学位論文要旨



No 115648
著者(漢字)
著者(英字) SAH,BHUWNESHWAR,PRASAD
著者(カナ) サハ,ブワネスワー,プラサド
標題(和) 発展途上国における国土レベルの土壌浸食推定
標題(洋) National Level Soil Erosion Estimation Method for Developing Countries
報告番号 115648
報告番号 甲15648
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4764号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 沖,大幹
 東京大学 講師 堤,盛人
内容要旨 要旨を表示する

 地球規模環境問題の一つである砂漠化の進行メカニズムとその予防対策を議論する上で、土壌劣化の問題は非常に重要である。土壌劣化をもたらす一番の原因は土壌浸食であるが、現在では、人為的に植生を破壊したり表層土壌を攪乱したりすることによって生じる加速浸食が、自然条件下でも起こっている浸食を規模の面で上回っており、特にアジアにおいてはそれが顕著である。実際、アジアの熱帯地域における多くの国々が土壌浸食に悩まされており、その主な原因は森林を農業用地へ転換することによるものである。ほとんどの土壌浸食は風か水流によって土壌が運ばれることによるものであり、後者は水食と呼ばれるが、実にその80%がアジアにおいて起こっている。

 土壌浸食推定を目的として、これまでいくつかの経験モデルや物理的な理論モデルが開発されているが、国土レベルのような空間的に広い範囲を対象とした推定においては、経験モデルの一つであるUSLE(Universal Soil Loss Equation)が非常に有効であり、広く用いられている。土壌浸食は、降雨や地形を始めとする様々な地理的要因によって大きく左右され、USLEに限らず、モデルではこれらが重要な入力として取り込まれるが、いくつかの変数については通常整備されている統計データだけでは不十分であり、モデルに即してより詳細なデータが必要となる。

 このような背景を踏まえ、本研究は、主として熱帯地方の発展途上国を対象とした国土レベルの土壌浸食推定のためにUSLEを適用するための合理的かつ実用的な分析の枠組みを提示するものである。

 第1章では、研究の背景と目的をより詳細に述べている。

 第2章では、まず、土壌浸食の推定に関する既存研究をレビューし、発展途上国における国土レベルの空間規模を対象とした土壌浸食量の推定を行う上での課題について整理している。モデル構造が簡単であるという特徴を持ち、必要となるデータが比較的少なくて良いという利点を持つUSLEは、この目的に最も適したモデルの一つである。ただし、USLEの適用に際しては、特に降雨量と土地被覆に関するデータの精度が浸食量の推定精度に大きな影響を及ぼす。そこで、詳細な地理的データの入手が困難な発展途上国において、限られた情報からこれらの変数を合理的に推定する方法について検討を行っている。土地被覆に関しては、リモート・センシングによるデータを用いることによりこれを効率良く行うことが可能であり、気象衛星NOAAのAVHRRを用いて計算された植生指標NDVIがこれに適していると考えられる。また、降雨量の推定に関しては、地上において雨量計が設置されている地点の観測データをもとにしてデータの補間(内挿)を行うという方法が、現時点においては最も現実的かつ有効な方法であり、統計的な精度を議論するうえでKrigingによる内挿が合理的であると考えられる。

 第2章でのレビューを踏まえ、第3章においては、USLEに基づき発展途上国を対象とした国土レベルの土壌浸食量を推定するためのフレームを構築している。ここでは、土地被覆分類の方法として最も一般的なものの一つである最尤法を用いた分類方法を採用している。具体的には、NOAAのAVHRRに基づく連続12ヶ月分のNDVI値を使用した最尤法による分類方法を提示している。熱帯におけるリモート・センシング・データを用いた土地被覆分類上の留意点としては、雨季や乾季の存在により、同一地点においても1年を通じてデータの値が大きく変動するという点でがあげられる。そこで、ここでは、各月ごとにトレーニング・データを用意するという方法を用いている。ところで、発展途上国においては、最尤法を用いて土地被覆分類を行うために必要な信頼できるトレーニング・データの取得が困難な状況が少なくない。そこで、ここでは過去の小縮尺土地被覆図や現地での情報等により、ある程度現況の土地被覆が予想可能な地点のデータからトレーニング・データの候補となるデータを選び、各月ごとにNDVI値に基づくクラスター分析を行って土地被覆と対応させ、トレーニング・データを作成するという方法を提示している。一方、降雨量推定については、Krigingを基にした一般化線形モデル(GLM)と呼ばれる方法を用い、雨量計が設置されている地点の観測データをもとに分析の対象とする地域全体のトレンドを推定すると同時に、トレンド成分と観測値との乖離である残差を対象地域全体において内挿し、それらの和として任意地点の降雨量を推定する。降雨は、その地点の緯度や標高、斜面の向きなどによってその多くを説明し得るが、より推定精度をあげるためには植生など他の自然条件に関するデータが必要となる。しかし、地形データを除けば、国土の任意の地点で得られ、かつ、降雨と密接に関わる変数を得ることは非常に難しいのが現状である。これに対し本研究では、リモート・センシングによるデータを降雨の推定モデルに用いることを検討している。具体的には、植生に関する情報を付加するためにNDVI値をトレンド・モデルの説明変数の候補とすることを提案している。そして、本章で提示した分析の枠組みの実用化を支援するために、GISを核としたシステムを構築している。

 第4章では、前章において構築したフレームの有効性を検証するための実証分析に用いるデータ・セットを用意している。本研究では、タイ全土を提案する分析フレームの適用対象として選んでいる。その理由は、背景でも述べたようにタイは国土の3分の1が主として水流による大規模な土壌浸食に悩まされており、その実態を把握しこれを阻止するための方策を立てることが急務となっていること、また、全土に定常観測用の雨量計が設置されており降雨量推定モデルに関して詳細な実証分析が可能であること、加えて、河川流域ごとに土壌浸食量に関するデータが得られているためここで提示する枠組みの分析精度をある程度検証可能であること、の三点である。本章で用意したデータを用い、第5章から第7章において、実証分析を行った結果についての詳細な考察を行っている。

 まず第5章では、降雨の内挿結果について考察を行っている。降雨の推定に用いる変数のほとんどは、GISやこれとリンクしたDEM(Digital Elevation Model)を用いることにより効率的に加工することができ、特に国土レベルの広範囲な地域を対象とした大規模データを扱う場合には、その効果が極めて大きいことを確認している。また、トレンド・モデルの説明変数にNDVI値を加えることにより、モデルの当てはまりが向上することを確認しており、降雨推定の研究においてリモート・センシングによるデータを有効に活用し得る可能性を示している。

 第6章では、12ヶ月分のNOAAデータを用いて土地被覆分類を行った結果について考察している。既述のように、NDVIの値は季節によって大きく変動しており、特に雨季においてはその変動が大きいことを確認している。この場合、第3章において提示した方法によるトレーニング・データの抽出方法は、推定精度を向上させるという点において有効に機能し得ることを確認している。

 そして第7章では、第5章並びに第6章で得た降雨量と土地被覆に関する推定結果並びにGISを用いて用意した地形データ等を入力として、USLEモデルを適用してタイ全土における土壌浸食量を推定し、およそ14.5t/ha/yearという数値を得ている。ここで得た数値に関しては、河川流域ごとのデータから推定される土壌浸食量と比較し、十分妥当な推定量が得られたと判断している。一般に、国土レベルでは11.2t/ha/yearという値が自然浸食を含めた土壌浸食の値として許容されている数値であり、これを超える浸食は土壌資源の保全という観点から間題とされており、タイにおける本研究の土壌浸食の推計結果は、何らかの対策が必要であることを改めて裏付けている。また、本研究では、より細かな地域ごとの土壌浸食の値を推定した結果、北部地域では平均で25t/ha/year程度の土壌浸食が起こっており、最大で4940t/ha/yearの値を示している地域があるなど地域によって非常に大きな差があることを確認している。これらの地域では、早急な土壌の保全策が必要であることと判断される。

 第8章では、本研究の成果と今後の課題についてまとめている。本研究を総括すれば、広域を対象とした土壌浸食量の推定モデルとしてUSLEに着目し、必要なデータ入手に関し多くの困難を抱える発展途上国においてこれを適用するための分析の枠組みを示すとともに、GISを核としたシステムを構築した上でタイ全土を対象とした土壌浸食量の推定を行い、提示した枠組みが実用性の観点から妥当なものであることを示した、ということである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、地球規模環境問題の一つである砂漠化の進行メカニズムとその予防対策を議論する上で極めて重要な問題である土壌劣化に着目し、これをもたらす一番の原因である土壌浸食の推定を、国土という空間的に広い範囲を対象として行うための合理的かつ実用的な分析の枠組みを提示している。

 本論文の成果として評価し得る点は以下のようにまとめられる。

 (1)本論文では、土壌浸食の推定に関する既存研究をレビューし、発展途上国における国土レベルの空間規模を対象とした土壌浸食量の推定を行う上での課題について整理している。そして、土壌劣化が特に顕著な発展途上国において全国土レベルで土壌浸食量を推定するためには、モデル構造が簡単であるという特徴を持ち、必要となるデータが比較的少なくて良いという利点を持つUSLE(Universal Soil Loss Equation)が最も適したモデルの一つであると指摘している。しかしながら、その適用に際しては、通常整備されている統計データだけでは不十分であり、モデルに即してより詳細なデータが必要となる。そこで本論文では、これらの点を詳細に検討した上で、USLEに基づき発展塗上国を対象とした国土レベルの土壌浸食量を推定するための枠組みを構築し、その実用化を支援するためにGISを核としたシステムを構築している。

(2)USLEの適用に際しては、特に土地被覆と降雨量に関するデータの精度が侵食量の推定精度に大きな影響を及ぼす。本論文では、まず前者に関し、リモート・センシングによるデータを用いることによりこれを効率良く行うことが可能である点に着目し、NOAAのAVHRRに基づくNDVI値を使用した最尤法による分類方法を採用している。熱帯におけるリモート・センシング・データを用いた土地被覆分類上の留意点としては、雨季や乾季の存在により、同一地点においても1年を通じてデータの値が大きく変動するという点があげられる。そこで本論文では、各月ごとにトレーニング・データを用意するという方法を提示している。ところが、発展途上国においては、最尤法を用いて土地被覆分類を行うために必要な信頼できるトレーニング・データの取得が困難な状況が少なくない。そこで、過去の小縮尺土地被覆図や現地での情報等により、ある程度現況の土地被覆が予想可能な地点のデータからトレーニング・データの侯補となるデータを選び・各月ごとにNDVI値に基づくクラスター分析を行って土地被覆と対応させ、トレーニング・データを作成するという方法を提案している。

(3)USLEの適用に際して、土地被覆とともに土壌浸食量の推定精度に大きな影響を及ぼす降雨量の推定に関しては、本論文では、地上において雨量計が設置されている地点の観測データをもとにして統計的な精度を議論しながらデータの補間(内挿)を行い得る方法としてKrigingを採用している。すなわち、観測データをもとに分析の対象とする地域全体のトレンドを推定すると同時に、トレンド成分と観測値との乖離である残差を対象地域全体において内挿し、それらの和として任意地点の降雨量を推定している。その際、地形データを除けば、国土の任意の地点で得られ、かつ、降雨と密接に関わる変数を得ることは非常に難しいということが問題となるが、本論文では、植生に関する情報を付加するためにNOAAのNDVI値をトレンド・モデルの説明変数の候補とすることを提案している。

 (4)構築した枠組みの有効性を検証するため、タイ全土を対象とした実証分析を行い、その結果について詳細な考察を行っている。

 まず、12ヶ月分のNOAAデータを用いて土地被覆分類を行った結果に関しては、NDVIの値は特に雨季においてはその変動が大きいことを確認している。その上で、本論文において提示した方法によるトレーニング・データの抽出方法は、推定精度を向上させるという点において有効に機能し得ることを確認している。

 一方・降雨の内挿結果については、降雨の推定に用いる変数のほとんどは、GISやこれとリンクしたDEM(Digital Elevation Model)を用いることにより効率的に加工することができ、特に国土レベルの広範囲な地域を対象とした大規模データを扱う場合には、その効果が極めて大きいことを確認している。さらに、トレンド・モデルの説明変数にNDVI値を加えることにより、モデルの精度が大幅に向上することを確認しており、降雨推定の研究においてリモート・センシングによるデータを有効に活用し得る可能性を示している。

 最後に、降雨量と土地被覆に関する推定結果並びにGISを用いて用意した地形データ等を入力として、USLEモデルを適用してタイ全土における土壌浸食量を推定し、およそ14.5t/ha/yearという数値を得ている。ここで得た数値は、河川流域ごとのデータから推定される土壌浸食量と比較されており、妥当な結果と判断し得る。また、本論文では、より細かな地域ごとの土壌浸食の値を推定した結果、地域によって非常に大きな差があることも確認している。

 以上本論文により、広域を対象とした土壌浸食量の推定モデルとしてUSLEに着目し、必要なデータ入手に関し多くの困難を抱える発展途上国においてこれを適用するための分析の枠組みが示され、GISを核としたシステムを構築した上でタイ全土を対象とした土壌浸食量の適用により、提示した枠組みが実用性の観点から妥当なものであることが示された。本論文の成果は、特に、人為的に植生を破壊したり表層土壌を撹乱したりすることによって生じる加速浸食が顕著なアジアの発展途上国において、土壌浸食の防止策の検討に貢献し得るものと期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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