学位論文要旨



No 115655
著者(漢字)
著者(英字) MACDONALD,REGINALD
著者(カナ) マクドナルド,レジナルド
標題(和) 中華人民共和国における民活インフラ事業の進化と組織
標題(洋) An Inquiry into the Evoltion and Organization of Privately Financed Infrastructure in the Peoples's Republic of China
報告番号 115655
報告番号 甲15655
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4771号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 高木,保興
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 拓殖大学(元東京大学) 教授 吉田,恒昭
内容要旨 要旨を表示する

 社会基盤施設の民営化及び民間活動範囲の拡大が世界各地で話題になっているにもかかわらず、旧来の公共事業と比較する場合のメリットに関しては必ずしも明確になっていない。アジア地域の発展途上国で特にそれが顕著である。民間・公共両部門の関係者が、新しいインフラ開発整備手法を検討する場合、この状況は問題だといえる。

 この問題に関してはこれまで工学、経済学等の分野における学術的研究及び世界銀行等国際機関の調査研究活動があるものの、途上国での民間による社会基盤整備活動に関する研究実績はまだ乏しい。、

 中華人民共和国(中国-PRC)では、過去20年間何百件もの民間資金活用インフラ事業が活発な経済環境で実施されてしてきた。この中国の経験を、民間による社会基盤整備活動に関する研究のために調査研究する意義は大きい。しかし、中国でのインフラ整備活動を取り巻く環境や、事例に関するデーターは不足している。そこで、本研究はこれらの問題を解決する目的で、中国のダイナミックな経済、法律、行政環境での民間資金活用インフラ事業の資金調達及び組織を取り上げ、開拓的かつ経験重視の姿勢で取り組み、事業の重要な要素とそれらの相関関係を指摘する中、以下の3つの分野に分けて検討した。

1.環境。職務経験、現地調査、聞き取り調査、及び文献レビューに基づき、著者は中国の経済、法律及び行政環境とそれらの民間資金活用インフラ事業の実施状況との関係を明らかにした。調査研究のために中国民間資金活用インフラ事業の詳細なデーターベースを作成し、以下の現象を観察した。

 イ)時系列で見ると、各地方の更なる経済発展のためには社会基盤整備の遅れがネックになり、そのために民間によるインフラ投資活動が盛んになった。地理的にみると、経済発展と共に南から北へ、沿岸地域から内陸へ、とインフラ事業の件数が経済成長を追いかけて増加していく様子がみられる。つまり、中国民間資金活用インフラが経済活動を誘導するよりも寧ろ経済発展に追随して進化してきた。

 ロ)法律整備環境が不十分であるにもかかわらず、この20年間何百件ものインフラ施設が民間資金により整備されている。

 ハ)大部分の事業が中外「合資・合作」(合弁)企業をプロジェクトカンパニーの形態に採用してきた背景には、中外合弁、特に「合作」形態が柔軟な枠組みで、ケース・バイ・ケースに地方政府と利害関係を一致させ投資を可能にするのに有利だったことがあると考えられる。

 ニ)90年代中頃には、少数の事業であるが、「合資・合作」以外の新形態を採用している。特に留意すべきものとして、中央政府機関が促進する正式なBuild-Operate-Transfer(BOT)がある。正式BOT形態は、一連の過程の透明性、契約の信頼性、国際競争入札の採用、利益率ではなく消費価格を交渉の中心的事項としている、等の点で各種の中外合弁と対照的である。

 ホ)地方政府の財政的ニーズが中国民間資金活用インフラの力強い原動力の一つである。地方債が法的に禁止されながら行財政の分権化が進み、地方政府が民間投資家との協力を含めた「予算外」の資金調達で近辺のインフラ整備需要に応えようとする動機と手法を促進することになった。

2.資金調達。証券財務情報の公開書類、聞き取り調査、またデーターベースを利用して、中国民間資金活用インフラ事業に使用してきた資金調達手法を検討した。資金源の種類によって事業に対するガバナンスやインセンティブの仕組み及び制約が異なることを強調した。以下の調査結果を得た。

 イ)外国直接投資家が80年代・90年代を通して中国民間資金活用インフラ事業の推進力となった。技術的能力及び戦略・プライオリティーでは様々であった:あるものは技術的能力が豊富に優れており、事業の建設または運営に直接貢献し周辺請負も確保してきた;またあるものはより消極的な姿勢で、事業の財務的側面のみに集中してきた。どちらにしても、外国直接投資家が中心的な役割を果たし、技術的財務的なマネジメント及び他の外国資本金源への触媒的機能を提供してきた。

 ロ)95年以降、海外の株式資本市場、特に香港株式取引所、が中国民間資金活用インフラ事業のための資金調達に盛んに利用されてきた。初めは外国直接投資家が、その後中国地方政府が「Red Chips」、「H Shares」企業の設立を通じて既存施設の証券化を実行し外国株式投資資金を呼び込むことができた。

 ハ)96年以降、中国民間資金活用インフラ事業は国際債券資本市場にもアクセスしてきた。直接投資家が多数の事業をポートフォリオに組み替え、持ち株会社を設立し、その収入を担保に社債を発行して国際債券資本市場で資金を調達してきた。場合によっては、これらの社債が実質的に一種の地方債であった。

 二)外資系商業銀行が中国の不安な法的、行政的環境を敬遠したため、無遡及権また有限遡及権融資つまり純粋な「プロジェクト・ファイナンス」の進展がやや遅い。プロジェクトファイナンス融資が主に電力発電事業に利用され、道路または浄水場事業の事例が少ない。他国だとプロジェクトファイナンスで実施される事業が中国ではコーポレートファイナンスで資金を調達している例が多い。

 ホ)融資と出資の中間的な性質をもつ「メザニーン」資金が中国民間資金活用インフラ事業によくみられる。これにはメザニーン資金提供を専門とする投資家が債権者とスポンサーの間に入って事業の資本構成を補完するものもある。また、多くの中外合作企業形態プロジェクトでは実質的メザニーン色が強い。

 へ)民間投資家と地方政府双方の資金コストの比較がこれまで民間資金活用インフラ事業を従来型インフラ整備より有利にしてきた。90年代初中期、様々な理由で地方財政が厳格な制約を受けながら比較的安いコストの資金が国際資本市場に豊富にあったことが中国民間資金活用インフラを促進した。

3.組織。本研究は、中国民間資金活用インフラ事業のプロジェクトレベル組織を把握するために概念的な認識フレームワークを創造し適用した。提案した概念的フレームワークは、次の3次元から構成される:オーナーシップ(所有-正の収入に対する残余権)、リスク(負の収入に対する残余権)、コントロール(支配-実質的権限や意志決定に影響を与える能力)。これらの次元を定義し、プロジェクト毎にプロジェクトレベル組織、スポンサー当事者のタイミング、戦略、そして能力に基づいて定性的な値を査定した。中国民間資金活用インフラ事業の事例への応用を通じて、いくつかの組織構造があること、また経済、法律のマクロ的制約の範囲内で、プロジェクトレベルの組織が民間・公共部門スポンサーのインセンティブと事業のパフォーマンスに影響していることが明らかとなった。これによって、以下に示す知見を得た。

 イ)民間スポンサーが資金調達と財務管理以外あまりコントロールを発揮していないケースが多い:設計、建設、及び運営は依然として地方政府が実質的に支配している。但し、この消極型でも、民間資金活用インフラ事業に伴う利益・損失、倒産及び競争の可能性が従来型インフラ整備方式よりもプロジェクト・レベルの管理と効率性の向上に貢献する。

 ロ)消極型直接投資家が経営・管理のコントロールを譲り、そして地方政府による保証に頼る場合、実質的に地方政府とその事業の債務保証をしている形になる。この際、民間資金活用インフラ事業というよりも高金利の地方債になり、それが国際債券資本市場にアクセスしやすいように外資系民間スポンサーが支援していることになる。法律上地方債を認めれば、同じような便益がより安い利率で確保できると考えられる。

 ハ)積極型のスポンサーが関わる中外合弁形態の場合、海外から地方のインフラ施設の経営・管理ノウハウを導入する事ができる。地方政府の財政的ニーズに応えプロジェクト・レベル財務管理、ガバナンス、インセンティブ等に対して消極型スポンサー同様の貢献をしながら、積極型スポンサーがそれに加えて施設の技術及びマネジメントを向上させ、サービスの質にも貢献する。但し、こういった積極スポンサーが十分マネジメント向上に貢献できるほどオーナシップ、リスク、コントロール等プロジェクト・レベル組織を適切に設定することが難しい。

 二)正式BOT方式が、外資系商業銀行と輸出入機関に支援される積極スポンサーが消費価格をもって競争する枠組みを提供している。プロジェクト・レベルのガバナンスやインセンティブからいえば、中国の正式BOT方式は他の方式・形態よりもインフラ施設を効率的に開発・運営する枠組みである;しかし、多くの理由のため、正式BOT方式が地方政府に歓迎されていない。

 ホ)H share(中国本土に登録され香港取引市場に上場している地方政府のインフラ関連企業)がスポンサーとなるプロジェクトでは、オーナシップ、リスク、コントロールが互いに強くバランスの取れた組み合わせになっている。そこで、昔官僚だった経営陣が国際株式資本市場の要求に応えることで、H shareやそれがスポンサーとなるプロジェクトが管理基準を調整し、徐々に効率と資金調達に貢献する可能性を秘めている。

審査要旨 要旨を表示する

 将来の経済成長が見込まれる発展途上のアジア諸国において、新設の社会基盤施設の開発整備管理運営手法を検討する場合、民間資金活用による事業化は有力な手法であるが、これまでの公共事業の手法と比較した場合の得失は必ずしも明確になっていない。この問題に関して、工学や経済学等の学術分野における研究および世界銀行やアジア開発銀行等の国際機関による調査研究活動が実施されているが、発展途上国における民営化手法による社会基盤開発整備活動に関する研究成果は未だ不十分といえる。

 本論文は、過去20年間にわたって、数百件の民間資金を活用した社会基盤施設開発整備事業を活発に実施したきた中華人民共和国(以下中国と称す)の実態について詳細に調査研究し、中国の経験を、将来のアジア諸国における民営化手法による社会基盤施設開発整備事業への教訓とすることを目的としている。

 中国における民間資金を活用した社会基盤施設開発整備事業を調査研究するにあたり、事業環境、資金調達、および組織という三つの視点を設定し、現地調査、聞き取り調査および文献調査を詳細に行い、その調査研究結果から数百件の事業に関する有用なデータベースの構築に成功している。

 事業環境に関して、経済、法律および行政制度と民間資金を活用した社会基盤施設開発整備事業の実施状況との時系列的および地理的関係を明らかとし、(1)財政的制約がある地方の経済発展のために民営化が活発となったこと(2)経済発展と共に南部から北部へ、沿岸地域から内陸地域へと事業件数が経済成長に追随して増加してきたこと(3)法律制度が不十分であるにもかかわらず、過去20年間で数百件の民間資金を活用した事業が実施されてきたこと(4)大部分の事業が中外「合資・合作」(合弁)企業の形態で実施されてきたこと(5)1990年代中頃には、少数の事業で「合資・合作」以外の新形態、例えば、中央政府機関が推奨するBOT方式が採用されていること、等の数多くの知見を得ている。

 資金調達に関して、証券財務情報の公開書類の精査を、聞き取り調査やデータベース利用とを併用し、資金源の種類によって事業、のガバナンスやインセンティブの仕組みおよび制約が異なることを明らかとし、(1)海外直接投資家が1980年代および1990年代を通して中国の民間資金を活用した事業の推進力となったこと(2)1995年以降、海外の株式資本市場、特に香港株式取引所が中国の民営化事業のための資金調達に利用されたこと(3)当初は海外直接投資家が、その後は中国地方政府がRed ChipsあるいはH Shares企業の設立を通じて既存施設の証券化を実施し外国株式投資資金を導入することができたこと(4)1996年以降、国際債券資本市場に参入し、直接投資家が多数の事業をポートフォリオに組み替え、持ち株会社を設立し、その収入を担保に社債を発行して国際債券資本市場で資金を調達してきたこと(5)外資系商業銀行が、中国の不安定な法律および行政制度を懸念し敬遠したため、無遡及権また有限遡及権融資、すなわち純粋なプロジェクトファイナンスの導入がやや遅いこと、等の数多くの知見を得ている。

 組織に関して、社会基盤開発整備事業の、プロジェクトレベルの組織形態を視覚的に認知できる三次元の概念的な認識手法を提案している。(1)オーナーシップ(所有;正の収入に対する残余権)(2)リスク(危険;負の収入に対する残余権)(3)コントロール(支配;実質的権限や意志決定に影響を与える能力)の三要素について、プロジェクト毎に、組織形態、事業者の戦略のあり方、実施能力、および管理運営状況等に基づいて、それぞれの数値を定性的に算定している。数多くの事業に対する算定結果を比較検討することによって、中国の民間資金を活用した社会基盤開発整備事業の組織構造が、幾つかの種類に分類できること、分類されたプロジェクトレベルの組織構造が公共および民間部門の事業者のインセンティブおよび事業のパフォーマンスと相関があることを明らかとしている。

 そして、(1)民間事業者は、資金調達と財務管理以外あまりコントロールを発揮していない場合が多いこと(2)設計、建設および管理運営は、地方政府が実質的に支配していること(3)中外合弁形態の場合、海外から地方政府へ経営管理のノウハウが導入しやすいこと(4)BOT方式は、外資系商業銀行と輸出入機関に支援される事業者が、市場価格をもって競争する枠組みを提供し、プロジェクトレベルのガバナンスやインセンティブの観点からは事業を効率的に開発整備し管理運営する枠組みと思われるが、地方政府からは歓迎されていないこと(5)H share(中国本土に登録され香港取引市場に上場している地方政府の社会基盤開発整備関連企業)が事業者となるプロジェクトでは、オーナーシップ、リスク、コントロールが、バランスの取れた高い算定値となっているので、この形態は、将来の効率的な事業運営と資金調達に貢献する可能性があると考えられること、等の数多くの知見を得ている。

 これらの本論文によって明らかとされた、中国における民間資金を活用した社会基盤開発整備管理運営事業に関する調査研究結果は、中国のみならず将来の発展途上のアジア諸国における社会基盤開発整備管理運営事業を検討する場合、社会経済状況と技術開発水準に応じた多種多様な民間資金活用による事業化のあり方について、異なった立場の利害関係者が共有できる認識の枠組みを提供していると共に、民営化手法の適切な選定および効率的な実施のための有益な示唆と知見を与えていると考えられる。

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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