No | 115656 | |
著者(漢字) | 陽,坤 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤン,クン | |
標題(和) | 都市地表面過程を考慮した数値気象予測モデルの開発と関東地方への適用 | |
標題(洋) | A Numerical Weather Prediction Model with Urban Surface Processes and Its Application to the Kanto Region | |
報告番号 | 115656 | |
報告番号 | 甲15656 | |
学位授与日 | 2000.09.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4772号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 人間活動の一面として,都市化は交通問題,大気汚染,騒音など多くの問題を引き起こしてきた.そういった問題の一部は都市における地表面過程と密接に関係しており,他の地表面過程とは異なっている.一般に都市化に伴い,地表面でのエネルギー分割が大きく変わる.そして,それにより生じる大気の温暖化により,局所的な循環パターンや,ヒートアイランドが引き起こされる.従って,地域的な気象や汚染物質拡散の予測精度を改善するには,都市地表面過程についての研究が不可欠である.これまでヒートアイランドや大気汚染の研究で都市地表面過程をモデル化したものがいくつかなされているが,都市化による影響のモデルを精度化するには,放射,接地境界層の構造,熱輸送における3次元の異方性といった都市域の特徴についてより細かく研究する必要がある. 本研究は都市の特徴に焦点を当て都市地表面過程モデル(USPM)を構築する事を目指す.日本の関東地域は都市化の割合が高い領域であるが,そこでの都市化と地形が気象発達に与える影響を調べる数値気象予測モデルとUSPMを組み合わせることを目指す. 提案する都市地表面過程モデルは放射,空気力学乱流輸送,及び土壌面でのエネルギー収支と水分収支という3つのサブモデルから成り立っている.USPMでは土地利用形態を,都市化領域,土壌面,高密度の植生域,低密度の植生域,水体の5タイプに分類している.なお,都市化領域とは都市ビル群,不透水性の地面,それらを取り巻く植生などを含んだものである. 基礎的研究の一つは,放射モデルの開発である.まず,利用可能なデータに基づいて全天日射を評価する二つのモデルを提案する.一つは,日照時間と地表面気象データを用いて日射量を計算するモデル,もう一つは大気における湿度の鉛直分布を用いて計算するものである.前者はUSPMをオフラインで実行する時に適用されるものであり,後者はUSPMを気象予測モデルと組み合わせて実行するときに適用されるものである.都市域においては都市の粗度要素(建物や樹木など)の影響を受ける放射フラックスを修正した解析手法を提案する.さらに,アルベドの天頂角に対する依存性についても観測データを用いて改善した. 乱流輸送スキームにおいては都市地表面層の特徴を考慮している.地表面層は都市キャノピーレイヤー,粗度サブレイヤー,慣性サブレイヤーから成り立っている.都市キャノピーレイヤーは修正地表面の下の部分として定義される.慣性サブレイヤーにおいて,乱流輸送はモニン-オブコフの相似則(MOST)という一般的な相似則に従う.しかし,粗度サブレイヤーにおいては,MOSTは利用できず,平均変数と乱流項のパラメータ化には粗度サブレイヤー用の相似則が導かれた.そして,慣性サブレイヤーにおける乱流輸送の一般的な解及び粗度サブレイヤーにおける反復解が開発された.本研究では一般的な相似則(MOST)の結果と粗度サブレイヤー用の相似則の違いを示した粗度サブレイヤー用の相似則は不安定な粗度レイヤーにおける運動量損失の値を大きく見積もるが,平均変数の変化率は小さく見積もる.さらに,本研究は都市化域における運動量交換容量が非都市化域のものよりも大きいが,熱交換容量は非都市化域のものに非常に近いと言うことを指摘した. 土壌面のエネルギー収支と水分収支モデルは強制復元法(FRM)に基づいて開発され,それは温度にも土壌水分にも適用される.水蒸気輸送の表面抵抗を決定する際には簡単な植物生理学のメカニズムを考慮した.都市域における熱輸送の三次元異方性を考慮するにはさらに変数が導かれなくてはならない. USPMのケーススタディーでは表面温度が地表面のタイプ(植生,地面,屋根,および壁),太陽の天頂角,及び気象によって支配されていると言うことを示した.日中の場合,快晴時の都市地表面では顕熱フラックスがエネルギー収支を支配するのに対し,降雨直後は潜熱フラックスが突然増加し,都市キャノピーによる遮断降水量がすべて蒸発すると潜熱フラックスは突然減少するという挙動を示した.従って,USPMは都市地表面におけるエネルギーの配分をうまく表現できていると考えられる. 都市地表面過程の役割を調べるために,USPMとARPS (Advanced Regional weather System)という気象モデルを組み合わせたシステムを関東地域に適用し,いくつかの点が明らかになった.(1)関東圏と周囲の海洋の間での地表面過程の差異により日中は強い海風が生じるが,夜に生じる陸風は非常に弱い.さらに海風は陸風よりも長い時間続く.シミュレーションした風は日中の観測結果には合致するが,夜間の観測データは他の局所的な原因によって影響を受けやすいため,シミュレーションとはあまり合致しない.(2)日中において,関東地方のヒートアイランドの位置は,都市地表面や人為起源の熱のみならず,土壌の湿り具合に非常に敏感である.雨の後などで,土壌が湿っているときには人為起源の熱に従い,熱の中心は都市に位置するが,何日か快晴が続いた後など土壌が乾いているときには東京の北西部にシフトする.この結果は東京とその北西部にあるステーション間における観測結果の比較により確かめられた.(3)地表面過程がない場合に比べて地表面過程があると降雨量を増加させていることがケーススタディーによりわかった.このように地表面過程は降雨発生において重要な役割を果たしており,数値気象予測においては強調すべきものである. 地形や都市化が豪雨に及ぼす影響も関東の豪雨記録を通して検証した.シミュレーションにより,わかったことは以下の通りである.(1)結果的には激しい降雨は二カ所で起こり,一カ所は関東北部,西部の山地の近くであり,これは地形による力学的効果に関係している.もう一カ所は東京湾の東であり,これは都市化に関連している.(2)力学的効果は少なくとも3つの点で気象発達に影響を及ぼしている.一つ目は地形性の雲であり,これは山の斜面に沿って空気が上昇することに起因する.二つ目は旋風の発生への影響である.関東北部,西部の山脈は風向きと風速を変える壁の役割を果たし,それにより正の渦が発生する.山地の近くでは新しい低気圧が発生しやすい状況になる.三つ目は山脈から関東平野へと'乗り越えていく'ながれである.もしも'乗り越えていく'流れが平野上の空気塊よりも冷たいならば,平野の空気塊は二つの空気塊の境界に沿って持ち上げられる.もしも大気の層が条件付き不安定ならば上昇気流が層を乱し,対流性雲を形成,降雨をもたらす.(3)都市化により降雨の頻度は増加する可能性があるが強度は弱まる.顕熱フラックスの都市域と海における違いにより,日中は強い表面温度の力が生じ,それが陸上での局所低気圧の発達を促進する.地表面過程の日変化によりこの種の局所低気圧は日中に現れ,夜になると消滅するのである. | |
審査要旨 | 本論文は「A Numerical Weather Prediction Model with Urban Surface Processes and Its Application to the Kanto Region(都市地表面過程を考慮した数値気象予測モデルの開発と関東地方への適用)」と題し、河川流域において降雨予測を行なうための基礎的なモデルを構築したものである。日本の河川流域は狭く、洪水警報を住民に知らせる為には、降雨の予測まで遡って作業を行なわないと十分な事前時間をとることが出来ない。このような観点から、本論文の成果は総合的な洪水予警報に貢献できるものであり、災害軽減のために大きな意義を持っている。 本研究では都市化の圧力が高い日本の現況を考え、土地利用の変化を十分反映した都市表面過程評価法(USPM)を開発し、地域気象システムと結合させている。都市表面過程評価法は、放射量予測、乱流による物質輸送量予測、土壌面でのエネルギー並びに水分収支予測という三つの下部構造から成り立っている。 全天日射を求めるために、二つの手法を提案した。一つは、USPMを独自に用いて全天日射量を計算するための手法であり、日照時間と地表面気象データを用いて計算する。もう一つは、USPMを気象システムと連立して計算するときのものであり、大気の湿度の鉛直分布を用いる方法である。都市域においては放射フラックスを都市の粗度要素の関数として表現できる形式を新しく導入し、また、アルベドが天頂角により変化する要因も考慮した。本論文で提案された手法は、日本全国に対して同一の様式を用いて観測値を正確に予測できることが分かった。 乱流輸送過程の解析においては、都市地表面層を都市キャノピー、粗度底層、慣性力層に分解して分析した。慣性力層においてはモーニン・オブコフの相似則が成り立つが、粗度底層ではこの相似則を利用できないので、平均量と乱流項のパラメーター化に際しては新しい相似則を導いている。本論文では、都市化域における運動量交換容量が非都市化域のそれよりも大きく、熱交換容量は非都市化域のそれに非常に近いことが示された。 土壌面のエネルギー収支と水分収支予測は強制復元法に基づいて開発された。水蒸気輸送の表面抵抗を決定する際には、植物生理学の基本的な特性が考慮されている。 USPMの計算例では地表面温度が地表面の被覆形式、太陽の天頂角、および気象に支配されている事が示された。日中の快晴時の都市地表面では顕熱流束がエネルギー収支式の支配的な項である。しかし、降雨直後は潜熱流束が急激に増加し、都市キャノピーによる遮断降水量がすべて蒸発すると、潜熱流束は急速に減少することが確認され、USPMは都市地表面におけるエネルギー配分を合理的に表現できていることが分かった。 降雨現象における地表面過程の役割を調べるために、USPMとオクラホマ大学で開発された地域気象システム(Advanced Regional Weather System)と結合させ関東地方の降雨特性を検討した。関東地方と周辺の海洋の間では地表面過程の差異のために、日中には強い海風が生じるが、夜間に生ずる陸風は非常に弱いことが明らかとなった。さらに海風の継続時間は陸風のそれより長い。予測結果は日中の観測結果によく合致しているが、夜間の弱い風は局地的な影響を受けるため、予測結果は観測結果の周辺にかなり散乱している。関東地方のヒートアイランドの中心位置は、都市地表面過程や人為起源の熱にみならず、土壌水分量に敏感に反応することが分かった。土壌が湿潤状態であれば、熱の中心は人口凋密域にあるが、土壌が乾燥してくると熱の中心は東京の北西部に移動する。これは観測結果と一致している。 関東地方において豪雨が記録された場合と類似の境界条件を設定して、地形や都市化が豪雨に及ぼす影響を検討した。この結果によると、関東北西部の山地と、東京湾の東方の二カ所で激しい降雨が生じる。得られた気象要素の分布から、こうした豪雨の発生原因は三つあると考えられた。関東北部と西部の山地は風向と風速を変える壁の役割を果たしている。山地における豪雨は、地形性の上昇気流によるものであり、これが第1の原因である。平野部の豪雨発生域は、都市化に関連して旋風が発生する地域に見られ、これが第2の原因である。第3の原因としては山地を乗り越える流れである。この空気塊の温度が平野上の空気塊の温度より低いときは、平野の空気塊は侵入してくる空気塊の境界に沿って持ち上げられる。大気が条件付き不安定であれば、上昇気流が層を乱し、対流性の雲が形成され降雨をもたらす。さらに、都市化により降雨の頻度は増加する傾向にあるが、弱い降雨が多くなることが推測された。顕熱流束が都市域と海において異なるので、日中は強い水平方向の温度勾配が発生し、それが空気塊の収束を促し、陸上での局所低気圧が発達する。これが降雨の発生頻度を上昇させている。本論文で得られた解析手法は、都市の地表面過程と気象との関係を追跡できるので、このような内部機構を明らかにすることが可能となった。 本論文で開発された予測手法は都市化の影響の考慮、内部過程の精密化などから多くの点で従来の手法を凌ぐものである。これにより流域での降雨予測の基礎が築かれたと言える。以上要するに、本論文で得られた成果は洪水被害軽減、流域管理に対して有力な解決手法を与えるものであり、河川工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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