学位論文要旨



No 115645
著者(漢字)
著者(英字) ANDERS, MACIEJ SZYMON
著者(カナ) アンデルス,マチェイ,シモン
標題(和) 確率有限要素法の非線形弾塑性問題への適用
標題(洋) Application of Stochastic Finite Element Method to Non-Linear Elasto-Plastic Problems
報告番号 115645
報告番号 甲15645
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4761号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 巨大地震によって地表地震断層が形成された場合,ずれ変位によって,付近の構造物に相当の被害を与えることが報告されている.地震を引き起こす地殻内の震源断層に関しては,ずれ変位の大きさを推定できるものの,地表地震断層のずれ変位を推定することは難しい.これは,必ずしも地表地震断層が形成されるとは限らない上に,ずれの大きさが震源断層のずれとは一致しないためである.地表地震断層の形成は,震源断層からのずれが基盤をずらし,そのずれが不均一な地表層を進展する破壊過程の結果とみなすことができる.この過程は地表層の構造や材料特性等に大きく依存するが,地下構造を正確に同定することは難しい.

 不確かな地表層を決定論的ではなく確率的にモデル化すると,応答として現れる地表地震断層も確率論的に取り扱わざるをえない.本論文は,断層のずれを塑性ひずみが集中したせん断としてモデル化した上で,この確率モデルに対する非線形問題を解く新しい解析手法を提案する.そして,この解析手法を有限要素法に組み込み,新しい確率有限要素法を開発する.この確率有限要素法の基となる解析理論は一般的なものであり,非線形弾塑性体の材料等のばらつきが大きい場合でも,変位やひずみ・応力等の応答に対する平均・分散・確率密度関数等の確率特性を評価することができるものである.

 提案された確率有限要素法の特徴は,応答の確率特性の変化を解析する理論である.非線形弾塑性体では,応答の変化が非線形方程式によって記述されているため,各応答の確率特性の変化は極めて複雑である.特に,軟化型弾塑性構成則に代表されるように変形局所化現象が引き起こされる場合には,非線形方程式が分岐解を持ち,解析自体も容易ではない.提案された確率有限要素法は,1)カルーネン−ルーベ(Karhunen-Loeve)展開と多項式カオス(polynomial chaos)展開を確率的に変化する挙動に施し,2)平均挙動の上下限を与えるバウンディングメディアを用いて応答の摂動をとる,という二つの理論を用いている.この結果,応答の非線形方程式の平均挙動の摂動が計算されるため,分岐解の中から平均挙動に最も近いと思われるものが自動的に選ばれる.なお,非線形方程式に確率的関数展開を施すこと,分岐解の平均から摂動を計算することは近似計算であり,その妥当性・有効性を厳密に証明することはできない.しかし,この手法は分散がOとなる極限において正解を与えることは保証されている.

 一方,地表地震断層の解析は3次元であり,確率特性を考慮すると極めて大きい自由度の問題を数値計算しなければならない.より効率的な並列化処理も確率有限要素法に施し,計算量は通常の有限要素法よりも多いものの,十分実用に耐えるものとした.

 提案された確率有限要素法の妥当性はモンテカルロシミュレーションとの比較により検討した.完全弾塑性,軟化型弾塑性の材料に対し,2次元・3次元のさまざまな例題をとりあげ,確率特性の比較を行い,確率有限要素法の精度を検証している.

 確率有限要素法の有効性を示すために,理想化されてはいるが,地表層の確率モデルを作り,基盤に横ずれ断層が達した場合の地表地震断層の形成過程をシミュレーションした.基盤に純粋の横ずれ変位を与えると,地表には,一様にずれる面上の断層が形成される代わりに,横ずれを示す小さい断層がほぼ周期的に並ぶ雁行状亀裂が形成される.これは変形局所化に伴う分岐現象の典型である.提案された確率有限要素法のシミュレーションでは,この雁行状亀裂の形成を再現することに成功した.モンテカルロシミュレーションとの比較により,さまざまな分岐解があるものの,基盤のずれ変位が増大にするにつれて,分岐解は一つに集まっていくことが示された.平均挙動のみを計算するにも関わらず,少なくとも断層変位による被害を検討する際には,提案された確率有限要素法が有効であることを示唆するものである.数値シミュレーションの結果を用いて,地表層の不確からしさが地表地震断層形成に与える影響,基盤のずれ変位と地表のずれ変位との関係,その関係に与える地表層の厚さの影響等を検討した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,地表地震断層を念頭に,構造や材料特性に関する確率モデルが与えられた非線形弾塑性材料からなる物体に関し,変位・歪・応力等の応答に関して,平均・分散等の確率特性を計算する数値解析理論を構築し,それに基づく有限要素法を利用した数値解析手法を開発したものである.論文の主要な内容は次の2点である.第一点は数値解析理論の構築である.この理論は,1)カルーネン−ルーベ,(Karhunen-Loeve)展開と多項式カオス(polynomial chaos)展開を確率的に変化する挙動に施し,2)平均挙動の上下限を与えるバウンディングメディアを用いて応答の摂動をとる,という二つの手法を用いており,モンテカルロシュミレーションとの比較により,妥当性・有効性が検証されている.第二点は効率的な数値解析手法の開発である.地表地震断層の解析は3次元であり,確率特性を考慮すると極めて大きい自由度の問題を数値計算しなければならない.より効率的な並列化処理も確率有限要素法に施し,計算量は通常の有限要素法よりも多いものの,十分実用に耐えるものとした.

 本論文に関する審査会の評価は,論文の質に関して全く問題がない,というものであった.特に,地震断層の発生・伝播のシミュレーションに成功の見込みがあること,新しい解析手法を提案し,その解析結果も妥当と思われること,効率的な並列計算を可能とした新しいアルゴリズムを考案し解析手法に組み込んだこと,に関して十分高いレベルにあるとの意見が出された.

 論文の審議は,・次の2項目に関して集中して行われた.

1)分岐解の安定性

地表地震断層の形状にさまざまなものが観測されていることとに対応して,開発された数値解析手法では断層形成過程に分岐現象が伴うことが得られている.この分岐解の意味について物理的な解釈が議論された.特に,分岐過程にはさまざまな経路があるものの,最終的には一つの解に収束するという,カオス的挙動が得られており,最終的に収束する解が本当に安定なものかが質疑された.この問に関して,非線形方程式の特性として一つの解に収束することは十分可能性があること,分岐解の確率特性も一つの解に集中するように見受けられること,そして,収束する分岐解が持つエネルギーは他の解に比べて小さく,物理的な点からみてもこの解が最も実現しそうであることが,が答弁された.

2)局所化の解釈

塑性ひずみが局所化した狭い領域としてモデル化された地表地震断層に対して,数値解析では妥当と思われる形状を再現している.ひずみの確率特性も奇異なものではなく,特に,期待値に対応する分布は雁行状断層に対応している.しかし,ひずみの分散も局所化しており,表面全体に広がったものではない.この分散も局所化する点に関して,物理的解釈が求められた.主な答弁は,確率応答を期待値に関して摂動を取った上で関数展開を行っているため,期待値に対応する応答が局所化すると,分散も同じ箇所に局所化することは自然であること,また,境界条件の影響もあり,より緩やかな境界条件を課して拘束を外すと分散は広がるため,数値計算は妥当と思われること,の2点である.

3)手法の合理性の確認

提案・開発された数値解析手法は,変位やひずみの確率密度関数を追跡することが可能である.例題として解かれた2次元問題では,モンテカルロシミュレーションとの比較により,計算された確率密度関数は十分高い精度であることが示されている.しかし,実験観測との比較がないため,実際の物理現象に対して,手法が正しい解を出すか否かは必ずしも定かではない.例えば,平面ひずみ状態での2軸試験の数値計算を行い,斜めに発達するせん断帯を再現することが議論された.その時,対応ずる確率密度関数はどのようなものが得られるかも質問された.この問題に関して,通常の有限要素法と同様,適切な設定を行えば斜めに発達するせん断をシミュレートすることは可能であり,また,対応する確率密度関数も計算できることが答弁された.

以上の点に関しても,本論文では,現時点での十分な検討がなされていることや,また,将来の課題として明確に問題点を示していることが審査会で示された.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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