学位論文要旨



No 115644
著者(漢字)
著者(英字) AHSAN,Raquib
著者(カナ) アーサン,ラキブ
標題(和) 構造物と地盤の相互作用効果を振動台上で再現させるための相互作用効果の簡便な表現
標題(洋) Simple Expression of Soil-Structure Interaction for its Real-Time Simulation in Shaking Table Tests
報告番号 115644
報告番号 甲15644
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4760号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 1995年の兵庫県南部地震を契機に,次々に大規模な振動台の構想が具体化されつつある.しかしながら有限なサイズと質量を持つテーブル上で,時としてこれを大幅に上回る規模の構造物模型を,想定された波形で忠実に加振することは技術的に大きな困難を伴う`構造物模型が振動台を揺すりかえすことで振動台の動きが変化する相互作用が生じるからである.特に構造物模型が共振する振動数で振動モードの節にあたる振動台を動かそうとすることは著しく困難で,振動台の能力を大幅に越える制御を行うことにもなりかねない.

 振動台が入力波形を忠実に再現できることは,言うまでもなく,振動台にとって必要な基本性能である.このため従来のイタレーションによる入力信号の補正に加え,実時間補正(adaptive control)に関する様々な試みも進められている.しかしながら一方で,地震動を忠実に振動台で再現することが,いかなる場合においても適切とあるは言い難いことも認識しておく必要がある.振動台と構造物模型の間の相互作用に類する現象は,実は現実の地盤と構造物の間でも生じているからである.この地盤と構造物の相互作用は,構造物に与えられたエネルギーの一部が,基礎を介して地盤に逸散していく現象である.したがって,この相互作用をむしろ積極的にかつ適切に振動台の上で再現できれば,振動台の能力を超えて構造物の振動モードの節を強制的に加振し必要以上に破壊を進行させることなく,合理的な実験を進めることが可能になると考えられる.またこの過程で,構造物模型に加えられるエネルギー,振動台が表現する“仮想の地盤”へ逸散していくエネルギー,そしてその差である構造物模型の運動と破壊に費やされるエネルギーをも計測することが可能になるであろう.

 このような発想に基づいて,小長井らは,全体構造物系を地上に突出した部分とこれを支える基礎・地盤系の2つのサブストラクチャーに分割し,下部のサブストラクチャーの動的剛性(インピーダンス)を振動台上で再現し,地盤と構造物の動的相互作用効果を振動台上で表現する模型実験手法を提案し,その有用性を示した.この手法では相互作用によって生じる構造物基礎部分の変位の変動分はアナログ回路あるいはディジタルシグナルプロセッサー(DSP)で精度良く再現できる.そしてこの信号を振動台への入力波形に加算することで,地盤模型を置くことなくリアルタイムに相互作用を反映させる振動台実験が可能になる.

 しかしながら小長井らの当初の研究では,地盤の非線形性は考慮されておらず,振動台が表現する仮想地盤は半無限の広がりを持った等価な線形粘弾性体と仮定されていた.したがってより現実的な現象の把握のもとに耐震性向上の方策検討の手段として本手法を用いるためには,時々刻々その物性を変化させていく地盤の非線形性を積極的に取り込めるような実験の枠組みと,その表現法を提案することが不可欠である.

 基礎・地盤の非線形性を表現する場合,基礎と地盤の剥離,すべりなど基礎近傍地盤で生じる現象と,地震波が下方から入射し,表層地盤全体が示す非線形現象の両者を考慮しなければならない.そしてこれらを実時間で再現していくことを可能ならしめるためには,下部サブストラクチャーの動的剛性が限定された数のパラメータで効率よく,かつ合理的に表現し得ることが必須になる.本研究では,群杭基礎を対象に,(1)基礎上端フーチング部分の動的剛性を,限定された数の重要なパラメータで精度よく,高速に表現すること,そして(2)地震波の入射による,表層地盤全体の非線形現象が相互作用に与える効果の実時間表現を可能にすること,の2つに目的を絞る.

 杭基礎と地盤の間で生じる剥離,すべりなどの重要な現象の表現はこの研究では除外されているが(1)の成果は将来的にこれを進める上での重要なプラットフォームと位置付けられる.

 本論文の第1章では以上の研究背景と,既往の研究事例,そして本研究の目的について記述している.第2章では相互作用効果を反映させる実験手法の全体概要を紹介する.そして第3章では群杭基礎上端フーチング部分の剛性を支配するパラメータを検討するため,厳密解の詳細な検討を踏まえ,群杭を等価な1本の直立梁としてモデル化し得ることを示し,その剛性マトリックスを提示している.この剛性マトリックスには群杭を一体と考えたときに現れる2つの曲げのパターンを支配する2種類の曲げ剛性がパラメータとして含まれる.第4章,第5章では,その剛性マトリクスを記述するパラメータが,群杭が大きく変形する領域(特性長:active pile length)を決定付けていることを示し,この特性長を用いた群杭基礎上端部の剛性(第4章:水平動,第5章:回転動)の簡易な評価式を提案している.第6章ではこの簡便化された表現に,周辺地盤の非線形化が実時間でどのように反映させるのかのフローを示し,橋脚の模型を実際に振動台上に載せ,相互作用を反映させた実験を行っている.そして地盤の非線形化の進行とともに上部構造物と下部構造物の境界面を通しエネルギーの流れがどのように変化するのか検討を加えている.第7章は本研究で得られた知見を整理し,今後の実験手法の発展の方向と課題をまとめている.

審査要旨 要旨を表示する

振動台は、通常入力地震動を忠実に再現することに重きがおかれ、そのために制御システムが構築されてきた。しかし有限なサイズと質量を持つテーブル上で、時としてこれを大幅に上回る規模の構造物模型を、想定された波形で忠実に加振することは技術的に大きな困難を伴う。それは構造物模型が振動台を揺すりかえすことで振動台の動きが変化する相互作用が生じるからである。加えて、この相互作用は、模型の破壊が進行し、その力学的特性が変化するにつれて変化していくため、その予測や制御は極めて困難な課題である。

振動台が入力波形を忠実に再現できることは、言うまでもなく振動台にとって必要な基本性能である。このため従来のイタレーションによる入力信号の補正に加え、適合性制御(adaptive control)に関する様々な試みも進められている。しかしながら一方で、地震動を忠実に振動台で再現することが、いかなる場合においても適切とあるは言い難いことも認識する必要がある。振動台と構造物模型の間の相互作用に類する現象は、実は現実の地盤と構造物の間でも生じているからであり、むしろこの相互作用を適切に再現することで、いたずらに振動台のアクチュエータの容量をあげることなく、合理的な実験を行い得るというのがこの論文に盛り込まれた主張である。地盤と構造物の相互・作用は、構造物に与えられたエネルギーの一部が、基礎を介して地盤に逸散していく現象である。したがって、この相互作用が振動台上で再現できるということは、構造物模型に加えられるエネルギー、振動台が表現する“仮想の地盤”へ逸散していくエネルギー、そしてその差である構造物模型の運動と破壊に費やされるエネルギーをも計測することが可能になることを意味している。

 ここ数年に渡り、論文提出者が所属する研究室では、このような発想に基づいて、全体構造物系を地上に突出した部分とこれを支える基礎・地盤系の2つのサブストラクチャーに分割し、下部のサブストラクチャーの動的剛性(インピーダンス)を振動台上で再現し、地盤と構造物の動的相互作用効果を振動台上で表現する模型実験手法が試みられてきた。この手法では相互作用によって生じる構造物基礎部分の変位の変動分はディジタルシグナルプロセッサー(DSP)で精度良く再現できる。そしてこの信号を振動台への入力波形に加算することで、地盤模型を置くことなくリアルタイムに相互作用を反映させる振動台実験が可能になる。しかしながらこれまでの研究では、地盤の非線形性は考慮されておらず、振動台が表現する仮想地盤は半無限の広がりを持った等価な線形粘弾性体と仮定されていた。したがってより現実的な現象の把握のもとに耐震性向上の方策検討の手段として本手法を用いるためには、時々刻々その物性を変化させていく地盤の非線形性を積極的に取り込めるような実験の枠組みと、その表現法を提案することが不可欠であった。このような背景のもと、論文提出者は、群杭基礎を対象に、(1)基礎上端フーチング部分の動的剛性を、限定された数の重要なパラメータで精度よく、高速に表現すること、そして(2)地震波の入射による、表層地盤全体の非線形現象が相互作用に与える効果の実時間表現を可能にすること、の2つに目的を絞ってこれらを反映する実験手法の提案を行っている。杭基礎と地盤の間で生じる剥離、すべりなどの重要な現象の表現はこの研究では除外されているが(1)の成果は将来的にこれを進める上での重要なプラットフォームと位置付けられる。

 本論文の第1章では以上の研究背景と、既往の研究事例、そして本研究の目的について記述している。第2章では相互作用効果を反映させる実験手法の全体概要を紹介している。そして第3章では群杭基礎上端フーチング部分の剛性を支配するパラメータを検討するため、厳密解の詳細な検討を踏まえ、群杭を等価な1本の直立梁としてモデル化し得ることを示し、その剛性マトリックスを提示している。この剛性マトリックスには群杭を一体と考えたときに現れる2つの曲げのパターンを支配する2種類の曲げ剛性がパラメータとして含まれる。第4章、第5章では、その剛性マトリクスを記述するパラメータが、群杭が大きく変形する領域(特性長:active pile length)を決定付けていることを示し、この特性長を用いた群杭基礎上端部の剛性(第4章:水平動、第5章:回転動)の簡易な評価式を提案している。第6章ではこの簡便化された表現に、周辺地盤の非線形化が実時間でどのように反映させるのかのフローを示し、橋脚の模型を実際に振動台上に載せ、相互作用を反映させた実験を行っている。

そして地盤の非線形化の進行とともに上部構造物と下部構造物の境界面を通しエネルギーの流れがどのように変化するのか検討を加えている。第7章は本研究で得られた知見を整理し、今後の実験手法の発展の方向と課題をまとめている。

 以上、本研究は、構造物の破壊過程を、振動台が表現する、仮想の“地盤”とのエネルギー収支を指標として合理的な検討を行うことを可能にしたものであり、有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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