学位論文要旨



No 115654
著者(漢字)
著者(英字) FERNANDO,PREMANANDAN
著者(カナ) フェルナンド,プレマナンダン
標題(和) 鉛直流速分布をもつ海浜流場に対する3層モデルに基づく方程式と解
標題(洋) Equations and Solutions for Depth-Varying Nearshore Current Fields Based on the Three-layer Concept
報告番号 115654
報告番号 甲15654
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4770号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,晃
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 佐々木,淳
内容要旨 要旨を表示する

 波に起因する海浜流は岸沖方向および沿岸方向の流速成分を含んでおり,このことから海浜流は3次元性の強い流れとなっている.ところが海浜流の3次元構造を精度よく表現可能な数理モデルはこれまでほとんど提案されていない.そこで本研究では海浜流についてのこれまでの知見を集大成し,3次元構造を含めた海浜流場を精度よく表現可能な新しい方程式系を提案し,多層海浜流数値モデルを構築することを目的とする.

 新しい方程式系を導くに際し,運動量流束の生成要因の相違に着目することで,水柱を表層,中層,および海底境界層の3層に分けて考える.流速はこのうちの中層のみで定義され,他の2層においては流速に代わって運動量流束が定義される.この中層における流速はまず時間平均成分と波による周期成分とに分け,さらにこの時間平均成分を深度によ依存しない中層での水深平均成分と,中層において水深方向に積分すると0となる深度依存成分とに分ける.これらの定義に基づき,連続式および運動量式を中層において水深方向に平均し,さらに波の周期で時間平均を取ることにより,平均水位および中層における断面平均流速場の支配方程式を導いた.一方,中層における流速の深度分布を求める支配方程式は,連続式および運動量式を中層において時間平均した方程式から水深平均した方程式をさし引くことにより求めた.以上により求まる2つの流速場の和が中層における海浜流の鉛直分布を表したものとなっている.本方程式系の導出の際に未知のパラメターについても新たに定式化する必要があが,基礎方程式と適切な仮定に基づき式展開を行うことで合理的な定式化を試みた.

 導出された水深平均および時間平均の方程式を数値的に解くために,差分法に基づく数値モデルを構築する.差分スキームとしては効率的な半陰解法に基づく修正ADI法を採用した.本修正ADI法は一般的なADI法と比べると取り扱いの簡便さに利点がある.さらに流速の鉛直分布を求めるための方程式に関しては,水面境界が時空間的に変動する物理空間から空間に固定された計算空間へ写像することで水面境界条件の取り扱いを簡単化した.本研究で導いた多層海浜流方程式と従来型の海浜流方程式との関係についても詳細な検討を行った.最後に数値計算によって得られた海浜流場と室内実験結果とを比較することにより,本方程式系の適用性について十分な考察を加えた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Equations and Solutions for Depth-Varying Nearshore Current Fields Based on the Three-layer Concept(鉛直流速分布をもつ海浜流場に対する3層モデルに基づく方程式と解)」と題し、沿岸海域で波浪場の非一様性に起因して発生・発達する準定常的な流れである海浜流の3次元空間流速分布について、それを理論的に求めるための支配方程式を新たに導出するとともに、その数値解についても各種条件め下で検討を加えている。海浜流場の空間流速分布に関しては、沿岸域での底質や汚濁物質の輸送等に対する外力の一つとしての工学的重要性から、近年になって国内外でいくつかの研究がなされつつあり、本研究はその更なる進展に寄与せんとしたものである。

 本論文は9章で構成されている。第1章は緒論であり、研究の背景ならびに目的が記述されている。

 第2章では、本研究で目指す海浜流流速分布の支配方程式の導出に先立って、その基礎となる3層モデルについて説明している。すなわち、ある水平位置での鉛直柱水域を、1)底面境界層、2)波谷包絡面より上の最上層、ならびに3)境界層上縁と波谷包絡面間の中間層の3層に分けて扱うことの意味づけを行った後、本研究では中間層における流速場を直接の対象とすることを明示し、さらに中間層の水平流速を時間変動成分、定常・鉛直一様成分、定常・鉛直変化成分の3成分に分解し定義した。中間層のみの流速分布を直接の研究対象としたことは、それが水域のの主要部分をなしていることから、ごく妥当な扱いと言える。

 第3章では前章を受けて、中間層内の流速分布に対する支配方程式を導出しており、本研究の成果の中心部分をなすものである。式の導出の成功に至る実際の研究の過程は、扱わねばならぬ式の複雑さ故に、細心の注意を払いながらの数多の試行錯誤を経たものであったが、本論文ではそれらを整理してできるだけ簡明に記述してある。

 先ず方程式中に現れる主要項の定義を示し、次いで式の導出手順を略述している。そして連続式を鉛直3層にわたって積分することにより、中間層内の質量保存式と上層および境界層の質量流束との関係式を導いた。さらに運動量保存式に基づいて同様の操作を行い、中間層内の定常・鉛直一様流速成分と定常・鉛直変化成分の支配方程式を導き出すことに成功した。これら中間層内の流速分布を求めるために導かれた式は、上層と境界層からの質量および運動量の流束に対する式と連立させることにより、その解が得られることになる。本章ではさらに、導かれた式中各項の物理的意味をも明解に説明している。式の導出の基礎となったアイデアは必ずしも卓抜したものとは言えないが、その過程での緻密な扱いからして、結果として得られた支配方程式の有用性は極めて高いと判断される。

 第4章と第5章では、定常・鉛直一様流速成分と定常・鉛直変化流速成分のそれぞれに対して、数値計算のための差分化と境界条件について記述している。

 また第6章においては、鉛直一様分布を仮定した従来広く用いられてきた海浜流の方程式と本研究で新たに導出した方程式との比較を行い、再度各項の物理的意味を吟味するとともに、両方程式が相互に矛盾しないことを示した。

 上述のように、本研究で導かれた支配方程式から中間層の流速分布を求めるためには、境界層および上層と中間層とのそれぞれの間での質量と運動量の交換などを評価算定する必要がある。これら諸量に関して、第7章では従来の研究を広範にレビューし、信頼性をある程度保ちつつも応用ができるだけ容易な算定手法をサブモデルとして提示している。前章までの扱いに比して厳密さをやや欠いているのが残念であるが、本研究の全体的価値を損なうものではない。

 第8章では、以上で提案された支配方程式と諸量算定式に基づく数値モデルによる計算結果を示している。先ず砕波帯内の岸沖鉛直断面内の戻り流れに代表される定常流速分布等について、本モデルによる計算結果と既存の実験データを比較し、砕波点のごく近傍を除いては精度の良い再現計算が可能なことを確認した。

 次いで、平面波浪場の下での3次元空間的な流速分布に関して、沿岸方向に波高が変化する条件、海底地形が屈曲している条件、斜めに波が入射する条件、等々のケースに対して本モデルを適用し、定性的には妥当な結果が得られることを示している。定量的には未だ十分な精度とは言い難いが、これは主に第7章で採用したサブモデルの平面波浪場への適用性に問題があったためと判断される。

 第9章は結論であり、研究成果がとりまとめられている。

 以上のように本研究は、沿岸域海浜流場の空間的流速分布の評価という複雑困難で先駆的な課題に正面から取り組み、その支配方程式を理論的に導出することに成功したもので、この成果は海岸工学における当該分野の研究の発展に寄与するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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