学位論文要旨



No 115647
著者(漢字)
著者(英字) ELNAGAR,ZAKARIA
著者(カナ) エルナガ,ザカリア
標題(和) 海浜域における波・流れ・底質移動のモデリング
標題(洋) MODELING OF WAVES,CURRENTS AND SEDIMENT TRANSPORT IN THE NEARSHORE ZONE
報告番号 115647
報告番号 甲15647
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4763号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,晃
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 佐々木,淳
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,沿岸域における水理過程と漂砂過程を模擬する準二次元的な数値モデルを開発した.モデルは,固定床条件に対して,波浪変形と平均的な流れの発達を評価する部分と,漂砂現象をモデル化する部分に分けられる.これらの相互に関連するモデルを段階的に構築するために,本論文は大きく分けて以下に述べる3つの部分で構成されている.

第1編では,深海域から汀線部に至る広範な領域の波浪変形を計算するモデルが構築されている.モデルは,新しく構築され相互に関連する3つのサブモデルから成っている.第1のサブモデルは,強非線形のブシネスク方程式に基づくモデルであり,このモデルを用いて,浅水変形,砕波,周波数成分間の非線形干渉が再現されている.モデルに用いる新しい方程式の導出には,非線形性の強さ,分散性の向上,砕波の時間依存性が考慮されている.第2のサブモデルは,1方程式モデルに基づく時間依存型乱流モデルであり,これを用いて砕波による乱れの発達が評価されている.第3のサブモデルは,汀線における移動境界を扱うものであり,効率的な数値計算手法の開発により,波の遡上現象を直接解析できるようになっている.数値計算においては,高次の予測子修正子法を採用した.モデルの安定性と妥当性は,一次元および二次元の非砕波条件の実験データにより検証した.遡上波の再現性は,非砕波条件の規則波の遡上に関する解析解と,孤立波の遡上に関する実験データにより検証した.さらに,砕波モデルについては,2種類の砕波形態の斜面上で砕波する波の変形に関する実験データにより検証した.計算結果と実験結果は,波高や平均水位の岸沖分布,水位変動の時間変化,乱流エネルギーの空間分布,水平水粒子速度の断面分布,戻り流れの岸沖分布などの多面的な観点から比較され,モデルの妥当性が総合的に検証された.

第2編では,浅海域の海底に発達する振動流境界層の乱流・水理特性と底質移動過程を模擬するモデルが構築され,浅海域に適用された.振動流境界層における流体運動のモデル化には,線形化された運動量方程式が用いられ,底質輸送のモデル化には,底質の質量保存式が用いられた.モデル化には,鉛直混合過程を表す1方程式乱流モデルと,時間依存型の基準点濃度算定モデルが用いられた.モデルの妥当性は,乱流境界層内の主要特性の再現性の観点から検討し,水粒子速度,乱流エネルギー,渦動粘性係数,摩擦速度の時空間特性が評価された.水平水粒子速度の鉛直分布は,振動流乱流境界層に特徴的な速度分布を良好に再現していた.また,乱流エネルギーと摩擦速度の変化は,波・流れ共存場の境界層に特徴的な非線形挙動を再現していた.底質の輸送については,実験データと比較してモデルの妥当性を検証した.浮遊砂濃度変動には,振動流の一周期間に2つのピークが現れることが確認され,数値計算結果と実験結果との対応は,流速反転時の濃度のピークが再現できなかったことを除いて極めて良好であった.

沿岸域への適用に際しては,第1編で開発した乱れ・循環流・漂砂に関する断面分布モデルを傾斜海浜条件に対して第2編で開発したモデルと結合した.2つのモデルは,波谷レベルの境界条件を介して結合した.結合されたモデルを用いて,乱流エネルギー,水平水粒子速度,平均流速,渦動粘性係数の時空間分布を,崩れ波型と巻き波型の2つの砕波形式に対して検討した.その結果,崩れ波型砕波と巻き波型砕波条件では,乱れや戻り流れの構造に基本的な違いがあり,それは,砕波過程と乱れの生成過程の違いによるものであることを見出した.また,崩れ波型砕波では,砕波遷移帯における乱れエネルギーの生成と逸散の間に遅れがあることが明らかになった.さらに,水平水粒子速度は,崩れ波型の場合は鉛直方向にほぼ一様であるのに対し,巻き波型では下方に向けて小さくなる傾向があることが確認された.また,渦動粘性係数は,時間的な変化は小さいものの鉛直方向には非直線的な分布をしていることがわかった.崩れ波型の場合の底面境界層の特性や砕波帯における浮遊砂濃度の時空間変動も検討され,水理特性と漂砂過程の関係を議論した.

第3編では,平坦床上の非定常流れに対して,底質の移動を模擬する二相流モデルが導入された.固相と液相間の干渉を考慮して,それぞれの相に対する質量および運動量の保存式を定式化した.波による振動流および波・流れ共存場の条件に対して,流体粒子速度および固体粒子速度の時空間特性や,浮遊粒子濃度,剪断力,水平流体力および粒子間力の特性が,2種類の底質条件に対して検討された.振動流シートフロー条件では,3つの特徴的な領域が存在することが見出された.底面極く近傍では,粒子濃度は高く一周期を通してほぼ一定であり,固体粒子速度と剪断力は極めて小さいが,水平流体力と粒子間力は大きい.境界層上層部では,粒子濃度は小さく,液体粒子速度と固体粒子速度はどちらも境界層外縁流速にほぼ漸近し,粒子間力は消滅する.両者の中間層では,流速変動が著しく,流体粒子と固体粒子の相対速度差は,外縁流速の9%以上に達する.この事実は,水粒子速度と砂粒子速度が同じであると仮定するモデルでは,漂砂量の評価に誤差が生じることを意味している.シートフロー条件のような複雑な流れ場における底質輸送を考慮する上では,二相モデルが強力な手段となることが示された.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Modeling of Waves,Currents and Sediment Transport in the Nearshore Zone(海浜域における波・流れ・底質移動のモデリング)」なる題に表されるとおり、沿岸海浜域において顕著な波の浅水・砕波変形、質量輸送や戻り流れを含む流れ場、および波・流れの下での底質移動のそれぞれについて、現象の定式化を行うとともに、それに基づく数値モデルによって計算を行い、実験データとの比較によりモデルの妥当性を検証せんとしたものである。論文は3部、延べ8章から構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究で対象とする現象を明示するとともに、研究の目的と論文の構成を述べている。

 第2章から第4章までの第1部では、波の浅水・砕波変形の定式化と数値モデルを扱っている。この波のモデルの基本は本研究において新たに導かれた強非線形のBoussinesq型方程式であり、非線形性と分散性の両者、ならびに乱流応力項を陽的に含んでいる点で、これまでの同種の方程式より優れている。このため砕波変形に関しても、従来のいわば半経験的な砕波減衰項や運動量拡散項を用いず、代わりに上記の乱流応力項の算定に渦動粘性の概念を導入し、その渦動粘性係数の算出を岸沖1次元の非定常1方程式乱流モデルによる乱れエネルギーの時空間変化をとおして、より直接的に行なっている点が高く評価できる。なおこの波のモデルでは移動汀線境界スキームを導入することにより遡上域の波運動をも扱えるようになっている。

 数値計算には安定性の高い高次の予測子・修正子法を採用している。非砕波の条件での構造物周辺における波の変形(浅水・屈折・反射・打上げ)や、斜面上での砕波変形等に関して数値計算を行い、解析解や実験データとの良好な一致が得られることを確認できた。

 第2部は、底面振動流境界層内の底質移動を扱った第5章と、砕波帯近傍で岸沖方向鉛直断面内の流速場と底質移動を扱った第6章からなる。前者においては、線形化した運動量方程式と1方程式乱流モデルを組み合わせて、水平床上の境界層内の流速や剪断応力の時空間変化を求め、さらに底質の浮遊濃度についても時空間変化を計算して、実験データとの比較により本モデルの相当の有効性を確認している。

 一方後者(第6章)においては、先ず砕波帯内外の流速場(周期成分と定常成分)を比較的簡便でかつ精度良く算定するために、第1部で提案された波のモデル(水平1次元)を、鉛直1次元の運動量式および1方程式乱流モデルと結合することを提案し、かつその考えに基づく数値モデルを構築した。次いで、この波・流れ結合数値モデルにより、plunging型とspilling型の2種の砕波形態に対して、乱れエネルギーと波動流速の時空間変化や戻り流れ流速の空間分布を計算し、流速変化については実測データとの比較を行なった。これらの比較により、本結合モデルが砕波帯内外の流速場を極めて精度良く再現することが確認されるとともに、砕波形態の相違が、流速や乱れエネルギーの時空間分布に大きな影響を及ぼすことがあらためて示された。さらにこれら外力の計算結果を用いて、砕波帯内の浮遊砂濃度の時空間分布をも求めて妥当な結果を得ている。

 第3部は第7章一つからなる。ここでは、振動流下のシートフロー漂砂における底質濃度の時空間分をより精度良く算定するために、2相流モデル(固体底質相と流体相)が適用されている。同様の2相流モデルについては幾つかの研究が既になされているが、本研究ではこれら従来のモデルのレビューで見出された欠点(底質粒子間応力の式、底質・流体間応力の式、計算の安定性など)に改良が加えられている。底質粒子の浮遊濃度や移動速度などの時空間変化は、実測データとこれまで以上の一致度を見せ、本モデルの妥当性が確認された。

 第8章の結論では、本研究の成果のまとめと今後の研究への提言が記述されている。

 上記のように本研究は、いわゆる海浜過程の中でも代表的な3つの素過程、波・流れ・底質移動のそれぞれに対して、極めて信頼性の高い数理モデルを開発したものであり、それら自身が実用的なツールとしての意義をもつのみならず、今後の研究の進展にも寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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