を提唱した。本研究は変動帯における砂の発達について新しい視点を導入し、堆積学のみならず変動帯の理解へ大きく貢献する優れた研究と認められる。したがって、本委員会として、本論文提出者に博士(理学)を授与できると認定する。

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