学位論文要旨



No 115653
著者(漢字)
著者(英字) BUI,CAU TRONG
著者(カナ) ブイ,カウ トロン
標題(和) 建設プロジェクトの計画設計評価
標題(洋) A Decision-Making Methodology on Preliminary Design AItematives for Construction Projects
報告番号 115653
報告番号 甲15653
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4769号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 助教授 野城,智也
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 竹内,佐和子
 拓殖大学(元東京大学) 教授 吉田,恒昭
 香川大学(元東京大学) 助教授 吉田,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 建設プロジェクトにおいて、初期設計段階での計画案の評価と意思決定は非常に重要な役割を果たす。なぜならば、これは建設プロジェクトを実行に移すために不可欠な過程であり、また完成物の品質とコストという、プロジェクトへの投資の適否に関する最も重要な属性に大きな影響を与えるからである。計画案に対する評価と意思決定は、多数のあいまいな要素が絡んだ複雑な意思決定問題となる。建設プロジェクトの計画には、定量化が不可能であったり、入手・把握が困難であったり、互いに相反したり、不完全であったり、比較不可能であったり、明確なトレードオフの関係になかったりする要素が含まれる場合があるからである。さらに、この評価と意思決定は排他的な択一式のものであり、候補の中から許容不可能な案を発見して除外することが必要で、しかも個人ではなくグループによって決定がなされることが多い。

 建設プロジェクトの初期設計段階における計画案の評価と意思決定については、これまでにいくつかのアプローチが試みられてきた。それらは、理論的な基礎付けが不十分であったり、あるいは現実への適用が困難であったり、場合によってはその両方であったりした。本研究の初期の段階で、既存のアプローチについての照査から、これらのアプローチが不十分である根本的な原因がいくつか発見できた。第一に、最適な案を選び出すための基準が十分に明確でないこと、第二に、数学的アルゴリズム、または計画案の評価のプロセスに重きをおきすぎていること、そして第三に、モデルの構成が不適切であるか、複雑すぎるために、現実に適用することが困難であること、等である。また、非現実的な仮定に基づいているものも幾つか散見された。著者の十数ヶ国における調査研究の結果、先進国・発展途上国を問わず、現実には、計画案の評価と意思決定は、個々の構成要素別に、その品質とコストとの比較による多数決や合意形成に基づいて行なわれていることが明らかになった。その結果、意思決定者は互いに相反するような設計要素の組合せに直面して混乱することもしばしばである。以上のような状況を踏まえ、本研究では、建設プロジェクトの初期設計段階における計画案の評価と意思決定について、実用的かつ効果的な新しい方法論を構築することを目的とした。

 新しい評価手法と意思決定方法の構築にあたり、まず建設プロジェクトにおける最適な品質とはなにか、を概念化した。これは、Incremental Benefit-Cost Ratio Analysisに基づき、最適な案を選ぶための基準を設けることによって行なった。次に、初期設計段階における計画案の評価と意思決定に必要な条件を、以下の4つの項目にまとめた。(1)数学的な理論と方法によって、選ばれた案が最善のものであることが証明されなげればならない。(2)数学的アルゴリズムと評価・意思決定過程の双方を重視する。(3)あいまいな要素や、意思決定者のグループの選好についても明示的に扱えなければならない。(4)意思決定者内部でのコンフリクトを解消し、意思決定への公共(一般市民)の参加を可能とするものでなければならない。これらの条件を満たすべく、評価・意思決定モデルを構築した。本研究において構築されたこのモデルは、「ハード」の部分と「ソフト」の部分からなっている。ハードの部分は、評価と意思決定においてバックボーンの役割を果たす、定量的な理論から構成されている。これにより、計画案ごとに、各構成要素を定量化して統合し、各計画案が全体として互いに比較可能となる。ソフトの部分は、データの収集や取扱い、計算の実行、(各パラメータのウェイト等を決める)予備的な意思決定及び最終的な意思決定に、どのような人々が必要で、また彼らがそのプロセスににどのように関わるかを論述している。

 ハードの部分を構築するため、まずあいまいな構成要素からの定量的な意思決定法についての既存の研究を照査した。そして、本研究における条件を満たし、本研究で概念化した「最適な品質」と合致するような、最適な案の選出基準を確立するのに最も適した方法はどれか、という視点から評価を行なった。その結果、古典的なConjunctive methodとAnalytic Hierarchy Analysis method(AHP法)を選定した。前者は、許容不可能な案を発見、除外するために応用し」後者は、各計画案の「計画された品質による効用Utility of Designed Quality」と「コストの効用Utility of Cost」を計測し、これらの効用に基づき、Incremental[Utility of Designed Quality]-[Utility of Cost]Analysisを行なうために利用した。

 ソフトの部分については、まず実際の計画案の評価・意思決定プロセスとその特徴を分析し、それに基づいて一般化可能なソフトの部分のモデルを提案することとした。そのソフトの部分とは、(1)評価・意思決定プロセスを統括するリーダー、(2)評価・意思決定プロセス全体にわたって関与し、予備的及び最終的な決定を行なう意思決定者、(3)定量的モデルを構築し、データの収集と取扱いを行ない、そして計算を実行するアナリストのチーム、(4)各プロジェクトの固有の状況に応じて様々な度合で評価・意思決定プロセスに関与する一般市民、の4つからなる。このうち(2)で意思決定者がどのように関与するのかを明確にするため、予備的及び最終的な意思決定において問題となる事項を検討し、客観問題、準客観問題、主観問題の3つに分類した。このうち客観問題は数学的に解決可能であるが、準客観問題と主観問題は意思決定者の主観的な判断に依存する。このため、準客観問題と主観問題に対して予備的及び最終的な意思決定を行なう最適な方法を選ぶため、グループにおける意思決定法をレビュー、分析し、投票、討論、デルファイ法等のいくつかの方法を選定した。

 ハードの部分とソフトの部分を結合させることによって、新しい首尾一貫した意思決定の方法論が完成する。ハードの部分はこの方法論を完成度の高い強固なものとし、一方ソフトの部分はこれをフレキシブルなものとする。また、このモデルには利用者を誘導する理論的な原則と分析法が含まれており、所与の条件とその特徴に合致するように、利用する方法を適合させるようになっている。すなわち、これらの理論的な原則と分析法により、定量的な手法やグループにおける意思決定法の応用性を補強し、あらゆるタイプのプロジェクトに対して、この方法論の適用を可能としているのである。

 この方法論は、初期設計段階での計画案の評価と意思決定にとどまらず、国レベル、地方レベルでの開発計画の評価や、フィージビリティ・スタディにおける投資案の検討、工事段階における建築法の選択等、様々な評価・意思決定に広く応用可能である。最後に、カンボジアの建設プロジェクトを対象としてケーススタディを行ない、本研究で提案したこの方法論の有効性及び妥当性を証明した。

審査要旨 要旨を表示する

 建設プロジェクトの初期段階における計画設計案に対する評価と意思決定は、建設プロジェクトを実施に移すための不可欠な過程であると共に、出来上がる社会基盤施設の品質とコストに著しく影響する。計画設計案に対する評価と意思決定は、将来の不確実な要因によって構成される複雑な意思決定問題と考えられる。すなわち、建設プロジェクトの初期段階においては、施工条件や供用条件等に関する十分な情報やデータの入手が困難であったり、定量化や比較検討が著しく困難な事柄を考慮する必要がある。さらに、様々な代替案の中から唯一つを選定する排他的択一式のものであること、代替案の中から許容不可能な案を速やかに発見して棄却することが必要であること、個人でなく集団によって決定がなされることが多いこと、等の特徴がある。

 建設プロジェクトの初期段階における計画設計案の評価と意思決定の方法論について、これまでの研究成果から幾つかのアプローチが提案され実施されている。しかし、多くの場合、理論的な裏付けが不十分であったり、実際の建設プロジェクト事例への適用が困難であるのが現状である。

 本論文は、建設プロジェクトの初期段階における計画設計案の評価と意思決定について、合理的かつ実用的な新しい方法論を構築することを目的としている。

 本論文では、既往の方法論を詳細に照査した結果から、これまでに提案されたアプローチが不十分であるのは、最適な案を選定する評価基準が十分に明確でないこと、数学的アルゴリズムや評価の過程のみを重視しすぎていること、評価モデルの構成が不適切で複雑すぎて実際に適用することが困難であること、あるいは非現実的な仮定に基づいていること、等が根本的原因であることを明らかにしている。

 建設プロジェクトの計画設計評価の世界十数ヶ国における実態について調査研究した結果、先進国および発展途上国を問わず、実際の計画設計案の評価と意思決定は、個々の構成要素別に、その品質とコストとの比較によって行なわれていることを論証した。そして、新しい評価手法と意思決定方法の構築にあたり、建設プロジェクトにおける最適な品質という概念を明確にし、Incremental Benefit-Cost Ratio Analysis を用いて最適な案を選ぶための基準を設定している。

 計画設計案の評価と意思決定に必要な条件として、 (1)数学的な理論と方法で選定案が最善であることが証明されること (2)数学的アルゴリズムおよび評価と意思決定過程の双方を重視すること (3)曖昧な要素あるいは意思決定者集団の選好についても明示的に取り扱えること (4)意思決定者相互のコンフリクトを解消すると共に、意思決定過程へ公共(住民)の参加を可能とすること、等の4項目を挙げている。これらの諸条件を満たすことを目指して本研究で構築されたモデルは、ハード部分とソフトの部分から構成されている。理論的な段階であるハード部分では、評価と意思決定における基礎的背景である定量的理論であり、代替案毎に各種の構成要素を定量化して統合しつつ相互の比較が可能なモデルを構築している。ソフト部分では、情報やデータの収集および取り扱い方法、計算手法、各構成要素の重み付け等の予備的な意思決定および最終的な意思決定への人々の関与方法等を組み込んでいるハード部分の構築では、本論文で明確に概念化した最適な品質と合致する最適な案の選出基準を確立するために、許容不可能な案を棄却する過程に連結法を、設計品質の効用とコストの効用の最適化を図る過程にAHP法を選定している。実用化を考慮した段階であるソフト部分の構築では、汎用性および適用可能性の大きいモデルとするために、(1)評価と意思決定過程を統括するリーダー(2)評価と意思決定に予備的段階から最終的段階に到る各段階で関与する意思決定者(3)定量的モデルの構築、情報やデータの収集と取扱い、あるいは計算の実行等を担当する技術者集団 (4)各建設プロジェクトの固有の状況に応じて様々な度合で評価と意思決定過程に関与する住民、の4者を設定している。(2)の意思決定者の関与方法を明確に規定するために、予備的段階から最終的段階における評価と意思決定における諸問題を、客観問題、準客観問題、および主観問題の3つに分類している。客観問題は数学的に解決可能とし、準客観問題および主観問題は意思決定者の主観的判断に依存するとしている。準客観問題と主観問題に対して、投票、討論、およびデルファイ法等の方法を選定している。

 これらのハード部分とソフト部分を結合させ、合理的で実用的な汎用性のある新しい建設プロジェクトの計画設計案に対する評価と意思決定の方法論の開発に成功している。ハード部分は、数学的かつ理論的な裏付けにより、この方法論を完成度の高いものとし、ソフト部分は、これを柔軟で汎用性の高いものとしていることが特長である。本論文で構築した方法論は、利用者を誘導する理論的原則と分析手法を内包し、各々の建設プロジェクトの諸条件とその特徴に合致するように利用方法を変化させて利用できるので、あらゆる種類の建設プロジェクトに、この方法論の適用を可能としている。そして、カンボジアにおける道路橋の建設プロジェクトの計画設計代替案についての事例研究を行い、本論文で構築した方法論の有効性および妥当性を検証している。

 本論文で構築した方法論は、建設プロジェクトの初期段階における計画設計案の評価と意思決定にとどまらず、中央政府や地方自治体における地域開発計画の評価、フィージビリティスタディにおける投資規模の検討、工事段階における施工方法の選定等、様々な評価と意思決定に適用可能と考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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