No | 115640 | |
著者(漢字) | 小泉,好司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コイズミ,コウジ | |
標題(和) | 維管束分化の空間的制御に関する遺伝学的研究 | |
標題(洋) | Genetic studies on spatial regulation of vascular development | |
報告番号 | 115640 | |
報告番号 | 甲15640 | |
学位授与日 | 2000.09.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3867号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 序論 シダ植物,種子植物の生活は,体内に張り巡らされた維管束によって支えられている.維管束は,水の通導,同化産物の転流,植物体の支持,情報の伝達など種々の役割を果たしており,連続した形で適切な場所に配置されてはじめて,その機能を十分に果たすことができる.この意味において,維管束の分化位置を決定する機構は,植物生理学上きわめて重要な研究課題と言えるが,実験的研究に乏しく,その理解は進んでいない.維管束パターン形成の基本理論に関しては,キャナライゼーション仮説と反応拡散プレパターン仮説が提示されているものの,いずれも作業仮説の域を出ていない.近年,分子遺伝学的な手法の導入により,生理学的な方法では解析の難しかった形態形成の機構について重要な発見が相次いでおり,維管束分化の研究にもこの手法は大いに有効であると考えられる.そこで本研究は,維管束分化の空間的制御機構の解明を目指して,モデル実験植物であるシロイヌナズナを材料に,維管束のパターンに関する突然変異体の体系的な単離と解析を行った. 2. 結果 2.1. 突然変異体の単離と遺伝解析 シロイヌナズナ(Landsberg erecta系統)にEMSで突然変異を誘発し,2回の自家受粉の後,M2個体別にM3種子を収穫することでM3系統群を作出した.このM3系統群を用いて芽生えの子葉における葉脈パターンに着目して突然変異体の選抜を行った.3400系統についてスクリーニングした結果,14系統の変異体が単離された.いずれの変異体においても葉脈形成の異常は,単因子の劣性形質であった.得られた変異体のうち8系統について相補性検定を行ったところ,2つの変異のみが対立遺伝子関係にあった.つまりこれら8系統の変異体より,葉脈パターン形成に関する7つの遺伝子座と,その変異アリル8つを認めたことになる(表1).各遺伝子座をvascular network defectiveに因んで,VAN1〜VAN7と名付けた. DNA多型を利用した染色体マッピングの結果,VAN1遺伝子座は第II染色体の上端から約25cMに,VAN2は第V染色体の約30cMに,VAN3は第V染色体の約25cMに,VAN4は第V染色体の約0cMに,VAN5は第I染色体の約20cMに,VAN6は第IV染色体の約25cMに,VAN7は第I染色体の約20cMに,それぞれ位置することが判明した(図1).VAN3に関してはさらに精密なマッピングを行い,存在域を約0.7cMの区間に限定することができた(図2).VAN7遺伝子座の領域には維管束分化にも関与するEMB30/GNOM遺伝子座が存在する.gnom変異体とvan7変異体を用いた相補性検定により,両遺伝子が同一であることが確認されたため,van7をEMB30の新しい変異アリルとしてemb30-7と改名した. 2.2. van変異体の表現型 2.2.1. 葉脈 シロイヌナズナの子葉(野生型)では,中央部に主脈,その両側にループ状の側脈が見られる(図3).van1,van2,van3,van4,van6変異体では,子葉葉脈の全体的なパターンは保たれていたが,側脈形成が不完全であり,ループの中断や断片化が観察された.特にvan3変異体の側脈は断片化が顕著であった.van5-1,van5-2変異体では,側脈ループ形成不全に加え,葉脈の全体的なパターンも大きく乱れていた.emb30-7(van7)変異体では,側脈部が欠損しており,子葉の中央部に,管状要素が散在していた. シロイヌナズナのロゼット葉では,中央部に主脈,その両側に主脈から分岐する2次脈,またさらに2次脈から分岐する3次脈が見られる(図4).van2,van3,van4,van6変異体のロゼット葉においては,断片化や(部分的)欠損など,主に3次脈の形成に異常が見られた.もしくはvan5-1,van5-2変異体のロゼット葉では,主脈,2次脈の管状要素が増え,道管が束化していた.emb30-7変異体においては,脈構造が複雑になり,また各脈の管状要素も増えていた. 2.2.2. 葉脈以外の維管束 胚軸維管束の縦方向の連続性に関して,微分干渉顕微鏡を用いて調査したが,emb30-7以外のvan変異体では,明瞭な異常は認められなかった(図5上2段).emb30-7変異体では,(通常,茎頂近くに位置する)道管の末端がしばしば胚軸の中央域に認められた.次に芽生えの胚軸基部の横断切片により,維管束内組織の構成と配置について調べた(図5下2段).野生型では中央部に道管,その両側に筋部が存在するが,van3変異体ではこれと同じ正常な維管束内組織の構成・配置が見られた.van2,van4,van5-1,van5-2,van6変異体の場合,道管については概ね正常であったが,篩部が未発達で,その領域を特定できないことが多かった.またこれらの変異体では,中心柱の輪郭もいくらか歪んでいた.van1変異体では,道管を含む,維管束内組織の配置全体が著しく乱れていた.emb30-7変異体では,野生型と同じような維管束の構成をもつ個体と,維管束の片側にしか節部の発達しない個体が観察された. 根の維管束を透明化材料を用いて観察した結果,道管の連続性に関しては,van1を除いて正常であることがわかった(図6).van1変異体では,根端付近に道管が連続していない個所が認められた.また,すべてのvan変異体で,根端の分裂域,伸長域が縮小している様子が観察された. 2.2.3. 外部形態 播種後7日目の芽生えでは,すべてのvan変異体において主根の成長が強く抑制されていたが,それ以外の点,つまり子葉の展開,形,緑化,胚軸の伸長には重篤な障害は見られなかった(図7).播種後20日目になると,すべての変異体で大きさや葉の枚数に異常が見られ,その程度はvan3<emb30-7<van4<van2,van5-1,van5-2,van6<van1の順で強かった(図8).最も強いvan1変異体は,ロゼット葉を1枚も展開せず,最も弱いvan3変異体は7枚以上のロゼット葉を展開した.なお,ロゼット葉の展開如何によらず,いずれのvan変異体も抽苔することなく枯死した. 2.3 van3変異体の維管束分化 van変異体の中で変異の影響が最も維管束に限定的であったvan3変異体については,維管束分化過程のさらに詳細な解析を行った.van3変異体のループの中断箇所には,丸い葉肉細胞のみが存在し,前形成層を構成するような細長い細胞は認められなかった(図9)ことから,前形成層分化またはそれに先立つ段階にvan3変異が影響することが予想された.そこで維管束分化の各段階におけるvan3変異の影響を,分子マーカーを用いて追跡することを考え,pTED3::GUS遺伝子(管状要素分化過程で発現)とpAthb8::GUS遺伝子(前形成層分化過程で発現)のvan3変異体での発現を調べた.芽生えの子葉においては,形態に基づく予想の通り,pTED3::GUS遺伝子(図10),pAthb8::GUS遺伝子(図11)とも,側脈ループの中断箇所には発現が認められなかった.さらに,胚発生後期過程におけるpAthb8::GUS遺伝子の発現を調べたところ,杖型胚での初期発現域がすでに寸断されていることが明らかとなった(図12).なお,この時期のvan3胚の形態には全く異常が認められなかった.これらの結果からVAN3は前形成層分化以前の維管束パターン決定に関与していることが示された. 3. 考察 本研究では,シロイヌナズナから子葉の葉脈形成に異常が見られる突然変異体を新たに14系統単離し,そのうち8系統の遺伝解析を行った結果,葉脈形成に関与する7つの遺伝子座VAN1-VAN7(但し,VAN7=EMB30/GNOM)を同定した.これらVAN遺伝子座の変異体はいずれも,維管束分化の空間的制御機構を遺伝学的に解析するための,きわめて有効な道具になると期待される.とくにvan3は,胚発生後期過程において,前形成層分化パターンに特異的な異常を示した点で注目される.この表現型は,VAN3遺伝子が維管束分化の位置制御に直接関与することを示唆しており,VAN3遺伝子の単離と1次機能の解明が,今後の研究の鍵になるものと考えられる. ほとんどのvan変異に共通する,特筆すべき性質として,主要な維管束走向(胚軸や根の中央維管束,子葉,ロゼット葉の主脈)に比べ,副次的な維管束走向(子葉の側脈,ロゼット葉の3次脈)により強く影響すること,葉脈の全体的なパターンよりも,維管束の連続性に強く影響することの2点が挙げられる.このような遺伝的障害に対する感受性の違いは,維管束の分化位置決定機構が,中心的な維管束の走向,全体的なパターンの維持に関しては比較的安定で,副次的な維管束の連続性に関して脆弱なプログラムを採用していることを意味する.現在までに,葉脈パターン形成の制御機構については,キャナライゼーション仮説(図13A)と反応拡散プレパターン仮説(図13B)が提示されているが,維管束の全体的なパターンよりも連続性の方が脆弱である,という本研究の結果は,パターン形成に連続性が求められるキャナライゼーション仮説からは説明が困難であり,パターンの断片化が容易に生じ得る反応拡散プレパターン仮説を支持するものと考えている. 表1. 子葉の側脈部の維管束に異常の見られる変異体の相補性検定. 図1. VAN遺伝子の染色体上の位置.#EMB30/GNOM. 図2. VAN3遺伝子座の精密マッピング. #VAN3変異体(Landsberg erecta系統)と野生型(Columbia系統)を交配して得られたF2のうち,VAN3野生型アリルに関してホモ接合(VAN3/VAN3)ないしはヘテロ接合(VAN3/van3)と判断されたものを用いて,各DNA多型マーカーとVAN3遺伝子座との組み換え数を調べた.この際,DNA多型マーカーとVAN3遺伝子座の両方がヘテロ接合であった場合は組み換えなしと判断した. 図3. 野生型およびvan変異体の子葉の維管束. 観察には播種後7日目の芽生えを用いた.Bar-100μm. 図4. 野生型およびvan変異体の第1葉の維管束. 観察には播種後20〜26日目の植物体を用いた.Bar=500μm. 図5. 野生型およびvan変異体の胚軸部の維管束. 播種後7日目の芽生えにおける,脛軸中央部の道管(上2段)と,胚軸基部の維管束の横断面(下2段).vは道管,phは節部を示す.Bar=50μm(上2段),10μm(下2段). 図6. 野生型およびvan変異体の根端部における道管.観察には播種後7日日の芽生えを用いた.矢頭は道管が途切れているところを示す.Bar=50μm. 図7. 野生型およびvan変異体の播種後7日目の芽生え. Bar-500μm. 図8. 野生型およびvan変異体の播種後20日目の植物体. Bar=2.5mm. 図9. 野生型(A)およびvan3変異体(B)の子葉の側脈部の維管束. 観察には播種後7日目の芽生えを用いた. Bar=50μm. 図10. 野生型およびvan3変異体の芽生えにおけるpTED3::GUS遺伝子の発現 (A)播種後7日目の野生型の芽生え.(B)(A)の子葉部の拡大.(C)播種後7日目のvan3変異体の芽生え.(D)(C)の子葉部の拡大.Bar=100μm. 図11. 野生型およびvan3変異体の芽生えにおけるpAthb8::GUS遺伝子の発現. (A)播種後7日目の野生型の芽生え.(B)(A)の子葉部の拡大.(C)播種後7日目のvan3変異体の芽生え.(D)(C)の子葉部の拡大.Bar=100μm. 図12. 野生型およびvan3変異体の胚発生後期におけるPAthb8遺伝子の発現. (A)野生型の逆U字型胚の子葉部.(B)野生型の杖型胚の子葉部.(C)van3変異体の逆U字型胚の子葉部.(D)van3変異体の杖型胚の子葉部.Bar=100μm. 図13. 葉脈形成を説明する仮説. (A)キャナライゼーション仮説.オーキシンの極性輸送において輸送量と輸送能力との間に正のフィードバックが存在し,これによって自然に形成されたオーキシンの流路に従って,維管束が連続的に分化すると考える.Sachs,T.(1989).Curr.Top.Plant Biochem.Physiol.8,168-183より.(B)反応拡散プレパターン仮説.相互作用を行う拡散性の2つ(またはそれ以上)の因子が存在し,それら因子の拡散速度に大きな違いがある場合,各因子の濃度の不均一な空間パターンが自律的に形成されうる.このようなパターンが葉脈の分化を指令すると考える. Nelson,T. and Dengler,N.(1997)Plant Cell,1121-1135より. | |
審査要旨 | 本論文は3章からなり、第1章は、維管束パターンに変異をもつシロイヌナズナの突然変異体の単離について、第2章は、単離した突然変異体のうちvan1〜van7と名付けた7種類の変異体の特徴の解析について、第3章は、特にユニークなパターンを示したvan3の維管束パターン形成の詳細な解析について述べられている。 種子植物の生活は、体内に張り巡らされた維管束によって支えられている。維管束は、水の通導、同化産物の転流、植物体の支持、情報の伝達など種々の役割を果たしており、連続した形で適切な場所に配置されてはじめて、その機能を十分に果たすことができる。この意味において、維管束の分化位置を決定する機構は、植物生理学上きわめて重要な研究課題と言えるが、実験的研究に乏しく、その理解は進んでいない。そこで論文提出者は、モデル実験植物であるシロイヌナズナを材料に、維管束のパターンに関する突然変異体の体系的な単離と解析を行い、世界に先駆けて多くの維管束パターン変異体を単離するとともに、維管束分化の空間制御に関する形成に関する新たな知見をもたらした。 第1章で、論文提出者はモデル植物として広く使われているシロイヌナズナ(Landsberg erecta系統)の種子にEMSをすることで突然変異を誘発し、掛け合わせの末にM3系統群を作出した。そして、このM3系統群を用いて、芽生えの子葉における葉脈パターンに着目して突然変異体の選抜を行った。3400系統についてスクリーニングし、14系統の単因子劣性変異体を単離した。得られた変異体のうち8系統についてさらに解析を進め、7つの独立した遺伝子座を同定し、vasculra network defectiveに因んで、VAN1〜VAN7と名付けた。 これら遺伝子のマッピングを行い、VAN1遺伝子座は第II染色体の上端から約25cMに、VAN2は第V染色体の約30cMに、VAN3は第V染色体の約25cMに、VAN4は第V染色体の約0cMに、VAN5は第1染色体の約20cMに、VAN6は第IV染色体の約25cMに、VAN7は第1染色体の約20cMに、それぞれ位置することを明らかにした。 第2章では、論文提出者は、第1章で同定したVAN突然変異体の維管束形成パターンを詳細に解析した。子葉とロゼット葉を用いて、葉脈のパターンを観察し、van1、van2、van3、van4、van6変異体のいずれもが、葉脈の全体的なパターンは保たれているが、子葉側脈やロゼット葉3次脈の断片化が起きていることを見いだした。このような維管束の不連続性は根、胚軸では見られなかった。これらの結果から、変異は主要な維管束走向(胚軸や根の中央維管束、子葉、ロゼット葉の主脈)に比べ、副次的な維管束走向(子葉の側脈、ロゼット葉の3次脈)により強く影響すること、葉脈の全体的なパターンよりも、維管束の連続性に強く影響することが明らかになった。この結果とこれまで提唱されてきた2つの維管束パターン形成仮説を検討し、論文提出者は反応拡散プレパターン仮説に基づく一つの仮説を提唱した。 第3章で、論文提出者は、van変異体の中で変異の影響が最も維管束に限定的であったvan3変異体について、分子マーカーを用いて解析した。van3変異体でのpTED3::GUS遺伝子(管状要素分化過程で発現)とpAthb8::GUS遺伝子(前形成層分化過程で発現)の発現を調べたところ、芽生えの子葉においては、pTED3::GUS遺伝子、pAthb8::GUS遺伝子とも、側脈ループの中断箇所には発現が認められないことが明らかになった。さらに、胚発生後期過程におけるpAthb8::GUS遺伝子の発現を調べたところ、杖型胚での初期発現域がすでに寸断されていることが明らかとなった。なお、この時期のvan3胚の形態には全く異常が認められなかった。これらの結果からVAN3は前形成層分化以前の維管束パターン決定に関与していることが証明された。 ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。なお、本論文第1章は杉山宗隆・福田裕穂との共同研究であるが、論文提出者が主体として解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、小泉好司提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |